28 『恐竜あるいはたわむれ』

 ナズナが見つけたのは、一匹の小さな恐竜だった。

 体長は一メートルほど。ジュラシックパークでおなじみのヴェロキラプトルに似ているだろうか。それよりは顔に丸みがあって優しげだが、ナズナじゃなくても驚く。


 ――本物……なんだよな。


 サツキ自身も信じられない気持ちだった。

 本当に恐竜のいた時代にやってきて、恐竜の森に迷い込んだような感じがする。

 クコとリラは感嘆のあまり息を呑む。フウサイは相変わらず姿を見せずにサツキたちを見守りながら移動している様子だが、ミナトは愉快そうに言った。


「いるものなんだなァ」

「ひょえー! うへー」


 バンジョーはうまく言葉が出てこないらしい。言語されていない。

 だが、ヒナとチナミは恐竜に向かって走り出していた。


「わーい! 恐竜とふれあうの久しぶり!」

「ヒナさん、この子は育ちがいいです。立派なからだです」


 喜んで恐竜とふれあうヒナとチナミ。ヒナは恐竜の頬に手をやって、チナミは身体をなでている。

 ふと他の士衛組メンバーの様子に気づいたチナミは振り返って、


「この子はおとなしいので大丈夫です」


 ナズナは一度サツキを見上げて、うむとサツキがうなずいてやると、


「おいで、ナズナ」


 チナミに呼びかけられた。

 それでもナズナは無意識なのかサツキの袖は離さないので、引っ張られるかっこうでいっしょにチナミの元へと歩み寄った。


「この辺の恐竜とは友だちなので、よく遊んでたんです」


 チナミはサツキにも語りかけるように、


「いっしょに走ったり、背中に乗せてもらうこともありましたが、宝探しが恐竜たちのお気に入りでした。宝を埋めて、恐竜たちに探してもらう遊びです」

「おもしろそう」


 チナミの話を聞いて、ナズナの頬も緩む。

 クコとリラは好奇心が強いからもう触ろうとしている。

 ミナトは顔をなでていた。


「羽毛があって鳥みたいだなァ」

「俺の時代の研究者の多くは、恐竜と鳥類のつながりを認めているんだ」


 と、サツキも触ってみた。本当に鳥にでも触っているみたいな気分になる。


「恐竜たちが?」


 自称『科学の申し子』たるヒナは、こうした話題にも興味がそそられている。


「うむ。獣脚類だ」

「へえ! 確かに、言われてみれば一致する特徴もあるわね」


 この恐竜と鳥についての話に、クコは感心していた。


「まあ。そうなんですね」

「お姉様、毛並みが気持ちいいです。ふわぁ」


 サツキと青葉姉妹が触ってみたところで、ナズナも勇気を出して手を伸ばした。


「……わぁ……」

「ね、大丈夫」


 優しくチナミが微笑む。


「うん」


 ナズナは、チナミに笑顔を返して、サツキを見上げる。大丈夫だったよ、と言っているみたいだ。

 サツキもナズナの反応に安心する。


「ルカ。触らないのか?」

「わ、私は平気よ」


 実は、ルカは動物全般がダメで、見ているのが好きなのである。


「できれば、生より図鑑で鑑賞したいわね」


 と言い出すくらいで、サツキはそれがおかしかった。いつも頼りになるお姉さんだと思っていたから、苦手なものがあること自体が新鮮だった。


「まあ、苦手なら俺の後ろに隠れていてもいいぞ」

「じゃあ遠慮なく」


 後ろから抱きつくルカに、サツキは驚きつつも、


 ――ふむ。そんなに苦手か。


 とも思う。

 しかしルカは、もはや恐竜のかわりにサツキを相手にじゃれているだけで、恐竜のことなど忘れている始末だった。

 バンジョーがさっそくなれなれしく恐竜に触れて話しかける。


「よお。オレはバンジョーってんだ。料理一筋の料理バカさ。オレから料理を取っちまったらなんも残らねえ。よろしくな」


 ギャウ、と恐竜が反応すると、バンジョーは楽しそうに笑った。


「へへっ。そうかよ」


 普段からスペシャルとも意思疎通ができていないバンジョーだが、恐竜にもわかっているのかどうか適当な相槌を打っている。

 ヒナが不思議そうに聞いた。


「へえ。バンジョー、恐竜の言ってることわかるの?」

「わかんねえけどよ。なんか言ってるから返事してやっただけだっつーの」


 ズコッとこけるヒナ。

 一方、バンジョーの隣まで歩いてきた海老川博士えびかわはかせは、恐竜の背中をなでながら言った。


「この子は人懐っこい子なんです。ようこそって言ったんですよ」

「そっか。博士は動物の言葉がわかるんだったな。出迎えありがとな」


 バンジョーが恐竜にニッと笑いかける。

 笑いかけられた恐竜は、きゃうきゃうと海老川博士に話しかけて、海老川博士もうんうんと聞く。


「うん。そうだよ。……ふふ、よかったね。あとで遊んでもらうといい」


 動物だけじゃなく、恐竜の言葉もわかる海老川博士だが、それは魔法のおかげだった。《動物ノ森けものふれんず》という魔法で、動物や恐竜と会話ができる。昆虫は難しいらしいが、魚の中には会話できる種もいるとのことである。


「この子たち、なんて言ったの?」


 ヒナが聞くと、海老川博士は穏やかに答えた。


「この島に見たことのない人間がたくさん来ているけどあなたの知り合いなのか。チナミとヒナに久しぶりに会えてうれしい。早くいっしょに遊びたい。だそうだよ」

「あたしたちのこと、覚えてたんだ」


 嬉しそうなヒナだが、バンジョーはすでに海老川博士のほうを見ておらず、


「なあ、こいつの背中に乗っても平気か?」

「ダメよ。バンジョーの身長と重さじゃかわいそう。これくらいだと、せいぜいチナミちゃんサイズだって」

「む。ヒナさん、この子は大人を背中に乗せるくらいの脚力はあります。余裕です」


 チナミはヒナからバンジョーに顔を向け直して、


「でも、今はやめておきましょう。あとでおっきい子に乗せてもらうといいです。乗り心地も違いますよ」


 バンジョーは「でけえのがいるのか。なはは」とうれしそうにしていた。


「どんどん行くわよ」

「そうですね」


 ヒナとチナミが軽快に歩き出す。

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