3 『上辺仁吾郎は決闘を申し込む』
春。
桜の花びらが舞っている。
四月八日の午後。
麗らかな日に生まれた新しい風がここに吹く。
晴和王国の首都にして『王都』、
サツキがここに来た目的は、ルカの魔法の先生である玄内を探すこと。また、クコの目的はいとこのナズナを仲間に引き入れることである。
サツキは人波に驚く。一見するだけで人の多さに圧倒される。
――いろんな人がいる。みんな和服だ。違う人種とか洋装の人もいるけど、昔の日本って感じがする。江戸時代や明治時代だろうか。まったく別の世界に来たみたいだ。でも、どの時代でも、どの世界でも、人の顔ってそう違わないんだな。
すれ違う、通りを行き交う人たち。
この場所で生きている人たち。
そこには様々な顔があるが、服装や髪型が少し異なるだけで、サツキの時代と変わらない普通の人間だ。どの世界でも人間そのものに違いはないようにも思えた。
ただ、魔法が使える人もいることを除けば。
人目を気にしない歩行者がサツキの肩にぶつかる。
「すみません」
サツキが謝るが、歩行者の青年は何事もなかったみたいに歩いて行く。
「春の眺めは綺麗だ。ははは」
しかも笑顔である。左耳のピアスが光る。
「大丈夫でしたか? サツキ様」
「う、うむ。俺は平気だけど……」
「変な人ね」
ルカが青年の背中を見てつぶやくが、これだけ人に溢れる大きな都市ならばいろんな人間がいておかしくない。
ここ王都には、約百万人が暮らしている。
世界最大の人口があった。
人類の約一割が魔法を使える魔法世界。
その中でも、王都は魔法を使える人の割合が異質に高い。
街は休むことなく動くかのようで、にぎやかな活気に満ち、サツキが見るだけでも人の往来が絶えない。さっきみたいにぶつからないよう、道の端に寄る。
「すごい人出だな」
「もちろんです。世界最大ですからね。『
クコが説明してくれるが、この賑々しさはお祭りのようだと感じられる。
その理由に、ここにいる人たちの衣装もあった。
「歌舞伎役者もそのままの服で歩いてるし、お面をつけた人もいる。お祭りだろうか?」
歌舞伎役者は隈取りもしてあるし、ひょっとこのお面はユニークだが、天狗のお面は物々しく、能面は空気のように静かでいながら妖しい。浮世絵が動いているような雰囲気があった。
サツキがアキとエミに尋ねるが、二人は首を横に振った。
「いつものことさ」
「金魚すくいとお面は、王都ならお祭りじゃなくても見られるよ」
歩き出してすぐ、後ろから呼び止められた。
「帽子のキミ。ちょっといいかな?」
少年か青年か、その声にサツキが振り返る。
そこに立っていたのは、きつねのお面。いわゆる狐面をつけた人だった。年はわかりにくいが、十代の半ばから後半に差しかかったくらいだろうか。背は一七二、三センチほど。
――狐面って、実際に見ると、なんだか不気味だな。
サツキは聞き返す。
「俺ですか?」
「ああ。腰の剣、なかなかの業物とみた。ぼくは剣の修業のため、流浪の旅をしている剣士だ。ぜひ、一戦願いたい」
隣のクコとルカに目で尋ねる。
「王都では、たまに決闘もあると聞きます。申し込まれてしまいましたね」
「ちょっとくらいならいいんじゃないかしら。すぐそこに公園もある。腕試しにやってみたら?」
わかった、とサツキはうなずき狐面に答えを返す。
「では、よろしくお願いします」
「よろしく。ぼくは
「俺は
「サツキくん。これは、剣術勝負だ。が、魔法も使っていい。そして真剣勝負と洒落込みたいが、どちらかが降参するか相手の身体に傷をつけたら勝負ありとする。武器を取りこぼしても試合終了。いいかな?」
「はい」
つまり、相手に「参った」と言わせるか、相手の身体に一太刀浴びせればいい。剣を弾き飛ばせたらそれもあり。大怪我するほどじゃなくていいのだ。
――魔力のコントロールを確かめるいい実戦演習になる。
ぐっとサツキは拳を握った。
ルカが促す。
「公園へ移動しましょう。審判は私がします」
サツキ、クコ、ルカ、アキ、エミ、ジンゴロウの六人は公園にやってきた。公園と言っても、子供の遊び場というより空き地のような雰囲気がある。
試合をするサツキとジンゴロウの間に、ルカが立つ。
「これより、決闘を開始します。両者、礼」
「お願いします」
とサツキとジンゴロウが一礼する。
アキとエミが「頑張れー」と応援し、クコも「頑張ってください」と声援をくれる。
「それでは、始めっ」
ルカの合図を受け、ジンゴロウはすっと刀を抜いた。
同時に、サツキも抜刀する。
《
サツキの目が、緋色に染まる。
――相手は、どんな魔法を使うだろう。
それによって戦闘はいかようにも変わる。
――瞳の魔法は絶やさず、全身の魔力のコントロールをする。これまでは無意識にやっていたけど、それらを意識してできるようになっているか、確認するための戦いだ。
ジンゴロウは静かに剣を構え、言った。
「いくよ」
「はい」
打ち合いが始まった。
――相手の顔が見えないから、読みにくい。だけど大丈夫。反応できてる。剣は速いけど、なんとか受けられてる。力で押し切られる感じはない。
パワーで勝っているわけではないが、パワーだけで負けるような差もない。
――集中しろ。相手の魔力の流れも見て、一寸先の動きを予測。それに素早く反応することで、勝機を見つける。
数太刀を交わし合って、ジンゴロウはゆとりを持った優雅さで下がった。
「なかなかやるね。じゃあ、魔法を使わせてもらうよ」
サツキは瞳を大きく開く。
――来る!
ジンゴロウは懐に手を入れ、人差し指と中指で一枚の葉っぱを挟み、取り出した。
その葉っぱを、刀に当てた。
「《
すると、ぽんと煙が上がって、刀の形状が変わった。
鎌形刀剣ファルシオン。
日本刀のように片刃の剣で、中世ヨーロッパで使われた。それによく似た形である。この剣の特徴は短刀なことにあり、長さは一メートルに満たない。小さい反面、重さがあって、叩くように攻撃するのが一般的な戦闘スタイルになる。
――ジンゴロウさんの魔法は、あの葉っぱによって武器の形状を変化させるものだと思う。でも、武器の持つ機能まで変えられたら、一瞬の隙を衝かれる。魔力の流れに、今まで以上に注意しろ。
サツキは自分に言い聞かせて、迫り来るジンゴロウの攻撃に備える。
「さあ! どうだ! こおおぉっ!」
「ぐっ」
ジンゴロウの戦闘スタイルも、より接近しての力押しになった。
――重たい。強い剣だ。
少しでも気を抜くと、刀を弾かれてしまいそうだった。
「こお! こお! こおぅ!」
力が強くなっただけでなく、リーチが短い分、連打の速度も上がった。
「う」
肩に伸びる剣をギリギリのところで払い、サツキはふっと息をつく。
「へえ。やるね。じゃあこれはどうかな?」
再びジンゴロウは距離を取る。
――なんだ? 今度は、どうする気だ?
考えるサツキに、ジンゴロウはただ駆けてきた。
大きく振りかぶる。
「化けろ! 特大に!」
振り下ろす瞬間、ジンゴロウの剣がぽんと煙を上げて一気に大きくなった。西洋のロングソードよりも大きい。長さは四メートル以上あるのではないだろうか。
――大きい! でも……。
サツキの身体は、狙い澄ましていたように反応する。
「その動き、軌道修正は利かないぜ」
――練っていた魔力を、今、解放する!
戦っている間、ずっと練り込んで溜めていた魔力を、一気に解放する。そのための一打を放つ。
これまでは《
剣による大技。
「《
「もっと! もっとだ! つぶせ、大剣!」
振り落とされる大剣がさらにもう一回り大きくなり、サツキの刀がそれを迎え撃つ。
刃と刃がぶつかる。
――頼む! 桜丸!
上から押し潰してくる力は、重力の分も合わさって大きくなる。
込めた腕力、集めた魔力、一撃にかける集中力、それらが正面から衝突し、競り合った。
「はあああああぁっ!」
「こぉぉおおおう!」
結果――。
片方の剣が弾かれて、くるくると回転して宙を舞う。
グサリと地面に突き刺さる。
「ふぅ。参った」
そうつぶやいたのは、ジンゴロウだった。
ぽん、と大剣が元の大きさの刀に戻った。
木の葉がひらひらと舞い落ちる。
ジンゴロウは狐面を手に取って、素顔をさらした。線の細い優男で、穏やかな微笑をたたえている。
「やるね、サツキくん。剣の打ち合いはぼくに分があると思ったけど、最後の大剣が破られるとは思わなかったよ。あの特大で力負けしたのは初めてだ」
「いいえ。俺もギリギリでした。勝負、ありがとうございました」
「こちらこそ。ありがとうございました」
互いに礼をして、
「この勝負、サツキの勝利」
とルカが判定した。
「やったー! サツキくーん!」
「すごーい! サツキくーん!」
「おめでとうございます! サツキ様!」
アキとエミとクコも駆け寄ってきて、サツキを労ってくれた。
サツキは応援してくれた三人とルカにも「ありがとうございました」と礼を述べて、ジンゴロウに聞いた。
「あの。ジンゴロウさんの魔法って、剣を変形させるものですか?」
拾ってきた刀を鞘に戻し、ジンゴロウは葉っぱを指先でつまんで答える。
「そうだね。ぼくの魔法《
「業物八十振り……?」
サツキが小首をかしげると、ジンゴロウは目をしばたたかせた。
「あれ? キミの刀も業物以上だと思ったけど、知らないのかい?」
「はい」
素直にサツキがうなずくと、ジンゴロウは教えてくれる。
「晴和王国の刀には、位があるんだ。無名の刀にはなく、世に出てからある程度以上の時間が経ち、知られたものにだけ位が与えられる。現在、二百三十三振りの刀が位を持っている。その頂にあるのが、『
「天下五剣……」
「それを持つ者は普通の人間じゃない。なにか特別な家柄とか特殊な場所で見つかったものだよ。次いで、『
「はい。たぶん、違うと思います。この『
「そっか。でも、ぼくにはわかる。その刀はとてもいい刀だよ」
サツキは迷わずうなずく。そこに謙遜もなく、素直な喜びだけである。
「はい。俺もそう信じてます」
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