8 『キミ、どこかの流派の忍者?』
鴨居はただの薄い板ではなく、幅のある階段だった。鴨居に見えていた部分が階段の側面ということになる。
サツキは間髪入れず階段をのぼって侵入。その先には、狭い部屋があった。そこには古書があり、忍者もいた。少年である。
迷いなく飛び込み、サツキは手を伸ばす。
――やっぱりだ! 一人目!
手を伸ばすサツキであったが、忍者は指を立てるポーズをして唱えた。
「《
唱えるや否や、忍者は狼になった。
狼は壁にぶつかるように飛ぶ。壁にある、藁と障子を組み合わせて作られた場所をめがけ、突進した。
「させない。膨らめ! 《
《
『
そして、『
帽子に行く手を阻まれた狼は、帽子にぶつかってクッションのように反発し跳ね返された。
飛び込んだのと反対の壁にぶつかった狼を、サツキはタッチした。
「捕まえた」
ボッと、狼は忍者の姿に戻る。
「やられた。キミ、やるなあ」
若い忍者で、まだ十代半ばなのだが、無邪気な笑顔はサツキと変わらないくらいに感じる。袖がない服を着ていて活発な印象である。背は一六三センチといったところ。
サツキは苦笑してみせた。
「道具がよかったんです」
「いや! よく気づいたな! この仕掛けに気づいただけでもすごいのに、おいらに逃げる隙を与えないもんなあ。全部読んでた?」
「一応、ここまでは」
「天晴れだよ!」
褒められて、サツキは少し照れる。
「おいらは
「俺は
「おう! サツキ」
フウガと話すサツキの様子に、あとから階段をのぼってきたクコとルカが顔を出して言った。
「捕まえたんですね! すごいです!」
「どうしてわかったの?」
ルカに聞かれ、クコも目をキラキラさせた。
「そうです。わたしにも教えてください」
サツキは簡潔に説明した。
「鴨居にしては柱が突き出し過ぎているし、飾り棚にしては狭いし厚みが気になった。この支えもでっぱっているし、意味があるように思えた」
と、サツキは三角状に突き出ている箇所を指す。
「それと、部屋の上部の壁には藁と障子を組み合わせて作られた箇所があったろう? あれ、人を監視するにはもってこいじゃないかと思ってな。魔力の反応がないか見てみれば、うっすらと視認できた。つまり、そこには監視部屋があると推定され、あとは、この不自然な鴨居と支えの意味を考えれば、階段しかないと思ったわけだ。最後、フウガさんに監視場所から逃げられるのも予想できたから、帽子を使った。以上だ」
実は推理が正しいか確認するために《
普段はクコとルカが近くにいるし、服が透けて見える状態が常になるのはまずいのでここぞというときだけ使うようにしている。透過すればこの試練も楽なのだろうが、なにも考えないで魔法に頼るのはズルい気がして、今回はあえてピンポイントにしか使わないと決めていた。
玄内にも、試練開始前にこう言われた。
「おまえの《透過フィルター》があれば、この試練は楽勝だろう。だが、頭を使うことが大事な試練だ。この試練中、無闇にあの魔法は使うな。ピンポイントで使うようにしろ。そのほうがかえって魔法を慣らすにはいい」
素直にそれを守り、サツキは今回初めて使ったのである。
この《透過フィルター》のことを知らないクコは、サツキの推理を聞いてぽんと手を合わせた。
「そういうことだったんですね! 納得です」
「うへー! すごいな」
フウガも感心しきりである。
「じゃあ、掛け軸はフェイク?」
ルカの問いに、サツキは曖昧に答える。
「どうだろう。フウガさんが監視していた方法では、この部屋での密談をだれかに報告する目的がある、と考えていい。それはだれも部屋にいなくなったあと階段を下りて報せるのが普通だが、もっと効率的に利用できる」
「といいますと?」
「ここで監視したものを、即だれかに報告するんだ。この掛け軸にだれかが近づいた時点で、掛け軸の先にいるだれかには、すでにフウガさんから警報が届き、もうだれもいないって展開がなされていたと思っていい」
「キミ、どこかの流派の忍者?」
フウガが驚いたように聞いた。
「いいえ。あくまで想定の一つです」
「まいったなあ。こりゃあ、みんなが捕まるのも時間の問題だな。がっはっは」
どこかすがすがしい顔をしているフウガを見やってサツキは苦笑した。
クコが言った。
「まずは一人目! あと六点ですね!」
サツキ、クコ、ルカが屋敷内を捜索する一方――。
ナズナとチナミは、外に出ていた。
外には、池や木々、花壇などがある。二人はまず、きれいな花に誘われて花壇の前に来ていた。
「お花……かわいい」
「ナズナ、花好きだもんね」
チナミはただ花を見るだけでなく、観察も忘れない。
――サツキさんは、忍者は土や地面にも紛れると言ってた。
小隊編成をして、各隊が分かれる前に、サツキの知る忍者の知識を共有しておいた。サツキと玄内を除いた他の者は忍者についてはほとんど知らないようだったから、目安になる。
しかし、目の付け所はよかったものの、二人が見ていた花壇には、忍者は見つからなかった。
「次、行こう」
膝を折って花を眺めていたナズナも立ち上がり、
「そうだね。がんばろう」
「うん、がんば……そこっ」
返事しかけて、チナミは花壇に手を突っ込んだ。
まったく身じろぎもせずにいたから気づかなかったが、本当に土の中に忍びの者がいたのである。
「惜しいでござる」
土から出てきたのは、背の低い女忍者――くノ一だった。チナミの手をよけて土中から飛び上がり、二人の後ろに着地。身長はナズナと同じくらいだろうか。一五〇センチにも満たない。
――やっぱり、今のは《
すぐに身体をひねってチナミはまたくノ一を捕まえようと手を伸ばす。
しかし、くノ一は走り出し、屋敷の裏手へ回るように逃げて行った。
「やられた。サツキさんの言ってたとおりだった」
「だ、大丈夫……まだ時間あるよ」
「私たちも行こう」
「うん……!」
二人は屋敷の裏手に回った。学校でも校舎の裏に狭い庭があるところも多いが、ここは幅が三メートルほどしかない。脇には高さ一メートルほどの低木が植わっている一帯もあり、そのあたりはその分さらに狭い。
チナミは丹念に低木を瞠る。
「ナズナは、壁のほうを見て」
「壁……? あ、布とかで……壁にまぎれるんだよね」
こくっとチナミはうなずく。
「《隠身ノ術》。サツキさんが言ってた。ただ、もし私なら、相手の警戒心と見逃さないように丁寧に探そうとする意識を利用して、この隙に走って屋敷の裏を回り切って、元の場所まで行くかも」
「え……どうしよう」
「でも、問題ない。走る速度を考えると、ここに私たちが来るまでに向こうの角を曲がることは不可能。絶対まだいる」
だから、チナミは急いで追いかけてきたのである。
ナズナが振り返った。
「なにかあった?」
とチナミに聞かれ、ナズナは首を横に振った。
「ううん……上に逃げたかもって見回してみたけど、大丈夫みたい」
「そっか。確かに、その方法もあった」
ただ、上にもいないとなると、この空間に隠れていることがほぼ確定する。だから、チナミは戦闘態勢に入り、懐から扇子を取り出す。
――見つけた。
チナミがくノ一を発見する。
うまく低木に紛れて擬態している。サツキから助言を受けて気をつけていなかったら、見落としていた。
――うまい。さすがの技術。私と変わらない年なのに、見事な《隠身ノ術》。でも、今度は逃がさない。
扇子を開く。
『
と書かれている。
チナミの扇子は祖父からもらったものである。そしてこれが、チナミの武器でもあった。
「《
ふわりと、柔らかいしなやかな手首の動きで、扇子を舞わせる。
一見、ただ風を吹かせているだけである。しかし、そんな単純な技ではなかった。
空気中の酸素――それだけを、チナミは吹き飛ばしている。つまり、くノ一の周りにある酸素を吹き飛ばして酸素を奪っているのである。しかも、一気にすべて吹き飛ばすのではない。まだ忍耐して隠れていられる程度は残し、このあとさらに酸素を奪う。
チナミの魔法は、扇子で特定のものだけを吹き飛ばすものであった。特定のものだけを、送り込むこともできる。
王都でサツキに見せた砂煙や突風は使い方の一つでしかない。
――これで、あのくノ一をあぶり出す。
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