22 『マジェスティクパレード』

 イストリア王国。

みやこ』マノーラ。

 新たな仲間を加えた士衛組は、食事を済ませると、壱番隊隊士となった時之羽恋ジーノ・ヴァレンらと共に、カルボナーラがおいしい店『センティ』を出た。

 サツキは言った。


「まずは、宿を探そう」

「どこかおすすめはあります?」


 ミナトに聞かれて、ヴァレンは微笑した。


「せっかく仲間になったんだもの、アタシたちのお城へ案内するわ。部屋も空きがあるしね」

「ありがとうございます」


 クコは素直にお礼をする。

 しかし、サツキとしては盗賊団とも言われる人たちの城――つまりアジトに、これから王国を取り戻す正義の味方が部屋を借りてもいいものかと思ってしまう。

 だがそんな複雑な気分も杞憂であり、長い髪をたなびかせて通りを堂々と歩くヴァレンを見ても、街の人々はまるで気にしない。もしまずいことであれば、玄内が口を挟むはずだが、反対しない。その理由はすぐにわかった。


「本当に盗賊っぽくないわね」

「ああ。気品があるな」


 ルカとサツキがひと言ずつ言葉を交わす。

 歩いていると、声が飛んできた。


「あ、見て。ヴァレンさん」

「きゃー」

「相変わらずカッケーぜ」


 女性の黄色い声援ばかりでなく、最後の声はヴァレンに憧れる男性のものである。その声に驚いたナズナがきゅっとサツキの手をつないでくっついてくる。


「サツ……キ、さん」

「大丈夫だ」


 と言ってやる。

 ヴァレンの人気はかなりのもので、ルーチェが義賊的な盗みしかしないと言ったように、彼ら『ASTRAアストラ』は大人気の正義の味方であり革命家であるらしい。スパイ組織にしては目立ちすぎるが、そうした活動はほかのメンバーによって行われるのだろう。目立つのはヴァレンだけのようだし。

 が、このとき。


「ねえ、あれ。士衛組じゃない?」

「噂になってるよね。さっき人助けしてたんだって。あの帽子の子がリーダーみたい。可愛いのにえらーい」

「サツキくんっていうみたいよ」

「あたし、サツキくんのことひそかに応援するって決めたんだぁ」


 などと、サツキに対しても黄色い声援があった。

 クコはにこやかにそれを聞いて、


「よかったですね、サツキ様。噂になってますよ。しかも、すごい人気です」


 と、自分が褒められたかのように喜んでいる。

 しかしルカは違う。ぶつぶつと文句を言うように、


「なにがサツキくんよ。名前で呼ぶなんてなれなれしいわね。可愛いのも偉いのも、今に始まったことではないわ」

「なんだか、あつかましいです」

「まったくよ。サツキもサツキで、のんきな顔しちゃって」


 チナミもヒナも、サツキへの声援がおもしろくない様子である。ナズナは士衛組局長のサツキが目立ったことで恥ずかしくなったのか、ふぅっと飛んでリラの横に戻り、隠れるようにした。

 リラはナズナの手を握ってあげながら、みんなの反応を見て、


 ――みなさんのお気持ちはわかるけど、リラもちょっぴり複雑かしら。


 と思った。

 さらには、クコに対しても、


「実際には人助けしたのはあの銀髪の子みたいだぜ」

「あの美しさでその上優しいだなんて、女神かよ」

「お姫様みたいで可愛いよなぁ」


 という男性からの声もある。

 実際には、お姫様というより王女様だが、そんな事情は知る由もなかった。クコの名前が知られていないだけよかった。


「お姉様も目立ってますね」


 リラが言うと、クコは少し困ったようにはにかむ。


「わたしがここまで目立ってしまってよいのでしょうか……」

「構わないさ。もう俺たちがこの街にいることも、大臣側は知っているだろう」


 元壱番隊隊士のケイトが内通していたのだから、すでに浮橋教授の裁判に士衛組が関わろうとしていることも、既知のはずである。


「むしろ、ここからはアルブレア王国にも近い。プロパガンダを打たれても、しっかりと本物の士衛組が本物として目立って存在していれば、遠くでは悪さもできまい」

「だからサツキはフウサイさんに仕事をしてもらっているのよ」


 と、ルカが言った。

 実は、フウサイには働いてもらっている。普段は姿を見せずに行動を共にすることも多いが、士衛組が正義の味方としての活動をした場合、その詳細を町人にまぎれて噂として近辺に流してもらっている。

 それも、


「嘘はよくない。俺が嘘が嫌いだということもあるが、嘘はいつかバレる。本当のことだけを、繰り返し何度も流布してくれ」


 とサツキは頼んでいる。

 特に、反士衛組プロパガンダが出たときは面倒だが、何度も事実を繰り返す必要がある。嘘に嘘を重ねてくるような人種がいることをサツキは知っているし、そういう相手はこちらをとぼしめたいだけなので、主張がゆがむ。言ってることが変わる相手を、天下はいつか見向きもしなくなるだろう。そうなるまで、とにかく一貫して事実を主張しなければならない。主張しなければやられ放題になってしまう。

 今回はただ事実をフウサイに拡散してもらっただけだが、もう効果が出ているとは、サツキも驚いていた。


「しかし、この街は噂が広まるのが早いな。噂も大きなものになっている気配があるし、尾ひれでもついたか?」


 そのつぶやきに、ヴァレンが振り返って、


「だってアタシが団員に頼んで拡散してるもの」


 ――いつの間に……。


 と、サツキは内心で舌を巻く。


「そうだったのですか? あの、でもわたしの名前などは……」


 心配するクコに、ヴァレンはウインクしてみせた。


「大丈夫よ。局長さんであるサツキちゃんの名前しか出してないしね」

「ヴァレンさん、俺は嘘や捏造が好きではない。今回の件、噂を流すのはいいですが、事実だけにしてください」


 サツキに釘を刺され、ヴァレンは苦笑した。


「潔癖なのね、サツキちゃんは。わかってるわよ。士衛組が正義の味方で、病気の子のために人助けをしたってことだけしか言わないよう言い含めてあるから」

「なんか情報が足りてないな」


 ジト目になるサツキに、ミナトはくすりと笑った。


「であれば、聞かれるでしょうね。士衛組ってなんなのだと」

「そうしたら、サツキくんって子がリーダーをしている正義のための集団ですって答えるように指示しておいたわ。ソクラナ共和国の首都『たいりく』バミアドでも盗賊団を退治して、奪われていた金品を取り戻したり、タルサ共和国でも人助けをしたり……ってね」


 どおりで、クコがお金を貸してあげたのにサツキのほうが目立つわけである。フウサイは士衛組が病気の子供のためにお金を工面したという点を噂するだけだし、クコに着目した人は目撃者からの情報で純粋に知ったものと思われる。


「ま、この辺で噂を流すのはやめておいてあげる」

「だと助かります」


 ヴァレンも噂を流すのをやめることだし、これ以上この噂が大きくなることはないだろう。

 とりあえず、まばらに注目されているのも気にしないことにして、一行はヴァレンに続いて城を目指した。

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