30 『弐番隊と港町マリノフ』

 迷宮を進むサツキは、前を歩くクリフに聞いた。


「クリフさん、この迷宮、探索するのに時間がかかるそうですが」

「シャハルバードさんがおっしゃるには、明日の明け方までにはラドリフ神殿にたどり着くだろうということだ。さすがはシャハルバードさんだよ」


 一応その見立ては聞かされていたから、食料も充分に持ってきてあった。

 サツキは今一度考える。


「そうですか。ラドリフ神殿のほうも探索するとなれば、けっこうな時間がかかる。いずれ、追っ手と遭遇することもあるな」

「追っ手は……たくさん、きますか?」


 不安そうにサツキを見上げるナズナに、小さく微笑んでみせる。


「この迷宮に大人数で乗り込むのは機動力の問題から厳しい。多くてこちらの三倍ほどだろう」

「三倍……」


 大したことない数字として言ったのだが、それでもナズナには逆効果だった。おびえたように、無意識にぎゅっとサツキの腕に抱きついてきている。その感触もサツキからしたらどこかふわふわして柔らかいのだが、顔を見れば緊張がわかったので、


「大丈夫だ。それくらいでやられる俺たちじゃない。ナズナは歌で応援し、超音波で補助をしてくれ。あと、昨日いっしょに練習した弓があると助かる」


 と言った。


「はいっ」


 ナズナは笑顔でうなずく。


 ――頼ってもらえて、うれしいな……。


 それに、昨夜いっしょにやった練習を思い出すと、ナズナの恐怖は薄らいできて、安心感さえおぼえる。

 リラはそんなナズナの顔を見て安堵の気持ちが共感される思いがして、自然と笑みが浮かんだ。


「サツキ様? もしものときは、リラに戦う力を分けてください。参番隊はまだ三人そろっていないですし、まだわたくしからナズナちゃんへは指示をしにくいので、サツキ様がリラとナズナちゃんにご命令くださいね」


 と、リラは念を押す。

 リラとしてはいざというときまでずっとサツキの側にいたいがための口実なのだが、サツキはまじめにうなずく。


「ああ。リラもナズナも、気楽に構えていればいい」


 特にリラは身体が弱いからな、と思いサツキはリラを一瞥する。精神的な負担が少ないほうがいいに決まっている。


「はいっ」

「は、はい」


 リラとナズナ、二人が返事をした。




 サツキたちとミナトが別れたこの日、弐番隊の三人とチナミは、タルサ共和国の港町、マリノフにやってきた。


「やっとついたー!」

「長かったぜーぃ!」


 ヒナとバンジョーが諸手をあげて、海に向かって叫ぶ。


「目立つのでやめてください」


 チナミが少し恥ずかしそうに二人を諫めようとするが、バンジョーはビッと親指を立てて、


「せっかくフウサイがいねえんだ、小言はなしで頼むぜ! チナミもはしゃげよ」

「そうそう! 昨日あの騎士たちをやっつけたばっかりだし、この街には敵なんていないよ」


 と、ヒナはにこにこしている。


「そ、そうじゃなくて、たくさんの人に見られて、恥ずかしいです」

「え?」


 この街では珍しい衣装のヒナとチナミは、確かに叫ぶと目立ってしまう。しかしヒナはそれより、照れてやや顔を赤らめるチナミを見ると楽しくなってきた。


「チナミちゃんってば、意外と恥ずかしがり屋さんなんだねえ」

「私が目立つのが苦手なこと、ヒナさんは知ってるはずですが」


 からかわれて不機嫌そうにぷいと顔をそむけるチナミに、ヒナは抱きついて謝った。


「ごめんごめん。でも、どうせ敵はいないと思うし、目立ったほうがチナミちゃんのおじいちゃんにも早く会えると思うよ」


 そこでチナミは思い出したようにくるくると周りを見回す。


「おじいちゃん……、どこにいるのでしょうか」

「きっとすぐ見つかるよ。あたしも早く会いたいなぁ、かわ博士に」

「はい」

「この港に船で来るんだよね」

「そのはずです」


 ヒナとチナミの二人が並んで港から海を眺める。

 ここから見える海はきれいで、波も穏やかである。晴和王国からガンダス共和国までの航海で見た紺色の海とは、色の透き通り方が違っていた。

 バンジョーが玄内に聞いた。


「そろそろ飯食いに行きませんか? うまい飯屋多そうっすよね!」

「そうだな。腹が減った」

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