2 『アライブネアポリス』

 サツキの魔法《いろがん》では、ミナトの《しゅんかんどう》の痕跡が見える。

 それを、サツキは「魔力のほうきぼし」と表現した。

 すぅっと糸を引くように、ミナトが《瞬間移動》で次元の壁を超えて走る線が見えるのである。


「へえ」

「それが見える相手には気をつけないといけない」

「サツキ以外にはそうそういないだろうけどね」


 まあな、とサツキも言うが、続けて、


「洞察によって条件にまで気づくのは至難だ。それでも、捉える人間は出てくるかもしれない」

「あの二人以外に、捉える人間ねえ」

「移動地点とかその規則性とか。魔力に敏感で感知しやすい人もいるからな。見てわかったんだが、ミナト、その《瞬間移動》という代物、実は直線運動しかできないだろ」


 ミナトがくすりと笑った。まるで少女のような無垢な微笑みだが、瞳は興味で大きく開く。


「そう。まっすぐしか進めない」

「おまけに、障害物があれば、すり抜けられない。二段、三段に分けて回り込む必要がある」

「よく気づいたなァ」

「その法則に気づけば、出現場所を予測できる人間が出てきてもおかしくないと思うんだよ」

「なるほどねえ」

「だから、ミナトのこの秘密をほかの人間には知られたくない。あくまで、目で見てわかってるのは俺くらいだからな」

「じゃあ、対策は行動パターンを読ませない、くらいでいいかな?」


 サツキは片目を開いて、ミナトを二秒ほど見ると、言うのを迷うように答えた。


「もう一つ、確信はないが、ミナトはその対策さえも、隠し持っているとみた。しかし、使いたがらないで渋っているのか、条件があるのか、普段は使わないな。俺も可能性について想像しただけだから、それは言わない。これがそのまま対策として成立するだけならいいが、また別個の魔法として戦術的に機能させたいなら、ちゃんとした《瞬間移動》としてだけの対策はまた今度考えるべきだ」

「ふむふむ」

「今は急がなくていいと思うぞ。また今度でさ」

「そうだね。僕も自分でもっと理解して、自分のものにできたらサツキに相談するよ」


 答えつつ、ミナトは感心していた。


 ――やっぱりサツキ、普通じゃない。まさか、僕の《瞬間移動》に反応できるようになるばかりか、対策用の魔法を持っていることまでうっすらわかってるとはね。いや、実際はもう僕が白状するのを待ってるだけなのかな? サツキの前じゃあ、まだ二回くらいしか使ったことないのに。でもね、玄内先生からのもらい物の魔法、《すり抜け》でなんでもクリアしたら、僕自身が成長できないって思ってる。だから、もう少し、告白するのは延期させてもらうよ。それに、《すり抜け》じゃあ人体だけはパスできない。物体をすり抜けられるだけだ。これも、僕がこの魔法をちゃんと理解して扱えるようになったら相談するからね。


 二人で《瞬間移動》について考えるのも、今までのミナトだったら考えなかったことかもしれない。

 それだけ、ミナトにとってサツキが信頼以上の絆で結びつき、なんでも話せるようになったことのあらわれだった。

 サツキは右の拳を握り、魔力を集めて練り込み、《どう》をまとわせる。


「俺の《波動》もまだまだ成長しないといけない」

「充分な速度で成長してるじゃないか」

「もっとだ。俺は二つも魔法を使って、やっと今の一撃を受けられたに過ぎない。もっと、もっとなんだ。もっと強くなりたい」

「大丈夫。もっと強くなれるよ」

「強くなるために都合のいい場所なんて、ないものだろうか」

「僕も詳しくないけど、イストリア王国で有名なのは、円形闘技場コロッセオ――」


 ミナトが言いかけたとき、ドアが開いた。

 和風の城には、『ふううんげんないじょう』と書かれたノボリがある。この城から、クコが顔を出した。サツキとミナトに元気いっぱいの笑顔で呼びかける。


「サツキ様ー! ミナトさーん! 到着しましたよー! 港町・ポパニに」


 その場所の名を聞き、サツキとミナトは顔を見合わせてニッと笑った。


「新しい街だ。楽しみだね、相棒」

「うむ。行くぞ、ミナト」




 和風の城『風雲玄内城』の前にいたのに、港町・ポパニに到着したとクコから報告を受ける。

 それには、理由があった。

 サツキとミナトがいるこの場所が、玄内の別荘の地下にある魔法の空間《げんくうかん》であり、バンジョーの馬車と玄内の別荘が一つのドアでつながっているためである。

《無限空間》は士衛組の修業や玄内の発明に使われる場所で、玄内の魔法によって創り出された空間だった。

 また、玄内の別荘と馬車を行き来できるドアは、《拡張扉サイドルーム》という魔法による効果であり、黒いドアノブを取りつけた空間同士をつなげられる。玄内が持っていた魔法だが、現在はルカに譲渡されている。

 ちなみに、《拡張扉サイドルーム》には空間造りの効果もあり、銀色のドアノブと金色のドアノブは、それぞれ約十二畳と約二十四畳の部屋を創るもので、馬車は見た目以上に広く、士衛組隊士の各部屋もあった。

 このおかげでテント泊の必要もないし、馬車での移動中に玄内の別荘でも過ごせて、別荘でお風呂も入ることができる。そして、サツキとミナトのようにいつでも修業ができる。

 サツキとミナトは、ワープ装置さながらの黒いドアノブから馬車に戻ってきた。

 馬車は停車していた。

 もうみんな馬車の外に出ている。


「へえ。ここがポパニ」


 ミナトが馬車から顔を出した。馬車から降りて、「ありがとう」とバンジョーの愛馬・スペシャルをなでる。

 最後にサツキも外に出て、ゆっくりと周囲を見回す。街並みの美しさに息を呑む。


「ふむ。美しき渚と言われるのもわかる。美しい街だ」


 そんなサツキのつぶやきに、クコが説明してくれる。


「昔、ここを訪れた詩人がこう言ったそうです。『ポパニを見ずに死ぬのはあり得ない』、と」


 火山の見える海岸を持つ港町。

うつくしきなぎさのネアポリス』ポパニ。

 流麗なアーチを描いた海岸線を持ち、火山が街を見守るようにそびえている。景観がイストリア王国の都市の中でもずば抜けてよいとも言われている。はっとする艶美な街並みで、人も多い。特に栄えた都市のひとつでもある。

 リラは姉の言葉を補足する。


「詩人ウェルテルですね。その言葉は、彼が還暦になったとき、ポパニに行ったことのない同年代の友人に言ったものだといいます。それほど、この『美しき渚のネアポリス』ポパニは美しかったのでしょうね」

「なるほど」

「特に美しいのは、夜景なんですよ」


 ヒナが、リラに続けて教えてくれる。


「ちなみに、ネアポリスは『新しい町』の意味があるわ。ここには古代都市があったからネアポリスって呼ばれてるの」

「古代都市か。興味深い」

「サツキは歴史探究とか好きだよねえ」


 とミナトが笑う。

 ポパニは、サツキの世界で言うと、イタリアのナポリが位置的にも都市の性質としても近似している。

かいさんだいこう』のひとつに数えられるポパニ港は、こちらの世界でも美しい。さらには『かいさんだいけい』とも言われている都市である。

 サツキはナポリも見たことがなかったが、これほどきれいな西洋の街は、この旅の中で初めて見た。


 ――イストリア王国に到着してから三日、目指すマノーラまでもうすぐだ。そこでは、地動説を証明するための裁判が行われる。ヒナのお父さん、浮橋教授の裁判が。

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