23 『ストロングホールド』

 ターム川という運河のような川があり、そこには船舶が悠々と走っている。

 この川沿いに、城はあった。

 橋を渡った先に、その城は見える。

 ロマンスジーノ城。

 丸みのある円柱状の城で、コロッセオなどにあるようなローマ建築の外観を思わせ、優美な城でありながら要塞としての機能も備えているらしい。高さは五十メートルほどとこの周囲では抜きん出て大きな建築物であり、周囲は星形の城壁で囲われている。

 門を通る。

 城壁の中に入ると、中央に城がある。これを「城館」とヴァレンは呼ぶ。


「城館にはたくさんの部屋があって、基本的にはあまり使われていないわ。住んでいるのは七人しかないから」


 城館と城壁は、完全に分離しているわけではない。この城郭は通路も走っており、上部には見張り台もあるため防御のためにつながっている。

 庭を通り、城館へと向かう。

 広大な割に人の気配がなく、荘厳で静寂な空気が漂う。九月になるというのに、街の中よりも涼しく感じられた。

 入ってすぐに、執事然とした老人がいた。


「おかえりなさい、ヴァレン様。ラファエル坊ちゃん、リディオ坊ちゃん、ルーチェさん」


 道幅が広く天井も高いため、老人の静かな声もよく響いた。


「ただいま帰りました。グラート卿」

「ただいまー!」

「お出迎えありがとうございます。ルーチェ、ただいま帰りました」

「ただいま」


 ヴァレン、リディオ、ルーチェ、ラファエルと順に挨拶する。

 グラート卿と呼ばれた老人は、本名が井空蔵途イゾラ・グラート

 六十を過ぎているが身なりが綺麗で若々しい。盗賊団が持つには立派すぎるこの城に、元々執事として住んでいた老人である。


「いやですよ、ヴァレン様。元も、私は使用人であって貴族ではありません」


 士衛組に目を向けると、グラートは改めて挨拶した。


「はじめまして。ようこそいらっしゃいました」

「はじめまして。わたしたちは士衛組です」


 と、クコが代表して最初に挨拶し、全員の名前を紹介した。


「こちらはグラート卿。本名を井空蔵途イゾラ・グラート、元々アタシがこのお城を譲ってもらう前は、このグラート卿が住んでいたの。もっとも、持ち主は別にいたけど」


 ヴァレンの説明を受けて、サツキはあごに手をやり、


「つまり、グラートさんが仕えていた主人の城」

「どうしてお譲りに……」


 事情を聞いてよいものか、クコがぽつりと漏らすと、ヴァレンはグラートとアイコンタクトをし、グラートがうなずいたことで、しゃべり出した。


「実はね、グラート卿はご主人夫婦を亡くされたの。残されたのは幼い男の子がひとり。それによってこの家は貴族として衰退をたどっていた。グラート卿は憂いていたわ。そこへ盗みに入ったのがアタシ」


 ある夜、盗みに入ったヴァレンは、暗い屋敷でうなだれているグラートを見つけた。


「あら。暗い顔ね」

「あなたは」

「アタシは盗賊よ。この立派なお城から、ステキなお宝を盗みにきたの。なにかいいものがないかと思ったんだけど、なさそうね」


 華麗に腰に手を当ててそう言うヴァレンに、グラートは諦めたように言った。


「もうこの家は終わりです。なんでも好きなものを持っていってください。差し上げますよ」

「そう。では、このお城をいただくわ」


 ヴァレンは、腕を広げ、高らかに宣言した。

 それから、ヴァレンはこの城の主となった。

 話が終わり、グラートは言った。


「幼い跡取り息子だけを残したこの家は、どうなってもおかしくありませんでした。取り潰されて国にすべてを奪われる可能性もありました。しかし、まさか城をいただくなどとおっしゃる方がいようとは思いもしなかった。私はヴァレン様を気に入ってお譲りしました」

「そこで、グラート卿にはこの城館の管理人をしてもらってるの。そして、本来の持ち主は……」


 と、ヴァレンが肩越しに顔だけ振り返る。

 その目はラファエルに向けられていた。


「今のボクはヴァレン様の側近でしかありません」

「ラファエルはヴァレンさんのこと大好きだし、尊敬してるんだもんな」


 リディオにそう言われても、ラファエルは少し顔を赤らめるだけで、


「今は関係ないじゃないか」

「ここに住んでいるみんなは仲良しなんだぞ」


 と、リディオが腰に両手を当てて笑顔を咲かせる。

 ラファエルはリディオに口を挟まれ、恥ずかしさを隠すように咳払いをひとつして、


「つまり、ボクは貴族などではありません。ただの学生です」


 グラートがラファエルをあやすように言った。


「ラファエル坊ちゃん、おやつでもいただきましょう」

「うん」


 おとなしくうなずくラファエルに対し、リディオは万歳して大声をあげ喜ぶ。


「やったー! おやつだー!」


 ルーチェはグラートに声をかける。


「それでは、グラート様。お部屋の案内はワタクシにお任せくださいませ」

「頼みました」

「はい。承りました」


 グラートとルーチェはまるで執事長とメイドといった雰囲気である。

 ラファエルがグラートに聞く。


「じいや、おやつはなに?」

「本日は――」


 と、グラートに連れられてラファエルとリディオがこの場を離れる。


「よかったな、ラファエル。おまえの好物だぞ!」

「ボクにはリディオのほうがうれしそうに見えるけどね」


 そんなことをしゃべりながら去ってゆく少年二人の背中をサツキが眺めていると、バンジョーがラファエルとリディオについていく。


「へえ。デザートか。どんなもんか気になるぜ」

「おまえはこっちだ」


 と玄内に言われ、ミナトがくすっと笑って、


「旦那、落ち着いてください」


 とバンジョーの袖を引いた。

 バンジョーたち後ろの様子は気にせず、ヴァレンはサツキに言った。


「それと、この城館でもしなにかわからないことがあれば、グラート卿かルーチェに聞けば大丈夫よ」

「それにしても、なぜグラートさんをグラート卿とお呼びになるのです?」


 リラが尋ねると、ヴァレンはウインクして、


「うーん、どうしてかしらね。貴族の風格があるから? わからない」


 とはぐらかした。

 ただこれも、ヴァレンなりの尊敬と好意と気遣いがない交ぜになったことによる、愛称を使うのに近い気持ちであった。


「さて、行きましょう。みんなを部屋に案内するわ」

「こちらです」


 ヴァレンとルーチェに促され、一行は再び歩き出す。

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