31 『一軍艦とジャンプ』

 海上。

 夕陽も赤く染まり、海面が光を吸収する。

 ルーンマギア大陸の南東を、一隻の船が走っていた。

 船は艦船。武賀ノ国のたか氏の所有する一軍艦と呼ばれる『アルタイル』で、オウシとスモモの兄妹が話していた。


「どうじゃ、スモモ」

「たまったよ」

「じゃあ、そろそろいいんじゃない?」


 ヒサシが横から口を挟む。


「頼むぞ」

「オッケー」


 スモモはみんなに呼びかける。


「そういうことだから、みんな。ワープするよ。船のどこかには触っておいてね。て言っても、船に乗ってれば足が着いてるし大丈夫なんだけど、念のため」


 スモモはマストに手を添えて、軽くジャンプした。


「はい。ジャンプ。少しの間、景色が見えないからね」

「あ、今イルカがいたのにぃ……」


 ヤエが残念そうにがくっと首をもたげる。

 周囲は白い光に包まれており、ここがどこなのか判別もできない。自分たちと船以外にはなにも見えない空間である。


「よし。着地」


 まるでスローモーションのように宙に浮いていたスモモが着地すると、また景色が戻った。

 ここまでたったの数秒である。

 もしサツキがこの光景を見ていたら、バラエティー番組で飛び跳ねたら別の場所に移動している、という演出を思い出したことだろう。それほど簡易的にワープした。

 ヤエが振り返ると、視界の先には海峡が見えた。


「どこの海峡やろ」


 ヒサシが解説する。


「あれはマドネル海峡だねえ。別名『東西の結び目ワールドゲート』。世界の海洋における、東西の分け目とも言われてるポイントだよ」

「海賊たちのすみかは通り抜けられたみたいやね。一安心ばい。お嬢、ワープありがとね」

「うん」

「お嬢の魔法、《ちょうこうそくこうほう》があるからこそ、通常何ヶ月もかかる航路を我々は一日か二日もあれば行ける。本当にありがたいです」


 とミツキが言った。


「だよねえ。何ヶ月もかかったらボク出かけないもん」


 軽口を叩くヒサシを一瞥し、ミツキはメガネをすっと指で押さえる。それからスモモに目を向けた。


「お嬢。海峡も越えましたし、今夜は休まれたらどうです?」


 スモモは飄々と返す。


「うん、そうしよっかなー。それでも一応、みんなが寝てる間に一度だけワープしておくよ」

「助かります。《ちょうこうそくこうほう》では、ゲージがたまるとワープできますが、目的地が遠ければ飛び跳ねるように何度かワープを繰り返す必要があります。チャージ式で、人数や物体など、容量の制限がないのは魅力ですけど、容量が大きいほどゲージの消費量が多く、この一軍艦ごとでは大変でしょうから」

「長い説明ありがとね、ミツキくん」


 と、ヒサシがおかしそうに言った。


「いいえ」

「これも、目の前に障害物がないことが使用条件になるから、やるなら海上に限るよねえ」

「そうなんだよ、ひーさん。自然が多い晴和王国で馬車の移動ってなると、ワープは変なタイミングでところどころでしか使えないからさ。海で使うと気分いいわ」

「お嬢はほんま運転好きやね」

「まあね」


 スモモたちがおしゃべりする中、チカマルは常にオウシの横に控えており、ふっと見上げて聞いた。


「時にオウシ様。出発の際トウリ様に告げられた、今度の航海で巡り合うよい出会いとはなんでございましょうか」

「直感じゃ」

「はい」


 スパッと答えられて、チカマルは少し考える。


 ――つまり、アテはないということ。普段のオウシ様を観察していると、時折キミヨシさんの旅路を知っている節が見受けられた。しかしそれでもないとすれば、この直感力の冴えたお方のこと、別のだれかとの出会いだとお考えになっていると言える。では、あの天才剣士様……かどうかは、わかりにくい。


 いたずらっぽくオウシはニヤリと笑い、チカマルに聞いた。


「わかったか」

「いいえ」

「で、あるか。正直でよろしいことじゃ。わしもわからん。が、それはわしらにとっての盟友にさえなり得るかもしれん」

「はい。楽しみでございます」

「で、あるか。りゃりゃ」


 オウシは笑う。


 ――今、まぶたの裏に浮かぶのは、お主たちの顔じゃ。キミヨシ、ミナト。だが、わしの直感が告げる相手はまた別にいる。そんな予感がある。


 そして、つかつかと船首のほうへと歩いていった。


「友よ、走っているか。風のようなこの時代を」


 どこまでも続く青空を、微笑みと共ににらみつける。明日の話をするように、独り語りかけた。


「トウリ。今度わしらが巡り会うだれかは、おまえがそのきっかけを作ったものになる気がするんじゃ。先に感謝しておくぞ」

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