30 『視-指-試 ~ Look Beyond ~』

 チナミはというと、ヒナを地面から投げ飛ばし、自身は『クイーン・ガム・ピストル』ルードの後ろに回っていた。


「そこか! どおおおおおん!」


 物音に反応したルードが銃を撃とうと構える。

 が。

 銃口の先にいたのは、チナミに投げ飛ばされて尻もちをついたヒナだった。足裏のガムからは解放されている。


「ひぃっ!」


 慌ててヒナが両手を挙げる。

 チナミは、ルードの左後方にいた。


「こっちか!」


 ルードが銃を撃ちかけたとき、チナミは飛んだ。


「空中は絶好の的なんだよ! どおおおおおん! 《カムガムガン》!」


 ガム状の弾が発射される。チナミはそこから扇子を舞わせた。


「《はや》」


 強風が吹き、ガム状の軽い球が飛行する向きを反転させた。


「風か! でも……」


 と、ルードは弾を避ける。ガムは床に着弾した。

 続けて撃とうとするが、チナミはすでにルードの懐に飛び込んでいた。


「速っ……」


 言うが早いか、ルードはバタンと床に背中を打ちつける。


「はい。終わり」


 チナミに押し倒され、仰向けにされたルードは、なにが「終わり」なのかわからない。


「あっしは剣も得意……」


 と言いながら身体を起こそうとするが、ルードは動けない。


「あ! しまった!」

「そう。自分のガムが背中について、動けない」


 さっき避けた《カムガムガン》のガムは床に付着し、倒されたルードはガムを背中につけてしまったのである。

 即座に、仰向けのままでも銃を撃とうとしたルード。その銃を、チナミは愛刀『れいぜんすか』で斬った。


「おやすみ。《みんえん》」

「なにがおやすみだ! あっしは眠ルゥゥ……」


 最後に砂の魔法道具で眠らせ、『クイーン・ガム・ピストル』ルードも機能停止となった。


「チナミちゃん、やるね。あたしたちの連携プレイだね」


 調子よく親指を立てるヒナに、チナミは刀で斬りかかった。


「ごめんごめんごめんなさい! うそだようそ! 全部チナミちゃんのおかげですごめんなさい!」


 だが、チナミはヒナの頭の数十センチ上を刀で薙ぐと、カランという音と共に鞘に戻してしまった。


「え?」


 ヒナが後ろを見ると、海賊が剣を弾き飛ばされ、フウサイがその海賊を縛り上げたところだった。


「ありがとうございます。フウサイさん」

「チナミ殿、忍びの体術もかなり身についた様子だったでござる」

「フウサイさんのご指導のおかげです」

「あとはサツキ殿たちでござるか」

「はい」


 二人が話すのを聞き、ヒナはホッと胸を撫で下ろす。


「そ、そっちね」

「ヒナちゃん、大丈夫?」


 ナズナが飛んでくる。心配されるが、ヒナは胸を張る。


「ま、またあたしの囮作戦が炸裂したってことね! 陽動なら任せてよ!」


 明るくそう言うと、チナミにジト目を向けられ、ヒナは目をそらす。


「いやあ、実戦って初めてだったけど、みんなで戦えば結構やれるものね。うん。あたしも頑張らないといけないわ。得意の陽動ばっかりじゃなく、次は剣術で敵を倒したいものね。うん」




 船長『海峡の支配者』コクヨウワラと戦う『剣聖』マサミネは、その実力をいかんなく発揮して見せてくれた。


「オレ様のラッパ銃、受けてみろ! 《エアロキャノン》!」


 大きなラッパ銃は、大砲のようであり、砲弾が発射されるときの音は迫力もある。

 マサミネは動じることなく、さらりと刀を振った。


「《かざあなり》」


 空間が破れ、砲弾は吸い込まれて消えてしまう。一拍遅れて、砲弾が船の後方へと排出された。


「キミの魔法は空気が原料だな。空気を吸い込み、それを魔力で固めて撃ち込む。そのためにそのラッパ銃が必要。違うかな?」

「当たりだが、それがわかったところでどうにかなるもんじゃない。《エアロキャノン》!」


 コクヨウワラはマサミネではなく、敵味方問わず『アークトゥルス号』全体に撃ちかけた。

 これにはさすがのマサミネも対応できない。


「そうきたか」

「この船上すべてがオレ様の支配下になったぞ。見ろ。動きが遅くなる者、押しつぶされる者、押し飛ばされる者など、オレ様にかかれば船は滅茶苦茶にできる」

「向こうでは空気に押し飛ばされる者たち、そちらでは空気に押しつぶされる者たち……そして、ワタシには……」

「わかるか?」

「動きが遅くなっている。……動きが遅くなるのは、空気がまとわりつくためか」

「よく気づいたな。バインド状態にしてやってるのさ!」

「押しつぶすのは、空気の密度による重さのせいだな。押し飛ばすのとは反対に、密度を先程の空気の弾よりも緩めたから」

「それにも気づくとは、なかなかだ」


 船上は、コクヨウワラにとっては敵も味方も全員が効果を受けている。

 二人のやり取りの最中だが、玄内が指をパチンと鳴らした。


「《空気ノ亀裂エアクラック》。やり合ってるとこ悪いが、この戦闘には、成果を見る目的があるんでな」

「身体が、軽くなった」

「なんだと!?」


 驚くマサミネとコクヨウワラに、玄内が解説する。


「今使った魔法、《空気ノ亀裂エアクラック》は、空気に亀裂を入れる。空気中には元素があるが、原子同士を分解して引き離すことで、空気中の元素を循環させるわけだ。原子同士がまた自然にくっつくように、一度分解したらまた自然界の秩序に従う。効果としては、空気に干渉する魔法の除去、あるいは空気の乱れの清浄化にして正常化ってところか。マサミネ、おまえには不要な補助だろうがな」

「あはは。ありがとうございます、玄内さん」

「くそう! ならば、これをくらえ! 《エアロキャノン》!」

「戦闘も充分楽しませてもらった。そろそろ決着としようか」


 マサミネはまた刀を振る。


「《風穴斬り》」


 ラッパ銃がスパッと斬れた。マサミネの刀が空間を切り裂き、ラッパ銃の手元に出現して斬ったのである。


「なにぃ!?」

「ワタシ自身が移動できるだけじゃない。物体をどこかへ移動させることもできる。それはキミも確認したはずだろう。つまり、空間を斬って刀の先だけどこかへ出現させることもできるわけだ。こんなふうにね」


 また、マサミネは刀を振った。

 今度は、腕ごと斬り落としてしまった。


「くわわわわわわわわわわわ!」

「まあ、そんくらいにしといてくれや。《昏レ弾スリープバレット》」


 玄内がマスケット銃でコクヨウワラを撃つと、コクヨウワラは眠りについてしまった。


「これは。どうして助けるのですか?」


 マサミネが問う。


「おれの都合だ。おれは他者の魔法をもらうことができるんだが、死人からはもらえないんでね」

「それは失礼しました。では、あとはサツキくんの成長を見させてもらうとしよう」

「そうしといてくれ。ルカ、止血を。魔法はもらうが、殺しはしない」


 玄内は、ルカに命じ、《魔法管理者マジックキーパー》でコクヨウワラを含む海賊たちの魔法を没収していった。


「その魔法、没収だ」




 サツキはこめかみを叩く。


 ――やはり、ダガーがある。


 素早く《透過フィルター》を発動させ、相手の隠し武器を見透した。


「サツキ様! わたしも援護します」


 クコが来て、二対一になった。

 だが、『南海の無法者』とおどうは絶対の自信があるのか、


「まとめてのしてやる」


 とまで言った。


「クコ。相手は《フィンガーフック》という魔法を使う。だが、フックを動かさないとそれは使えない」

「わかりました! そういうことなら」


 うむ、とサツキは意思疎通ができたとわかった。口に出さずとも、サツキの狙いはクコに伝わったらしい。

 十輝藤はフックを動かす。


「攻略できようはずもない」


 そこに、クコは剣をぶつけた。


「こちらもなかなかにパワーがあるじゃないか。ん? どういうことだ。微動だにしない……」


 フックがまったく動かない。


「やっと試せる機会がきました! わたしの新たな魔法《スーパーグリップ》です! きっちり固定させていただきました。もうフックは使えませんよ。サツキ様、あとは頼みます」

「任せ……」


 自分のフックが固定されたのに、十輝藤は落ち着き払っている。それを不審に感じ、サツキは十輝藤の全身を観察した。


 ――指? 魔力をまとってる……。


 右手の人差し指が、くいっと動いた。

 と同時に、サツキの身体が後ろにそらされる。


 ――だから、そんな魔法名なのか。


《フィンガーフック》。指によるフックという意味で、指を使って遠隔操作するのが裏の使い道であり神髄なのだろう。

 サツキはそこまで看破すると、クコに言い直す。


「あとは任せてくれていい」


 ふっと無駄な力は抜き、手の力を集中させる。相手の指の動きから引っ張る限界を見定める。それに合わせて、一撃を放つことができる体勢を作った。

 片手のフックを固定された十輝藤が、もう一方の手を服の内側に滑らせた。隠し持っていたダガーを素早い動きで抜く。


「クワァ!」


 十輝藤のダガーが振り落とされる。

 だが。


「《桜烈刃おうれつじん》」


 そのダガーはサツキの桜丸に刀身同士をぶつけられたことで破壊される。


「なにぃっ!」


 瞬間、サツキは刀を帽子の中にしまった。《どうぼうざくら》が持つ《ぼう》の効果により、ノーモーションで出したり消したりできるのである。


 ――溜めた魔力の二割を《桜烈刃おうれつじん》に! そして、残りの魔力をこの一撃に込める!


「はあああああ! 《ほうおうけん》!」


 すかさず、サツキは正拳突きを放つ。


「とおおおおおおおおおお!」


 叫ぶ十輝藤。

 十輝藤の身体は、クコに固定されたフックを起点とし、旗が強風ではためくように煽られていた。


「今だ、クコ」

「はい。《グリップボード》」


 最後にクコが、十輝藤を剣でつばぜり合いの形から押し飛ばすようにして振る。

 吹き飛んだ十輝藤は、船の壁にベタッと貼り付き、身動きが取れなくなった。


「クコ。互いに成長したな」

「はい。パワーがみなぎるようです」


 バシバシとクコは自分の胸部を叩いてアピールする。


「うむ。刀でもこれほどパワーを引き出して魔力を伝えられるようになったのは、先生とマサミネさん、そしてクコとミナトのおかげだな」

「サツキ様の一撃、すごかったです」


 話している二人の元に、マサミネがやってきた。


「どうだった?」

「はい。わたしは成長を感じられました」

「俺もです」

「そうか。ワタシから見ても、さっきの戦いは、いい剣だった」

「ありがとうございます。まだ半月以上船旅は続きます、その間もよろしくお願いします」


 ああ、とマサミネは満足そうだった。

 サツキは玄内の元へ行き、報告する。


「先生。十輝藤の魔法は《フィンガーフック》。フックを動かすことで遠隔でも人や物を引っかけることができるものですが、指先でもそれができるようです」

「そうか。サツキ。手応えはどうだった?」

「はい。手応えは確かにありました」

「船に乗る前のおまえらじゃもっと苦戦してた相手だな。相手のパワーに対応するだけでひぃひぃ言ってたはずだ」

「そうかもしれません」

「正直、クコがいなくても余裕だったろ?」


 内心ではそう思っていただけに、サツキはちらとクコを見て、マサミネと会話を続けているのを確認し、うなずいた。


「はい。視野も広がりました。この船にいる全員がなにをしているか、戦っていてもわかりました」


 ――そう。おまえは広い視野を持つことで初めて持ち味を発揮できる。やっと土台ができた。ここからのサツキの成長は早いだろうな。


 玄内はニヤリと笑い、深みのあるダンディな声で言った。


「ああ。それが実戦の収穫だな。ミナトにも感謝しておけ」

「はい。ミナトにはよくクコとの修業に付き合ってもらって、俺と二人でも修業しましたから。……そういえば、ミナトはどこにいるんでしょう。あいつなら、かなり戦えたと思うのに」

「かなり……? フ。そんなタマじゃねえさ」

「?」


 サツキは玄内の見立てと言葉の意味がわからず首をひねるが、玄内はすぐにヒナとバンジョーに歩み寄り、「おまえらは修業が必要だ」と言っていた。

 ふうと息を吐き出し、サツキはつぶやく。


「もっと強くなれる。もっと」

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