32 『剥-穿-吐 ~ Deadend ~』

 ようじょうの門は開かれている。

 仙晶法師一行が来ることを知り、あえて迎え入れ、城内で討ち取るつもりなのだろう。

 それは仙晶法師たちにとっても好都合だった。


「妖怪がいっぱいだっちゃ!」


 城内に入るや、大量の妖怪たちが待ち構えていた。豚白白が驚いて叫ぶが、キミヨシは《きんとんうん》に乗ったまま飛び回り《にょぼう》を振り回して道を作る。腰のひょうたんが揺れる。


「やあやあやあ! 我が輩は『太陽ノ子』キミヨシだなも! 用があるのは『ようかいだいおうしゅおうその人! 雑魚にはどいてもらおうか!」


 豚白白が横から来る敵を払いながら、進んでゆく。最後尾を行く仙晶法師はトオルが護衛する形である。


「この城は全部で五階になっています。お父さんがいるのは最上階の天守閣です」


はんようれいりんが説明し、一行は階段をのぼる。


「また、もっとも多くの妖怪が待ち構えているのは一階と二階です。ここを抜ければあとは一気に数が減ります」


 一行は、キミヨシが《にょぼう》で妖怪を薙ぎ払うことで進路を作り、階段のすぐ前まで来た。


「ここをのぼればいいわけだな。やつらはオレが食い止める。行け! キミヨシ、豚白白」

「わかっただなも」

「トオルくん」


 キミヨシは脇目も振らないが、豚白白は心配そうにトオルを見やる。


「大丈夫だ。あとから追う。仙晶法師さんと嶺燐児は任せろ」

「頼んだっちゃ!」


 二人が階段をのぼると、トオルは自分よりも先に仙晶法師と嶺燐児に階段をのぼらせ、妖怪たちに言った。


「ここを通すわけにはいかねえな」

「やっちまえ!」

「おー!」


 妖怪たちが襲ってくる。

 トオルは自身も二人のあとに続いて最後尾で階段をのぼり、上で待ち受けた。


「ハッ! オレがなにをするか、わかるか?」

「いいから仕留めろー!」

「うおおおおお」

「アイヤー」


 一階にいた妖怪も遅れて二階部分にのぼってくると、それらの妖怪を束ねるリーダーの指示で一斉に襲いかかってきた。


「ここを塞ごうってわけだ」


 トオルはそう宣言して、仙晶法師と嶺燐児が三階に上がったのを見て扉を閉める。


「やつ一人になったぞ!」

「馬鹿め! 扉を閉めようと鍵はこちらにある」


 妖怪の声を聞き、トオルはニヤリと笑った。


「オレが仙晶法師さんにもらった新しい魔法道具は、《ざいかぎ》。どんな鍵も開けられるし閉められる。こんなふうにな」


 ガチャ、と施錠した。

 これにより、三階へ続く階段の扉が塞がれる。


「そして、オレの魔法を使う」

「魔法……だと?」


 トオルの意図がわからず、妖怪は動きを止めた。警戒しているらしいが、トオルは構わず魔法を使ってみせた。


「《はくらく》」


 そう言って、鍵穴をぺりっと剥がしてしまった。

 鍵穴を剥がされた扉は、元からドアノブしかなかったかのように平らな面になる。


「おまえらが鍵を持っていようとなかろうと、これで、施錠された状態のまま鍵を差し込むことさえできなくなった。ついでにドアノブも剥がしておくか」


 べりっと指でドアノブのつけ根をつまむように剥がす。


「な、なんだと!」


 妖怪の一人が驚きの声を上げるが、リーダー格の妖怪はニヤッと笑う。


「それでは自分も上に行けないだろう! 馬鹿め!」

「馬鹿はおまえらだ。オレには《月牙移植鏝これ》がある。じゃあな」


 床に《月牙移植鏝ジョイントスコップ》を突き立て、穴を開ける。


「あいつ、穴なんか掘ってどうしたってんだ?」

「うっかりドアノブまで剥がしちまったもんだから、穴があったら入りたいってやつかもしれねえな。はははは」

「あれじゃあ頭も入らないっての。ひひひ」

「おろかもん! そんなわけないだろうが! 追え! いますぐ追え!」


 しかし、時既に遅し。トオルは自分が穴を通り抜けると、すぐに穴を塞いでしまった。地面の穴はなくなり、ドアだったものはただの壁となり、もはやだれも通行できなくなってしまった。


「やられた!」

「どうすりゃいいんだ!」


 ドアを一枚隔てた向こう側では情けない叫び声が響くが、トオルはもうそちらへの関心を示すことなく、三階の敵へと注意を向ける。


「なるほど。このくらいなら余裕だぜ」

「トオルさん。お願いします」


 仙晶法師は妖怪たちに狙われていた。キミヨシと豚白白よりも、妖怪たちの狙いは仙晶法師にあるからである。

 トオルは腰の刀を抜いた。

 太刀は良業物『りくごうはちまさ』。


「さて。またやらせてもらうか」


 見事な太刀さばきで妖怪数人をたちまち斬り捨て、仙晶法師に向き直る。


「怪我してましたか」

「この程度なんともありません」


 仙晶法師のすり傷に手を伸ばし、


「《はくらく》」


 トオルはその傷口を剥がして捨てた。


「ありがとうございます。トオルさんの魔法《はくらく》。なんでも剥がせる魔法でしたね。こんなこともできましたか」

「これくらい大したことないですよ。キミヨシと豚白白は先へ行ってるようですね」

「ええ」

「じゃあ、この階も塞いでやらねえとな」


 トオルは刀を鞘に戻し、今度は《月牙移植鏝ジョイントスコップ》をくるっと回して構えた。


「頼むぜ、キミヨシ、豚白白。そしてリラ。この階も封鎖しといてやるからよ」




 妖魔城。

 三階を抜けて四階まで上がったキミヨシと豚白白は、そこで待ち受けているひとりの妖怪と対峙することになった。

 てつせつさいである。

 彼女は首羅王の妻であり、大きな団扇を持っている。


「ワタシは『へんかぜ』鉄刹妻。アンタたちが噂の『君子』仙晶法師の仲間かい。思った以上にやるようだね。こんなに早くここまで来るとはさ。でも、この先へは行かせないよ」

「やあやあやあ! 我が輩はキミヨシだなも。我が輩、『妖怪大王』首羅王に用があるゆえ、はいそうですかとは言えないだなもよ」

「おいらは、『水の戦士』豚白白だっちゃ!」

「そういうことだから、覚悟してちょうだいね。豚白白くん、頼んだだなも」


 キミヨシが豚白白に合図すると、


「《縮小鬱金香スモールチューリップ》だっちゃ」


 懐からチューリップを取り出した。


「なんだい? それは」


 鉄刹妻は怪しんで尋ねるが、キミヨシはニヤリと笑って答えない。チューリップの香りをかぐと、


「す、姿が見えなく……いや、小さくなっただけのようだね!」


 キミヨシは《きんとん雲》ごと小さくなってしまった。親指の先よりも小さくなっている。

 豚白白が説明した。


「このチューリップは仙晶法師さんが作った魔法道具《縮小鬱金香スモールチューリップ》だっちゃ。匂いをかぐと小さくなるんだっちゃ」

「そういうことだなも! たりゃああ!」


 小さくなったキミヨシはぎゅーんと《きんとん雲》で飛んで、鉄刹妻の周りを飛び回った。


「うっとうしいね!」

「豚白白くん!」

「わかったっちゃ! 《魔力之泉ウォータータンク》! だあああっちゃああああ!」


 豚白白は手のひらを向け、水を放出した。


「水なんかは《しょうせん》でひと扇ぎしてやればいいのさ! それっ」


 大きな団扇で扇ぐと、水が飴玉に変身してしまった。飴玉がぱらぱらと振ってくる。


「飴玉だっちゃ!」

「ワタシの《化消扇》は、その風を受けた物を別の物に化かして変えるのさ。アンタの水なんて飴玉にしてしまえば怖くもない」

「これは大変なことだっちゃ」


 そう言いながらも「大変大変」と飴玉を拾って食べようと口に運ぶ豚白白。


「ただし、物の見た目を化けさせているだけだから、食べてもうまくないよ」

「うえー。味がしないだっちゃ」

「解除系の魔法を使われたり、ワタシがこの魔法を解除してやったりすれば、元の姿に戻るんだけどね」

「そんなーだっちゃ」


 嘆く豚白白に満足する鉄刹妻だが、キミヨシの姿が見えなくなっていることに気づく。


「ところで、やつは……」


 視線を巡らせる。

 そのとき、腹部に痛みを感じた。


「痛っ! な、なにが……お腹が……痛っ!」

「それは、小さくなったキミヨシくんが、胃袋の中まで入り込んだからだっちゃ!」

「なんだって!」


 鉄刹妻は顔をしかめる。


 ――言われみると、確かに胃の中を棒で叩かれているような痛みが……。


「痛っ! ゴホゴホ!」


 無理矢理吐き出そうとするが、その隙に攻撃が飛んできた。


「今だっちゃ! 《魔力之泉ウォータータンク》! だあああああっちゃああああ!」

「くっ! だから効かないよ! そおおおおおれえええ!」


 鉄刹妻は《化消扇》を振る。

 豚白白は即座に、水の放出をやめて、様子をうかがう。


「アイヤっ! くぅ! どうしたら追っ払えるっていうんだい! もどかしい!」


 腹立たしげな鉄刹妻をじっと見て、豚白白は己の役割に集中する。


「おいらは水を蓄えられる。《魔力之泉ウォータータンク》は、水を体内にため込める魔法だっちゃ。その水は魔力にも変換でき、魔力をそのままパワーに変えて怪力を発揮することもできるっちゃ! それは、こんな使い方もできるってことなんだっちゃ」

「え?」

「だっ! ちゃッ!」


 かけ声と共に、豚白白は拳を振り抜く動きをしてみせる。すると、ものすごい爆風が起こった。

 あまりの予想外な攻撃に、鉄刹妻は背中から壁にぶつかってしまった。苦しげにうめく。


「アイヤァァーン! なんてパワーなんだい……! て、アンタ……」


 そのまま気を失うかと思いかけた鉄刹妻が、目を丸くする。


「そんなに細かったっけ?」

「おいらの身体にためた水は、見た目では脂肪のように身体につくっちゃ。だから太ってると誤解されるんだっちゃ。でも、魔力として消費すれば……本当は、このようにスリムなんだっちゃ?」


 決め顔の豚白白。

 しかし、鉄刹妻は眉をひそめる。


「内部の脂肪が消えただけで、皮がだるんとしてるじゃないか……。太ってることは太ってるのね」


 いずれにしても、少ししぼんだだけで太っていることに変わりはない。だが、あれだけのパワーをため込まれたら厄介だった。


「これはますます、あの人の元へは行かせられないね!」

「望むところだっちゃ!」


 言いながらも、豚白白はさっき飴玉に変えられ床に落ちてしまった水分を補給してゆく。

 一方、キミヨシは……。

 隙を見て胃袋から再び喉を通って口から外に出て、先に進み。

 すでに、最上階にたどり着いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る