幕間一代記 『目-木-沐 ~ Strange Advice ~』

 めいぜんあきふく寿じゅえみは、王都の町を歩いていた。

 その際、とある老人を見かける。

 ジロジロといろんな店を覗いて見ており、見る人によってはだいぶ怪しい人だと思われそうなほどであった。もしかしたら泥棒かもしれない。

 今は『ようかいかん』という館を覗いている。

 しかし、アキとエミはこれを怪しいとも思わず、なにか困っている人だとすぐに見抜く。

 二人は顔を見合わせ、一瞬で意思疎通しておじいさんに歩み寄った。


「おじいさん」

「どうかしましたか?」


 おじいさんは驚いた顔で振り返った。


「え、どうして……」

「困ってると思ってつい」

「声をかけちゃってました」


 笑顔の二人に、おじいさんは問うた。


「わしは魔法で他の人からは姿が見えていないものと思っていたんだが、どうして見えたのですかな?」

「そうでしたか。なんとなくです」

「たまたまかもしれません」


 あまりにとぼけた回答がおかしくて、おじいさんも笑顔になる。


「ふふふ。そうか。おかしな子たちだ。実はね、わしは探している店があるのです」

「お店?」

「どんなお店ですか?」

「話を聞かせてくれるお店だよ。この『妖会館』と違って、店主がひとりでやっていたお店でね、助言をくれるのです」

「へえ。そんなお店があるんですか」

「アタシたち知りません」

「そうか。まあ、それも仕方ない。もうずっと前のことだから。そこで、不思議な話を聞いてから、わしはいろんな良いことがあって人生が一変した。そのお礼をしたいと思って来たというわけです。ただ、考えてみれば、わしはこの通り七十を過ぎている。話を聞いたのは三十代前半だったか。店主はそのとき六十に近かった。もういないのかもしれない」


 これではアキとエミでも力になれそうもない。


「そうでしたか」

「会えるとよかったんですが」


 二人は、家族か親友の相談を聞いたときのように残念そうな顔になる。そんな心優しい二人に、おじいさんは言った。


「わしのさっきの魔法のことも合わせて、少し話を聞いてくれませんか? そうすれば、少しは気もまぎれる」

「はい」

「聞かせてください」


 アキとエミはおじいさんに付き添って茶屋に入った。

 おじいさんは名乗った。


「わし、もずまたはちの一代記のようなものを簡単に話させてもらえたらと思うが、どこかに語り継ぐものでもない、気楽に聞いてください」


 マタハチはお茶をすすり、話を始めた。

 それは次のようなものだった。




 十六歳の頃であったか。

 もずまたはちは魔法を完成させた。

 これによって、かねてより母のためにしたいことがあった。

 盗みである。

 ただ、マタハチとて、盗みがしたくて魔法を創造したわけでもない。母の願いを叶えるためには、盗みをする他ないと思っただけである。

 しかし、思いとどまった。


「おいしい天ぷらが食べたいわ」


 そう言っていた母のために、店先に置かれた天ぷらを盗もうとしていたのだが、どうしても手が伸びない。


 ――やっぱりできない。こんな悪いことしておかあに天ぷらを食わせてやっても、あとで知ったら悲しむ。


 マタハチの魔法は、他者から自分の姿が見えなくなるものだった。

かくみの》というもので、蓑を肩から羽織ると姿が限りなく見えなくなる。

 完全に見えなくなっているわけではなく、隠れているだけで、元からこれを使ったことを知っている相手からは姿が見える。声を発しても隠れているのがバレるように見えてしまう可能性が高い。

 そんな魔法の蓑をつくれるようになったのである。

 しかし、マタハチは蓑を外して、とぼとぼ家に帰った。

 家では、母が待っていた。

 母は、もずかずといった。

 カズエは、目が見えない。

 幼い頃に父が亡くなってしまい、今ではマタハチと母・カズエの二人暮らし。目の見えない不自由な母のために幼少の頃からマタハチが働いていた。


「おかあ、ただいま」

「ああ、おかえり。マタハチ」

「今から夕飯の支度するからね」

「どうしたの? 落ち込んだような声して」

「なんでもないよ。いい食材も売ってなくてさ」


 声の調子だけで、母にはマタハチのことがわかるようだった。

 だからマタハチは明るく振る舞って、次の日からはもうすっかり自分の魔法のことは忘れて、もうちょっと別の堂々と使える魔法を創造しようと、仕事に精を出した。

 相変わらず貧しいままだったが、マタハチは優しい母のカズエと不満なく暮らした。

 一つだけ言えば、母の好物の天ぷらを食わせてやれないことだけがマタハチの心のつかえだった。

 そんなマタハチも、年に二回から三回は天ぷらも食べさせてやれるようになってきた。

かくみの》ではない魔法も習得し、あとはもうちょっとコツコツとお金を貯められるようになればという感じだった。

 マタハチが三十になる頃。

 母が息子を心配して言った。


「そろそろ嫁さんをもらってもいいんだよ。おかあのことはいいから、一人で生きて行くから、気兼ねしないで嫁さんと暮らしたらどうだい?」

「いやあ、わしはあんまり嫁さんが欲しいって気持ちも強くなくてな。今は仕事が楽しい。それに、こんな仕事が第一のわしのところに嫁に来てくれる娘もいないさ。ははは」


 仕事が第一といいながら、家のこともほとんどをマタハチがしてくれている。母にはこれがマタハチの強がりであり母への気遣いであるのがよくわかる。だから申し訳なくもあった。

 そんなある日、カズエは近所の人から聞いた話をした。


「マタハチや。近所の人が言ってたんだけどね、王都ではなにかすごくいい助言をくれるっていう、不思議な話をしてくれるお店があるんだって」

「そんな店が」

「なにか願い事があれば、マタハチも叶える方法を教えてもらえるかもしれないよ。せっかくそんな話を聞いたんだ、行っておいで」

「それじゃあおかあが一人になってしまう」

「大丈夫。おかあだってマタハチが家を空けてる間くらいなんとでもなるさ」

「そうか? じゃあ、行ってこようかな」


 母と息子には、それぞれ考えていることがあった。

 まず、母はこれを良い機会として、


 ――今回マタハチが出ている間、わたしが一人でも大丈夫だってわかれば、この子も安心して嫁さんをもらって幸せになってくれるかもしれない。今までマタハチに任せてたこともできるようにならないとね。


 という思惑がある。

 息子のほうはというと、


 ――わしの願いは小さい頃から決まってる。おかあの目を見えるようにしてやることだ。それさえ叶うなら、どんなことだって頑張るぞ。


 と気合が入った。

 翌日、さっそくマタハチは家を出た。


「こんな地方から王都に行ける機会なんて滅多にないんだから、楽しんでおいで。気をつけて行ってくるんだよ」

「わかった。おかあも、無理するなよ」


 マタハチは王都に向かった。

 王都に来ると、人の多さに驚かされる。自分が育った田舎しか知らないから、一気に夢の世界にでも来た気持ちになる。


「まるで桃源郷だ……」


 止まっていた足を動かして、「いつまでもぼうっとしてるわけにはいかないぞ」と歩き出す。

 さっそく、マタハチは例の店を探し回った。


「話を聞かせてくれる店。助言をくれる店か。どこにあるんだろう」


 一時間歩き、二時間歩き、三時間歩いても見つからない。詳しい場所もわからないから当然である。

 その店がどこにあるのか、町の人に聞きながら探して、なんとか得られた情報を頼りに、ようやく店を見つけた。

やげばなし』と看板がある。

 なんの変哲もない店構えで、中になにもないような、ちょっとした雑貨くらいならあるような、その程度の大きさでしかない。


「土産話って、土産の店だったのか。でも、ただの土産ではないよな。入ってみよう」


 店内に足を踏み入れる。

 特に商品らしいものは置いてなかった。

 店主が腰掛けているばかりで、他のだれもいない。


「あのう、話を聞きに来ました。やってますか?」

「……」


 無口らしい店主はマタハチを見て、こくりとうなずく。


「よかった。教えて欲しいことがあります」

「俺はおおさききち

「ゴキチさん。わしはもずまたはちです」


 名前を聞くと、ゴキチはマタハチを手招きした。


「マタハチさん」


 そろりと近寄っていくと、ゴキチは手近にあった小箱を引き寄せ、それをマタハチに差し出す。大きさは十五センチ四方くらいだろうか。

 受け取ろうとするが、ゴキチは首を横に振った。


「お金を」

「あっ、そうでしたか。すみません。いくらでしょう」

「……」


 ゴキチが小箱を指差す。

 小箱は、《やすばこ》と書かれていた。

 同時に、一話につきいくらかなのかが書いてある。

 指定された額を見て、なるほどと驚いていいやら納得していいやらわからなくなる。

 値段は、一つにつきマタハチと母がひと月にかかる生活費を倍にしたほどである。


 ――これは多いのか、少ないのか。……さっぱりわからん。でも、おかあの目が治るなら安いじゃないか。


 マタハチはお金を入れた。

 小箱の中でお金がチャリンと鳴る。

 その音を、ゴキチが目を閉じて聞いていた。


「《目安箱》は、目安を教えてくれる」

「はい」


 つまり、願いを叶えるための目安となることを教えてくれるのだろう。それを聞いた術者のゴキチが、依頼人のマタハチに伝えるという手順の魔法らしい。


「耳を」


 言われて、マタハチは耳を貸すように近づける。

 ゴキチはぼそっとつぶやくように言った。


「時は年の瀬」

「はい」

「困った人とはとりかえっこ」

「?」

「さすれば、暗闇をこんじきの光が照らす」

「?」


 まるで意味がわからない。

 断片的だとか暗示めいているとか、そういう次元ではない。さっぱり意味がわからなかった。


「……つまり、どういうことです?」

「……」


 それ以降、ゴキチはさっぱり口を開かない。

 じっと一分も待ってみるが、ゴキチは腕組みしたまま目を閉じて、動く気配さえなかった。

 マタハチは嘆息した。


 ――これは欺されたか。


 お金を返せと言うにも、助言を聞いてしまった。その通りにやればいいと言われても、意味がわからない。でも、助言を聞いてしまった。やっぱり聞いたからには文句も言えない。

 思ったよりもお金がかからなかったというべきか、もし欺されたのなら散財したというべきか、マタハチは王都で楽しむ気持ちにもなれない。

 ただ、王都にはいろんな店があり、それを見るだけで楽しい。

 王都の人たちの生活を眺めて、それを勉強として、数日後、王都を発った。

 地元は東北地方、すいおうくに

 マタハチは家に帰ると、母・カズエに王都でのことをいろいろと話して聞かせた。

 カズエも息子に「おかあ一人でも大丈夫だったから、マタハチはもっと自分のために人生を生きなさい」と言った。

 そして、ひと月と少しが経って。

 年の瀬。

 大晦日になった。

 この日は前の日の雪が残り、午後からはまた降り出しそうな気配であった。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「今日は大晦日、無理しないで」

「わかった」


 さっそく、村で売り歩く。


「笠~! 笠はいりませんかー?」


 マタハチは蓑笠をつくって売っていた。背には笠がたくさんある。雪が降っていればよく売れるのだが、今は生憎晴れている。


「笠~! 笠はいりませんかー?」


 思いのほか、大晦日の村人たちは足を止めてくれなかった。


 ――大晦日に笠なんて買ってくれる人は、そうそういないか。


 昨日までの蓄えもあるとはいえ、本当ならば今日は、母・カズエの好きな天ぷらを買っていってやりたかったのである。それを年越しそばと食べたかった。

 しかし、この分では普段の一日分の稼ぎとしても不十分だった。


「木炭~! 木炭はいりませんかー?」


 そうやって呼びかけて歩く木炭売りもいる。

 そちらもまったく売れる気配がない。

 木炭売りとすれ違う。


「木炭~! 木炭はいりませんかー?」

「笠~! 笠はいりませんかー?」


 何度かすれ違って、その人と顔を見合わせて照れたように笑い合った。

 お昼になって、「そろそろ飯でも食べるか」と思い、マタハチがちょうどいい場所を探していると。

 階段の端に腰掛けておにぎりを食べる木炭売りがいた。


 ――ああ、あれは……さっきの木炭売りじゃないか。わしと同じで、まったく売れてないんだよな。


 仲間意識を感じて、気安く声をかけてみた。


「隣、いいですか?」

「どうぞ」


 木炭売りは穏やかに隣を促してくれた。

 マタハチは隣に座った。

 どうもマタハチとは同年代くらいで、二つ三つ年上であろうか。彼はきれいなおにぎりを行儀よく食べている。


 ――どれ。わしも。今日はおかあが握ってくれたにぎり飯だ。


 めずらしく、今日は母・カズエが握ってくれた。だから形はちょっぴり不細工だけど、大きくて力強くて、これがいつも自分でつくるよりおいしかった。


 ――おかあのにぎり飯、元気が出るな。


 木炭売りは聞いた。


「売れませんか」

「ええ、売れません」


 苦笑いで答える。

 それからマタハチは、今日はおかあに天ぷらを買ってやりたいが難しそうだということなど、少しばかり互いに話をした。相手も相手で、妻のためにお餅を食べさせたいのだと言っていたし、お互いに頑張らないといけないと話した。二人は立ち上がった。


「じゃあ、午後も頑張りましょう」

「いいお正月を迎えましょうね」


 また二人は町で声をかける。


「木炭~! 木炭はいりませんかー?」

「笠~! 笠はいりませんかー?」


 午後は午前中以上に人も増えてきたが、雪はまだ降らない。雪が降れば笠は簡単に売れると期待していたが、天気はなかなかよかった。

 加えて、この忙しい年の瀬、大晦日に出歩く人たちはみんなが賑やかで、呼び込みの声も届かない。


「一つください」

「ありがとうございます。このあと、天気も崩れるでしょうから、役に立ちますよ。きっと」


 なんとか一つだけは売れた。

 そうして、徐々に日も落ちてくると、人々も家に帰ってゆく。人の通りが、蜘蛛の子を散らすように消えてゆく。

 そんな頃になって、やっと雪もひらりと降ってきた。


 ――今頃か。もうみんな帰ってしまったというのに……。


 笠はこのあと、もう一つだけ売れて、人の姿もほとんどなくなった。


「わしも帰ろうか」


 そう思って周りを見ると、さっきの木炭売りがため息をついていた。


 ――きっと売れなかったんだな。可哀想に。本当なら、この寒さだし木炭だって売れていいのに。忙しいから他のほうに気が向いて、買ってもらえなかったんだ。


 気の毒になって木炭売りの元へと歩いて行く。


「売れませんでしたか」


 木炭売りは残念そうな顔で答えた。


「ああ、はい。そちらも」

「ええ」


 捌けたのもたったの二つだけ。雪もこうして降ったのに、まるで売れなかった。


 ――わしもそうだが、この木炭売りも困ってるだろうな。……ん? 困った人……はて、どこかで……。


 ちょっと考えて、すぐに思い出した。


 ――そうだ! あの『土産話屋』のゴキチさん! あの人が《目安箱》って魔法で、わしに教えてくれたことだ。『困った人とはとりかえっこ』。そうそう、『時は年の瀬』とも言ってた。つまり、今日じゃないか! 欺されたと思って……。


 マタハチは申し出た。


「同じものを持ち帰っても仕方ない。せっかくですし、お互いのものを交換しませんか?」

「交換ですか」


 思いがけない言葉に一瞬だけ考える木炭売りだったが、


「そうしましょう」


 と竹のカゴを下ろした。

 笠と木炭を交換する。


 ――分量と価値でいえばほとんど変わらない。困った人の助けになったろうか。いや、なんだかこれじゃあわしのほうも気休めになっただけのような。


 木炭売りは思い出したように言った。


「そうだ、この《もくたんぶくろ》も一つどうぞ」

「《木炭袋》?」

「魔法でつくったものです。木炭が入っていて、袋に入れておくだけで燃えないし温かいままです。丸一日効果があるから、あと半日以上持ちますよ」


 マタハチは感激した。


 ――なんて親切な人だろう。わしもなにか返せるものがあるといいが……。そうだ、わしが魔法でつくったあれにしよう。


「ありがとうございます。じゃあ、わしからもこの《らくらくなかみの》を」


 自分が使っていた背中蓑を差し出した。背中にかける民具で、荷物を背負ったときの背中当てになる。


「普通のと違うんですか?」

「荷物を背負ったとき、背中が痛くならないように使ってください。荷物も多少軽くなりますよ」

「どれ」


 木炭売りが竹のカゴを背負って、笑顔になる。


「本当だ! 軽いですよ! ほとんど重さを感じない。こんなすごいものをいただいて、釣り合いません。おれのはすぐに効果も切れてしまう」

「いいんですよ。これもなにかの縁ですから」


 やっと、マタハチは困った人の助けに少しでもなってくれたろうかと思えてきた。しかし、木炭売りは気が済まないように、《木炭袋》を首から取って渡す。


「いいえ。《木炭袋》全部持っていってください」

「全部なんかもらえません」

「じゃあ、せめてこの三つ。袋は巾着になってますけど、こうやってただ絞るだけじゃなくて結んでおくと、使わずに温存もできます」

「なるほど。それはいい。母にあげよう」


 三つだけ追加で受け取った。最初のと合わせて四つ、母にはいい土産になるだろう。


「それでは」

「はい。よいお正月を」

「よいお正月を」


 こうして、二人は別れた。

 マタハチは帰路を歩く。


 ――最初の二つの助言はわかった。じゃあ、あと一つはどういうことだろう。確か、『暗闇を金色の光が照らす』。うーん……。


 この村の長者の家の前を通ったときだった。

 長者が玄関を開けた。

 困った顔をしている。もとぎんしんという人で、年は五十になり、このあたりで一番の長者なので、いつも悠々としている印象がある。それがどうしたことだろうか。


「ああ、おまえさんは笠売りの」


 ギンノシンはマタハチを見つけると、おろおろと声をかけた。


「長者様、どうしましたか」

「娘が風邪で、冷えて仕方ないというんだ」

「それは大変だ」


 急いでギンノシンの元へ駆け寄り、マタハチは背負っていたカゴを下ろした。


「ちょうど木炭があります。これで温めてください」

「木炭ならうちにもある」

「ええと、じゃあ……そうだ! 《木炭袋》といいます。これは丸一日効果があって……」

「おお! 温かい!」


 説明の途中だがギンノシンは《木炭袋》を触っては驚いた。


「これを娘に使わせてくれ」

「どうぞ」


 家に上がらせてもらって、玄関で待っていると、ギンノシンはうれしそうに戻ってきた。


「娘が、本当に安心したような顔をして。ありがとう」

「よかったです」

「あの《木炭袋》、全部譲ってくれないか」

「もちろんです。風邪の娘さんに使ってあげてください。今のはあと半日ほどで効果が切れますが、残りは巾着を口を縛っているので、それを解いたら丸一日効果が持ちます」

「そうか。ありがとう」


 ギンノシンは考えるようにして、


「これは私からもなにかお礼を差し上げないといけない。なにか欲しいものはあるか?」

「いえ、そんな滅相もないです」

「正月は大丈夫か?」

「あ、いえ……それはまあ」


 お礼を期待したわけではないが、マタハチは正直に口を濁してしまう。

 それを聞くと、長者のギンノシンは威厳ある顔で「あれを持ってきてくれ」と番頭に告げた。

 番頭は米俵と魚を持ってきてくれた。


「これでは足りなかったら、欲しいものを言いなさい。貴重な魔法道具を譲ってくれたんだ、私もできることはしたい」

「これ以上に欲しいものなどは。あとはなんとか母に天ぷらを食わせてやれるようにわしが頑張りますので」

「あっはっは。天ぷらが欲しいか。変わったことを言うな」


 マタハチがあまりのお礼の品々に取り乱してそんなことまで口走ると、予想外の言葉が返ってきたので、長者・ギンノシンはそれがおかしかったのか楽しそうに笑った。


「よし。ならば、明日はうちにおまえさんの母を連れてきなさい。天ぷらをご馳走しよう」

「まさかそこまでしていただけるなんて。ありがとうございます」


 ペコペコ頭を下げて、マタハチはいただいた米俵と魚を持って帰った。

 その日、雪降る大晦日、母・カズエはマタハチの話を逐一楽しそうに聞いて、長者のもとにお呼ばれしたと知ると、大変驚いた。


「まあ。わたしなんかが」

「せっかくだ、食べに行こう」


 こうして楽しい気分で年を越した母と子は、新しい年を期待いっぱいに迎えた。

 元日。

 朝から押しかけても悪いと思ったが、昼過ぎでも昼食の時間をずらすことになるかもしれず、母子は昼前にうかがった。

 長者の本巣家では、娘も起き出してきていた。昨日の今日で体調もすっかりよくなったらしい。マタハチはこの長者の娘を見たことがなかったが、噂には美人だと聞いていた。実際に見て、それが本当だったとわかった。

 しかし、娘は普段まるで外に出ないらしい。二十歳を過ぎて数年、嫁に欲しいという声はたくさんあったが、どれも長者の期待に沿わなかったし、娘も大事に育てられて、身体も弱く、嫁ぐ気持ちもあまりないらしい。

 名前はもとといった。


「あなたさまがあの《木炭袋》をくださったのですね。ありがとうございます。おかげさまで、随分とよくなりました」

「いいえ。困った人とはとりかえっこです」


 変なことを口走って慌てて口を押さえるマタハチ。

 それを見てヤチヨはおかしそうに笑った。


「ふふふ。まあ。優しいお方」

「娘がこんな楽しそうに笑うのは久しぶりだ」


 ギンノシンは喜んで、天ぷらもたくさん出してくれた。

 マタハチはおずおずと、


「今日はわしも母も、天ぷらをいただきにきただけというちょっと間の抜けた形で申し訳ないです。みなさんもそんなかしこまらないでください」

「うふふ」


 と、ヤチヨは笑う。

 普段、堅苦しい相手にしか会ったこともなかったヤチヨにとっては、マタハチは気が置けない楽しい相手に感じられた。

 マタハチは視線を泳がせて、立派な金色の仏様を見つけた。


「あんな立派な仏様まであって、落ち着かないですな」


 照れたように笑うと、ヤチヨはすっと立って、仏様を持ってきた。


「大丈夫です。仏様はこのとおり、優しく穏やかなお顔をしています」

「ほんとだ。おかあ、見てみろ。いい顔をされてるぞ」


 ヤチヨがカズエに仏様を見せるようにするが、二人はすぐにそれが意味のないことだと気づく。


「ん? まあ、本当にきれいな金色。なんて素敵なお顔でしょう」

「悪い、おかあ。そういや、目が……え?」

「今、きれいな金色って……」


 マタハチがヤチヨと顔を見合わせて、カズエを見ると。

 なんと、カズエは目を開いていた。


「おかあ! 目が見えるようになってる!」

「え? ああ! 本当だわ!」


 あっ、とマタハチは気づく。


 ――そうか! 『暗闇を金色の光が照らす』っていうのはこのことだったのか。本当に願いが叶ってしまった! ありがとうございます、ゴキチさん。


 これは正月からめでたいと、このあとの食事の席は大賑わいになった。

 長者・ギンノシンは久しぶりに子供の頃みたいに楽しそうにしている娘・ヤチヨを見て、決心した。


「マタハチさん」

「はい」

「よろしかったら、娘を嫁にもらってくださいませんか」

「え!? ヤチヨさんを!?」


 途端に、マタハチの顔が赤くなる。


「娘にはマタハチさんのような人がいいのかもしれない。楽しく過ごせる相手がいい。どうだ?」


 水を向けられたヤチヨは、こちらも顔を赤くして、そっとうなずいた。


「はい。マタハチさんとなら」

「だそうです。どうですか? マタハチさん」

「はい! どうかよろしくお願いします!」


 そんなわけで、マタハチは長者の娘・ヤチヨを嫁にもらい、二人は母のカズエと共にいつまでも仲良く幸せに暮らした。




 マタハチは話を終える。

 アキとエミに向き直って、にこりと微笑んだ。


「ちょっと長くなりましたな」

「いいえ。楽しかったです」

「お母さん、目が見えるようになってよかったですね」

「ええ。本当によかった。あのあと、お金にも困らないようになり、何度かゴキチさんを探そうと思ったのですが、仕事が忙しくなって王都に来られなかったのです」


 なつかしむように茶屋から王都の町を見て、マタハチは目を和らげる。


「まあ、幕末も挟んで今は新戦国の世になって十年以上。だいぶ変わりましたから、期待はしていませんでした。ゴキチさん、どうなったのでしょうねえ」


 二十代後半の店員の女性が出てきて、にこやかに聞いた。


「ゴキチさん? うちのおじいちゃんと同じ名前ですね」

「え? もしかして、『やげばなし』のおおさききちさんですか?」

「そうですそうです。うち、昔はその『土産話屋』っていうのをやっていたみたいで。わたしはおおさきむつっていいます」

「ああ、そうだったのですね。わしはあのときの客の一人です。あの無口な店主が懐かしくて探していましたが、まさかここがあの店だったとは」

「ははは。おじいちゃんは無口じゃありませんよ。おじいちゃんの魔法は《目安箱》っていって、小箱の中にお金を入れると、そのときのチャリンチャリンって音が助言の内容として聞こえるんです。おしゃべりだと説得力がないからって、外では無口なフリしてたみたいで」


 孫娘のムツミは楽しそうに話してくれた。


「なるほど。ゴキチさんはそういう方だったのですか。それで、ゴキチさんは、今は……」

「おじいちゃんは五年前、亡くなりました。大往生だったんですよ」


 なんの憂いもない顔でそう言ったムツミの顔と、アキとエミの安心したような顔、それらを見て、マタハチは満足したように立ち上がった。


「来て良かった。お会計、お願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る