幕間風土記 『温-音-恩 ~ Have A Happy New Year ~』

 昔、雪深い山の中に貧しい夫婦が住んでいた。

 晴和王国、すいおうくに

 冬の厳しい寒さが身にしみる年末のこと。

 東北地方の粋奥ノ国の中心といえば『もりみやこ』だが、そこからはだいぶ離れている山だった。

 このあたりでは、年の瀬にはぐっと冷え込む。

 昨日などは少し早い雪が降った。

 今は晴れているように見えるが、またいつ降り出すかわからない。

 ひととせちかしは、妻に言った。


「もう今日で一年も終わるなあ。明日からは正月だ」

「今年もいい年だったねえ」


 妻のひととせはつはニコニコと笑った。


「うん。楽しかった」

「来年も楽しく過ごせるといいね」

「そうしたいね、ハツコさん」


 夫婦は心優しい性格で、仲良く楽しく過ごしていた。

 しかし、家は貧しかった。

 チカシは木炭をつくって売っているのだが、品質の割にそれほどには儲かっていない。家が町から遠いから、運ぶのも大変だし、売りに行くときとつくるときでそれぞれ時間がかかる。町のすぐ近くに住むお金もないので、こうした効率の悪さも仕方のないことだった。

 もう一つ、夫婦は子供に恵まれていなかった。

 夫のチカシが三十四、妻のハツコが三十六になるが、いつかは子供をと夢見ていた。

 ただ、まずは明日のことである。


「ねえ、チカシさん。お米もおもちもないけど、今から二人で買いに行く?」

「お金もないからなあ。よし、つくっておいた木炭を、町に行って売ってくるよ。それで、米や餅を買ってくるよ」

「ひとりで大丈夫?」

「いつもひとりでやってるし大丈夫さ」

「じゃあお願いね。冷えないように、チカシさんが魔法でつくった《もくたんぶくろ》もちゃんと首から下げて行くんだよ」

「そうだった。あれはあったかいからな」


 チカシの魔法は《木炭袋》といって、特別につくった木炭は袋に入れておけば今でいうカイロのような役割を果たす。木炭はほとんど煙が出ない特徴を持つが、チカシが魔法でつくった木炭はそれを袋に入れて、丸一日温かさを保つことができる。これも売り物だった。自分用の一つ以外は売り物として、十個ほど首に下げておいた。

 その間に、ハツコは夫のお弁当におにぎりをこしらえて渡した。


「たくさん売れるといいねえ」

「うん」

「こっちも、ちょっとだけど寒さ対策」


 と、ハツコはチカシの頭に手ぬぐいを巻いてあげた。


「ありがとう! じゃあ、いってきます」

「気をつけてね。いってらっしゃい」


 背負った竹のカゴいっぱいに木炭を入れて、チカシは家を出発した。

 しばらく歩くと、道の端に並んだ地蔵様が見えた。


「おや?」


 何体か並んでおり、みんな真っ白な雪を頭にかぶっていた。


「今日は頭が真っ白ですね、地蔵様」


 そう言って「よいさ、こらさ」と手で雪を払ってやり、


「うん、これでよし。地蔵様、おれは今から木炭を売ってきます。お金ができたら、帰りに町で買ったお餅でもお供えするので、待っていてくださいね」


 としゃべりかけて、チカシは町へと歩いて行った。




 一時間ほど歩いて、町にやってきた。


 ――あと二時間歩けばもうちょっと大きな町に出るが、そこまで行くと帰りが遅くなってしまうからな。ここで売ろう。


 町といっても、割と小さなもので、さらに二時間歩いて行ける町も、それほど大きくない。

 往復に六時間もかかれば、売る時間もほとんどない。

 当然の判断だった。

 チカシは竹のカゴいっぱいの木炭を背負って宣伝する。


「木炭~! 木炭はいりませんかー?」


 いくら小さな町でも、人通りはなかなかにあった。


 ――大晦日だし、たくさんの人がいる。これなら売れるぞ。ハツコさんにおいしいお餅を食べさせてやりたいもんな。頑張るぞ。


 張り切って、道行く人に声をかける。


「木炭~! 木炭はいりませんかー?」


 右に言って左に言う。


「木炭~! 木炭はいりませんかー?」


 そうやって何度も呼びかけた。

 しかし、いっこうに売れない。こちらを見てくれる者もいない。忙しそうに通り過ぎるばかりであった。

 そのうち、チカシは同じように笠を売る人とすれ違った。


「笠~! 笠はいりませんかー?」


 何度かすれ違って、その人を顔と見合わせて照れたように笑い合った。

 お昼時、チカシが階段の端に腰掛けておにぎりを食べていると、隣に人影が現れた。


「隣、いいですか?」

「どうぞ」


 見上げながら答えると、それは笠売りだった。

 笠売りは隣に座った。

 これもチカシと同い年くらいの三十代前半の男性で、おにぎりを取り出した。自分でつくったのか不器用な家族がつくったのか、不格好な、しかし大きくて丸々として力がつきそうだった。笠売りの男性もおにぎりを食べ始める。


 ――うまそうに食べる人だ。


 おいしそうに食べる笠売りを見て、チカシも気持ちが明るくなる。


「売れませんか」

「ええ、売れません」


 笠売りは苦笑いで答えた。

 それからほんの少ししゃべり、二人は立ち上がった。


「じゃあ、午後も頑張りましょう」

「いいお正月を迎えましょうね」


 また二人は町で声をかける。


「木炭~! 木炭はいりませんかー?」

「笠~! 笠はいりませんかー?」


 午後は午前中以上に人も増えて、売れる期待は充分にあった。

 けれども、大晦日の人たちの喧騒に、チカシの声は掻き消されてしまうばかりであった。


「木炭、どうですか?」

「うちは足りてるんだ。よそを当たっておくれ」


 やっと声が届いても、断られてしまう。

 徐々に日も落ちてきて、人々も家に帰ってゆく。雪もぱらっと静かに舞い始めた。

 結局、この日はまったく売れなかった。


 ――ハツコさん……。ごめんよ。


 はあ、とため息をつくと、さっきの笠売りがやってきた。


「売れませんでしたか」

「ああ、はい。そちらも」

「ええ」


 笠売りの笠もまるで売れていないようだった。


「同じものを持ち帰っても仕方ない。せっかくですし、お互いのものを交換しませんか?」

「交換ですか」


 確かに同じものを持ち帰るよりは気もまぎれるだろうと思い、チカシは二つ返事で、


「そうしましょう」


 と竹のカゴを下ろした。

 木炭と笠を交換する。

 分量と価値でいえばほとんど変わらないから、気になるようなものじゃない。

 チカシは思い出したように言った。


「そうだ、この《木炭袋》も一つどうぞ」

「《木炭袋》?」

「魔法でつくったものです。木炭が入っていて、袋に入れておくだけで燃えないし温かいままです。丸一日効果があるから、あと半日以上持ちますよ」

「ありがとうございます。じゃあ、わしからもこの《らくらくなかみの》を」


 笠売りが手渡したのは、背中蓑だった。これは背中にかける民具で、荷物を背負ったときの背中当てになる。


「普通のと違うんですか?」

「荷物を背負ったとき、背中が痛くならないように使ってください。荷物も多少軽くなりますよ」

「どれ」


 試しに肩にかけて、そのあと竹のカゴを背負ってみる。


「本当だ! 軽いですよ! ほとんど重さを感じない。こんなすごいものをいただいて、釣り合いません。おれのはすぐに効果も切れてしまう」

「いいんですよ。これもなにかの縁ですから」

「いいえ。《木炭袋》全部持っていってください」

「全部なんかもらえません」

「じゃあ、せめてこの三つ。袋は巾着になってますけど、こうやってただ絞るだけじゃなくて結んでおくと、使わずに温存もできます」

「なるほど。それはいい。母にあげよう」


 と、三つは受け取ってもらえた。

 最初に渡したものと合わせて四つをあげて、自分の首には七つが残った。


「それでは」

「はい。よいお正月を」

「よいお正月を」


 こうして、二人は別れた。

 それぞれが家に帰ってゆく。

 チカシはせっせと帰り道を歩く。

 ぱらぱらと降っていた雪は、少しずつ粒も大きくなってきた。

 日も完全に暮れ落ちる。

 そこで、何体も並んでいるあの地蔵様を見かけた。


「あ、地蔵様。申し訳ありません。お供えするものも買えませんでした」


 通り過ぎようと思って、足を止める。


「そうだ」


 背負っていた笠を下ろした。

 地蔵様の頭の雪を「よいさ、こらさ」と払って、笠をかぶせていった。


「こうすれば寒くはない。ずっとこのままでは気の毒だからな。これでよし」


 六人の地蔵様に笠をかぶせて、視線をその隣に移す。


「あら、ちびっこい地蔵様もいらっしゃった。うーん、どうしようか」


 考えて、すぐに思いつく。


「すみませんが、この古い手ぬぐいで我慢してください」


 かぶっていた手ぬぐいを取って、小さな地蔵様にかぶせてやった。

 七人の地蔵様を見ると、まだ寒そうに見える。


「これもかけてあげよう」


 魔法でつくった《木炭袋》を、地蔵様の首から下げてやる。これで寒さをしのげるだろう。


「それでは、地蔵様方もよいお正月を」


 木炭は笠と交換した。

 しかしその笠は地蔵様にかぶせてやった。

《木炭袋》も地蔵様の首に下げてやった。

 あるのはすっからかんの竹のカゴと、背中当ての《らくらくなかみの》だけである。

 家に戻ると、チカシは今日のことを妻のハツコにいろいろと話した。


「そういうわけだからお餅もお米も買えなかったんだ。ごめんよ」

「いいのいいの。気にしない。それよりも、良いことをしたんだから偉いよ」


 ちょっとなぐさめられるようなかっこうになってしまったが、ハツコは本当に気にしていないようだった。

 ハツコ自身、


 ――地蔵様が雪をしのいで温かく新年を迎えられるなら、それで充分。


 と思っていた。


「それにさ、これから木炭を売りに行くときに大活躍してくれそうな背負い蓑がもらえたんだもの。先のことを考えると、かえってよかったと思うな」

「確かに、そうかもな」


 それから、この日ハツコが用意していた年越しそばを二人で仲良く食べて、夜も深まっていった。

 そして、二人は床についた。

 疲れのせいか、チカシはすぐに寝入ってしまう。


「来年も、チカシさんにとって良い年になりますように」


 そう言って、ハツコはチカシの胸を布団の上からぽんと優しく叩いた。

 ゴーン、ゴーン、と鐘の音が聞こえてきた。

 山の中でも、少し離れた場所で除夜の鐘をつく音がハツコの耳を打って聞こえてくるのである。

 鐘の音を子守歌に、ハツコもうとうとしてきたとき、雪降る静かな外から、なにか音が聞こえてきた。

 しゃらん、しゃらん、しゃらん、と鈴の鳴る音のようである。

 音が近づいてくるので、気になってきた。目が冴えてきたハツコは、チカシを起こす。


「ねえ、チカシさん。起きて」

「ん?」


 目を覚ましたチカシもすぐにその音に気づいた。


「なんの音だろう?」

「鈴のような音じゃない?」

「うん」


 しゃらん、しゃらん、しゃらん、と一定のリズムで音がする。

 二人がそろそろと家の戸に近づいていくと……。

 どさぁっと、大きな荷物でも置かれたような重たい音が響いた。


「な、なんだ?」

「み、見てみよう?」


 恐る恐る、戸を開けて、外を見ると。

 そこには、米俵にお餅、魚、野菜、果物、小判などがたんと山盛りになって置かれていた。

 二人はびっくりした。


「すごい。こんなに……」

「いったいだれが……」


 驚嘆するばかりの二人だったが、チカシが家から遠ざかってゆく人影を見つける。


「あれは、地蔵様だ」


 雪の中、静かに去ってゆく後ろ姿は、間違いなく笠をかぶせて《木炭袋》を首から下げてやった、あの地蔵様七人だった。ちゃんと、一番後ろの小さな地蔵様は、手ぬぐいなのである。しゃらん、しゃらんと聞こえた音も、地蔵様が持っている錫杖だとわかった。


「きっと、チカシさんに恩返しをしにきたんだと思うよ」

「そうかな。喜んでくれていたのなら、おれもうれしいな」


 小さな地蔵様が、チラッと振り返り、ぺこりと会釈した。

 可愛い地蔵様の姿を見て、顔をほころばせた二人は、七人の地蔵様に深々と頭を下げたのだった。




 地蔵様のおかげで、二人はいい正月を迎えることができた。

 いただいたおいしい食べ物もあり、正月を楽しく過ごせた。

 それからというもの、チカシは笠売りのくれた《楽々背中蓑》のおかげでよりたくさんの木炭を運べるようになったし、木炭の売れ行きも好調となり、元から品質もよかったこともあって、『ひととせじるしもくたん』として噂が噂を呼び評判を高め、良いことが立て続けに起こって、家も豊かになっていった。

 さらに、それに輪をかけたようにうれしいことが起こった。

 なんと、ずっと欲しかった子供にも恵まれたのである。

 地蔵様への感謝の気持ちにお供えもかかさずして、毎年冬になると《木炭袋》を首に下げてやりに行くのだった。

 しかし、家は便利な村の近くに引っ越すことはなかった。

 二人がおじいさんとおばあさんになっても、家は山の中にある。


「どうして村に行かないの?」

「山の中にあるお屋敷も素敵だとは思うけどね」


 関東からやってきたという二人の子供が山の中を探険してチカシの家へ迷い込んだとき、そんなことを聞かれた。

 チカシはにっこり笑って答える。


「今では、《もくたんぶくろ》を買いにわざわざ来てくれる人たちもいる。それも仕事の一つとして、その人たちの生活を支えるものになってくれている。だから不便さは気にならないよ。『ひととせ印の木炭』って呼ばれて、うちの木炭を求める人もいるしね。なにより、地蔵様が近くにいると安心するのさ」

「それに、あなたたちみたいな子もたまに遊びに来てくれるし、退屈はしてないの」


 ハツコの言葉に、サンバイザーをかぶった二人は楽しそうに笑った。


「じゃあまた来ないとね」

「遊びに来るから、いつまでも元気でいてよね。《うちづち》、振っておくからね」


 その後も、地蔵様のおかげか、あの二人組のおかげか、チカシとハツコたち家族は怪我も病気もすることなく、いつまでも仲良く楽しく暮らしたということである。

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