110 『ストレンジケアユニット』

 サツキの破壊された左腕はミナトが持っている。ミナトは左腕をテーブルに置いた。それからサツキを肩に担ごうとしたところで、ルカは止めた。


「任せて。私が《ねんそう》でこの担架を動かす」

「こんな重たい物も宙に浮かべて移動できるんですか」


 ミナトが感心する。


「私も魔法の腕を成長させているのよ」


 レオーネによって潜在能力を解放してもらう中で、以前だと一時的に五秒くらい自分の体重を支えるのがやっとだったが、今は三十秒以上でも平気になってきていた。

 ただし、ルカが《思念操作》で物に触れずに思っただけで動かせる物は、ルカが所有権を持つ物と許可を得た物だけだ。サツキ自身はルカの所有物でもないため、ルカが動かすのは任された担架だけになる。

 ルカはサツキをテーブルの上に運ぶ。


「担架からは降ろすのだ」


 そう言われて、ルカとミナトでサツキを担架から降ろしてテーブルに寝かせてやった。

 ファウスティーノはサツキを見ていく。


「問題はなさそうだ」

「よかったぁ」


 ミナトがうれしそうにつぶやき、ルカは少し安心した。


 ――治せるってことよね。


 だが、落ち着いたらルカはこの部屋が気になってきてしまった。


「あの。ここって、治療室のようには見えないのですが」

「こちらはモルグとなっております」


 と、ルーチェが答えた。


「モルグってなんです?」


 ミナトが聞いた。ただの剣士や普通に生きている人はあまり知らなくても当然の場所だが、ルカは知っていた。


「簡単に言うと、死体安置所。つまり、死体を保管しておく場所よ」

「なるほど。じゃあ、壁の引き出しって」

「ええ。でしょうね。きっと死体が入っているわ」

「すごいなァ。でも、お医者さんはこんな施設も持っているもんなんですかい?」

「そんなわけないでしょ」


 つっこみながら、ルカはファウスティーノを見た。

 すると、ファウスティーノの口が動いているのが観察できた。

 そしてファウスティーノは一度口を閉じてから、ルカたちに言った。


「リディオには城那皐の治療に問題ないことを報告しておいた」


 まるでしゃべっているかのように口を動かしていたファウスティーノ。

 そのすぐあと、彼はリディオと連絡を取っていたことを告げた。

 こうした事実に、ルカはリディオの魔法を断定した。


 ――やはりリディオは、離れた場所にいる相手と連絡を取り合う魔法のようね。『ASTRAアストラ』の人間同士で通信する手段がある、そんな可能性も考えたけど、ルーチェさんとの通信をしていたのもリディオ。この役割はリディオが担っている。いずれにせよ、あとはサツキの治療だわ……。


 リディオの魔法はコロッセオのスタッフにも知られており、あまり人に連絡先を教えたがらないファウスティーノへの連絡系統として頼りにされていた。サツキの止血を担当した先程の医療班も、リディオとラファエルに一刻も早くファウスティーノへ話を通してもらえないか期待して「早くあの二人を呼ぼう」と口にしていたのだ。

 ルーチェがファウスティーノに声をかける。


「それでは、あとはお任せ致しますね。ワタクシは失礼させていただきます」

「ああ。城那皐は必ず治す。それは約束しよう。だが、リディオにも言ったが、時間は約束できないのだ。治癒力が高まっている状態なのか、元々すごい治癒力なのか。腕が完全にくっつくのは、本来なら夕方でもおかしくなかった」

「それはナズナ様の歌のおかげかと思います」

「歌、か。魔法なのだな」

「はい。治癒力を高めるとお聞きしております」

「それでか。しかし、それでも決勝戦には間に合わないだろう。最善は尽くすが、それは覚悟してもらう」

「承知しました。試合の時間を遅らせるために、リディオちゃんとラファエルちゃんがなにか考えてくれるかもしれません。また連絡がありましたらご対応よろしくお願い致しますね」

「わかったのだ」


 ルーチェはミナトとルカに顔を向けた。


「お二人はもう察していると思いますが、リディオちゃんは遠く離れた場所にいる相手ともお話しできる魔法を持っています。ファウスティーノ様か、あるいはミナト様かルカ様に連絡があるかもしれません。なにかありましたらリディオちゃんを経由して、ワタクシにご用件をお伝えください」


 はい、とルカとミナトが答える。


「皆様のお迎えはリディオちゃんとファウスティーノ様が連絡を取り合い、お兄様が向かうことになりますのでよろしくお願い致しますね。それでは」


 最後にルーチェは一礼して、「《出没自在ワールドトリップ》、ヴァレン様」と唱えこの場から姿を消した。

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