55 『集合あるいは逃走』

 サツキとミナトが二人で探険に出かけていた間、参番隊のナズナとリラとチナミも探険に出ていた。

 ナズナの発案である。


「お菓子作りの材料集め、どうかな?」

「いいね」

「リラも賛成!」


 参番隊の結束力を強くするために、なにかできないかとナズナは考え、サツキに相談した。サツキからは、達成感が得られることをするといいかもしれないと助言を受け、お菓子作りをすることにした。お菓子作りをしようとリラとチナミに話すと、二人は快諾し、その一環として材料集めもすることにしたのである。


「基本的な材料は家にもあるから、あとはバナナかな。私、バナナのある木知ってるよ」


 と、チナミが言って、三人でバナナ探しに出発したのである。


「この島、いろんな植物、あるんだね」

「不思議だよね。おもしろくてリラは好き」


 そんなナズナとリラに、チナミが説明するには、


「バナナの生息域としては、あとちょっと緯度が低くないといけないんだけど、この島はなにかが特殊みたい。魔力の影響もそうだし、生物の特殊な進化もそう。おじいちゃんにもハッキリとはわからないらしい」


 とのことだった。


「それより、美味しいお菓子ができるといいね」


 チナミが小さく優しい微笑みでナズナを見上げる。


「うん。みんなでお菓子作り、楽しみ」

「そうだね! リラ、参番隊でなにかしてみたいって思ってたの! ナズナちゃん、ナイスアイディアだよ」

「甘くて美味しいもの食べたら、結束力アップ間違いない」


 リラとチナミにもそう言ってもらえて、ナズナはちょっぴりはにかんだ。

 それから、三人でバナナを見つけて戻ってきたのだった。バナナ探しでも仲を深めて、また家に帰ったらお菓子作りが待っている。




 参番隊が元の場所に戻ってくる。

 しかし、サツキとミナトはまだ探険中らしい。


「まだサツキ様とミナトさんは帰ってきてないし、リラも恐竜と遊びたい。チナミちゃん、恐竜の乗り方教えてくれる?」

「いいよ」


 リラの希望にも、チナミはすんなりうなずく。


「わたしも、小さい恐竜に、乗ってみたいかも」


 ナズナにも「人懐っこい子、探そう」と声をかけ、チナミを先頭に恐竜と遊び始めた。




 しばらくして。

 ようやく、サツキとミナトが帰ってきた。


「ただいま戻りました」

「遅くなりまして申し訳ないです」


 と、ミナトが頭をかく。

「おかえりー!」とアキとエミが声をそろえて迎えてくれて、「すごい子いた?」と聞いてきたり、「サツキくんとミナトくんもおいでよー」と呼びかけられたりした。サツキとミナトも二人の元へと向かう。

 サツキは、みんなの様子も確認した。

 たとえば、ルカは生態を遠目に眺める程度だが、退屈そうにはしていない。めずらしいことにヒナとなにか話していた。

 クコとバンジョーは元気にアキとエミと遊んでおり、サツキとミナトに気づくと二人も手を振ってくれた。クコが「サツキ様ー!」と大きく手を振ると、恐竜から落ちそうになって、アキとエミが笑っていた。

 中でもサツキが気になったのは、リラとチナミだった。会話も聞こえない距離だが、参番隊が三人で遊んでいる。

 チナミが恐竜に乗ったり、木にのぼったりするのを、リラも果敢に真似して教わっていた。


「リラ。勢いが大事。この子は優しいから平気」

「うん。やってみる」


 気合を入れるリラに、ナズナが空をぱたぱた飛んで、


「わたしも、支えるよ」

「ナズナちゃん、ありがとう」


 えいっとリラがジャンプして、恐竜の首につかまり、背中にまたがる。


「いいね」

「ありがとう、チナミちゃん! リラ、こうやって恐竜さんと遊べて感激だわ」

「そう。よかったね」

「わあ、リラちゃんすごい」

「ナズナもやってみる?」

「う、うん」

「リラでもできたんだから、大丈夫だよ」


 リラは恐竜と関わりながらも、自分とは正反対なチナミから身のこなしなどを学んだり、チナミから少しでも多くのことを吸収したい風にも見える。同時に、チナミともっと仲良くなるために積極的な印象だった。

 参番隊の結束を高めたいと相談してきたナズナも、やはりその心配がないくらい、すっかり仲良くなっている様子だった。怖がりながらも恐竜に乗ろうとするナズナを、リラとチナミが優しくサポートしている。

 サツキとミナトは、アキとエミとクコとバンジョーに話をして、ミナトがいっしょになって恐竜と戯れる。

 ヒナとルカは会話を続けている。


「でも、なんであんたがそんなこと気にするのよ」

「なんとなく、かしら」

「まあ、『ASTRAアストラ』の拠点、マノーラに行ったとしても、普通にしてれば関わることなんてない。関わることは死を意味する、正体不明の秘密組織。そんなふうには言われてるけど、実際のマノーラじゃあ正義の味方ってのが主なイメージだし、こっちがなにかしなければ会うこともない。あたしたちには縁のない人たちよ」

「なるほどね」


 うっすらと最後だけ話が聞こえた。縁のない人たちという単語だけ聞き取れたが、なんの話なのかはわからなかった。サツキが二人に近づくと、ルカが会話を切り上げ、ヒナが言った。


「おかえり。サツキ」

「ただいま」

「どこ行ってたのよ。そろそろ別の恐竜にも会いに行きたいところだったんだけど」

「いやあ、山のぼったり飛んだり、楽しくなっちゃってねえ」


 とミナトが恐竜に乗りながらやってきて笑った。


「もう、先に言ってくれたらあたしが探険の案内してあげたのに。まあいいわ。次行きましょ」


 ヒナがアキとエミに呼びかけて、みんなが集まり、それから先に進むことになった。

 目的地はない。

 アキとエミが行きたい場所に、気ままに向かう。

 さっきサツキとミナトや参番隊が行ったのとも違う方向で、林に入った。

 少し歩いて、林を抜けて地形が変わったところで、アキとエミがぱたぱたと駆けて行った。


「あ! 溶岩だ!」

「マグマが流れてる! 煙も出てるよ!」


 溶岩地帯に入ったらしい。

 黒い岩がそこら中にある。

 玄武岩である。

 火山岩の一種で、密度が高い。

 また少し歩いたところの玄武岩は、穴が多く密度が低くなっていた。

 粒子の粗い玄武岩は、溶岩が急スピードで流れたものだ。ガスや粒子が飛び出して粒子が粗くなったという。つまり、この辺りでは、過去に急スピードで溶岩が流れた場所ということになる。

 こうした特徴から、玄武岩は水を集めるのに適しており、イースター島では水路を引かずに玄武岩で囲った畑がある。この島にも、海老川博士がつくったと思われる玄武岩の畑がいくつかあった。風からも守ってくれるから、特異な気候を持つかもしれないこの島には、より効果的な工夫といえる。

 そんなことは知らずにミナトは森の中の畑を通り過ぎたものだが、サツキは、


 ――それらも、この島には玄武岩がたくさんあるからできるんだろうな。


 と思った。


 「場所によって、地質が全然違っています。おもしろいですね」


 クコに言われて、サツキは「うむ」とうなずいた。

 チナミが説明してくれる。


「神龍島の不思議な生態には、こうした火山の影響もあると思われます。温かい部分もあるんです」

「だからバナナとか南国のフルーツも実るのかな?」


 とリラが言った。


「そうかもしれないし、よくわからない」

「本当に不思議な島よね。でも、噴火はしないから大丈夫よ。あと何百年かは安全だってお父さんと海老川博士が言ってたもんね」


 ヒナに言われて、チナミが「はい。安心してくれていいです」と答える。

 サツキがこそっとミナトに、


「やっぱり、火山を背景にして恐竜を見るのはいいな」


 とささやくと、小首をひねられた。


「そう?」

「うむ。俺の見てきた再現映像でも、よくあったんだ。アニメの一幕とかでもさ」

「へえ。それもサツキの世界の浪漫なのかァ。いいね」


 ルカはそれを後ろから聞いて、サツキに言った。


「ねえ、サツキ。海老川博士の家に温泉があるのって、このおかげかしら?」

「そうだと思う。海老川博士の家の前には湖があったが、そのあたりと家とは、火山帯との境目だろう」

「だから温泉が家にあるんだねえ」


 ミナトがおかしそうに言った。

 自然環境がおもしろく交わる島であり、サツキはここを古代の実験施設ともなった人工島の可能性を考えたものだが、ただの埋め立て地でもないのは明らかだ。もし人工島ならば、相当の技術も使われていたことになる。その技術の可能性について、サツキは一つの予想を持っていた。フウサイにも言ったように、その空想については地質研究の結果次第でみんなに話すかもしれない。


「まるでつぎはぎみたい」

「そうね」


 リラがつぶやくとルカが同意し、向こうには砂漠地帯がありそうだと話す。

 ナズナが、クコを見上げて、


ふき蜥蜴とかげ……も、火山があるから、住んでるのかな?」

「そうかもしれませんね。ふき蜥蜴とかげは晴和王国のこうくになど、一部にしかいないといいます」

「それはどこだ?」


 サツキがクコに尋ねると、地理について教えてくれた。


「晴和王国は、列島になっていて、晴和列島の南西には五州地方という大きな島があります。その五州地方の中央に位置し、『くに』の別名を持つのがこうくにです。火山を有していて、そこにふき蜥蜴とかげは生息しているようなのですが、ごくまれにしか見かけることはないといいます」

「俺の世界でいう、九州地方の熊本県から宮崎県の辺りか」


 実は、そこで、たかすいぐんの測量艦の三姉妹はふき蜥蜴とかげに出会った。

 密猟者に狙われているところを次女のミホが助け、懐かれてペットにしたのである。

 三姉妹の祖父・タダヨシが船大工の棟梁で、彼がふき蜥蜴とかげの性質を借りて今の鷹不二水軍の高度な技術を持つ蒸気船を創造したのだった。サツキたちは鷹不二水軍の蒸気船のそうした秘密さえ知らない。

 神龍島か肥蘇火山か、あるいはまた別の場所か、どこから生まれたのかはわからないが、長い年月をかけ、なんらかのきっかけがあって神龍島の外に行く種もいて不思議はない。恐竜ほど大きいものは難しいが、小さければ、いつかの時代のだれかがたまたまここに流れ着き、ふき蜥蜴とかげを連れて行った可能性もある。

 だが、それでもこの島の生物のうち、99パーセント以上が固有種であろう。マダガスカルやオーストラリアでも固有種は八割ほどと言われている中、神龍島はやはりほかに類を見ない特異性を持っているようである。


「なんか出てきそうだよな。おーい! おいおーい! ヤッホー!」


 バンジョーが遠くの火山にも呼びかけていた。叫ぶことそのものが楽しそうに見えるくらいである。

 突然、


「しっ」


 とチナミが人さし指を立てる。それから、周囲をぐるりと見回し、サツキたちに声をかける。

 一方、先頭にいるヒナは、両手を腰にやってバンジョーをにらみつけ、


「ちょっとバンジョー。恐竜には大声に驚く子もいるんだから気をつけてよね」

「へへっ。ワリィワリィ」

「なかには獰猛な子だって……」


 と言いかけたそのとき、ぐるるると響くような音が聞こえてくる。


「なんだ? 飯はさっき食ったんだけどな」


 おなかに手を当てるバンジョーだが、どうやら後ろからの音だと気づく。


「お?」


 振り返ったバンジョーとヒナは、一瞬身体が硬直する。

 そこには、体長十五メートルほどの恐竜がこちらを見下ろしていた。サツキの世界で言うところのティラノサウルスやアロサウルスのような外見だ。


「お、ぉい。ヒ、ヒ、ヒヒ、ヒナ、あれって……」


 バンジョーが言葉を出せずにいると、恐竜は雷が鳴ったような吠え声をあげて大口を開いた。


「グワァオ!!」


 同時に、ヒナとバンジョーは、両手を万歳のようにして目玉が飛び出さんばかりに驚いた。


「ひえええええ!」

「ぎゃーっ!」

「なにしてるんですかヒナさん! バンジョーさん!」


 チナミに言われて、ヒナは自分とバンジョー以外みな既に走り出していたことに気づく。


「うえーん。待ってよチナミちゃぁぁぁあん」

「うおおおお! なんだありゃあ!」


 二人は不格好に駆け出し、バンジョーがつまずいたところで、牙がズボンのおしりをかすめた。びりっとズボンが破れたが、怪我はない。破れたズボンを気にかける余裕もなくバンジョーはひた走る。

 恐竜はものすごい剣幕で追いかけてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る