31 『裂-作-策 ~ I'll Take You ~』

 その夜。

 海賊を追い返した『アークトゥルス号』は、『東西の結び目ワールドゲート』マドネル海峡を抜けようというところだった。

 そんな『アークトゥルス号』に仕返しをすべく、海賊船が近づいていた。

 船長『海峡の支配者』コクヨウワラは左右に言う。


「片腕も魔法も失ったが、オレ様は負けを認めるつもりはない。この晩、すべてを奪い尽くしてやるぞ」

「おう!」


 と『南海の無法者』とおどうも殺気立ち、


「はい!」

「もちろんですよ!」


無線操舵手ステアリングマスター』フォニーは操舵輪を回した。船に備え付けられている操舵輪であり、これまでは魔法によって操舵手を務めていた彼女もなんとかやり返してやりたいと思っていた。ルードも息巻いている。

『アークトゥルス号』の船上では、海賊船に気づいた者がいた。


「なんだ? あいつは……」


 コクヨウワラが目を細めて少年を見る。

 一人だけ甲板に出ていた少年は、ふわぁと欠伸をした。


「いやだなァ。変なのがいるや。昼間、サツキが言ってたっけ。海賊船が襲ってきたって。なにしてたんだって言われちゃったし、今度は僕が追い払ってやるか。昼間見張り台で昼寝してた分、働こうじゃないか」


 そう言ったのは、『しんそくけんいざなみなとだった。

 ミナトは船の最後尾まで行き、刀を構える。

 海賊船では、「昼間はいなかっったよな?」とか「こっちに気づいたみたいね」といった声が上がる。


「なんでもいい、このラッパ銃でぶっ飛ばしてくれる!」


 片腕を失い魔法まで失ったコクヨウワラは、ラッパ銃をタスキで肩から下げ、通常の砲弾を銃身に込めた。

 瞬間、ミナトは抜刀した。

 刀は、天下五剣『あましらぎく』。


「《あまれつしょう》」


 剣尖は空を裂くように描く。

 音を置き去りに、疾風の刃が海面を翔る。

 海が割れた。

 海賊船が正面から真っ二つに切り裂かれ、風浪に混じった斬撃音が吹鳴し、船が闇に呑まれる。

 夜の闇に海の底が隠され、その中へと沈み消えゆく船を、もう見ることはできなかった。


「奇襲も兵法だが、あんなに目立っちゃァまずい。命は捕りません。あとはマドネル海峡の海上警察に拾われるのを待つことだ。さようなら」


 もう、ミナトは見向きもしなかった。

 割れていた海は互いにぶつかり合うように打ち寄せ、その波紋は『アークトゥルス号』を前へと押し出すようにぐらりと揺らした。

あましらぎく』を鞘に戻し、ミナトは甲板を去った。

 大波に揺られる海上では、船の瓦礫の一部がぽかりと海面に現れた。

 遅れて海面に顔を出した海賊のひとりが、必死にその瓦礫にしがみつく。

 海に溺れる海賊たちの悲鳴は、先へ先へと海上を進む『アークトゥルス号』の乗客たちに届くことはなかった。

 コクヨウワラ率いる海賊団の船が海に沈み海上警察に捕らえられたようだと新聞に掲載されたのは、その二日後のことである。




 七月になった。

 海の上は変わらぬ日々が続く。

 サツキはクコと魔力コントロールの修業をしていた。場所はクコの部屋であり、額を合わせて互いの感覚を共有する。

 修業を終え、サツキは言った。


「そういえば、俺は海賊が襲ってきたとき、マサミネさんの戦いも見ていたんだ」

「船長さんと戦ってましたね」

「うむ。船長コクヨウワラは《エアロキャノン》という魔法を使った。空気の弾丸を撃ち込み、様々な効果を与えるものだ」

「先生の銃に似てます」

「うむ。そうだな」

「それがどうかされたんですか?」

「これはクコにも応用できるものがあると思ったんだ」

「わたしにですか?」

「人や物に空気をまとわりつかせ、まるで水中にいるように動きを遅くするものがあった。バインド状態と言っていた」

「サツキ様も戦っていたのに、よくそこまで見て聞いてましたね」

「まあ、それはいい。問題は、このバインド状態だ。クコのグリップの魔法で、バインド状態を作り出せないかと考えてる」

「すごい作戦です! その魔法が作れれば、わたしはまた強くなれます! ぜひ使えるようになりたいです! でも、どうやって……」

「あの船長コクヨウワラは、空気をまとわりつかせた」


 クコはぽんと手を打った。


「なるほど! つまり、空気との間に摩擦を与えるんですね」

「そう! 空気に縛られるってわけだ。摩擦は動く度に強まる。最後には動くのが大変になる。どうだろう?」

「なんだか、できそうな気がしてきました! 《バインドグリップ》ですね」

「その名前でいくか」


 二ヶ月の修業によって力をつけた二人だが、海賊たちとの戦いを経て、さらに強くなろうとしていた。




 ルーンマギア大陸。

 妖怪姉妹の金竜銀竜と戦い、金竜をひょうたんに閉じ込めたリラたち。

 豚白白とんぱいぱいの取りなしで銀竜は共に連れ立って行くことになり、六人で旅をしていた。

 暦も七月になり、今日は二日になる。

 この日、一行はようやく、『ようかいだいおうしゅおうとその妻・てつせつさいのいるようじょうの前に到着した。

 また、この二人の息子の『はんようれいりんもいるらしい。


「アタイの案内はここまでよ。首羅王様とは戦えないからね」

「そんなに怖い人だっちゃ?」


 銀竜はうなずく。


「もちろん。なんたって巨大化するんだから。しかし。うまくすれば逃げ切れるかもしれないのに、わざわざ戦いに来るなんて変わった人間たちよね、ほんと」

「いいえ。私たちの目的は世の中の平和にあります。避けては通れません」


くんせんしょうほうがそう言うと、豚白白はケロリとした顔で聞いた。


「戦うのは、経典を取ったあとではダメだったっちゃ?」

「それも一つですね。そのあとのほうが私たちも強くなっていますし」


 ずこっとキミヨシがこける。


「なんか二度手間っぽいだなも」


 だが、仙晶法師は淡々と語る。


「ええ。リラさんにしてもキミヨシさんとトオルさんにしても、西を目指しているわけですから」

「だなも」

「それより。嶺燐児さんは私をさらったとき、彼のお父さん……つまり、首羅王さんは、人間を憎んでいると言いました。なにか事情があるのです。それを一刻も早く解決してやるのが、平和への近道だと思いませんか?」

「さあ。我が輩にはわからないだなもよ。でも、仙晶さまがとてつもないお人好しなことはわかるだなも」

「だな」


 と、トオルもキミヨシに同意する。


「じゃあアタイは少し離れた場所で見てるから」


 銀竜がその場を去り、一行は相談する。


「さて。銀竜さんも行ったことですし、戦略を立てましょう。だれか、考えはありませんか?」


 仙晶法師が一同を見回すと、キミヨシがニヤニヤしながら申し出る。


「恐れながら我が輩、昨日仙晶さまにもらった新しい魔法道具の使い道を考えていただなも。それもせっかく知恵を出すなら全員分と欲張って思案を巡らせれば、我ながらなかなかの良策が浮かびましただなも」

「では、聞きましょうか。あなたの作戦を。おっしゃってください」


 このあと、キミヨシは作戦を話し出した。




 それを聞き、みなは一様にうなずいた。


「オレはいいと思うぜ」

「おいらも賛成だっちゃ」

「わたくしもです。仙晶法師さんはいかがですか?」

「そうですね。私もそうやって魔法道具を使ってくださるなら、差し上げた甲斐があるというものです」


 四人の返答を受けて、キミヨシは言った。


「決まりだなもね。じゃあ、さっそく戦闘準備にかかるだなも」


 ふと、そこで、キミヨシは気配を感じて振り返る。トオルも視線を投げたその先には、『半妖』嶺燐児がいた。


「おや。キミはいつぞやの誘拐犯……」

「こら、キミヨシさん。そう言うものではありません。嶺燐児さん、どうされましたか?」


 自分をさらった相手にも心配そうに話を聞こうとする『君子』仙晶法師。キミヨシは呆れているが、嶺燐児は困ったような様子で仙晶法師の胸に飛び込んだ。


「仙晶さま、ボクどうしたらいいのか……」


 と泣きついた。


「よいのです」


 仙晶法師は嶺燐児の頭を撫でる。

 豚白白は疑わしげに嶺燐児を見て、


「ま、またなにか企んでるだっちゃ?」


 と困惑するが、キミヨシとトオルは手を出す様子もない。

 リラも嶺燐児を疑っておらず、


「いいえ。わたくしには、本当に助けを求めている顔に見えます」


 と言うと、仙晶法師もうなずく。


「私にもそう見えます。ですから豚白白さんも警戒ならさずに」


 嶺燐児は震えた声で言った。


「仙晶さま、どうかお父さんとお母さんを止めてください」

「大丈夫です。我々が止めてみせます」


 そう言って、仙晶法師は四人を見やる。

 キミヨシは呆れを越えて小さく笑った。


「まったく仙晶さまはお人好しの鏡だなも。わかってるだなもよ、嶺燐児くん。我が輩たちが首羅王を倒し改心させてやるだなも」

「きっと、仙晶法師さんの言葉を聞けばおまえの親も気持ちが変わるさ」

「おいらたちに任せるだっちゃ」


 と、キミヨシとトオルと豚白白が言うと、嶺燐児は目の周りを赤くしながらも、口元が和らいだ。

 リラが言った。


「みんなで力を合わせればきっと大丈夫です」

「はい」


 嶺燐児の返事にリラもうなずき返す。


「戦いが終わったあと、しっかり対話してください。話し合える場所にいるのですから」

「はい」


 トオルはリラの言葉の意味を考える。


 ――リラには事情があるらしいとはわかっていたが、なんとなく、嶺燐児とは似て非なる状況なんだろうな。リラの場合は、『親との対話も許されない何か』との戦いなのか……。それは、リラが話したくなったら耳を傾けるべきことで、今オレやキミヨシが聞き出すものじゃない。


 キミヨシが微笑を浮かべ、


「トオル。難しい顔になってるだなもよ」

「そうか?」

「うきゃきゃ、トオルは悲観的観測をするから、また今は考えなくてもいい先のことまで考えてるだなもね? でも、心配御無用! この『たいようわたりきみよしがいるからにはすべてはまるっと優しく解決するだなも!」


 相方の底抜けの明るさを見せつけられると、トオルも「こいつには敵わねえ」と思う。


「だな。やるぞ!」

「だなも。仙晶さま、我々に合図を」


 仙晶法師は謹厳にうなずき言い放つ。


「みなさん、これが最大の山場です。気を引き締めてかかりましょう。それでは、作戦開始です!」

「はい!」


 とみんなが返事をする。

 まず、キミヨシが空に向かって叫んだ。


「《きんとんうん》!」


 空からは、畳で一畳くらいの広さになる、黄色い雲が急降下で飛んできた。


「やあやあやあ、良い子だなもね。よしよしよし」


 雲をペットみたいに抱いて可愛がり、キミヨシはぽんぽんと撫でて言った。


「さあ。我が輩を乗せてくれだなも」


 仙晶法師は嶺燐児に呼びかけていた。


「あなたは私と共にいてください。これから妖魔城に乗り込みますよ」

「はい」


 それぞれが準備を整えていき、一行は妖魔城に乗り込んだ。

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