9 『しめしめ、うまくいったでござるぅ!』
チナミの魔法《
この魔法について、サツキは聞いたことがある。
「普段は、どうやって使ってた?」
「私は、おじいちゃんとキャンプをするとき、火をおこすのに酸素を送ったり、砂ぼこりを巻き上げて野生の獰猛な動物から逃げたり、そんな感じです」
自身も王都でクコとルカと買った扇子を持っているサツキだが、それは《気分転換扇子》といって、頭の切り替えに便利な魔法道具。チナミの扇子にもその効果があるかはわからない。それについては聞かず、サツキは自身の扇子を八割ほど開いてみせた。サツキは空気中の物質の話をする。
「俺のいた世界では、空気中の約78パーセントを窒素が占め、酸素の濃度は約20パーセントを占める。残りの2パーセントに二酸化炭素などほかの元素がある」
「この世界では、それほど正確に元素濃度は測れていません」
科学のレベルと分野ごとの推移が、サツキのいた世界とも異なる。魔法が存在する世界において、より伸びにくくなる分野もあるだろう。その筆頭が科学なのである。また、なにかを見つける天才がいたかどうかが及ぼす影響も、大きいのかもしれない。
いっしょに将棋を見ていたナズナがサツキに尋ねる。
「あの……だったら、チナミちゃんは、窒素を使うと……いいんですか?」
「いや。一見、空気中の8割は窒素だから窒素が扱いやすくて有効に思えるけど、酸素のほうが扱う量が少なくて済むし、少量でも人体への影響を出しやすいから、そのほうがチナミの能力には合ってると思う。チナミの魔力消費量も考えると有効性が高いとも言える。そういう意味では、二酸化炭素も効率的だ」
ナズナが首をかしげる。
「二酸化炭素……ですか?」
「うむ。二酸化炭素の濃度が3から4パーセントになると、頭痛やめまい、吐き気などを催す。酸素を飛ばして二酸化炭素を送ると効率的だな。即効性が高いわけだ」
サツキの解説を聞き、チナミは喉の奥でうなる。
「物騒な技。でも、やりすぎなければ、戦術的にも悪くない。取り入れてみます」
そして現在。
チナミの舞で、くノ一の周りの空気は変わった。
酸素が減り、二酸化炭素が増える。
視認できないが、大きな変化。
呼吸が苦しくなったくノ一が、やや鈍った動きで逃げ出した。《
「追うよ」
「うん……!」
二人がくノ一を追う中で、くノ一は煙玉を地面に投げた。
「えいや!」
煙幕である。しかし、チナミが扇子を舞わせて即座に煙を払った。
くノ一を、まだ見失っていない。
角を曲がったところで、まきびしがあった。
本来、まきびしはあらかじめ地面にまいておくものだとサツキは言っていた。そこを自分はすり足で通り抜け、追っ手を足止めし遅らせる。というのが本来的なまきびしの使い方らしい。
――やっぱり来た。《
サツキの助言通りである。
「それも対策済み」
その声に、くノ一は余裕の顔で肩越しに振り向く。
チナミは、溶けるように地面に潜り込む。
「《
頭まで潜って地中を移動する。
――玄内先生にも言われた。私は空中に頼る傾向がある。だから、この魔法は私に思考の柔軟性も持たせてくれるものになる。
《
ほんの数秒息を止めて移動し、まきびしが敷かれたエリアを抜けて地上に身体が飛び出す。
ナズナも空を飛んでまきびしのエリアをかわした。
「うそぉ!?」
くノ一は慌てて走り、鎖鎌を取り出した。
それを見て、チナミは考える。
――軽くて汎用性のある鎖鎌は、くノ一がよく用いる。《
そうしたチナミの予測通り、くノ一は屋敷の二階部分の窓に、鎖鎌を投げて引っかけた。これを伝って二階に逃げる算段である。
「ナズナ」
「うん」
チナミのかけ声で、ナズナが背中の翼を羽ばたかせて空を飛んだ。
「《
それを、チナミが扇子から送った風で速度を上げる。追い風である。ナズナは、一瞬でくノ一に追いついた。
「え、飛んだ……」
またまたくノ一は驚かされる。
「んっ」
ナズナが手を伸ばす。
触れる直前、
「《
指を立てる構えをして術を唱えた。
これが、このくノ一の魔法であった。
ぼわわんと身体が煙になり、霧散していってしまう。
「あれ? どこ?」
くるくるとナズナが頭を巡らせて考える。
――しめしめ、うまくいったでござるぅ! むふふ。
くノ一はこっそりニヤニヤしていた。実は、身体が煙になる魔法ではあるが、すべてが煙になるわけではない。身体が元の一割の大きさにまで小さくなり、残る九割の容積分が煙になる。
――煙が身体に戻るまでに逃げるでござるぅ!
本体が煙を吸収することで、吸収量に応じて元の大きさに戻っていく。
だから、くノ一は今、小さくなっている間に地面に落下し、煙がまた肉体に戻ってくるまでに逃げ切る算段だった。
が。
着地直前、
「《
下から突風が送られ、煙がふわっと霧散する。
その上で、唯一高い密度を持つくノ一の小さな身体、つまり本体だけがほんわりと宙を舞い、そのまま落下運動に戻った。
「見つけた」
「うそぉ!?」
小さくなった無防備なくノ一は、涙目で落下してきた。そして、ぽふっとチナミの手のひらに収まった。
「捕まえた」
「まいりましたでござるぅ!」
ナズナが空から降りてくる。
くノ一は明るい声で名乗った。
「あたしはフウカ。
「夜鳶ってことは……」
「フウジンおじいちゃんとフウミおばあちゃんの孫でござる! でも、フウサイお兄ちゃんはいとこなんでござるよ」
「なるほど」
「そっか。わたしも、クコちゃんとは……いとこだよ」
同い年くらいのフウカ相手には、人見知りなナズナもそんなことを話した。
「へえ! そうなんでござるね」
「うん」
「なんだかフウサイお兄ちゃんのこと、みんなには頼めそうな気がしてきたでござるよ。フウサイお兄ちゃん、すごい忍者だから秘伝の巻物を奪おうとする忍者たちに狙われるのと同じくらい、他の里の忍者に敵視されてるでござる。だから、いいご主人さまを見つけてもらいたいんでござる」
「心配、なんだね……」
「いとこでござるからね。まあ、託すにもみんなが試練を突破しないといけないんでござるが」
「任せて」
チナミが躊躇なく答え、ナズナもうなずいた。
「がんばろうね」
「応援してるでござる」
まだ各班に報告が行き届いていないが、二点目が入った。
目標の七点まで、あと五点。
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