26 『鏡あるいはコインの裏表』
わびさびのわかる粋人同士のやり取りの裏で、リラはヤエとしゃべっていた。
リラの健康状態や近況報告、サツキのことなどをヤエに話す。
こちらの会話も一区切りしたところで。
サツキがリラをちらと見ると、ヤエはぴょんと跳ねるようにしてサツキの前に立つ。腰を折るようにして正面からサツキの顔を覗き込む。
顔が近くて、ピクッとサツキが肩を震わせると、ヤエはうれしそうに微笑んだ。
「サツキくんっ! ふふ、リラちゃんの言う通りやね。こげな所で会ったのもなにかの縁って思うっちゃん。仲良うせんね」
「は、はい……」
「お姉さん、サツキくんのこと、気に入っちゃったばい。やけん、また会えるん楽しみにしとーよ」
なぜいきなり気に入られたのか、サツキにはまるでわからない。
ミツキはひと言、
「彼女は我々同様この大将に振り回されてますから、真面目で可愛げのある人が好みなんでしょう」
とだけ冷静に言った。
「それを言うならチカマルくんも可愛いと思うけどなァ」
ミナトがにこにこと言うが、ヤエは呆れたようにぼやく。
「そげなことなか。チカマルくんは計算高うて可愛げないんよ。卒がなさ過ぎるっていうか」
「というと?」
「この子、頭がようて気が利いて、演技派やけん。チカマルくん、お客さんへ両手いっぱいにお菓子運んどったとき、殿が『そんなに一度に運ぶと転ぶぞ』って注意したら、その通り転んだんよ。お客さんは可愛いと思うとったみたいなんやけど、この子わざとやったとよ」
「大将が読みを外したことにしないようにって意図ですね」
と、ミツキが説明を加える。
「やけん、本人もケガせんかったし、お菓子も無事。そげな小細工ばっかり計算高うしとるから、可愛げなかぁって思うやろ?」
おかしなエピソードだが、これも主人であるオウシを想ってのことであり、そういう意味では可愛いやつだと言える。しかし、チカマルを幼い頃から見ているヤエには、もう少し素直な可愛げがあっていいと思うのである。
「チカマルさんは慌てたり取り乱すこともないし、常に落ち着いてますからね」
「それはミツキ様ではありませんか」
にこやかに返すチカマルに、ミツキも苦笑する。
「まあ、大将にそこまで合わせてみせるチカマルさんはともかく、あの方の近くにいると振り回される機会も多いですから、サツキさんを気に入るヤエさんのお気持ちもわかります」
「うんうん。しかも、初めて会う人は殿のダメなとこ知らんっちゃろ? 男女どっちからもやたらモテるし、やれやれやね」
オウシはちょっと驚いたようにヤエを振り返り、
「わしはモテるのか?」
これには、オウシの心酔者である黒人侍ゴスケが大仰にうなずく。
「オウシさんは素晴らしいでごわす。だれが見てもかっこいい隊長でごわす」
「で、あるか!」
「で、ごわす!」
誇らしげに胸を張るオウシとゴスケだが、
「どこがぁ……」
スモモが疑わしげなジト目でふたりを見やる。
「まあ、大将に惚れてついてくる人が多いのも事実だしいいじゃない。ボクはトウリくんと先に仲良くなったから違うんだけどさ」
と、ヒサシが笑いながら言った。
オウシはもうヒサシらの話を聞いておらず、
「オウシさんは世界一でごわす」
「で、あるか!」
「で、ごわす!」
などと飽きもせずに同じような会話でゴスケと盛り上がり、すっかり気をよくしている。
そんなオウシに、ミツキが淡々と言う。
「さあ。ちゃんとサツキさんたち士衛組とミナトさんにお礼を言って、出発しますよ」
「そうじゃ。礼を言わんとな。ミナト、一戦してくれて感謝する。そして。また会おう、士衛組の諸君。どうやら世界は、お主らを求めることになる」
オウシは腕組みしてそう言った。
「失礼します」
「お騒がせしました」
ミツキとチカマルがオウシに続けて挨拶して一軍艦に飛び移り、
「ばいばーい」
「またねー」
燦々とした笑顔でスモモが大きく手を振って一軍艦に戻る。ヤエも名残惜しい顔で手を振った。チカマルは微笑を携え改めてぺこりと一礼し、ゴスケも一軍艦に飛ぶ。
ヒサシがひらりと手をあげた。
「楽しかったよ、士衛組」
オウシも続こうとするが、一度ミナトを振り返った。
「別々の道を歩いておっても、わしらは兄弟じゃ! ミナト、また大きくなれ」
「ええ」
微笑して、ミナトはぽつりとつぶやくように言った。
「ありがとうございます。また」
ふわっとオウシが飛んで、一軍艦に戻ると、オウシたち
嵐のように去っていった一軍艦を見送り、ルカがぼやく。
「騒がしい人たちだったわね」
「ほんとよね、世界は求めることになるとか訳知り顔しちゃってさ。なんだったのかな? ねえ、サツキ」
と、ヒナがサツキに感想を求める。
「それに、もうそろそろだもんねえって……あ」
ヒサシの言葉の意味には、やっと見当がついた。
――あたしの名前から悟って、裁判のことを言ってたのね。
酔狂そうなヒサシのことだから、興味があるのだろう。それとも、わざわざ忠告する調子だったのには、訳があるのか。ヒサシはなにか知っているのか。ヒナにはそれがわからず、ちょっとむずむずする。
リラはにこやかに言った。
「とても親切な方々です」
「そうでしたね」
とクコは同意する。
リラはサツキの瞳を見つめ、
「ねえ、サツキ様? 今度はトウリさんとウメノさんをご紹介したいです」
「うむ。その辺のこと、まだゆっくり聞けていなかったからな」
「はい」
「ミナトも、あとでオウシさんのこと教えてくれ」
サツキが水を向けると、ミナトはくすりと笑った。
「構いやしないが、今知ったところで意味がないと思うなァ」
「いいさ」
「僕の代わりにだれか話してくれる人がいるといいのだけど。じゃあ、あとで昔話でもしよう」
「うむ。適当に聞かせてくれ」
「あいわかった」
ミナトはそう言いつつ、
――サツキは、僕についても聞きたいのだろうなァ。
とわかっている。
――僕だけが、この士衛組の中でほかのだれとも過去の交友やつながりがなく、得体のしれない存在なのだから。いや、サツキもそうか。
そういう意味では、サツキとミナトはお互いがこの組織においては、たったひとりの存在だった。だからこそ惹かれ合ったのかもしれない。
――案外、僕とサツキは似た者同士だったのかもしれないね。ただの正反対だと思ってたけど、僕らは鏡だったのかな。
鏡合わせだから、互いが互いを映し出せる正反対だったのだと気づく。
コインの裏表ともいえるだろうか。サツキとミナトは、表裏一体の存在だった。
サツキがミナトとオウシたちの過去について別の人物から話を聞くのは、アルブレア王国上陸後になる。それがだれになるのか、どんな話を聞くのか、今のサツキが知るよしもない。
サツキはミナトを見て言った。
「せっかくだから修業の続きだ。
「サツキ、燃えてるねえ」
オウシとの試合を観てサツキの闘志に火がついたらしい。ミナトはそんなサツキを見るのが好きだった。にこやかに微笑む。
「さて。やろうか、サツキ」
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