27 『神龍島あるいは森』

 船は、『たいらくえんしんりゅうじまに到着した。

 遠目には小さな孤島といった感じであったが、目の前まで来ると、なかなかに大きそうだった。

 クコが目を輝かせる。


「わぁ! あれが神龍島なんですね、サツキ様」

「地図では小さな島だって話だけど、面積も広そうだな」


 サツキがそんな感想を述べると、玄内が教えてくれる。


「ちょうど王都とくにを合わせたくらいの面積だな。新領土、うらはまも含めてな」


 王都が東京二十三区、武賀ノ国が西東京と川崎市と横浜市を合わせた区域に相当する。つまり、サツキの世界での東京都を一回り大きくした感じだろうか。埼玉県よりも小さい。

 木々が生い茂り、中生代の森のようだった。


 ――この島そのものが中生代の姿を残してるみたいだな。


 土地もそれなりの広さがあるため、草原や山々もあり、サツキが今いる海岸からでも大きな岩山をみとめることができる。

 サツキは、白い砂浜に降り立つ。

 夏の波打ち際には、綺麗な貝殻も見られる。真っ白な貝以外にも、薄いピンク色の貝もあったし、水色の丸い不思議な貝もあった。

 スペシャルの馬車もバンジョーがいっしょに降ろしてやったところで、リラが《うちづち》を手に言った。


「ここから先、馬車が通るには道が狭く足場もよくないように見えます。ここに置いておくのも可哀想ですし、小さくしましょうか?」

「できるのか?」


 バンジョーが目をしばたたかせた。


「はい。この小槌は人や物を、大きくすることも小さくすることもできます」

「スゲーな! さすがはクコの妹だぜ! 頼む」

「わかりました。ちいさくなーれ、ちいさくなーれ」


 リラが《うちづち》を振ると、馬車はどんどん小さくなっていった。手のひらサイズにまでなる。


「マジで小さくなったぜ!」

「す、すごいね、リラちゃん」


 バンジョーとナズナが驚き感心していた。

 うふふ、とリラは微笑んで馬車を手に取り、バンジョーに差し出した。


「どうぞ。大きさに合わせて重さも変わります。スペシャルさんはちゃんと生きていますから、気をつけてくださいね」

「サンキュー!」


 よっと、とバンジョーはスペシャルを胸ポケットに入れて首から先を出し、馬車はポケットにしまった。


「バンジョー。馬車はおれが預かる。そのほうが安心だ」


 玄内がそう言うと、バンジョーはいそいそと馬車を取り出して玄内に渡した。


「はい! お願いします!」

「おう」


 玄内が返事をして、馬車は甲羅の中にしまわれた。玄内の魔法《甲羅格納庫シェルストレージ》によってしっかりと保護される。食べ物もできたてほやほやを保存できて経年劣化もしない四次元空間だから、ここならスペシャルも安心だ。

 サツキは言った。


「リラは、せんしょうさんって人とも知り合いだし、オウシさんたちとも知り合いだし、シャハルバードさんたちも知り合いだった。リョウメイさんも知り合いだったよな。すごいよ」

「いいえ。みんなこの旅で知り合った方たちです。リラを助け、支えてくれたみなさんがいて、今のリラがあります」


 リョウメイについては、リラの道中の話をする中で知り、サツキとも情報を共有していた。

 たけくにの参謀役で、『らく西せいみやを拠点に活動する『大陰陽師』やすかどりょうめい。『建海ノ国のぐんかん』、『なんでも屋』、『予言者』、『妖怪博士』、『怪異専門家』など、様々な異名を持つ。『おうてんのう』としては『おうかんしゃ』の名で知られる。

 リラは、王都でリョウメイに声をかけられ、一時的に歌劇団に参加することになった。怪我をしたメンバーの代わりに歌って踊ったのである。王都少女歌劇団『春組』とも親しくなり、今でも手紙のやり取りは続いている。

 実はサツキも、王都の事件ではリョウメイや『春組』のメンバーの一人と顔を合わせ、奇妙な友人関係になっている。だから、不思議な偶然を感じたのである。

 不意に、ミナトがおかしそうに言った。


「いやあ、僕の友人と同じ名前だなァ。リョウメイさん」

「本当かね」


 思い返してみれば、リョウメイはサツキに、とあるアドバイスをしてくれたことがある。

 魔法道具、《なみおく》。ただの貝殻に見えるが、風を送ると、音が再生される代物だ。

 歌劇団の少女・スダレにそれを手渡され、サツキは船の中で音を再生してみた。すると、リョウメイからのアドバイスがあったのである。サツキがミナトを仲間にしたいと思っていたとき、まさにそのことでの言葉だった。


 ――確か、相棒になると言っていた。受け入れるといい。それが最善だ、とも。


 正確には、「その子はサツキはんにとってはなくてはならない相棒となるはずやねん。不思議な子やから不安もあるかもしれへんけど、まっすぐでとってもええ子や」とのことで、「きっと、サツキはんが声をかけんでも、向こうからいっしょにいたいと言ってくると思う。そのときは、迷わず受け入れるとええわ。それが、最善なんやから。ほな、また会うときまで元気でな」と締めくくっていた。

 これは、ただリョウメイが陰陽術で未来視をしたから「その子」がどんな子なのかわかったのではない。


 ――リョウメイさんは、ミナトと知り合いだった。つまり、引き合わせたのか。


 と、思い当たった。

 当のミナトはなにも引っかかる点もなさそうに笑っている。


「本当だとも。どうやら、僕の友人その人の話のようだね」

「むろん、そうとしか思えまい。作為的な可能性を考えたのだが、ミナトは、リョウメイさんになにか言われたかね」

「最後に会ったのは王都。サツキを見かけた晩だ。で、僕がこれからどこに行こうか迷ってるって相談したら、『けんせいがきまさみねさんを訪ねてみろと言われた。結局、王都の道場では会えなかったが、道場の師範からこの剣を拝領した」


 と、ミナトは腰の剣、良業物『わのあんねい』に手を添えた。


「あと、リョウメイさんは浦浜から海の外に出てもいいと言ったなァ。最強の騎士、『よんしょう』グランフォード総騎士団長を目標にしたらいいともね」

「なるほど。つながったな」

「ちょうどチケットがあるってことで、それもいただいたんだよ」

「やはり狙って、俺とミナトを引き合わせたようだな」

「だったら、そうするのが怪異的に正解ってことだし、よかったじゃないか。その通りにいって」


 怪異的、というのは、よくリョウメイが言う口癖のようなものだった。式神の怪異を通して未来視のようなことをして、それが良いか悪いかを視るみたいな話だったとサツキは記憶している。


「うむ。そうなのかもな」


 ミナトはリョウメイを信頼しているようだし、ここでサツキがとやかく言っても仕方ない。考えても意味のないことかもしれない。

 バンジョーが口先をとがらせてぼやく。


「オレもミナトの昔なじみってやつに会いたかったぜ。水軍の飯ってどんなのか見てみたかったなあ。なんで呼んでくれなかったんだよ」

「バンジョー先生の邪魔をしちゃあ悪いと思ったんです。また会えるんじゃないかなァ」

「そうだな。それよりミナト。大福つくってやったから、海老川博士えびかわはかせの家に着いたら食おうぜ」

「いいですなあ」


 バンジョーとミナトが大福の話を始める。

 目の前の森は、高さ三十メートルのシダ植物があったり、他の木々も背が高い。世界樹ノ森も大きかったが、それ以上のスケールである。

 森に足を踏み入れたところで。

 きゅっと、ナズナがサツキの袖を握った。こんなふうにナズナがくっついてくるとき――それは、ナズナがなにかを発見したときだ。臆病なナズナは人一倍周囲に敏感なのである。

 しかし発見したものが怖いものとは限らない。


「なにかいたのかね?」


 ナズナには大きな声より近い距離でそっと息を含ませるようなやわらかい声でしゃべりかけると安心してもらえる、とサツキは知っているので、穏やかに聞いてやった。

 おずおずとナズナは指を差す。


「きょ……う、竜が……います」


 小さな指の先をたどってみると、大きな木があった。

 木には太いツタが巻きつき、幹に空いた穴からは普通のリスより一回り大きなリスが顔を覗かせる。頭に角があるのが特徴的だった。リスが頭を下げて姿を隠したところで、恐竜のほうが木の陰から全身を現した。

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