7 『どんでん返しってやつだな』

 部屋を出る前、サツキたちはフウジンに言われた。


「そうそう。言い忘れていましたが、自身の道具は一つだけというルールの他、ここにある忍者道具はご自由にお使いください」


 忍者道具が並べられ、それを各自持って行くことにした。

 クナイや手裏剣、まきびし、鎖鎌といった道具があり、水の上を歩ける水蜘蛛と呼ばれるものもあるなど、一人では持ちきれないほどだった。ただ、忍者刀はない。

 これらの道具から選んでいくつかを携帯し、サツキは、クコとルカの二人と屋敷の廊下を歩いていた。

 屋敷は質素ながら立派な佇まいであり、三階建てである。よく見れば、屋内にはカラクリの痕跡が発見でき、うっかりするとすぐ罠にかかるだろう。

 廊下を歩く足を、ピタリと止めた。

 左右を歩くクコとルカを手で制す。


「おかしな木目がある。気をつけて」

「クコの一歩前ね」


 と、ルカがその場所を指摘した。

 クコはかがんで確認した。


「本当ですね。これは、踏んだらどうなるんですか?」

「よくあるイメージでいえば、竹の槍だろう。あとは、後ろから大きな球が転がってくるとかボウガンが飛んでくるとか」

「なるほど。これはよけなければなりませんね」


 さっき手裏剣を飛ばされたばかりなので、クコは慎重である。

 その箇所をよけるようにサツキの前方から進もうとしたクコを、サツキは慌てて止める。


「糸がっ」


 とクコの手をつかみ、なんとかギリギリのところで静止させる。片足を浮かせたクコの足下――例の木目の板のすぐ一歩先には、透明の糸が張ってあったのである。光の加減できらっとするため、気づくことができた。


「ふう」


 サツキとクコはそろって安堵の息をつき、ルカが冷静に分析する。


「二重トラップね。いやらしい」

「この糸に引っかかると、なにが起きますか?」

「さっきと同じようなものだ。糸が引き金になって、矢が射出されるパターンが多いイメージかな」


 別に、サツキは忍者通でもなんでもない。だが、それくらいは形状からも予想がつく。サツキは糸とその先を充分に観察して、


「こんなふうに視認しやすい糸をおとりに、見えにくい糸をそのすぐ先に仕掛けておく二重トラップの仕組みは糸以外でも仕込んでる可能性がある。気をつけよう」

「な、なるほど。奥が深いです。気をつけていきましょう」


 そう言いながらクコが糸を飛び越して進む。

 足になにか当たった感触があり、クコは声を漏らした。


「あ」


 ザザっと、壁から竹の槍が飛び出した。何本もの竹槍は、うまいことクコには当たらなかった。


「きゃ!」


 と叫びながらも、無事なことを確認し、クコは股下に飛び出していた竹槍に座った。


「はあ、びっくりしました」

「結構凝った仕掛けもあるから、みんなのことが心配になるな」


 小隊編成は、七人を三つの隊に分けることとした。

 サツキ、クコ、ルカが小隊を組み、

 バンジョー、玄内が組み、

 ナズナ、チナミが組んだ。

 今後、『えいぐみ』という組織を運営する上で小隊をつくることになるのだが、その予行も兼ねていた。相性やバランスを見るためである。

 三人はまた歩き出す。


「サツキ様? どうしてこの組み分けになったんです?」


 クコは気になっているが、サツキにとってはたいした理由などない。


「幼馴染みのナズナとチナミは組ませてやりたいだろう? あとは消去法だ」

「では、ほかの役職って、サツキ様の中ではもう決まってらっしゃいますか?」


 目の前の試練以上に、クコはずっと、そのことばかりが気になっていた。気になることは解消してからでないと落ち着かない気質なのである。まだ決まってないならないでよいのだが、


 ――わたしにも、なにか役割がほしい……。


 と思っていた。

 自分のために集ってくれた仲間と、自分のためにここまで考えて行動しているサツキのためにも、自分にできる役割があるのか、クコは知りたかった。

 サツキはさらりと答える。


「副長はクコ、総長はルカにやってもらうつもりだ。もしこの里で『ふうじんよるとびふうさいさんが仲間になってくれたら、彼に監察をしてもらいたい。監察は、隠密行動や密偵などが主な役割になる。あとは隊をいくつか作り、各隊に隊長をひとり置く」

「承ったわ。総長は確か、参謀と秘書だったわね。つまり、常にサツキについていればいいのね」


 と、ルカがサツキの腕にぴったり絡みつく。


「そこまでくっつかなくても平気です」


 クコがルカを引き剥がして間に入る。ルカはどこまで冗談でそんなことをするのか、クコにはわからないし、クコ自身もサツキにどんな感情を抱いているのかハッキリとはわからない。だが、見ていられない、いてもたってもいられない光景だったのだ。

 さっそくクコはサツキに質問した。


「それで、副長はどんな役割を担うのです? わたし、頑張らせていただきますよ!」

「局長と各隊長との橋渡し役だ。情報の伝達と局長のサポートをしてほしい。また、外交があれば代表として表に立ってくれると助かる」


 サツキの記憶では、新選組副長の土方歳三は外交好きではない。政治にも興味を示さない硬派な男だった。外交はむしろ、局長近藤勇の仕事だった。しかし、クコのほうが向いていると思っての采配である。なにからなにまで新選組と同じにする必要はない。


「わかりました! サツキ様のサポート、頑張らせていただきます!」


 気合を入れるクコに、サツキは付け加える。


「とはいえ。二人共、今は気構えだけしておいてくれたらいいよ」

「はい」

「わかったわ。常にサツキの横に控えておく」


 その状況は、絵面としては前とあまり変わっていないが、心構えは大事である。


「さあ。まずは忍者を探そう」

「どこにいらっしゃるのでしょうか。人の気配がしません」

「したら忍者失格でしょう。部屋の大きさもまちまちだし、言い切ることはできないんだけど、なんだか外観と比べて小さくない?」


 ルカの問いに、クコは小首をかしげるが、サツキは同意だった。


「うむ。俺も思ってた。おそらく、隠し階段や隠し通路、隠し部屋がいくつもあるんだろう。曲がったり細い道を増やすことで、空間の把握をさせにくくしているんだ。逆に、細い道を何度も曲がって進ませることで、たくさん歩いた実感を持たせ、建物を大きく感じさせる効果もある。それで隠された空間との齟齬を埋めて、釣り合いを取っているんだろうな」


 細い廊下を曲がったところで、一同は立ち止まった。


「さっそくね」

「行き止まりです」


 クコが困った顔でサツキとルカを見返った。


「どこかに隠し扉があると思う。あるいは、隠し階段か……」

「探しましょう!」


 サツキの予想を聞くと、クコは張り切って探した。


「壁が回るのを、本で見たことがあります」

「どんでん返しってやつだな」


 壁を押して回る。

 だが、まるで見つからない。


「わかりません……」


 肩を落とすクコに、サツキが言った。


「下を押してみたらどうだ?」

「下ですか」


 突き当たりの壁の下部を押す。

 すると、カタっと壁が回転した。腰より下だけが横回転し、さっきまでクコがやっていたみたいな押し方では回らない理屈になっていた。


「ありました! 別の通路です」


 目を輝かせるクコを見て、ルカは苦笑した。


「アトラクションを楽しむ子供みたいね」

「うむ。だが、つまらない試練よりはいいさ」

「それもそうね」


 三人が回転する扉を抜けて別の廊下に出ると、そのあとは道なりに歩いた。

 するとすぐに、一つ目の部屋を発見する。


「お部屋ですね」


 クコがぐるっと部屋を見回す。


「なにもない部屋だけど、なにかはあるんだろうな」

「はい!」


 一生懸命にクコがちゃぶ台の下や壁を見ていくが、忍者もいないし仕掛けも見つからない。


「この部屋にはないのかしら……」


 ルカも探したが、なにもわからない。

 そこでサツキがつぶやいた。


「掛け軸はどうだ? 前に三人で行った忍者屋敷でも、掛け軸に隠れた通路があっただろ」

「そうでした!」


 タタッとクコが駆けて行く。

 掛け軸があるのは床の間。畳の部屋の中でも板敷になった場所であり、段になっている。幅も広めに取られていた。

 クコは掛け軸をめくる。

 楽しそうに顔を振り返らせた。


「ありますよ!」

「行くか」


 サツキが掛け軸の前まで来て、立ち止まる。


 ――この鴨居、なにかおかしい。


 部屋全体を眺め直し、壁の上部の藁と障子を組み合わせて作られた場所をさらりと見て、クコに視線を戻す。


「……」


 めくった掛け軸の向こう側に移動しているクコだが、サツキの様子の変化に、静かな期待をする。


「クコ、掛け軸の先はどうなってる?」


 質問を受け、クコは一瞬だけ考える。


 ――今、サツキ様は目が緋色になっていた。なにかあるんですね。


 そして、なにも気づかないフリをして聞かれたことに平然と答えた。


「廊下ですよ。廊下というには狭い通路ですが」

「そうか」


 つぶやき、サツキはルカに言う。


「ルカが先に入ってくれ」


 言いつつ、サツキは壁に手を伸ばした。

 鴨居を支えるようにして突き出す三角形のでっぱりを、そっと押す。

 同時に、支えをなくした鴨居がガタッと降りてきた。

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