157 『バニッシュ』

 長巻を捨てて《シグナルチャック》で相手を封じにいったツキヒだが。

 ミナトの右手の動きを止めると、剣を振れなくした。

 さらに、もう片方の手では別の停止信号をミナトに送っていた。


「これが今のおれにできる、最後の手」

「今度は、左腕もかァ」


 左右の腕が機能を停止させられ、ミナトは完全に手を使えなくなる。剣を振ることは愚か、魔法を解除することもできない。

 右手にしている《打ち消す手套マジックグローブ》は、自分の身体のどこかに触れれば魔法を解除できる。しかし、右手を動かせないとなると、左手で《打ち消す手套マジックグローブ》を触りたいところだがこれは不可能。


 ――だったら足を……。


 そう思ったときには、ツキヒが次の信号も発動させてきていた。


「両足も封じたよ~」

「あはは、やられちゃったかァ」


 ミナトはサツキが言っていたことを思い出す。


 ――そういえば、ツキヒくんは左右の手で違う信号を送れるんだったね。でも、まさか剣を捨てて両腕から狙ってくるとは思わなかったよ。狙いが外れたら斬り捨てられるってのに、いい度胸してるなァ。


 ギリギリで《シグナルチャック》が発動した場合のみ、剣を捨てても攻撃を受けずに済む。それは覚悟のいる賭けだ。


「うん、やってやったよ~。一歩間違えたら、もっと深く斬られて出血多量で死にかねない。でも、それくらいじゃないとミナトは止められないもんね~」

「僕はこのまま立ち尽くしているが、これで勝ったと思うかい?」

「まさか~。ミナト、なんでもアリなんだもん。だから、心臓も止めてあげるよ~」


 ツキヒが指先をミナトに向ける。


「《シグナルチャック》、発動」


 しかし、ミナトはもう目の前にいなかった。


 ――え? どこに行った? 左右の足を止めたのに、動けるなんて。実際に止めたのは太もも。普通、足首から太ももまでの筋肉が連動して足全体を動かせるわけだから、動かし方もわからず動けなくなるはずなのに……。


 たとえば機械だってそうだ。一カ所でも不備があれば、その先に連動する部分がうまく動かなくなるものなのだ。

 それなのに、ミナトは動いてどこかに消えてしまった。


 ――消えた……。どこに移動した? いや、本当に姿が見えなくなっているのか? ミナトは姿を消す、完全なる透明化の魔法が使える? それとも、さっきのロメオさんみたいに、足首とかの動きで移動した?


 ツキヒが困惑する中、クロノも必死にミナトを探していた。


「ミナト選手が消えてしまったー! いったいどこに行ったのでしょうか! まさか消える魔法が使えるのか!? まるでわからなーい! だれかわかる人がいたら教えてくれー! ただし、フェアな戦いのために、舞台上の三人にはナイショで頼むぞ!」


 クロノが冗談めかしても、それに笑う人はいなかった。みんなミナトが消えたことにびっくりしている。


 ――冷静に、ミナトを探すんだ。どこかにはいるはずなんだ。この舞台のどこかには。


 仮に舞台を一度下りていても、だれにも気づかれなければ失格にはならない。

 だが、ミナトがそんなルール違反をしてまで舞台から外に出るとも思えない。あえてそれをする理由はないのだ。移動できるなら、解除さえしているか、解除できる状態にあるか、もしくは勝つために解除する必要もないのか。


 ――おれはすでに剣を捨てた。今から拾いに行けるものか……? 狙いがわからないのに、拾いに行っていいのか……? 拾ったところで、剣でミナトに勝てるのか……?


 ツキヒにはミナトの気配を感じ取ることができない。

 そして、ミナトの攻撃は予想外のところからやってくる。

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