56 『虹あるいは龍神バアル』
一行は洞窟に逃げ込んだ。
バンジョーとヒナが来る前に、リラが一メートルを超える松明を魔法で創り出していて、それをサツキが受け取る。
ヒナとバンジョーが洞窟に駆け込むと、サツキは松明を恐竜に向けて追い払った。
案外あっさりと引き下がり、まるで襲いかかる気など最初からなかったようにさえ見えた。
ひとまず安全を手に入れ、バンジョーとヒナはぐったりと座り込んだ。
「あ、あぶなかったぜえ」
「もう。早く教えてよチナミちゃん」
ミナトはくすくすと笑う。
「いやあ。今のお二人、おもしろかったなぁ。ヒナも久しぶりに友だちと遊べて楽しかったに違いない」
ヒナはゼエゼエと息を切らしながら、
「楽しいわけないじゃない。友だちって言っても、あれは獰猛だから無理よ」
「そうだぜ。オレなんてズボン破れちまったんだぞ」
おしりを気にするバンジョーを見たフウサイはため息をついた。
「自業自得でござる。これに懲りたら、人の話はちゃんと聞くように致せ」
「いつも先生がいるわけじゃないんだから」
ルカは短く言った。バンジョーもヒナも、玄内の名前を出されると身が縮こまる。
――首をすくめて亀みたいだなあ。
とミナトは思った。
クコが小さく笑って、
「無事だったんだから良かったじゃないですか」
「お、おう! そうだな! 一件落着! なっはっは」
腰に手をあてて大笑いするバンジョーを一瞥し、フウサイは頭を抱えた。
ヒナも呆れたように腕を組む。
「ちっとも懲りてない。あたしもああならないように気をつけようっと」
「まあ、逃げる相談くらいは聞いておかないとねえ。ねえサツキ。サツキのいた世界には、ああいう恐竜って――」
とサツキとミナトがしゃべり始めた横で、リラはナズナの手を取ってにっこり笑った。
「ナズナちゃん、ありがとうね。リラは走るのがあまり速くないから、飛んで運んでくれてすごく助かったよ」
「ううん、リラちゃん、軽かったから。今のわたしだと、まだチナミちゃんかリラちゃんを抱えて飛ぶのが、精いっぱい。もっと、飛べるようになりたいな」
サツキはミナトと恐竜の話に花を咲かせる。
図鑑やCG映像でしか見たことのなかったティラノサウルスみたいな恐竜は、現代の子供から大人まで憧れるものだが、改めて、サツキにはその気持ちがよくわかった。
松明を立ててたき火にし、サツキは洞窟の奥を見た。
それほど広くもない洞窟だが、先客がいたらしい。高さでいうと一メートル五十センチほどの恐竜が、眠るようにしてタマゴを温めていた。
みんなもそちらへ目を向けると、恐竜が目を覚ました。サツキたちへの警戒心以上に、タマゴに注意を向けている。じっとタマゴを見ていると、タマゴの殻にヒビが入った。
「もしかして、生まれるのでしょうか」
クコがささやくような小声で言った。チナミが答える。
「そのようです」
「恐竜はタマゴから生まれるんだもんね。立ち会えるなんてラッキー」
と、ヒナはうれしそうにした。サツキも、ただでさえお目にかかれない恐竜を見られた上でのタマゴの孵化に、目を輝かせる。
「爪が出てきた」
サツキがつぶやくと、バンジョーが「うおおおお」と声を落としつつも興奮していた。
タマゴが割れて、赤ちゃん恐竜が出てくる。母親の恐竜が赤ちゃんを舐めている。新たな生命にみんなが息をするのも忘れて見守っていると、ミナトがおかしそうに言った。
「いやあ、バンジョーさんははしゃぐと思っていたが、まさかアキさんとエミさんまで静かにしてるなんて驚いたなァ」
「確かにね」
とヒナがニヤリとして、バンジョーが「おいおい、オレだってこんな大事な瞬間は静かにするぜえ」と苦笑する。ここであの二人がなにも言わないことをおかしいと思い、ヒナがアキとエミの顔を探してぐるっと見回してみるが、
「て、あれ? あの二人は?」
この洞窟内に、アキとエミはいなかった。
「アキさんとエミさんがいません!」
クコが慌てて洞窟から顔を出すと、アキとエミはさっきの凶暴な恐竜と楽しそうにじゃれ合っていた。
「うそ……」
ヒナが驚くのも無理はない。ヒナやチナミでさえ手なずけられない恐竜を、平気で撫で回して背中に乗ったりしているのである。
「この子強いぞー!」
と、エミが恐竜の背中でにこにこ笑っている。
「さっき、ボクらを乗せてヒナちゃんやバンジョーくんを追い回してたときは、本当に楽しそうだったもんなあ」
「生き生きして、あんなに元気にじゃれついてたもんね」
アキは恐竜から飛び降りて、カメラのシャッターを切り、大きな肉を取り出した。アキのカメラには物を収納する機能があるのだ。
「ほら。お食べ」
「ガァウ!」
おとなしく恐竜が肉にかぶりつく。
うんうん、とアキとエミは満足そうだった。
サツキは苦笑した。
「おかしな二人だ」
「そうだねえ。僕もおかげで楽しいよ」
ミナトも昨日よりどこか表情が明るくなったように、サツキには見えた。
ふと、サツキは予感のようなものを感じて、遠く火山のような山を見た。
山からは、大きな竜が昇る。
――あの竜は……?
竜が空に吸い込まれたかと思うと。
ぽつり、ぽつり、ザァっと。
雨が降り出す。
チナミが言った。
「『
「そんな雨が、アルブレア王国にも降るといいな」
サツキがつぶやくと、クコが力強い瞳で空を眺めて、
「はい。でもそれはきっと、わたしたちが国を取り戻した後に降るものです。国を取り戻すのはわたしたち自身なんです。だから、これからのわたしたちの頑張り次第ですね」
「だな。頑張ろう」
洞窟内では、ミナトが持っていた松明でたき火を作り、雨が止むのを待つ。
アキとエミは外が雨でも恐竜とはしゃいでおり、
「ほら、ミナトくんもおいでよ」
「楽しいよー」
と誘われて、ミナトも洞窟を出て恐竜と戯れる。
ヒナも洞窟を飛び出し、
「あたしだって負けないんだから。《
びょーんと高く飛び上がり、十メートル以上の高さもある恐竜の首に抱きつく。
「やったー! 新しい魔法のおかげで、こんな大きい恐竜とも遊べるー! チナミちゃんもこっち来て遊ぼうよー」
「しょうがないですね。ナズナ、リラ。行こう」
チナミが参番隊の二人に呼びかけ、柔らかい雨の下へと参番隊も出てゆく。
穏やかな時間が流れ、サツキにはこの雨が優しい雨に感じられた。
しばらくして島を洗う雨が止むと、雲の切れ間から陽の光が差し込み、虹がかかった。
ミナトがこちらに歩いてきて、
「お天道様が顔を出したね」
「虹もかかったな」
とサツキがミナトの顔を振り返る。
クコもにこりと笑い、
「それでは、また恐竜に乗せてもらいましょう」
「よっしゃあ! 急げーっ」
バンジョーが走り出した。
その後、みんなで外に出て、サツキとミナトの二人がトリケラトプスに代表されるケラトプス科の草食恐竜に乗り、参番隊の三人はオルニトミムスのような小型恐竜に乗って、クコとヒナがアンキロサウルスに似たアルマジロみたいな曲竜類の恐竜に乗った。バンジョーはステゴサウルス類の大きな恐竜を見つけたが、乗りにくそうに背中の骨盤に張り付いていた。アキとエミはブラキオサウルスのような大きな恐竜の背中をすべり台みたいにしていた。《跳ね月》を習得したヒナもいっしょになって遊ぶ。
翌日もアキとエミに探険をしようと言われて、またみんなで出かける約束をしたのだった。
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