3 『始動スイッチ』
始まりはボールペンだった。
ヒコイチが調理白衣の胸ポケットからボールペンを取り出すと、それが手に握られてからコマ送りのようにパラパラと瞬時に別の物に入れ替わった。
具体的には、ボールペンが出刃包丁に、出刃包丁が菜切り包丁に、菜切り包丁が刺身包丁に、刺身包丁が中華包丁に、中華包丁がおたまに、おたまがテーブルナイフになった。
刹那のことに、一同目をみはり驚いた。
何事なかったかのようにヒコイチはそのナイフでサツキとチナミのオムライスの卵を切る。するとふわふわの卵が広がってチキンライスを覆った。
「次はハンバーグですね」
そう言うと、テーブルナイフがギザギザつきの別のテーブルナイフに変わる。
左手を胸ポケットのもう一本のボールペンに手を伸ばし、それを手に取るとまた出刃包丁から始まって、さっき使ったばかりのテーブルナイフを経由してフォークになった。
「お切りします」
サツキとチナミとナズナのハンバーグを切り、中身の面を鉄板に当てる。
「では最後に、アキくんとエミくんのサーモンをあぶります」
左手のフォークは巻き戻しのように様々な調理器具を経由してボールペンに戻り、胸ポケットに挟む。右手のナイフも同じように巻き戻しのようにして、ボールペンを通り過ぎるように菜箸を経由して片手持ちの小型バーナーになった。
「わーっ!」
「いつ見ても鮮やか~!」
エミがパチパチパチパチと拍手し、アキが首を折っていろんな角度からあぶられたサーモンを観察する。
「今のは魔法ですか?」
クコが質問すると、得意げにエミが胸を張り答える。
「そうだよクコちゃん! ヒコイチさんはサークル状に道具を配置して、それを現在手に持っている物と入れ替えるって魔法を使えるの!」
「その名も《
「登録しておけば、そのアイテムがどこにあっても呼び出して入れ替えできるんだ」
「『
二人が交互に息を合わせたように説明してくれた。
すべて言われてしまった『鉄人』ヒコイチはただ笑顔を浮かべて、
「ぼくの魔法はそういった魔法です。登録できる物の数に制限はありませんが、使った物の洗浄をあとでちゃんとやらないといけないのが難点と言えば難点でしょうか」
現在も、奥の厨房にはトレーがあり、ヒコイチが魔法で入れ替える調理器具のスペースが確保されている。
「それくらいはわたしたちがやりますので」
店員の若い女性がそう言って、ヒコイチが「助かるよ」と返す。
サツキは考える。
――俺がアキさんとエミさんにもらった《
登録した物を取り出せるという点での類似がある。
だが、どちらも一長一短だろう。
そんなサツキの目の前で、チナミがミニカレーを食べながら、「この味、いつかの星空を思い出す」とつぶやき堪能していた。
と、ここで。
別の店員にヒコイチが呼ばれた。
「二階のお客様がサンマーメンを三つ注文されました」
「わかった。今作るよ」
特別大きな店ではない。だが、一階のフロア以外にも座敷の個室や二階席もあり、ヒコイチが一人で作るのは大変そうだった。
「この通り小さな店ですから、ぼくしか作る人間がいないんです。たいしてお構いできずすみませんが、ごゆっくりしていってください」
「また帰るとき挨拶しますね」
「いただきます!」
ヒコイチの言葉にアキとエミが返事をして、個室の襖が閉められた。
厨房に戻ったヒコイチが、店員の女性から耳打ちされる。
「二階のお客様なんですが、実は……」
聞くやヒコイチは料理を作っていた手を止めて、
「そうか。では、挨拶しないとな」
と別の皿を用意する。
調理後。
サンマーメン三つと、シュウマイを三皿持ち、二階に上がって行った。
二階には、現在ほとんど客がいない。いるのはしばらく前から食事をしていた数人の客と、サンマーメンを待つ三人だった。その姿をみとめると、相手もヒコイチに気づいた。
「これはこれは。浦浜までご足労いただきまして。ぼくは店主をしています、
このほんの少し前。
少女は浦浜にやってきた。
潮風に誘われるように馬車に運ばれ、ちょうど正午に到着できた。
ここは、晴和王国七大貿易港の中でも王都にもっとも近い『
晴和王国からすれば異国に当たる場所で生まれたこの少女も、浦浜では異国情緒を感じられた。
半分は晴和王国の人間の血が流れているが、もう半分はアルブレア王国の血なのである。
「リラさん。浦浜です」
「降りましょうか」
同行者の少女と青年に言われて、リラは馬車を降りた。
アルブレア王国第二王女、『
姉を探すために晴和王国までやってきたリラは、この浦浜で姉であるクコと再会したいと思っていた。
いとこのナズナ、旧知のルカもクコと共にいる。
そして、城那皐という少年。
リラにとっての勇者様。
彼にも会いたい気持ちがはやり、リラは馬車から降りるとどこかに探し人の姿がないかと見回す。
――ドキドキする。サツキ様に出会える瞬間を夢見ると、ときめきにも似た高揚感に出会える。この街に、いるかしら。
楽しそうに外を景色を眺めるリラに、同行者の青年は優しく声をかけた。
「お姉さんを探しているんでしたね。焦らずまいりましょう」
そう言ったのは、『
優雅で穏やかな空気感をまとっており、現在二十二歳、身長は一七〇センチほどで、灰色の着物と深緑色の羽織姿。優しげに整った顔立ちとくせ毛が特徴。
隣にいる少女は『
リラより一つ年下の十歳。身長は一三五センチくらいで、ニコニコと明朗な笑顔に、おかっぱ頭の前髪が垂れ、梅を模した髪留めがポイントになっている。薄紅色の着物をはためかせ、リラの手を握った。
「まずはお昼ごはんにしましょう!」
「そうだね。リラさん、食べたいものは?」
トウリの質問にウメノが答える。
「姫は浦浜に来たことですし、サンマーメンがいいです!」
「私はリラさんに聞いたんだけどね」
おかしそうに苦笑するトウリに向かってリラも微笑みを浮かべて、
「わたくしもサンマーメンでいいですわ」
「リラさんがいいなら、そうしようか」
「わーい」
ウメノがうれしそうに言って、三人はサンマーメンが食べられる店を探す。
少し歩いて、とある店を見つけた。
懐かしそうにトウリが言った。
「昔、父に連れられて来たことがあったな」
「お兄さまもいっしょでしたか?」
と、ウメノがトウリを見上げる。
「いや。兄者はいなかったんだ」
あれは一八歳くらいだったろうか、などと思い出す。
「なんでもある店でおいしかったし、ここにしようか」
「はい」
即答するウメノに続けて、リラも「はい」と返事した。
三人が入った店は、『
和洋中が混然一体となった不思議な調和を見せる店内。
その二階に案内された。
リラが階段へと歩いていると、奥の座敷から賑やかな声が聞こえてきた。
襖越しになっているため、どんな声なのかもわからないが、とても楽しそうだった。
――気張ったところがなくて、おしゃべりしやすそうなお店だわ。
二階に上がり、席につく。
サンマーメンを注文して、十分とせず、一階から人がやってきた。
五十歳くらいの男性で、シャツにネクタイ、調理白衣に帽子という出で立ちをしており、サンマーメン三つとシュウマイ三皿を載せたおぼんを手に、彼はにこやかに挨拶した。
「これはこれは。浦浜までご足労いただきまして。ぼくは店主をしています、
目をぱちくりさせるリラとウメノ。店主自らの挨拶が予想外であったらしく、ウメノがトウリに向き直って問うた。
「トウリさま。お知り合いでしたか」
「以前、お邪魔させていただいたことはあるけど、まさか覚えていてもらえているとは……」
言い淀むトウリに、ヒコイチが丁寧な言葉遣いでリラとウメノを見る。
「実は、トウリさんのお父様は何度かうちに来てくださっていまして。一度、トウリさんもごいっしょに来られたことがあったんです」
「よく覚えてましたね。五年も前なのに。私もおいしかった記憶がよみがえり、ふと見かけて訪れた次第です」
「それはありがとうございます」
国主の補佐役の宰相ということで、顔と名前は近隣では知られている。みんながみんな知っているかはわからないが、店員の女性はそれに気づいたということで、ヒコイチも挨拶に来たというわけだった。
料理を並べたヒコイチが、シュウマイの皿も三人にそれぞれ二つずつを載せて置いた。
「あの、これは……」
「こちらのシュウマイもどうぞ」
と、ヒコイチは声を落として言った。席がそれほど近くないから、その声も聞こえないだろう。
ウメノが子供らしい素直さでサービスを受け取り礼を言った。
「ありがとうございます」
「すみません。ありがたくいただきます」
「わたくしにまで。ありがとうございます」
トウリとリラも礼を述べ、ヒコイチが会釈する。
「たいしてお構いできずすみませんが、ごゆっくりしていってください」
この空間にいるすべての音を聞き分けられる耳を持つ少女は、頭についたうさぎの耳をピクリと動かす。
――まったく。一度来ただけで覚えてもらっちゃってサービスにシュウマイまでもらうとか、何様よ。
舌打ちしたい気分だった。
少女から少し離れたテーブル席では、今も三人組がサンマーメンとシュウマイを食べている。
三人組には背を向けて座っているから見えないが、音だけでシュウマイが大きいのもプリプリなのもわかってしまう。
それも、少女・
――今は《
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