33 『泣-為-納 ~ Hidden Catharsis ~』

 最上階。

 天守閣。

 そこには、『ようかいだいおうしゅおうがいた。

 背は一八〇センチ近くあり、牛の角を模したような兜をかぶっている。細長い口ひげを持つ。

 首羅王はウワッハッハと笑う。


「我は首羅王! 人呼んで『妖怪大王』! まさかそんな小さな姿でやって来るとはな!」


 言われた直後、ポンと元の大きさに戻った。

《きんとん雲》に乗った状態のまま、キミヨシが威勢よく挨拶した。


「やあやあやあ! 我が輩は『太陽ノ子』キミヨシだなも! さっきは小さくなっててつせつさいの胃の中に入り込み、豚白白くんと戦っている隙にさっさと出て来ただなもよ」

「その大きさだから鍵穴の中も通り抜けられたのか」

「あの魔法道具は時間制で、チューリップの香りを一秒かぐと一分で元に戻る。我が輩は三秒かいだから三分でここまで来なければならなかっただなもよ」

「来て早々だが、さっそく我も本気を出させてもらうとしようか」

「なんだなもか」


 そう言い放つが、キミヨシは冷静だった。


 ――魔法だなもね。銀竜さんとれいりんくんのお話では、きっと……。


 相手を観察すると、首羅王は背を向けて歩き出した。


「来い」


 天守閣から外に出る。

 各階の高さがあるから、かなりの眺望である。

 そこから、首羅王は飛び降りた。


「はいやあああああああああああ!」


 叫び声をとどろかせて、


「《きょたいりきおう》!」


 外に飛び下りながら、首羅王は巨大化する。

 この天守閣とも変わらぬほどの大きさで、高さにして三十三メートルにもなる。


「ウワッハッハ! 見たか、これが我の魔法《巨体力王》だ!」


 そして、腕をぐるっとふるって、妖魔城のそばにある岩山を軽々と壊した。首羅王の肩ほどもあったのに、バラバラと砕け散った。


「この通り! 大きくなるばかりじゃなく、力も強くなっているのだ!」

「でっかいだなも!」


 目の間に現れた巨大な首羅王に、キミヨシは感心する。


 ――やっぱり、聞いていた通りの魔法だなもね。この魔法の弱点は、胸の心臓。それを貫かれると元の大きさに戻ってしまうだなも。しかも一度の巨大化による魔力の消費も大きいから、弱点を衝けばもう戦えない。ここからが我が輩たちの腕の見せ所だなも!


「負けないだなもよー! 行くだなも《きんとん雲》!」


 びゅーんと飛んで空中を舞う。

 ぐるんぐるんと大きな弧を描くようにして、まるでジェットコースターが回転するような速さと動きである。


「すばしっこいやつめ!」


 首羅王が拳を握り殴りかかるが、キミヨシはものすごいスピードで飛んで避ける。


「やあやあやあ! そのくらいの攻撃なんのその! さあ行くだなもよ我が『子』たち! えいや!」


 と、髪を何本も抜き、


「いてて」


 痛がりながらも魔法を発動させる。

 ふぅっと、息を吹きかけると、キミヨシの分身体が何十と現れる。それらはキミヨシが『子』と呼ぶもので、意識が共有された忍者の影分身と異なり、『子』それぞれが自分の意思を持つ。


「さあ我が『子』たち! やってしまうだなもー!」


 本体である『親』のキミヨシの指示を受け、『子』たちは一斉に首羅王に飛びかかった。

 空中で作られた分身たちだから、首羅王の身体にも飛び乗るし、地面に着地した『子』も猿のように首羅王によじ登った。みんなが《にょぼう》で首羅王を叩いたり首羅王のヒゲを引っ張ったり、まぶたを引っ張る『子』もいれば、耳たぶにぶら下がる『子』もいる。


「鼻で滑り台だなも!」

「ブチッと鼻毛も抜けただなもー!」

「こっちは脇をくすぐっちゃうだなもよー!」


 首羅王は身体中の『子』たちを引き剥がそうとしていた。


「なんだこいつらは! やめろ! ええい、忌々しい!」


 つかみ取られて投げ捨てられた『子』は大きなダメージを受けたことでボンと消えていってしまう。

 数が少しずつ減ってきたのを合図に、『親』のキミヨシは《きんとん雲》で宙返りして、もっとも高い位置に来たところで腰のひょうたんを空に投げる。


「さあ最後だなも!」


 キミヨシは《如意棒》をぐるぐる回して、首羅王に向かって突き出した。


「伸びろッ! 《如意棒》ォォォォォォオ!」

「その程度の細い棒で、この我を止められるものか!」


 伸び出した《如意棒》を、首羅王が叩き落とそうと腕を振る。

 そのとき、キミヨシが叫んだ。


「今だなも! リラちゃぁぁぁぁぁぁあん!」

「はい!」


 ひょうたんから、リラが出て来たのである。

 リラはひょうたんについていたチャックを開けて飛び出すと、元の大きさに戻った。真っ逆さまに宙を落下しながら、手に持っていた小槌を振った。


「《うちづち》さん、お願いします! おおきくなーれ、おおきくなーれっ!」

「たりゃあああああああああああ!」


 数回振ると、キミヨシの《如意棒》が一気に大きくなった。巨大化したのである。つまり、太さも何十倍となり、大きくなる効果と伸びる効果が同時に与えられることで、一瞬で《如意棒》が首羅王の胸に届き、貫く。


「らああああああああああああ!」


 巨体の首羅王の咆吼が響いた。


「やった! やっただなも! 首羅王の弱点、胸を貫いただなも!」


 胸を貫かれた『妖怪大王』首羅王は、魔法が解けて元の大きさに戻ってしまった。

 あれだけの巨大化であったため、魔力の消費量が激しく多い。首羅王は膝から崩れ落ちて倒れてしまった。


「そ、そんな、馬鹿な……」


 その声を聞いて、キミヨシは喜んだ。


「勝っただなもー!」

「きゃー!」


 宙を落下するリラが悲鳴を上げると、


「しまっただなも」


 キミヨシは「てへ」と笑って、自身は《きんとん雲》からジャンプして飛び降り、


「《きんとん雲》、リラちゃんを助けるだなも!」


 と命じて、くるくると回転しながら着地した。


「やん」


 リラは一瞬で自分の元まで来てくれた《きんとん雲》の上に尻もちをつき、ふっくらとした感触に包まれる。《きんとん雲》はキミヨシの元まで下りてきた。ほんの地上一メートルの高さからリラは地面に飛び降りる。


「やあやあやあ、よくリラちゃんを助けてくれただなもね。良い子良い子」

「ありがとうございます、キミヨシさん」

「いやいや。《きんとん雲》は人を乗せていなければ光の速さ。だから呼べばどんなに遠くにいてもすぐにやってくるだなも。でも人を乗せると重さで少し遅くなる。《きんとん雲》の速さがなければ危ないところだっただなも。我が輩のうっかりのせいだなもが、本当に《きんとん雲》に感謝だもね、よしよし」

「そうですね。ありがとうございます、《きんとん雲》さん」


 リラも《きんとん雲》にもお礼を言って撫でる。

 キミヨシは妖魔城に向かって大声で呼びかける。のちに『かいだいおんじょう』の一つと謳われるキミヨシの大声は、城のどこにいる者へも届く。


「やあやあやあ! 『妖怪大王』首羅王は我が輩が倒しただなも! これにて戦はやめるだなも! 我が輩たちは首羅王とゆっくり話がしたいだなも!」


 城がざわめく。

 外を見る妖怪たちが首羅王を見つけると、静かになってゆく。

 しばらくすると、仙晶法師とトオル、豚白白、嶺燐児、鉄刹妻が出てきた。

 鉄刹妻は最初に言った。


「降参します。お願いです、あの人の命だけは助けてください」

「そうだなもか。わかっただなも。さて、仙晶さま。これからどうしましょうだなも?」


 その質問に答えるより先に、仙晶法師はリラに言った。


「私の差し上げた《ぐるみチャック》は役に立ちましたか?」

「はい。あの比水骨さんの魔法から作った魔法道具……物の中に入り込める効果で、キミヨシさんの腰に下げたひょうたんに入っていましたが、ちゃんと作戦通りに。あと、こちらはお返しします」


 リラは仙晶法師に《打出ノ小槌》を返す。


「これも役に立ったようですね」

「はい。これで《如意棒》を大きくできて、そのおかげで勝つことができました」


 仙晶法師は小槌を見て微笑む。


 ――私の友人、アキさんとエミさんの魔法から作った魔法道具。あの二人には感謝ですね。


「彼らは今頃、どうしているでしょうね」


 茜色が遠くに差した空を見上げると。

 キミヨシはバシバシと仙晶法師の腕を叩き、


「ちょっと仙晶さま! 今は黄昏れている時間じゃないだなも。夕方にはなったが、これから首羅王と対話する必要があるだなもよ?」


 仙晶法師は微笑する。


「そうですね。では、対話しましょうか」




 首羅王は語る。


「我は以前、せいあんの都にいたんだ。しかし、我は人間たちとの折り合いが悪くなってしまった。人間を信じられなくなり、都を出た。そのとき、優しくしてくれたのが鉄刹妻だった。彼女が妖怪だと知って、人間を嫌いになっていた我は、妖怪の世界を作れば世の中はよくなると考えた。そして、いつの間にか、我は『妖怪大王』と呼ばれていたのだ」


 つまり、妖怪たちの大王でありながら、首羅王その人は妖怪でもなんでもなく、普通の人間だったのである。

 話を聞いて、仙晶法師は口を開いた。


「そうでしたか。その苦しみの根源を、今から私が知り癒やすのは難しいかもしれません。しかし、人間も悪い者ばかりではないと思います」

「そうです、お父さん。ボクは仙晶法師さんをさらっておきながら、この人にいろいろと優しくしてもらいました。人間にも良い人はたくさんいます。だから、妖怪の世界にするなんて寂しいこと言わないでください」


 嶺燐児の訴えを真摯に聞くと、首羅王は鉄刹妻に目を向けた。


「おまえはどうしたい?」

「ワタシも、人間と戦いたいわけじゃないの。ただ、あなたが幸せになってくれさえすればいい。そして、嶺燐児が幸せになってくれたら……」

「そうか。最初から、憎しみにとらわれていたのは我だけだったのだな……」


 と、首羅王はむせび泣いた。

 涙もろいたちなのか、キミヨシはいっしょになって涙を浮かべていた。感情量の多いのがキミヨシの美点でもあると思っているトオルは、それを見て小さく微笑む。ただ強面で表情の変化も少ないため、他人にはわからないが。


「仙晶法師さん。話を聞いた限り、もうオレたちがすることはここにはないみたいですね」

「ええ。そうですね。家族が幸せに暮らすことほどの極楽はありません。では、邪魔者は失礼しましょう」

「はい。すっきり解決ですね」


 リラも笑顔を浮かべる。

 だが、嶺燐児が呼び止めた。


「仙晶法師さん」

「なんですか?」

「いつか、ボクが大きくなったら、弟子にしてください。いっしょに旅をさせてください。仙晶法師さんにいろいろとお話を聞いた三日間で、ボクも広い世界が見てみたくなりました」

「もちろんです。いつでもいらっしゃい。それでは、また会う日まで」

「はい。さようなら!」


 一行は、「さようなら」と嶺燐児たち家族に手を振り、妖魔城を後にしたのだった。

 仙晶法師の魔法で作ったひょうたんに閉じ込めていた金竜は解放し、比水骨も絵本から取り出し解放され、三人とも首羅王たち一家と暮らすことになった。比水骨はしばらく自分の気に入る身体を探すらしい。

 こうして、仙晶法師一行は、妖怪たちとの戦いの日々に終わりを告げた。

 豚白白が言う。


「あとは蓮竺まで一直線だっちゃ」

「ええ。みなさん、これまでよく困難を乗り越えてきてくれました」


 仙晶法師の言葉に、キミヨシが笑って、


「うきゃきゃ、仙晶さま気が早いだなも」

「そうですね。わたくしも最後まで気を抜かずに頑張ります」

「リラちゃんその調子だなも」


 えへへ、とリラが微笑む。

 トオルがフッと笑う。


「まあ、れいくにの追っ手もここまでは来られない。ちょっとは気を抜いてもいいと思うぜ」


 キミヨシが駆け出し高く飛び上がって、みんなを振り返る。


「さあ! 最後の最後まで元気に行くだなもよ! あの夕日に向かって走るだなも!」


 リラも「はい!」と言って走り出し、豚白白も「だっちゃ!」と手を上げて跳ねる。仙晶法師とトオルは静かに微笑み、五人は蓮竺へと続く道をゆく。残る旅路もあとわずかとなった。

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