2 『開幕ドレッシングルーム』

「おばあちゃーん」

「こんにちはー」

「玄内さんとフウサイくんは着替えないと思うから、六人分の着替えよろしくね」

「みんなは試着室に入ってねー」


 友だちにしゃべりかける調子か、あるいは本当の孫が祖母に話しかける感じで服屋のおばあちゃんに声をかけ、注文する。小さくて優しいおばあちゃんといった雰囲気の人で、柔らかい笑みで迎えてくれた。


「アキちゃん、エミちゃん。たくさんお客さん連れてきてくれてありがとうね。賑やかで楽しいわ。どんな服にする?」

「アタシたちとおそろいがいい」

「ボクらの気分も盛り上がるもんね」

「わかったわ。まずはあなたね。はい、どうぞ」


 注文を受け、おばあちゃんはサツキに服を出してくれた。


「ど、どうも」


 サツキが戸惑いつつ頭を下げて服を受け取る。試着室一つ一つに服を用意していくおばあちゃんにそれぞれ礼を述べ、さっそく着替える。

 もちろん、アキとエミと同じく海兵服だった。

 マリンセーラーといった感じだろうか。

 着替え中のサツキに、アキが呼びかけた。


「サツキくん、帽子もデザインを変えるといいよ」

「あ、《どうぼうざくら》のにじの《ぼう》ですね」

「そう」

「わかりました」


 サツキは桜のエンブレムをくるっと回した。カラーリングが変わる。帽子は青と白の海兵服に似合うカラーリングになった。デザインも少しだけ異なる。

 この帽子について、わからないことはまだある。八つの効果があるようだが、全部は教わってないのである。

 しかしみんなも着替えているし、サツキもまずは着替えた。



 全員、試着室から出てきた。

 みんな涼しげで爽やかに決まっている。海が似合う衣装になった。


「うんうん、みんなバッチリだ!」

「海の男と海の女がそろったね!」


 満足そうにうなずき合うアキとエミ。着替えたことで気分が変わったのか、クコはうれしそうに言った。


「サツキ様、お似合いですよ。ズボンの丈が短めなのが可愛いです」

「よせ」


 恥ずかしがるサツキだが、


「わたしも似合うでしょうか」


 クコに聞かれ、これも照れながら答える。


「うむ。そうだな。似合ってる。いいと思うぞ」

「私は?」


 すかさずルカも聞くと、チナミも問いを重ねた。


「似合ってますか?」

「わたしも、へんじゃない、ですか?」


 ナズナも不安そうにサツキを見上げた。三人同時に詰め寄られ、サツキは困ったように頬をかいて、


「ルカもチナミもナズナも似合ってるから大丈夫だ。自信を持っていいんじゃないかね」


 もう一人着替えたバンジョーは気にした様子でもないので、そちらには声をかけなくてもよさそうだった。


「みんなも着替えたし、さっそく出かけよーう」

「おばあちゃん、素敵な服をたっくさんありがとう!」

「また来るね!」


 と、アキとエミはおばあちゃんに言って、「いつでもおいで。待ってるからね」とおばあちゃんのほうは名残惜しい様子だった。

 服屋を出る。


「で、なんの料理の店なんだ? おい」


 興味津々に問いかける料理人バンジョー。着替えた感慨もまったくなく、料理にしか目がない。

 エミがウインクしてみせる。


「入ってからのお楽しみということで!」

「さあ、案内するよー!」

「ついでおいでー」

「出発進行!」


 アキのかけ声で、一行は食事に向かった。




 店の名前は『てつじんちゅうぼう』。

 外観は洋館のような佇まい。

 二階建てだった。

 和と洋が混じったモダンさに中華のオリエンタルな装飾も垣間見える。

 店内も焦げ茶色のシックな雰囲気だが、和洋中のどれだとハッキリ言い切ることができない店だった。

 重厚感のある木製のテーブルとイスと飾り棚、赤い絨毯が綺麗で、不思議な統一感はある。

 サツキが香りを感じて、


「でも、結局なんのお店なんですか?」


 と聞いた。


「香りだけでは判別できませんね。あ、ハヤシライスを運んでますよ」


 クコがハヤシライスを運ぶ店員を発見した。

 香りが漂ってくる。ごくりと唾を飲み込む。


「おいしそうです」

「でも、全体としては中華の香辛料の香りが強いような……」


 鼻がいいルカでもわかりにくい。

 客がたくさんいてそれぞれの客席から様々な香りが漂っている。

 店員がやってきて、


「何名様ですか?」


 と聞かれた。


「十名です」

「よろしくお願いします」


 アキとエミが答えると、大人数ということで一階の奥に案内される。

 座敷の部屋だった。

 十人が入ってもまだ少し余裕がある。

 掘りごたつになっている。和室ではあるが、中華の風味もある。いや、洋風でもあった。ただ総合的にはやっぱり和風になるだろう。

 席に着き、メニューを見る。


「うおお! なんでもあるじゃねえか!」


 バンジョーが驚いた。


「そうだよ」

「アタシはお寿司にする」

「ボクも。あ、支払いは持つから好きなのじゃんじゃん頼んでね!」

「おごっちゃうよ!」


 クコは「そんな、悪いです」と断るが、「まあまあまあ」と押されて、結局断り切れずに、二人がご馳走してくれることになった。

 メニューを眺め、みんなの注文が決まった。

 注文を済ませてからしばらく、料理が運ばれてきた。


「お待たせしました」

「ヒコイチさん!」

「こんにちは!」


 明るい声で挨拶するアキとエミの顔を見て、ヒコイチと呼ばれた店員は笑顔を大きくした。


「やっぱりアキくんとエミくんか! いつものコンビが来てるって言われてね、きっとキミたちだろうって思ってたんだ。よく来てくれたね」

「これから海外に行くからさ」

「浦浜に来たし友だちも誘って食べたかったんだ」

「ありがとう」


 ヒコイチはうれしそうに破顔した。五十歳になるだろうという彼の顔には、力強さと優しさが混じっている。その顔を今度はサツキたちに向けて挨拶する。


あかさきいちといいます。この店の店主です。アキくんとエミくんは以前からのぼくの友だちでしてね。今日はお代はいりません。シュウマイもサービスしておくので食べていってください」

「やったー!」

「わーい! シュウマイもおいしいんだー」


 子供のように無邪気にアキとエミが喜ぶ。クコはぺこりと頭を下げた。


「サービスまでしていただいて、ありがとうございます」

「いやいや。いいんですよ」


 にこやかに手を振ってヒコイチはテーブルに料理を並べ出す。他の店員も来て並べ終えた。

 アキとエミはお寿司、クコがハヤシライス、ルカがエビチリソース定食、バンジョーがカレーライス、ナズナがハンバーグ、チナミがオムライス、フウサイが天ぷら定食、玄内が豚骨醤油ラーメン、そしてサツキとチナミが欲張りオムライスランチである。プレートには、オムライス、ハンバーグ、海老フライ、ナポリタンが盛られている。オムライスのソースはハヤシライス、さらにミニカレーの小鉢までついていた。ナポリタンは一口だしハンバーグもナズナのものより小さいが、すべて合わせても一人前よりちょっと多いくらいの分量で済んでいるから、いろいろ食べたい人にはうれしいメニューだった。さらにそれぞれ小皿にシュウマイが二個ずつ。


「まずはシュウマイをどうぞ」


 ヒコイチのすすめで、一同はシュウマイからいただく。

 みんなが「いただきます」と言って一口。

 各々シュウマイの感想を述べる。


「ぷりっとしてます!」

「うむ。ジューシーだ」

「具材の味がしっかりあっていいわね」

「おいしい……」

「海の味」

「肉の味もするぜ! ゴロってしてデカくてうめえ!」

「美味でござる」


 それぞれが味について話す中、玄内だけは見た目を楽しんでから口に運ぶ。


「ん!」


 玄内の豊かな味覚が刺激される。


 ――これは。海老とホタテの水泳大会。肉汁のプールで競い合う。おれはそれを見守る監視員だ。こいつはいい。どっちも優勝。肉も優勝。おれの胃袋へパレードランだぜ。


 アキとエミが聞いた。


「玄内さん、どうですか?」

「おいしいでしょう?」

「こりゃ流行るわけだ」


 と、玄内は短く言った。


「ですよね!」

「うんうん! 玄内さんもはしゃいでくれてうれしいです!」


 エミはそう言うが、クコには玄内がいつもの難しい顔で冷静に食事をしているようにしか見えなかった。

 ヒコイチが笑顔で言った。


「みなさんのお口に合ったようでなによりです。では、オムライスの卵を広げて、ハンバーグを切りましょうかね」


 アキとエミが期待した眼差しを向ける。


「出るぞ、ヒコイチさんの魔法が」

「久しぶり~」

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