3 『ラグーンパイロット』

 士衛組一行は、バンジョーの馬車を降りて、馬車をリラの小槌で小さくした。

 リラの《うちづち》は魔法道具になっており、自分が魔力を使うことなく、道具として魔法効果を扱える。リラのそれは、ものを大きくしたり小さくしたり、振ると良いことが起こる魔法をかけたり(ただし、一日に一人一回ずつ三人までの使用制限あり)、魔法道具を一時的に出現させることもできたりと、様々な効果を持つ。これによって馬車を小さくした。

 手のひらサイズまで小さくなった馬車を見て、リラはサツキに言った。


「小さくできるのも便利ですが、サツキ様のアイディアには驚きましたわ」

「はい! わたしもです。まさか馬車を大きくするなんて」


 クコも明るい声を出した。


「おかげで、ここまで早く……来られたね」

「うん」


 ナズナにリラが微笑みかけてうなずく。

 普段、街に入るときは、馬車を小さくする。そうすれば、馬車を預けず、自由に歩き回れる。

 逆に、今回の馬車の旅では、馬車を大きくした。

 広い道に入ったとき、リラの小槌で馬車を大きくして、馬車の速度を上げたのである。そのため、元々よく走るスペシャルは楽しながらも通常より早くここまで来られた。

 サツキの世界の馬よりも大きく、健脚を誇るスペシャルだが、それが運動能力そのままにさらに大きくなれば、歩幅も広がって移動距離も伸びるというものだ。


「ふと思い浮かんだのだ。でも、これで早くマノーラに到着するといいな」


 ヒナはサツキにそう言われると、


「そ、そうね。ま、早く着くに越したことはないんじゃないの?」


 ちょっと顔を赤らめてそれだけ返した。


 ――まったく、サツキってば変な気遣いしちゃって。あたしが早くマノーラに行きたいってわかってたから、どうすれば移動速度が上がるか考えてくれたくせに。




 ポパニまで士衛組を運んでくれた馬車を小槌で小さくすると、今度は玄内が預かった。

 亀の姿をしている玄内の甲羅には、《甲羅格納庫シェルストレージ》という魔法でものをそのままの状態で保存できる。生き物も食べ物も安心安全に、収納した瞬間を維持するらしい。

 これを使えば、人間の冷凍保存みたいな裏技もできるかもしれないが、サツキも聞いたことはなかった。実は、それができる人物は王都にして、クコとリラはそんな存在を知っているが、玄内の甲羅にそうした使い方を想像したことはなかった。

 また、玄内の《甲羅格納庫シェルストレージ》には容量に制限はない節がある。正確なことはサツキも知らないが、この『万能の天才』に限界などないように思われてしまう。

 ヒナは、表情を変えるためにパッと前に出て、カチューシャについているウサギの耳を揺らせて陽気に歩いた。


「久しぶりだわ。なつかしい」


 サツキは意外そうな目をした。


「来たことあったのか」

「当然でしょ」


 父の浮橋教授はイストリア王国で教授をしていたから、ヒナもイストリア王国については他の士衛組隊士よりも知っている。

 ミナトがにこにこしながら言った。


「そいつはいい」

「なにがいいんだ?」


 サツキが聞くと、ミナトはお腹をさすって、


「美味しいお店を知ってるかなって思ってさ。僕、お腹が空いてきちゃった」

「そういえば、俺もだな」

「そろそろお昼ですね」


 士衛組で一番小さいチナミがサツキを見上げる。


「うむ。食事にしてもいいな」

「やったね」


 とミナトが言って、クコとバンジョーも喜ぶ。


「お昼ごはん、楽しみです。わたしもなんだかお腹が減ってきました」

「飯だ飯だ」

「ヒナ、いい店知らないか?」


 サツキはヒナに顔を向けた。


「なに食べるかによるけど、レストランについては詳しくないわよ、あたし」

「さっきは得意げだったのに」


 と、チナミがつぶやく。


「じゃあ、ピザ食おうぜ!」


 バンジョーが提案する。


「ふむ。やはりピザか」


 納得するサツキを見て、ミナトは小首をかしげた。


「やはり?」

「ナポリといえばピザなのだ。俺のいた世界では、このあたりの地域のピザは有名だった。もしかしたら、この世界もそうかと思ってな」


 ピザの発祥とされるのが、このナポリである。ちなみに、ナポリタンは日本生まれであり、類似の名前のイタリアのスパゲッティがあるが、これとは別物である。


「そうね。ピザ、有名よ」


 ヒナが腰に手を当てて得意げな顔で教えてくれた。しかし店は知らないらしい。


「おいしいお店、あるといいけど……」

「どこに入ってもおいしいと思うよ」

「そうだね。どこのお店からも、いいにおいする」


 と、ナズナとリラがしゃべっていると、玄内が口を開いた。


「ピザだったら、おれの知ってる店がある。行くか」

「え、先生知ってるんすか」

「それなら先に言ってくださいよ」


 同じ弐番隊ですっかり弟子になっているバンジョーとヒナが、玄内のすぐ後ろにつく。


 ――ガンダスへの船の中でも食べたが、ここのピザは絶品だからな。


 玄内は人生経験豊かなだけあり、世界を旅したこともあるらしく、この辺も来たことがあったので、よい店に入ることができた。むろん、玄内おすすめの店はみんな満足の味だった。隠れた名店といえるところで、みんなのお腹もふくれる。食べ物をできたての状態でそのまま保存できる甲羅を持つ玄内は、テイクアウト用に何枚か購入するのも忘れない。


 食後――。

 街を歩いていると、おいしそうなお店を次々にバンジョーが発見する。


「なあ、みんな。もうちょっといろいろ食っていかねーか? 甘くてうまいデザートもたくさんあるみたいだぜ」

「さっきランチ食べたでしょう?」


 とヒナがジト目になる。


「甘いものですか。僕は構わないが、みなさんはどうです?」


 ミナトは、甘い物が好きだし冗談も好きでいつもふわふわしてるが、修業熱心なだけあってよく食べる。特に甘い物は別腹らしい。ミナトがみんなを見ると、食後にも関わらずそこまで食欲があるのは、他に甘いものが大好きなチナミくらいのものだった。


「私も余裕で食べられます」

「うし! じゃあ、三人で回ってこようぜ!」

「いいですな」

「分け合いながら食べましょう」


 ということで、バンジョーとミナトとチナミの三人が食の旅に出る。士衛組の中で特段甘いものに目がないのは、ミナトとチナミなのである。さしずめバンジョーは、二人の引率役だった。

 かくして、三人とは三時間後に同じ場所で落ち合うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る