幕間通話 『足跡ロストチャイルド』
キョロキョロと周りを見ている女の子がいた。
女の子はつぶやく。
「あれ……? おかあさん……? どこ……?」
まだ六歳くらいだろうか。
赤いスカートの女の子で、不安げな瞳が揺れている。
その様子に気づき、
「お母さんとはぐれてしまったのかな?」
「うん。ねこちゃん、さがしてたら」
女の子が答える。どうやらネコを見かけて追いかけているうちに、迷子になってしまったものと見える。
「では、あたしがいっしょに探そう」
「おねえちゃん、さがしてくれるの?」
「うん。迷子となると、保護者は
ミオリの力強い眉を見て、女の子は心強く思ったのか、少しだけホッとしたような表情を見せてくれた。
「おねがいします」
「うん。任せてくれ」
凛とした微笑みで、ミオリはうなずいた。
『
父である
主な仕事はパトロール。
それも、この見廻組では、二人一組で動くのが基本となる。
創暦一五七二年四月十二日。
この日ミオリが一人なのも、仕事のない日の散歩中だからだった。
ミオリは紙コップを手に取った。
「ミオリです。応答してください。ミオリです。応答してください」
紙コップに呼びかける。
普通、紙コップの底面についた糸が別の紙コップにつながって、糸電話はその機能を発揮する。
しかし、ミオリのそれは糸がほんの数センチの長さで切れていた。
それでも返答がある。
魔法の効果である。
《
ただし、魔法道具をつくる魔法でないため、使用者の片方がミオリ自身でなければならないという条件を持つ。
通信先は、見廻組の詰め所になる。
紙コップからの返答は。
『もしもし。コウタです。ミオリさん、どうしたんですか?』
相手は、見廻組の新人隊士だった。
『
ミオリより一つ年下の現在十六歳。もう数日で十七歳になる。医療系の魔法が使える少年で、素直で真面目な性格の後輩といった感じである。
見廻組ではよく行動を共にする相手であった。
「やあ。コウタくん。出てくれたのはキミか。よかった。ちょっと迷子を見つけてね」
『そうでしたか。でもミオリさん、今日はお休みですよね?』
「そうだね。しかし、散歩をしていたら迷子がいたものだから、母親を探しながら見廻組の詰め所に行こうと思っているんだ」
『わかりました。今ヒロキさんにお伝えするので、ちょっと待っていただいていいですか?』
「構わないよ」
ミオリが紙コップを手に待っていると、コウタとヒロキの会話がうっすらと聞こえてきた。
コウタは、組長・ヒロキに相談する。
「ヒロキさん、ミオリさんから連絡があって、迷子を見つけたそうです」
頭にねじりハチマキをした組長は、四十七歳になる。『
「そうか。あいつも、休日なのにお勤めとはご苦労なことだ」
「ぼくもそう思います。あの……」
「うん。わかってる。コウタくん、気になるんだろう?」
「はい。王都にはいろんな人がいます。ミオリさんは強いから、ぼくがいなくても迷子を守るくらい大丈夫だとは思うんですが」
「気持ちはわかるぞ。よし、行ってきなさい」
「はい!」
コウタとヒロキの会話は聞こえていたので、ミオリにはこのあとコウタがなんと言うかわかっている。しかし黙って待っていると、コウタは通話に戻って言った。
『もしもし。ミオリさん。今からぼくも向かいます』
「あたしひとりでも大丈夫だが?」
にこやかにそう言ってみるが、コウタは正義感と心配とが合わさったように、
『いいえ。ぼくにも手伝わせてください』
「頼もしいなァ、コウタくんは」
やや照れたような声が返ってくる。
『ミオリさんは、せっかくの休みなんですから。ぼくが動くことで少しでも力になるならと思っただけです』
「ありがとう。その気持ちがうれしいよ。じゃあ、こちらの場所を言う。向かってくれるかい?」
『はい! わかりました』
ミオリは場所を伝え、詰め所までの道筋も話した。その道で来ればどこかで出会えることになる。
「では、またあとで」
『はい』
通話を終えると、ミオリは紙コップをしまい、腰をかがめて女の子に言った。
「見廻組の者が迎えに来てくれる。安心していいよ」
「うん」
「そういえば、名前を聞いていなかったね。キミ、お名前は?」
「
「そうか。ニイナちゃんか」
「おねえちゃんは?」
考えてみれば、ミオリも名乗っていなかった。
「あたしは
「うん」
二人は手をつないで歩き出した。歩きながら、ミオリはニイナについていろいろと聞いてゆく。
一方、コウタは見廻組の詰め所で、ヒロキに報告していた。
「それではいってきます」
「頼もしいなァ、コウタくんは」
「親子で同じこと言わないでください」
恥ずかしそうにするコウタを見て、ヒロキは満足したような納得したような調子で「うん」とうなずいた。
「いってらっしゃい」
「はい」
コウタも詰め所を出発した。
ミオリが迷子・ニイナと歩いていると、大工仕事をしている青年がいた。
体格のいい青年で、仕事現場の端に腰を下ろしたところだった。青年は白米がびっしり入った弁当箱を食べ始める。
「ふう。勉強になるな。王都の大工はすごい人が多いぜ」
さわやかにひとりごちる青年に、ミオリが声をかけた。
「すみません。このあたりで迷子を探す母親を見ませんでしたか?」
たっぷりの米を食らう手を止め、青年が聞き返した。
「もしかして、その子が迷子?」
「はい」
「ニイナ」
と、ニイナも自分の名前を言った。
「そっか、ニイナちゃんか。悪いけど見てないよ。おれも今休憩に入ったところだから、見逃してたかもしれないな」
「そうですか。ありがとうございます」
一礼したミオリが立ち去ろうとするが、ニイナは物欲しそうに青年のお弁当を見ている。文字通り指をくわえて見ているので、青年は陽気に笑って声をかけた。
「ニイナちゃん、米は好きかい?」
「うん」
「じゃあ、お兄さんが持ってるおにぎりをあげよう。どうぞ」
青年は、弁当箱以外におにぎりをいくつか持っていた。でっかいおにぎりを差し出されて、ニイナはちょっとうれしそうに微笑んだ。
「ありがとう」
「おう!」
白米ばかりのお弁当をたくさん食べる青年は、ニッと笑ってまた食べる。
「やっぱり米は力の源。たくさん食べないとな。おれみたいに《
「うん」
そのあと、ニイナは青年に「ばいばい」と手を振って、おにぎりを食べながら歩いた。
ニイナには大きすぎるおにぎりだが、食べると気が紛れるのか、本当にお腹が空いていたのか、少しずつだがずっと食べている。
その頃、コウタは王都の町を歩いていた。
多くの人で賑わう大通りである。
屋台などもあって、とある屋台の前でコウタは足を止めた。
「まさか……」
コウタの脳裏に、嫌な想像がよぎる。
――テツキさんの屋台。もしかしたらここで食事して、両親が豚や牛に変えられてしまったのでは?
今も二頭の豚が屋台の裏手に連れられてゆくが、それが迷子の両親とは限らない。
――いや、自分の子が迷子になってるときに、のんきに食事なんてしないよね。気を取られず、まっすぐ行こう。ミオリさんのところに。
再び、コウタは動き出した。
ミオリはニイナと歩きながら、話を聞いた。
「ニイナちゃんは、ねこちゃんをさがしてたと言っていたね。ペットかな?」
「ううん。ちがうよ。かわいかったから、なかよくなろうと思ってたの」
「ノラネコか」
「くろいねこちゃん。わがはいはねこであるって言ってた」
「動物の言葉がわかるの?」
「お話しできるねこちゃん」
ニイナの魔法が動物としゃべれるものなのだろうか、と考えるがもう少し話を聞く。
「その黒いネコを追いかけているうちに、お母さんとはぐれたんだね」
考えるミオリに、ニイナは告げる。
「あのね、ニイナね、《あしあとカメラ》であしあとが見えるの。それで、ねこちゃんのあとについて行ったんだよ」
「そっちがニイナちゃんの魔法か」
「うん」
すると、ニイナは指でカメラをつくった。枠組みをつくる格好であり、そこから覗くと足跡が見えるらしい。
後ろを振り向いて、
「おねえちゃんのあしあとも、見えるよ」
「それを使って、お母さんの足跡は見えないかな?」
ミオリの思いつきも、ニイナの魔法の範疇外だった。
「見えない。一時間だけだから」
「なるほど。じゃあ、焦らずに探そうか」
「うん」
ニイナを優しく励ましながら、ミオリは《あしあとカメラ》の使い途を考える。しかし打開策は浮かばない。
「ニイナちゃんは王都に住んでいるんだったね」
「うん」
「よく行くお店とかってあるかい?」
「うーんと、おそば」
「どんなおそばを食べるのかな?」
「ちゅるちゅるっておいしいおそば」
これだけではどこのどのお店なのか、想像力を働かせることもできない。
――おや?
ふと気になった通行人がいて、ミオリは声をかけた。なにか知っていそうな、そうでなくてもなにか普通とは違う空気をまとっているように思えた。
スーツ姿の紳士である。
「すみません」
「なんでしょう?」
片目を隠した、落ち着いた雰囲気の五十がらみの男性だった。手に持つ風呂敷が不似合いなようだが、彼の手にあることがなんだかとても自然なことのように感じられる。
「今、この子の母親を探しています。迷子を探している人を見かけませんでしたか?」
「申し訳ない。存じません」
ニイナが質問した。紳士の持つ風呂敷を指差す。
「なにが入ってるの?」
紳士は風呂敷をほどいて、中から一枚の押し絵を取り出した。押し絵には豚が描かれている。
「押し絵です」
「へえ」
目を大きく開けて、ニイナは押し絵に見入っている。
「見つかるとよいですね」
「ありがとうございます。失礼します」
歩き出そうとするミオリ。
だが、ニイナは押し絵が気になるのか、動かない。押し絵に小さく手を振った。それからミオリの手を握って、二人は歩き出した。
もう一度ニイナが振り返ると、
「あれ?」
「どうしたんだい?」
ミオリに聞かれてぽかんとした顔でつぶやく。
「もういなくなちゃった」
確かに、歩いたにしては早いような気もする。だが、気にするほどのことでもないと思い、ミオリは言った。
「急いでいるのかもね。あたしたちも行こうか」
「うん」
歩きながら、ミオリは紙コップを取り出した。
コウタに連絡するためである。
「もしもし。コウタくん」
わずか数秒で返答がある。
『なんですか? ミオリさん』
「今、どの辺にいるんだい?」
『テツキさんの屋台を過ぎたところです』
「なるほど。あと五分もすれば合流できるだろう」
『はい。そちらもなにか手がかりはありませんか?』
「残念ながら。道行く人に尋ねることもしてるが、有力な話は聞けていないよ」
通話しているミオリの正面方向から、話したことはないが知っている顔があった。それも二人。
王都少女歌劇団『春組』の二人である。
『
共に現在十八歳と、ミオリより一つ年上になる。
並んでも絵になる二人は、向こうもミオリのことを知っているのかもしれないが、視線を合わせることもなく通り過ぎる。二人はしゃべりながら歩いていた。
「そういうわけで、オレは道に詳しくなったんだ。で、次が左」
「なるほどね~。でも、懐かしいわね~」
「ああ。サザエがいなかったらオレは歌劇団に入ることはなかったろうからね」
「アサリちゃんなら、きっといずれはリョウメイさんに目をつけられてたわよ」
「どうだろう」
二人の会話を邪魔しないためではないが、なんとなく二人の前では言葉を切ってると、コウタが問いかける。
『詰め所からも連絡はありませんか?』
歌劇団の二人が通過したあと、またミオリは口を開いた。
「連絡はないかな。もうだいぶ近づいているし、早々に合流しようか」
『はい。なにかあったら連絡ください』
「わかった。ではまた」
通話を終えて、ミオリは道の先にテントを見つけた。
テントの下にテーブルが置かれ、子供たちが集まっている。昼間だからこのテントは子供たちの遊び場になっているのである。
『
ミオリは聞いた。
「ニイナちゃん。《
「ううん。やらないよ」
このカードは、魔法のカードだった。
王都の子供たちの中でも、この近辺に住んでいる子はおおよそすべての子が知っている。カードも持っている。このカードは動物などの生物を描いたもので、ペットの一部を店主に渡せばペットをカード化できるとあり、大人でも利用する人があるとも言われている。そういった人は死に別れたペットをカードにして写真のように持っておくらしい。
「ここは知ってる?」
「しらない」
つまり、この近所に住んでいるわけではないらしい。
「ニイナちゃんは王都に住んでるんだよね?」
「うん。あさって、おじいちゃんのレストランに行くの。浦浜」
「そっか」
「おじいちゃんはお料理がじょうずだよ」
と、ニイナはおじいちゃんが得意だというシュウマイの話をしていた。
テントのすぐ近くまで来て、ニイナは子供たちが遊ぶカードに興味を示す。
それを見て、この店の主人・
「カードが欲しいかい?」
「カード?」
ショウスケは五十歳。おかっぱ頭が特徴で、頬にはそばかすが浮いている。《
ミオリは王都生まれ王都育ちだから、ショウスケのことも知っていたし、同じく『王都護世四天王』の一人にして『王都の番人』の娘でもあるため、ショウスケと『王都の監視者』とのつながりについても知っていた。
「すみません、ショウスケさん。この子は迷子で、今母親を探しているんです」
「そうか。見てないがなあ」
「ここにも来ていませんでしたか」
「ま、ココは子供が集まる。となると、子供を探す親も自然に寄ってくる。その可能性が高いってことで、もしそれらしい人が来たら教えるよ」
「ありがとうございます」
ニイナの手を引いて、ミオリはこのテントから離れ元の道に戻る。
歩いている男性を見かけて、ミオリはまた声をかけた。
「こんにちは。マサノブさん」
「やあ」
「すみません。迷子を探している母親を見かけませんでしたか?」
「いいや。このあたりをずっと歩いてるけど、見てないな」
「そうですか。失礼しました」
「じゃあ」
マサノブは通り過ぎてゆく。
そのあとはだれにも会うことなく、まっすぐコウタとの合流を目指した。
次の角を曲がったところで、ミオリの手からニイナの手がするりと抜ける。
ニイナは走り出していた。
「おかあさーん!」
「ニイナ! よかった!」
母親も駆けつける。
その母親の後ろには、コウタがいた。
ミオリとコウタも合流して、説明があった。
「お疲れ様です。ミオリさん。ちょうど一分くらい前に会って、もしかしたらと話していたんです。そうしたら、ちょうど角から女の子が走ってきて」
「なるほどね。グッドタイミングだ」
「はい」
母親はミオリとコウタにお辞儀してお礼を述べた。
「ありがとうございました! 本当にありがとうございました。わたしが目を離したばっかりに」
「いいえ。ニイナちゃん、魔法でネコの足跡を見つけて追いかけていたみたいでしたから。仕方ないですよ。子供はすぐに夢中になってしまうものです」
ミオリがそう言ってフォローしたつもりが、母親はニイナに言い聞かせるようにして、
「また魔法でねこちゃん追いかけてたの? お母さんから離れちゃダメって言ってるでしょ?」
と注意している。
ニイナは小さな声でごめんなさいと謝ってその場は一旦解決した。
また母親がミオリとコウタにお礼を述べ、ニイナが手を振る。
「ありがとう。おねえちゃん」
「うん。気をつけるんだよ」
「またね」
ミオリとコウタも手を振り返し、母と娘を見送った。
コウタがミオリに向き直って聞いた。
「今日はこのあとどうするんですか?」
「あたしはただ散歩してただけだし、特に変わらないさ。散歩を続けよう。コウタくん、事のついでだ。見廻組の詰め所まで同行するよ」
「ありがとうございます」
二人は並んで歩き出した。
その二日後。
四月十四日。
この港町に暮らす祖父に会いに行くためである。
『
「まだ見えない」
「もうすぐよ」
楽しみにしているニイナに、母親がそう言って微笑みかける。
昼過ぎに、馬車は目的地に到着した。
祖父は、『
洋館のような建物で、二階もある。
和洋中それぞれの要素を取り入れたような店内に、赤い絨毯が鮮やかである。
現在、お昼の二時を過ぎた頃とあって、客もほとんどなかった。
「おじいちゃん」
「おお、来たか。ニイナ」
たくましいコック姿のおじいちゃんは、
ヒコイチはうれしそうに破顔して、
「おいしい料理をつくってあげるからな。なにが食べたい?」
「シュウマイ」
とろけるような笑顔でニイナは答える。
「そうか。他にはあるか?」
「オムライスも食べたいな」
「わかった! ちょうど、三日くらい前に、おいしいお米が
ニイナは嬉々として席について、店内を見回した。すると、ぺんぎんのキャラクターのお皿を見つけた。
「ぺんぎんぼうやがいる」
「それか。ちょうど、おじいちゃんのお友だちのアキくんとエミくんが遊びに来て、くじの景品でもらったけど被ったって言ってくれたんだ」
「かわいい~」
「ははは。ニイナもそのキャラクターが好きだったか」
「うん」
「持っていっていいぞ。あんまりわからないおじいちゃんより、ニイナが使ったほうがきっとあの二人も喜ぶ」
「ありがとう! おじいちゃん。でも、ここに遊びに来たときのニイナのお皿にする」
「じゃあ、いっぱい遊びに来てくれよ」
「うん」
店ではこの皿も使えないし、ニイナが遊びに来たとき用になった。
それからニイナとヒコイチは楽しい時間を過ごした。
王都では、その時間コウタとミオリが共にパトロールに出ていた。
ミオリが橋から川を見下ろし、つぶやく。
「今頃ニイナちゃんはおじいちゃんに会っているだろうか」
「そういえば、今日でしたね。きっとおいしいご飯を食べてますよ」
「うん。さて、あたしたちはパトロールだ。行こう」
魔法にあふれたこの幻想都市『王都』でも、奇妙な事件ばかりが起こるわけではない。
ささやかな日常の一端に過ぎない事件もまた、起きる。
この王都のどこかで、毎日のように……。
「ミオリさん。あれ……」
「うん。事件だ」
王都見廻組は今日も市民の安全のために巡回する。
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