浦浜編

1 『浦浜ファースフィルム』

 晴和王国。

 おうみさきくに、『かいまどぐちうらはま

 王都の南西に位置し、晴和王国七大貿易港の一つ浦浜港を抱える港町である。

 都市の経済規模は晴和王国内で王都に次ぐ第二位。交易が盛んで人や物が出入りする流通拠点にして、それゆえ他国の文化が入り混じった異国情緒あふれる独特の土地でもあった。

 ただ、比較的新しい都市といっていい。

 古くは、国主・がわ氏が住む田留木が黄崎ノ国最大の町だったが、現在では浦浜が天領直下の『世界の窓口』と呼ばれ栄えている。

 しょうくにがわおんせんがいが『おうおくしき』であるのとは反対に、『おうにわさき』として王都のベッドタウンにもなっていた。

 時代の帆は、この街からはためく。

 関東でもっとも力を持つ小座川氏が昔より王都南方から晴和王国の国防に務めてきたが、その担当能力が失われたとき、晴和王国の図式も大きく変わることだろう。

 そんな背景もあって、晴和王国の勢力図を書きかえたい下克上の梟雄が目をつけるポイントでもあり、小座川氏を影より支えるとびがくれさとの忍びたちはそうした相手とも水面下での情報戦を日々繰り広げている。

 特に忍び同士の戦いは過酷である。

 つい先日も、この里は狙われた。

 だが、ターゲットとなった天才忍者には返り討ちにされてしまった。さらに、この天才忍者を生み出した秘伝の巻物も狙われたが、木っ端微塵に斬り刻まれて燃え尽きた。

 とある少年の一計によって、秘伝の巻物は消滅、天才忍者は彼に連れ去られたとあって、忍び同士の戦いにおける技術と人の奪い合いは一旦落ち着くとみられ、忍者同士の裏側の戦いよりも、武将同士の表立った正面からの戦が重要になったとさえいえるのだが、それ以上はまた別の話。

 ただ、その少年はここ浦浜へやってきていた。




 時はそうれき一五七二年四月十三日。

 異世界から召喚された少年・しろさつきと彼を召喚した少女・あおは、えいぐみの仲間たちと共に浦浜を訪れていた。

 潮風の吹く爽やかな街である。

 商工業の拠点であると同時に、外国資本も積極的に参入してきており、晴和人以外の人種もちらほら見える。

 区画整備もしっかりされており、和洋中様々なエリアから構成されていた。

 サツキは馬車の窓を開けた。


「いろんな国の人がいる」

「そうですね。港町ですから」


 クコも馬車から顔を出して、磯の香りを吸い込む。


「海が近いので、風が気持ちいいです。お天気もよくて爽やかですね、サツキ様」

「そうだな」


 一行は、最初に馬車でそのまま港に向かった。

 港に到着し、馬車を降りる。

 サツキとクコを中心とした士衛組は、現在八人。

 医者の娘・たから、馬車の運転手・だいもんばんじょう、クコのいとこ・おとなずな、旅の途中で立ち寄る孤島の博士の孫・かわなみ、天才忍者・よるとびふうさい、そして現在は亀の姿だが『万能の天才』と呼ばれるげんないがいる。

 八人は港を歩く。

 ここからは海が一望でき、たくさんの船が碇を下ろして待機していた。中にはかなり大きなものや回遊している船もあった。


「大きな港だ」


 サツキは以前、クコに記憶を見せてもらってこの港の風景も少し垣間見たことがあったが、実際に目の当たりにすると、巨大な港町に圧倒される思いがする。ここから、海に出て行くのだ。

 ルカが教えてくれる。


「浦浜は天領直下の『世界の窓口』とも呼ばれているわ。天領とは『王都』あまみやのことだから、晴和王国そのものの窓口と言ってもいい場所よ」

「つまり、諸外国との交易がもっとも盛んな都市というわけだな」


 とサツキは納得する。


「特に、メラキア合衆国とれいへいすうくにとの交易が盛んね」

「ふむ」


 すなわち、サツキの世界に照らし合わせれば、アメリカと中国がそれに相当する。

 クコが船の案内所を指差す。


「あそこが案内所です。さっそく船の予約をしましょう」

「うむ」


 サツキがうなずき、士衛組一行は船の案内所へと向かった。




 船の案内所。

 五十がらみの男性が応対する。名札にはやすはやかわと書かれていた。


「案内係のハヤカワです。今空いているところですと――」


 ハヤカワは七三分けの髪とメガネが特徴的で、大きな口はおしゃべりが好きそうな印象を受ける。

 馬車もいっしょに乗れる船をハヤカワが調べてくれたところ、翌日の九時に出港する便が可能だった。


「明日の九時出航の便などいかがでしょう。馬車も一台分、乗せることができますよ」

「ぜひ、よろしくお願いします」


 代表してクコが述べて、ハヤカワが丁重に答える。


「承りました。四月十四日、九時の便で予約いたします」


 予約を済ませ、馬車をここに置いておく。


「今日は浦浜に泊まって、明日また来るからな」


 バンジョーが愛馬のスペシャルにそう言うと、スペシャルがヒヒーンと鳴く。


「へへっ。なんか言ってんぞ。元気そうだし大丈夫みてえだな」

「スペシャルさん、良い子にしていてくださいね」


 クコもスペシャルに声をかけて、チナミが無言でスペシャルをなでる。

 それから士衛組の八人は浦浜の街へと足を向けた。

 サツキは聞いた。


「今は何時だろう?」

「ええと、正午ですね」


 魔法道具にもなっているクコの懐中時計《世界樹ノ羅針盤マジック・クロノグラフ》は十二時を少し回ったくらいだった。


「じゃあ、お昼ごはんにしようか」

「賛成です」


 と、チナミが即答し、ナズナも「いいと、思います」と控えめに手をあげた。


「よし。そうと決まったら、どこで食べるかだが」

「うまい店なら知ってるぜ。浦浜といったらカレーの店だ」


 バンジョーが得意げに語ると、チナミも短く意見を述べる。


「浦浜なら洋食。オムライスです」

「ハンバーグも、いいね」


 ナズナもにこにこと楽しそうに言う。


「待ってください」


 クコが慌てて間に入り、


 ――クコはこういうとき取りなしてくれるから助かるな。


 とサツキは思ったが、言ったのは別のことだった。


「シュウマイを忘れていませんか? わたし、サツキ様を迎えに行くのに夢中で前回は食べられなかったんです」


 ややこしくしてどうする、とサツキは心の内でつっこんだ。

 三者三様に希望を口にするから、サツキもどうすればいいものか迷う。


「ルカは?」

「肉まんもいいんじゃないかしら」


 さらりと言って、ルカはやや困り顔のサツキに微笑を向ける。


「冗談よ。これ以上選択肢を増やしても仕方ないものね」


 だが、クコは目を輝かせる。


「そういえば、わたし、まだ浦浜の肉まんを食べたことがありませんでした!」

「じゅるり」


 チナミもそう声に出した。

 サツキは玄内に助けを求める。


「玄内先生、どうしましょう」

「ラーメンなんてどうだ。ここはラーメンも有名だぜ」

「全員違う……。フウサイは?」


 どこにも姿が見えないフウサイにも尋ねると、声だけがすぐ近くから返ってきた。普段は《かげがくれじゅつ》でサツキの影に潜んでいるのである。


「拙者はサツキ殿に従うのみでござる」

「私もサツキに合わせるわ」


 フウサイとルカはそう言ってくれたが、みんなの意見をまとめるのは容易ではなさそうだった。


「だれか、浦浜でおすすめのお店を知ってる人がいるといいんだけど」

「呼んだ?」

「アタシたちも今からちょうどお昼ごはんなんだ!」


 そう言って通りすがりにこちらに顔を向けた男女は、サツキの知る二人組だった。ただし、サツキの知る二人の衣装ではなく、海兵服を身にまとっている。頭のサンバイザーだけはいつもと同じだが。


「あれ? サツキくん!」

「クコちゃんにルカちゃん! 玄内さんにチナミちゃんにナズナちゃんにバンジョーくんもいるんだね!」


 ばったり会った二人組は、親しい挨拶をした。

 クコがまず挨拶を返す。


「こんにちは! アキさん、エミさん!」

「こんにちは。俺たちお昼ごはんにしようかと思ってたんです」

「ボクらと同じだね!」

「じゃあいっしょに食べよーう!」

「いえーい!」

「アタシたちみんな仲良しだね、ひゅーひゅー!」


 偶然出くわしためいぜんあきふく寿じゅえみは、さっそく二人だけで盛り上がっている。すぐにクコとバンジョーもいっしょになって、


「お二人のおすすめのお店、楽しみです!」

「こりゃいいぜ! へいへいへーい!」


 四人が道ばたで騒ぎ出したので、玄内が注意する。


「通行人の迷惑になる。まずは飯にしようや。おまえらがどうしてここにいるのかとか、そこで聞かせてくれ」

「賛成です」

「だな!」


 クコとバンジョーがうなずき、アキとエミがビッと親指を立てる。


「いいね!」

「ナイスアイディア!」

「でもその前に」


 と、アキが渋ったように腕組みしてサツキたちを眺め回す。エミも同じポーズで大仰にうなずく。


「そうだね、アキ」

「これは――」

「お着替えしよーう!」


 エミが明るい声で宣言した。

 そういえば、アキとエミも海兵服姿であり、この港町に似合っている。


「大丈夫。着替えは五分で終わるよ」

「てことで、衣装チェンジはこちらで」


 アキがサツキの手首を握り、エミがクコの手首を握って、二人に引っ張られる形ですぐ近くの服屋に入った。

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