29 『ピラミッドと迷宮』
朝の六時に出発した一行は、アルブレア王国騎士と鉢合わせることなく、ピラミッド前にやってきた。
ピラミッドは街から少し離れたグザ砂漠にある。
高さは150メートル。
この中には迷宮が広がり、ラドリフ神殿が眠っている。神殿のどこかにあるといわれる石壁には、古代人が残したとされる碑文が刻まれているという。
シャハルバードは頭のターバンに手をやり、ピラミッドを見上げた。
「ここまで大きいとはなあ!」
「目の当たりにすると違うや!」
アリが丸顔をくしゃっとさせて、好奇心いっぱいに笑みを浮かべた。
青葉姉妹も上品な笑顔で驚いている。
「すごいです!」
「壮大ですね。絵に描きたくなってしまいます」
「リラ、終わったら好きなだけ描くといい」
サツキも本当は今からでも描かせてやりたいが、迅速に進まねばならない。サツキを見上げてリラはうなずく。
「はい。描いたら見てくださいね、サツキ様」
「ああ。それから、剣は準備したか?」
「もうお姉様に渡してあります」
リラが目を向けると、クコは得意そうに妹お手製の剣を抜いてみせた。
「重さもしっくりきて、いい感触です」
実は、剣を盗まれてしまったクコのために、リラが魔法《
サツキはうなずいた。
「よし。行くか」
ピラミッドの中は薄暗い。
いつお化けが飛び出してきてもおかしくはない雰囲気のする通路が続いている。先頭はシャハルバードが歩いてくれており、最後尾はフウサイが守ってくれているが、それで安心しきれる場所ではない。
ただ、完全な閉鎖空間ではなかった。たまに、外を見ることができる窓がある。大きさもまちまちだが、たとえどこかの窓からピラミッドに入っても、どれくらい進んだ場所にいるのかもわからないだろう。上に行ったり下に行ったり、迷路になっている。
コトン、と石が転がる音に、ナズナはビクッと反応した。不安から、思わずサツキにくっついてしまう。
「ご、ごめん……なさい」
「いいさ。ナズナはこの中でもっとも戦闘に不向きだ、一番安心できる場所にいるといい」
「あ、ありがとうございます。じゃ、じゃあ……」
と、ナズナはサツキに腕を回して頭までくっつけて歩く。
――いざというとき刀が抜けないが、フウサイがいれば大丈夫か。
そう思っていると、ルカが反対側の腕に絡まってきた。
「私も不安。ここが一番かもしれない」
「あ、ルカさんっ」
クコが声をあげると、ルカは真顔で、
「なに?」
「ナズナさんは怖がりだからしょうがないけど、ルカさんは平気じゃないですか」
「そんなことないわ」
「あります」
サツキは小さくため息を漏らす。
「たまに、この二人はバタバタするんだよな」
「ふふふ。サツキ様ったら罪なおひと」
リラはおかしそうにくすりと笑って、ルカと入れ替わるようにサツキの横にくる。
「あの件はミナトとケイトさん次第だ。まだ結果はわからない」
そういう意味で『罪なおひと』と言ったわけではないですよ、とはリラも言わない。ただどこまでもまじめなサツキがおかしいのである。
「なんのお話かしら」
「ん?」
とぼけるリラの真意がわからず、サツキは小首をかしげる。
「それより。リラもサツキ様の指示をいつでも受けられるよう、横にいさせてください」
「そうだな。むしろ今後は参番隊隊長として小隊の指揮を執ることになるし、なにかあった際に、どう判断して指示をするのがいいか、いちいち聞いてくれていい」
「はい」
喜々としてリラは返事をした。
「サツキ様、リラはまだサツキ様のことをあまり知りません。いろいろと聞かせてください」
「ああ。俺にもリラのことを聞かせてくれ」
「もちろんです。でも、お姉様からもうお聞きになっているのではないですか?」
「多少はな。だが、リラの口から聞きたい」
そのほうが、サツキもリラのことをより知ることができるだろう。
リラは口元をほころばせ、
「まあ。お上手」
「なにが上手なんだ?」
「リラをお乗せになるのが」
と、リラはいたずらっぽく笑った。
なにに乗せられているのだ、とサツキなんかは本気で思っている。
いつのまにかサツキの横が埋まっていることに気づき、お姉さん二人はがっくりと肩を落とした。
「ルカさん、わたしたちは任務に集中しましょう」
「そうね」
しばらく階段をのぼったりしながら歩いていたが、今度は下へと続く階段になっている。
上に行ったり下に行ったり。それが迷宮と言われるゆえんである。
どこを歩いているのかわからない。
本当に『歴史が眠る迷宮』ラドリフ神殿にたどり着けるのだろうかと思ってしまう。
サツキが左右にリラとナズナを連れて歩く前を、クコはシャハルバードとしゃべりながら歩いていた。
話題は、サツキについてである。
「ワタシはサツキくんをすっかり気に入った。ソクラナ共和国のバミアドで共に戦ったからだけじゃない。彼にはなんというか、目を引く魅力がある」
「初めてわたしがサツキ様に出会ったときも、それは感じました」
先頭を歩くこの二人の会話は、クリフやアリ、ナディラザード、ルカを挟んで後ろにいるサツキには聞こえていない。リラとナズナと会話していることもあるが。
シャハルバードは聞いた。
「サツキくんはどんな人物なんだい?」
「といいますと?」
「キミたちみな、危険をおかしてまでなにかと戦おうとしているように見える。特に、サツキくんは命を賭して隊をまとめあげている」
「きっとリラも言ってませんでしたよね、わたしたちの目的を」
「ただの碑文が目当てではない、ってことだろう」
「はい。これは寄り道です。真の目的を果たすために、なにかの役に立つかもしれないと、ある方は助言をくださいました」
「ほう」
その真の目的について、シャハルバードは聞かずにいる。だが、クコは言うことにした。サツキにも、
「もし聞かれたら、シャハルバードさんたちには話して構わない」
と言われていたからである。
「わたしたちの目的は、アルブレア王国から政権を取り戻すこと。すなわち、王国の奪還です。わたしとリラはアルブレア王国の第一王女と第二王女で、現在わたしの両親は幽閉されています。アルブレア王国を意のままにしたいと企む大臣がいて、その大臣派の人たちと戦わなければならないのです」
このあと、クコは自分とリラの事情を簡単に説明していった。聞くと、シャハルバードはうなずいた。
「なるほどな。なんとなくだが、事情はのみ込めた。のみ込めたところで、我々はキミたちに協力すると約束しよう。もちろん、この迷宮探索のほかで、もし必要になったときにだ」
「ありがとうございます!」
クコは深くお辞儀をした。無償でしてくれることへは、素直な感謝を示すのがもっとも喜ばれることを、クコは教えられずとも知っている。
「情けは人のためならず、さ」
シャハルバードの信条を聞き、クコは微笑んだ。
信条通り、シャハルバードは気に入った者にはつい手を差し伸べたくなる人間だった。彼は生来奇縁に恵まれ、ささいな出会いが富を運ぶ人生を送るのだが、このアルブレア王国の王女との出会いもまた、彼の人生においては大きな縁になるのだった。ただそれは、今はもう少しだけ先の話である。
「それで、サツキ様ですが、サツキ様は不思議な方なんです」
と、クコはサツキについて話し始めた。
その頃ミナトは、街で借りた馬を走らせて砂漠を駆けていた。
おそらく、ケイトが幾度も余分な休憩をとらない限り、追いつくのは夜になってしまうだろう。
「それにしても、メイルパルトの馬は砂漠でもよく走る。たいしたものだなァ」
きっとバンジョーさんの馬じゃあこうはいかない、とミナトは思う。バンジョーの愛馬・スペシャルは熱いのが苦手だから別行動を取ることになった。走りになれていない砂漠ではスピードも出ない。
「先日のアーマーキャメルほどではないが、速度もいい」
サツキの言っていたスラズ運河の大きな湖を越える前の街にも、夕方には到着するのではないだろうか。
「サツキたちも、迷宮探索には少なくとも丸一日はかかるだろう。早くクコさんの剣を取り戻さないと」
道中クコの剣が捨てられている可能性もある。そのため、ミナトは周囲にも目を向けて走らせた。
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