29 『逸-外-弾 ~ Swim in The Sky ~』

 船長『かいきょうはいしゃ』コクヨウワラ率いる海賊たちが押し寄せ、『アークトゥルス号』は戦場と化した。

 左手がフックになっている海賊が、そのフックをくいっと引き寄せるように動かす。すると、『アークトゥルス号』の船員一人が近づいて行った。その船員をフックの海賊が拳でぶん殴る。船員は五メートル以上吹き飛ばされた。


「うわああぁぁ!」

「身長二メートル近いあいつがあんなに吹き飛ばされるなんて!」


 と、他の船員は驚きを隠せない。


「でも、あいつちょっと今おかしくなかったか?」

「そうか?」


 困惑する他の船員たちに、フックの海賊は名乗りを上げる。


「ワタシは『なんかいほうものとおどう。お相手してもらおうか。そうだな、キミにしよう」


 十輝藤はサツキを指名する。左手がフックになった長身の海賊で、腰には剣が下がっている。フックと剣を武器に戦うようである。


「挑まれたからには受けて立つ」


 サツキはしかと言い返す。

 続いて、女海賊二人組が名乗った。


「あっしは『無線操舵手ステアリングマスター府庵穂新ファン・フォニー

「そして、あたいが『クイーン・ガム・ピストル』芽吏安留戸メリヤス・ルード


 フォニーはなぜか操舵輪を二つ持っており、ルードは銃を持っている。


「女同士、あっしと戦ってもらうよ」

「で、あたいはあんたとだね」


 二人は、ナズナとチナミに宣戦布告した。

 チナミは、無言で巻物を取り出し、口にくわえた。

 この巻物は、口にくわえると変身できる特別製である。

 巻物がドロンと煙になって消える。同時に、足先から頭まで順番に、くノ一の衣装と髪型に変身してゆく。最後に髪型が変わって額当てが装着される。


「戦闘準備、完了」


 チナミはそう口にして身体を低く構えた。

 続々と移ってきた他の下っ端の海賊たちは、さっそく戦闘を開始していた。ヒナは逃げ回っては攻撃姿勢を見せ、また逃げ回っている。クコとバンジョーは一対一で戦い、ルカは数人を一気に仕留める。


「さあ、勝負!」


『南海の無法者』十輝藤はフックをかざし、サツキに殴りかかってきた。

 フックを刀で受ける。

 キーンと金属音が響く。


「すげえ、あのフックの攻撃を受けるなんて。小さいのにやるな」

「子供が剣の修業をしてるだけかと思ってたけど、あいつ本当に強いんだな!」

「だって、マサミネさんに修業つけてもらってるとこ何度も見てるぜ、おれ」

「おう……だな、すげえよ」


 さっきも仲間がこの十輝藤に殴り飛ばされたところを目撃しているので、サツキを見る船員の目が変わる。

 玄内はフッと笑う。


 ――おまえなら、あれくらいは受けられるようになってるよな。いや、余裕もあるはずだ。予想以上の成長だぜ。


 サツキはクールな顔を崩さず、相手とのパワーの差を分析する。


 ――結構な腕力だ。大柄なだけある。しかし、受けられないこともない。クコの《パワーグリップ》の感覚をつかんだおかげか。


 力で押し返す。


「おっと! なかなかやるな!」


 思いのほか強いパワーで切り返され、十輝藤は驚いていた。


「だが、これはどうかな?」

「……」


 剣で斬りつけてきた。サツキはまた、刀で受ける。

 しかし、不意に、サツキの服が後ろから引っ張られる感覚がした。


 ――なるほど。


 体勢が崩れかけたところへ、十輝藤の剣が振り下ろされる。サツキは終始、剣の動きに目を光らせつつも、相手の全体の動きが見えていた。


 ――あのフックが動いた。その瞬間、俺の身体が引っ張られた。つまり、連動している。魔法だ。これによって、さっきも相手を自分に近づけて、不意を突いて攻撃したものとみえる。


 振り下ろされた剣を、サツキはさらに後ろに引っ張られつつも受けた。


「ほう! これでも受け切るか!」

「あなた程度の力なら受けられるようです」


 挑発でもなく、本心から出た言葉だった。


 ――これまでの俺なら、力負けしていた。しかし今は余裕を持って受けられる。ここからは、一撃に備えて、力を溜めていこう。《せいおうれん》。


 精神を穏やかに集中させてゆく。


「魔法は、フックで遠隔操作するものですね」

「そうさ、ワタシの魔法は《フィンガーフック》。気づいたところで対応できないのがミソだ。生意気なその口、二度と開けないようにしてやるぜ。ウラァ!」


 フックを引く動作をし、十輝藤は剣を振る。


 ――《いろがん》。これで、フックの小さな動きから俺への影響を推測する。俺の瞳は、重心の移動や筋肉の動きまで見える。なにもかも、見逃さない。


 あえて膝の力は抜き、後ろへ身体が引かれるまま自分からもその分だけ後退し、相手の剣を払い上げる。


「カウンター《たいおうとう》」


 カラン、と十輝藤の剣が転がった。


「ちぃ! やるじゃねえか。だが、これで終わりだと思うなよ」


 サツキは無表情にも、自身の成長を実感していた。


 ――俺は、成長している。強くなってる。玄内先生には基礎からはじまるあらゆるパワーアップを、クコにはグリップの感覚による魔力コントロールを、ミナトとの修業では視野を広げながらの実戦演習を、マサミネさんには余すことなく力を伝え切るための剣の動きを。


 サツキはわずかに周囲へ視線を巡らせた。


 ――だからだろうか。今、この船で戦っているみんなの動きがすべて見える。そして、みんなの成長も見える。




 バンジョーは大柄の海賊を相手に柔道技のように投げ飛ばした。


「《デリシャス背負い投げスペシャル》だあああああ!」


 しかし、飛ばす方向は地面ではない。地面には叩きつけず、相手の船にぶん投げるかのようだった。

 投げ飛ばされた海賊は、自分の船のマストに背中を叩きつけ、そのまま気絶していた。

 背後から別の海賊が来るが、バンジョーは気配を察したように振り返る。


「なあ!」

「くっ! 気づかれ……」


 すでにバンジョーは拳を振り抜いていた。


「せめてフウサイくらい気配を消してみろってんだ! 《スーパーウルトラデリシャスパンチ》! おおおおりゃあああああ!」


 前以上にパワーも増したバンジョーのパンチは、海賊を吹っ飛ばすくらい軽いものだった。

 この海賊も自分の船までロケットで飛んでいくかのようであった。

 玄内はこの様子を見ながらほくそ笑む。


 ――フ。忍者の末裔というだけあるぜ。やはり、この手の素養も高いらしい。忍者の気配さえ感じ取る野性の嗅覚は、常人じゃねえ。が、さすがにフウサイ並に気配を消せたら最高クラスの技術になる。おまえが察せぬほどのレベルを所望ってのは無理難題だぜ。


 すがすがしい顔でバンジョーは腰に両手を当てる。


「ふう。投げ技も教えてもらっててよかったぜ! オレも成長したな。なっはっは!」




 ナズナとチナミは、女海賊二人組と戦っていた。

 ナズナが戦う『無線操舵手ステアリングマスター』フォニーは操舵輪を二つも持っている。これを手にしたまま走ってきた。一方の『クイーン・ガム・ピストル』ルードは銃を構える。


「どおおおおおん! 《カムガムガン》!」


 弾を撃つ。

 だが、その弾は地面に撃たれている。


 ――なぜ?


 チナミが思ったとき、逃げ回るヒナが横切った。


「うわ!」


 ずてっとヒナが転ぶ。床に貼り付いたガムがヒナの足裏にくっついて、足を取られたようだった。


「足の裏にガム? 貼り付いて離れない~っ! だれよこんな陰湿なことしたのは!」

「ちっ! 邪魔よ!」


 と、ルードは舌打ちした。


「わわわ、また敵が来た! なのに動けないよ~」


 足裏のガムはゴムのように縮む力が強かった。ヒナはその場から動けず、追ってきた海賊をしゃがんでかわす。


――魔法だね。弾はガム状になってる。くっつくと離れない。足下を固定するのが目的。あるいは、武器を持った手元に撃てば、武器を手や壁なんかに固定できる。


「ヒナさんも世話が焼けますね」

「チナミちゃん?」


 軽やかな身のこなしでチナミは走り、さっと身体を地面に沈めた。


「《潜伏沈下ハイドアンドシンク》」


 チナミが地中に消えると、即、ヒナも引きずり込まれた。

 銃を構えていたルードは二人の姿を逸する。チナミの足の速さもさることながら、そのあとに使われたらしい魔法のせいで見失った。


「どこ行った? もうひとりも消えたわ」

「ルード、そっちの面倒はあたい見てられないよ!」

「わかってる!」

「任せたから」


 フォニーはルードから視線をナズナに戻す。


「あんた、その背中の羽、飛べるの?」

「は、はい……」


 ナズナが正直に答える。


「じゃあ! どっか飛んでっちゃえ!」


 機敏な動きでフォニーが駆け出し、飛び立とうとするナズナの背後に回り込むや、ナズナの背中に操舵輪を一つだけつけて、くるっと回した。


「《無線操舵手ステアリングマスター》! ばいばーい!」


 右回転で操舵輪は回され、飛び立ったナズナはそのまま右に曲線を描くように曲がって飛んで行った。


「あ、あれ? 勝手に身体が……」


 ナズナの意思とは無関係に身体があらぬ方向へ飛んで行く。


 ――もしかして、さっきの操舵輪のせい? どうしよう。


無線操舵手ステアリングマスター』フォニーはもう一つの操舵輪を握り、


「そろそろ曲がるか」


 と言って左に回す。

 ナズナは軌道を変え左に曲がって飛ぶ。


 ――これって、壊せるのかな……?


 飛ばされながらもナズナは考える。


 ――や、やってみよう! サツキさんに、教わったんだもん! 《超音波破砕ドルフィンペレット》。


 すーっと深く息を吸い込む。


「あー」


 と、声を出す。

 すると、フォニーの手元でピキッと音がした。フォニーが視線を落とすと、操舵輪にヒビが入っていた。あまり大きなヒビではないが、自然に入ったものではないとわかる。


「うっそ!? こいつが損傷してると遠隔魔法が使えない。まさか、あいつがやったの?」


 ――で、できた。まだ壊せるぐらいの力はないけど、これで、自由になった。


無線操舵手ステアリングマスター》という魔法から解放されたナズナは、体勢を整える。


「背中についてるのも外さなきゃ」


 ナズナは背中につけられた操舵輪を外し、それを海に捨てようとするが。

 バン、と破裂音が響く。

 フォニーが銃を撃ってきたが、ナズナは空中で急停止して銃弾を避ける。


「それは捨てさせないよ」


 またナズナは息を吸い、


「あー」


超音波破砕ドルフィンペレット》で銃の破壊を試みる。

 しかし、銃は丈夫で壊れない。


「へいへい!」


 フォニーが連射し、ナズナはそれを宙で避ける。


 ――高く飛んでてもダメ……ちゃんと、勝たないと。みんなみたいに、戦うんだ。


 意を決し、ナズナは急降下した。

 ナズナはイルカが華麗に水中を泳ぐ動きさながらに空中で身をひねり銃弾を避け、海賊や船員たちが戦う中を縫うように飛び回って、フォニーに狙いをつけさせない。


「小賢しいね!」


 突然、ナズナは振り返って超音波を発する。


「あー」


 ――これは、サツキさんが教えてくれた、イルカさんが小魚を気絶させる超音波。《超音波直撃ドルフィンショック》。


 対象はフォニー。

 他の人間にはその効果がまるで及ばないが、フォニーだけは、不意に落雷にでも遭ったように、


「ぎゃっ!」


 と身体に衝撃が走り、銃を取りこぼしてしまった。


「やってくれたねッ!」


 それも一瞬のこと、フォニーは慌てて銃を拾おうとするが。


「あー」


 ナズナはまた超音波を発した。


 ――今度は、《超音波飛板ドルフィンバウンド》。


 サツキと話して、いっしょにイメージを作り、チナミやヒナも実験対象になって完成した魔法である。

 これによって、超音波は床を震わせた。

 パンッ!

 とポップコーンが弾けるように銃が飛び上がった。

 その上空を飛んでナズナは銃をキャッチして通り過ぎる。


 ――砂とかお塩が、振動ではじけ飛ぶみたいに、地面を振動させたの。チナミちゃんでもまだ五センチしか飛ばないくらいけど、これくらい軽い物ならこんなに飛んでくれるんだ。


 ナズナは抱えていた操舵輪だけ海に捨て、銃を手に持ったまま上空を漂う。

 操舵輪を使用不能にされ、銃も奪われたフォニー。


「がくっ……もう、あたいにできることはないわ」


 これ以上に戦うすべもない『無線操舵手ステアリングマスター』フォニーは、うなだれるだけだった。

 勝利を確信し、ナズナはささやかに喜んだ。


「やったぁ……!」


 声がしっかりと武器になったと感じられ、ナズナは笑顔を浮かべた。


 ――サツキさん、ありがとうございます。

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