幕間放浪記 『黒-告-克 ~ Like A Gale ~』

 がきまさみねが放浪の旅に出たのは、実に十二歳のときであった。

 幼少の頃より通っていた道場では物足りなくなり、剣の高みを目指して旅に出た。

 道場破りというのも相当やった。

 かなりの場数も踏んできた。

 ある程度の満足感を持って故郷へ帰ってきたのは、二十歳のとき。

 このくらいから、マサミネは『けんせい』と呼ばれるようになっていた。

 まだ広くは知られていないが、知る人ぞ知る名剣士のひとりに数えられるようになってきた。

 幕末のときでもマサミネは己の剣にしか興味がなかったため、そんな動乱には首を突っ込むこともなかった。

 それがよかったのかもしれない。

 マサミネの剣はまっすぐに成長した。

 自身の学んだはっねんりゅうの道場は王都にあり、旅から戻ると、その年にさっそく師範代にまでなった。

 こうなってくると求めたくなるのは、剣そのものだった。


「おまえも、そろそろ名剣というものを持ってもいいと思うが」


 師のやつもんりゅうげんが言った。

 リュウゲンは五十を過ぎている。すでに老境に入った技を持ち、世間からは『たつじんけん』と呼ばれ尊敬されている。背は一六二センチと小柄だが、背筋も伸び足腰もしっかりして、己の剣をこれほど極めてきたマサミネでも、向かい合って立つとじりじりと威圧されるほどの力強さがある。

 そんなリュウゲンも縁側に座ってお茶をすする姿は風雅でさえあった。

 マサミネは膝を進める。


「ワタシが名剣を持ってもよいのでしょうか」

「もう並の剣士に負ける気もせんだろう」

「そ、それは……」

「謙遜はせんでもよい。おまえの腕は、わしが認めておる」


 師匠にそこまで言ってもらえると、マサミネもしかと顔を上げた。


「ワタシは、名刀を持ちたいです。できるなら、最上大業物を」


 幻のような名刀、天下五剣については考えてもいなかった。だが、浮世の剣士が腕と金あるいは巡り合わせ次第で手に入る最高は最上大業物であり、それを手にしたい気持ちはずっとあった。


「今のおまえなら使いこなせるであろう。相性もあれば好みもある。合わない剣は使いこなす必要もないが」

「リュウゲン先生も、最上大業物をお持ちでしたね。『がんりゅうすい』」

「あれはわしの力を引き出してくれた。そんなおまえの力を引き出すほどのものを探すのが次の修業だ」

「わかりました」

「おまえはもうここの師範代。我が物顔でいつでも帰ってこい」


 はい、と返事をして、マサミネは再び旅に出た。

 しかしどこへ行けばよいものかわからない。


「自らの腕を磨くこと。それがなによりも大切。そうすれば、そんな自分に見合う刀に巡り会える。ゆえに、修業は欠かせない」


 マサミネはそう考えて、修業をしながらの旅をした。

 名刀を探すのが最大の目的ではあるが、修業の旅をしているといったほうが正しかった。

 道場もいろいろと巡った。

 諸国を旅した。

 まずは南から。

 どんどん北へとのぼる旅である。

 二年の歳月を経たとき、マサミネはしょうくにを訪れた。

 創暦一五五五年、春のことである。

 世界樹を目指した。


「この国には世界樹がある。あそこへ行けば、なにか見つかるだろうか」


 そうした思いから、世界樹のすぐ近くにある『さいてのむら』までやってきた。

 星降ほしふりむら

 ここは静かな村で、最果ての地にあるとは思われぬ穏やかさであった。

 子供が遊んでいる。

 まだ四、五歳くらいだろうか。

 男の子と女の子で、元気に走り回っている。


「あした、ソウゴしゃんがかえってくるって」

「たのしみだねー。アキ」

「うん。エミ、あっちいこー」

「いこーう!」


 マサミネは村を歩き、鍛冶屋を見つけて入ってみる。


「すみません。刀はありますか」

「これはこれは、旅のお方で。すまんのう、刀はないんじゃよ。うちはくわすきなんかを打ってるだけなんじゃ」

「そうでしたか」

「以前は、ここに訪れた鍛冶士が名刀を打ったこともあったそうじゃが」

「最上大業物、『がんりゅうすい』ですね」


 師匠の刀である。それはこの地で打たれたものであった。いろんな縁で巡り巡って、師匠の手元に来たらしい。


「ああ、それそれ。よくご存知で。たたずまいからして、剣士じゃな」

「はい」


 少しだけ、鍛冶士とは話をした。おきがわつねのりという人で、もうおじいさんである。マサミネは刀が打たれるのを見たことはあったが、鍬が打たれるのを見たのは初めてだった。


「剣とはまるで別物ですね」

「当然じゃ。刀というのはすごい。あの『花巌龍水』は、元は『ごんりゅうすい』と名をつけたが、なまって字も変わったそうな。この近くの滝の水でつくった代物で、あれが有名になったのも持ち主がよかったからじゃろうな」

「持ち主が」


 と、マサミネは目をみはった。見識を広げるようなことを言ってくれると期待した。

 ツネノリは言う。


「あの刀を打った鍛冶士は、のちにまたここに来た。だが、あれと変わらぬほどの刀はもう一振り打てたが、そちらは有名にならなかったそうな。『花巌龍水』が最上の位を得られたのも、持ち主が刀を鍛え、さらなる名刀に導いたゆえんであろうという。剣士とは不思議な生き物じゃ。そうは思わんか?」


 優しく笑うツネノリの言葉は、マサミネの胸に深く入っていった。

 この村を辞して、マサミネはもっと北へと進む。

 旅は、東北地方に入った。

 わかくにを通り。

 すいおうくににやってくる。

 季節は初夏であった。

 青々とした若草がまぶしい。

 この国の中心地、『もりみやこ』は緑に溢れるとても空気のよい場所だった。

 町の整備もされているし、道場もあって何人もの剣士を相手にした。

 師範代となってからすでに二年以上、マサミネの実力は折り紙付きで、負けることもない。

 だが、名刀には出会えない。

 マサミネが『杜の都』から離れて、山を歩いていると。

 小さな村を見つけた。

 ここも、『最果ての村』と近しい静かな村である。

 道場もなければ刀を売っている店もなさそうだった。

 村で一番大きな屋敷から、人が出てくる。

 年は五十くらいにはなるだろうか。長者屋敷のようではあるが、長者らしい威厳はなく、どちらかといえばお金には関心の薄い心優しい男性に見える。

 男性は会釈して通り過ぎる。


 ――もしかしたら、ここに相談に来た人だろうか。だとすれば、ワタシもここで少し相談に乗ってもらうのも悪くない。この村で他にすることもなさそうだしな。


 そう思ってつぶやく。


「ワタシはこれからどうすればよいか、ここの長者に相談してみよう」


 長者屋敷に入ろうとすると、通り過ぎたばかりの男性が振り返った。


「ご相談ですか」

「はい。ただ、私用です。ワタシは剣士として旅をしています。よい剣と巡り合うために。どうすればそれが叶うか、だれかに相談したいと思っていまして」

「なるほど」


 男性はにこりと笑った。


「これはわしが昔、お世話になった店なんですが、王都に『やげばなし』というのがあります。そこで話を買うといいでしょう。店主の名はおおさききち。もうしばらく前になりますから、今もその店があるかわかりませんが」


 ゴキチという人と《やすばこ》なる魔法、店の話を聞いて、マサミネはお礼を述べた。


「ありがとうございます! これから王都に行ってみます」


 ずっと北へと向かっていた旅も、一度王都へ戻ることにした。急ぐ旅ではないし、手がかりを見つけたのなら行動せずにはいられない。


 ――もっと北へ旅するのも、あとでだってできる。今はその店を目指すとしよう。


 マサミネが歩き出すと、後ろでは使用人らしい青年が男性に呼びかける。


「旦那様、このあとのご予定ですが……」


 どうやら、長者屋敷の客ではなく、主人かなにかのようだった。


 ――ワタシもまだまだ人を見る目が足りない。剣を知り、人を知り、己を知る必要があるな。


 旅で学びたいことがまた一つ増えた思いがした。

 さっそく、マサミネは王都にやってきた。


「幼い頃から王都で育ってきたが、『土産話屋』なんてついぞ知らなかった。本当にあるのだろうか」


 マサミネは必死に探した。

 道という道を確かめ、人から話も聞いた。

 すると、看板を見つけた。


「あった。見つけたぞ。『土産話屋』」


 店内に入る。

 商品らしいものはない店で、店主が腰掛けているだけだった。


「相談に参りました」

「……」


 話に聞いていた通り、店主のゴキチは無口だった。


「教えて欲しいことがあります」

「俺はおおさききち

「ワタシはマタハチさんという方からここのことを教わって参りました、がきまさみねと申します。マタハチさんのことを覚えておいでかわかりませんが、彼は喜んでいました」


 それにはノーリアクションで、ゴキチは手招きした。


「マサミネさん」


 ゴキチの側に行く。そうすると、ゴキチは手近にあった小箱を引き寄せ、それをマサミネに差し出した。


「お値段は……」


 ゴキチが小箱を指差す。

 小箱は、《目安箱》と書かれていた。

 同時に、一話につきいくらかなのかが書いてある。


 ――やはり、話に聞いていた通りだった。


 マサミネはお金を入れた。

 小箱の中でお金がチャリンと鳴る。

 その音を、ゴキチが目を閉じて聞いていた。


「《目安箱》は、目安を教えてくれる」

「はい」


 これによって、マサミネの願いを叶えるための助言を魔法の力で聞き分けたのである。


「耳を」


 言われて、マサミネは耳を貸すように近づける。

 ゴキチはぼそっとつぶやくように言った。


「次に梅の花が咲く頃」

「はい」

「来たる銀閃五度払う」

「?」

「さすれば、黒い息吹を握りしめん」

「?」


 さっぱり意味がわからなかった。

 しかし、これ以上の言葉はもらえないとマサミネは知っている。


「ありがとうございました」

「……」


 ゴキチはうなずく。

 マサミネは店を辞した。

 帰り道、マサミネは考える。


 ――あのお告げ……梅の花が咲く頃といえば、三月くらいか。次だと来年だ。『きたるぎんせんごどはらう』。これがわからない。銀扇、銀銭、銀線……なんのことだ。『五度払う』なら、銀銭を五回払って買うということか? 最後のあれは、手に入るという暗示とすれば、『黒い息吹』と形容される刀が手に入ると考えられる。


 要約すれば、五回も銀銭を払えば『黒い息吹』たる名刀が手に入ると読み取れるのである。


 ――まあ、梅の花が咲く頃を待とう。修業を重ね、どんな刀とも心を合わせられる腕を磨いて。


 約半年ののち。

 マサミネは、修業の旅をしている途上であった。

 らく西せいみやを訪れていた。

りゅうけんぽうどうじょう』と書かれた看板を見つけた。

 知らない流派だが、よい気概を持っていそうな名前に惹かれ、道場に立ち寄り、手合わせを望んだ。


「旅の者です。ひとつ、手合わせ願いたい」


 そう言って、名乗ることはせずに頼み込んだ。

 近頃、マサミネと名前が知れると、『剣聖』の噂が先に立ち、仰々しく賓客のように扱われることも出てきているからであった。


「真剣でいいですかな?」


 道場の門下生が自信たっぷりに聞く。


「ええ。もちろんです」


 門下生の一人と、真剣を持って向き合う。


「いつでも」


 すぅっと構えて相手をにらみつけると、相手は構える前に、口をわなわな震わせる。


「お、おお……」


 相手は顔を横に向けて叫んだ。


「これは敵わない! ヤスノリ! ヤスノリを呼んでくれ!」


 次にヤスノリという青年がやってくるが、構えるとこれまた叫ぶ。


「すすす、隙がない! これを相手にできるのはおれより強くなければならん! コウキだ! コウキを呼んでくれ!」


 コウキもやってきては構えてみるが、一歩も動けない。


「トモノスケやーい! 来てくれ! トモノスケ!」


 続いてトモノスケもやってきて、パッと構えた。


「むむ? これは相当の腕前とみた!」

「いざ、尋常……」

「ヒデユキはいないか! ヒデユキー!」


 やっと、キリッとした眉の壮年の剣士が来て、これは勝負ができるかと思うと、ヒデユキは構えて静かに言った。


「お主、かなりの腕とみえる」

「あなたも」

「名は?」

「すみませんが、今は言えません。このあと、試合が終わったら名乗らせてください」

「わかった。チョウイチ……」

「? ちょういち?」

「チョウイチ先生を呼べぇー!」


 ヒデユキはするすると下がって、先生の到着を待つ。

 先生は四十を過ぎた剣士だった。

 悠然と歩いてきて、歩きながらマサミネの立ち姿を見る。そのまま通り過ぎてしまった。


「……」


 マサミネが拍子抜けしていると、先生が戻ってきた。

 手には刀を持っている。


「その姿、よい剣士のようですね。私はちょういちといいます。この『努利歩流剣法道場』の師範です」

「これは、お騒がせしております」


 挨拶を手で制すると、先生は言った。


「私との試合に勝ったら、この刀を差し上げましょう。逆に、私に負けたら、あなたには名を明かしてもらい、我が道場の門下生になってもらいます。そして、私のあとを継いでほしい。いかがでしょう」


 そう言って、先生は刀の鞘を握り、刀を横にしてマサミネに見せる。

 刀は、鮮やかな黒色の鞘に刀身を包み、柄も黒い。重々しくも鋭い線形を感じられ、ただの刀でないことがマサミネにはわかった。


 ――黒い。なんてよい刀だ。これはリュウゲン先生のものと比べても遜色ない代物だ。しかし、あの『がんりゅうすい』よりもワタシの心を引き寄せる。欲しい。あの刀。


 マサミネは、一もなく返事をした。


「よろしくお願いします!」


 先生はさっそく構えた。

 真剣同士の戦いは、どちらかが大怪我をする可能性が高い。それどころか、死ぬ可能性も相当のもので、かなりの覚悟を必要とする。

 互いの銀色の刀身が光り、相手をうかがう。

 門下生のヒデユキが合図した。


「始め!」


 試合は、マサミネの剣が先に動いた。

 突きかかるマサミネの剣を先生がいなし、続くマサミネの袈裟斬りも先生は軽やかに払った。

 攻撃に転じた先生の銀色のひらめきは高速で、マサミネはギリギリで受ける。

 力で押して、距離を取る。

 マサミネは言った。


「では、我が魔法を使わせてください」

「どうぞ。私も使わせてもらいましょう」


 相手の魔法はわからない。

 しかし、マサミネには勝算がある。


 ――ワタシの《かざあなり》を破った者はない。なぜなら、一瞬で相手の手元まで届くからだ。勝たせてもらいます!


「《風穴斬り》!」

「《ごうとうしん》!」


 空間を切り裂き、刹那のうちにマサミネの刀は先生の手元に伸びた。マサミネの魔法は、空間を切り裂き、別の場所につなげることができる。先生の手元に空間の裂け目が現れ、そこから剣先が飛び出したのだ。

 一方、先生の剣は輝きを放つ。

 硬く力強い輝きを投げつけるようにして、まっすぐマサミネへと伸びた。

 どちらの刀も相手の身体をとらえて斬るかに思われた。


 ――まずい!


 まさか、これほど速い技をくらうとは思っていなかったマサミネは避けようともするが、間に合わない。


「見事」


 それだけつぶやき、先生はパッと刀を手放し、マサミネの刀を避けた。

 これによって、互いの一撃は相手を殺傷することなく終えた。

 ヒデユキが判定した。


「チョウイチ先生は刀を手放してしまいましたので、この勝負、挑戦者の勝ちとします!」


 マサミネは力が抜けた。冷や汗を感じて先生を見て、一礼した。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました。素晴らしい腕でした」


 褒められるが、マサミネは素直に讃えられていいものとは思えなかった。


「いいえ。最後は、互いの命のため、手心を加えていただいたに過ぎません。良くて引き分け、腕だけならばワタシの負けです」

「いや、あなたの剣は素晴らしかった。約束通り、この刀はあなたに譲りましょう。最上大業物『怪鴟黒風よたかのこくふう』を」


 刀には、名刀とされる位付けがある。

 その中に含まれるのはごく一部。

 晴和王国より外にも刀は流れ、海外の騎士でも欲する者も多くいる。だが、名刀の位付けをもらえる刀は現在のところ二百三十三振り。

 国家の至宝、どれほどの腕の剣士が求めようと生涯のうちで見ることさえないのが普通とも言われる最高位、『てんけん』が五振り。

 次いで、力と技、そして金で手に入れることがまれにある刀、『さいじょうおおわざもの』十二振り。

 侍や剣士など、屈指の実力者でも手に入れ難い希少の剣、『おおわざもの』が二十一振り。

 時の名将たちや侍たちが愛用した話も多い『よきわざもの』が五十振り。

 流通する数も少ないが、求めて手に入れることがしばしばある『わざもの』が八十振り。

 そして、どれとも区別がつきにくいが名刀であり、世に見かけることもあまり多くない、価値を判じづらい『こんごう』が六十五振り。

 マサミネの求める最上大業物は、まさに世に十二振りしかない位を持ち、同じくこの位を持つ『がんりゅうすい』より、マサミネの心はこれを欲した。

 剣士の誇りとして断るつもりであったが、なかなか声が出ない。


 ――そうか。『来たる銀閃五度払う』とは、五度の試合に勝って銀色に光る刀身を払うこと。そうすれば、黒い風たるあの刀が手に入ると言っていたのだ。あの刀、どうしても欲しい……。


 が。

 やっと声を絞り出す。


「いただけません」


 今のギリギリ引き分けにしてもらって勝たせてもらった試合では、胸を張っていただくことはできない。自分であれば、引き分けにもっていって互いの怪我を避けさせることさえできなかったのだから、腕の違いは明白だった。


「迷いがあるようですね」

「……はい」

「では、こうしてはいかがでしょう」


 先生は次のような提案した。


「しばらく、うちで剣を学び、門下生たちの力を引き上げてください。むろん、私もあなたと剣を交わし、学びたい。そして、気が済みましたら、この刀を手にする」

「……」

「期間は一年か、五年か、十年か。わかりませんが、あなた次第です」


 マサミネは深々と頭を下げた。


「よろしくお願いします! ワタシも、ここで学ばせてください!」


 このような知らない流派、知らない道場で、これほどの腕を持つ先生の存在を知り、ここで学ぶなら自分の力になるとも思った。

 実力でいえば、マサミネの師匠・リュウゲン先生のほうが一枚か二枚か上であろう。

 しかし、マサミネにはチョウイチ先生も大きな存在に映った。

 こうして、マサミネが『努利歩流剣法道場』で学び始めてから、実に五年の歳月が流れた。

 未だに実力で先生を圧倒したとも思わない。

 それでも、自身が満足する学びを得られたと思った。

 ある日、マサミネは先生の部屋を訪れた。

 互いに正座をして向かい合い、マサミネは申し出た。


「ワタシがここで学んだことは多かった。感謝はしてもしきれません。恩返しとしてもっと門下生たちを引き上げることもしたい。しかし、ワタシは旅に出てもっと外の世界に触れ、我が剣を磨きたいと思います」

「ついにこのときがきましたね。そろそろだとは思っていました。実力ならばあの日、私と試合をした日で充分ではありましたが、あなたは義理堅い性格にも見えましたから、ここまで時間をかけてしまいましたね。私のあとを継いでもらいたい気持ちは今もありますが、私はあなたの剣がもっと高みを目指して成長する姿も、見てみたいと思うのです」

「先生」

「ですから、この刀を持って旅立ちなさい。この『怪鴟黒風よたかのこくふう』、最上大業物十二振りのうちの一刀。風のように疾き剣です」


 今のマサミネは、堂々とその剣を受け取ることができた。

 額に拝して受け取り、一礼した。


「ありがとうございます。そして、今までありがとうございました。ワタシは、きっと大きくなります。風のように疾き剣を目指して」


 にこりとうなずき、「気をつけて」と先生はマサミネを見送った。

 マサミネは再び旅をした。

 晴和王国中を二度も巡り、各地で何度も戦った。

 腕は磨かれてゆく。

 同時に、この剣も磨かれていっているように感じられた。


「いい刀だ。ワタシはいずれ、この刀と共に剣の最上を極めたい。そして、叶うならば、天下五剣さえも」


 指折りの剣士でさえ、見ることもできぬ名刀。

 のちに、その中の一振り、『あましらぎく』を目にしたとき、マサミネはそれに手を伸ばした。

 天下五剣を手に入れるために。

 相手は、マサミネの知らぬ剣士。

 いざなみなと

 異名は、『しんそくけん』。

 風より疾い、至高の剣だった。

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