2 『SLは城那皐を王都へ連れていく』
四月八日。
サツキは、アキとエミに起こされた。
宿屋の部屋の扉を叩かれ、その音に寝ていられなくなり、クコが扉を開けて二人を引き入れたのである。そこでサツキとルカも身体を起こす。文字通り叩き起こされた形であった。
アキとエミは朝から元気いっぱいの幼稚園児のようだった。
「おっはよう!」
「おはよーう!」
「いい天気だね! ボクうれしくなっちゃうよ!」
「爽やかな朝をみんなと迎えられて、アタシも幸せ」
不意に、サツキは昨晩のアキとエミを思い出す。ギョウザを食べるときもお酒を飲んでいた気がする。出されたら出された分だけ飲む二人だが、充分過ぎるほど酒を入れてもまるで変わらない二人だった。陽気なのも絡み酒も、普段の二人と同じだから酔いの程度がわかりにくい。さらにそのあと二人だけで他のお店にも行って飲んできたはずなのに、昨晩あれだけ飲んだ顔には見えなかった。
――酒飲みのくせに朝が早いのか。元気な人たちだ。
やれやれ、と思いサツキは苦笑を浮かべた。
それも愛嬌に思えるくらい、二人に好感を抱いている証拠かもしれない。
「アキさん、エミさん。おはようございます! いい朝ですね!」
「おはようございます」
「おはようございます」
クコはもう頭も覚醒しているが、サツキとルカは寝起きのトーンである。
サツキが聞いた。
「今日は何時の列車に乗るんですか?」
「SLは一日にそれぞれの方面に三本ずつ出てるんだ」
「出発時刻は、何時だっけ?」
エミが首をかしげる。アキが教えてやる。
「朝の八時だね」
「そっか。二時間置きだから、八時の他には十時と十二時があるよ」
と、エミが言った。
ルカが補足として、
「昔は二本ずつでね、八時と十二時の線だけだったわ。それが、光北ノ宮で駅弁を出すようになって、十時発の列車もできたって話よ」
「そうだ! 駅弁! 食べようよ」
「そうだね! それしかないね!」
駅弁発祥の地である光北ノ宮は、サツキの世界でいう宇都宮市と鹿沼市のあたりだが、駅があるのは宇都宮市の中心部になる。
サツキは聞いた。
「八時発の列車に乗ったら、到着が十二時ですよね。だったら、駅弁がなくても向こうで食べられるんじゃないですか?」
「なに言ってるのさ!」
「食べるっきゃないよ! 王都でも食べたらいいじゃん! ね?」
アキとエミに言われて、それもそうだと思い直す。もし満腹ならば王都で昼食を取らなければいいだけなのだ。
「そうですね。でも……」
「でも?」
「なに? サツキくん」
不思議そうにアキとエミが首を傾ける。
「出発まであと三時間、どう過ごすつもりですか」
まだ朝の五時なのである。
三時間もなにかする予定があったのだろうか。
エミがすっとんきょうな声をあげる。
「ヒマってことーっ?」
「言われてみれば、歩いて駅まで五分から十分くらい。ヒマになるぞ」
アキもそれに気づいて、サツキは呆れたように言った。
「じゃあ、俺はちょっと修業しますね。なんだか、だんだん目が冴えてきたので」
サツキの瞳が明るく光り、クコが笑顔でうなずく。
「わたしもお付き合いします! 頑張りましょう!」
「うむ」
ルカも「私も少し、技を磨いておこうかしら」とクールにつぶやく。
アキとエミは二人で相談する。
「どうする?」
「アタシたちも修業しちゃう?」
「いいね」
「よーし!」
「でも、修業ってなにをすればいいんだろう」
「確かに」
うーん、と腕組みして考え込む二人だったが、同時に思いつく。
「カメラだ!」
と、声がそろう。
「写真を撮ろう」
「たっくさん撮っちゃうよー」
アキとエミはカメラを構え、このあとサツキたちの修業風景をパシャパシャと撮りまくったのだった。サツキには「気が散るからやめてください」と言われたし、ルカには「私なんて撮っても仕方ないでしょう」と避けられ、クコだけがチラチラと気にしてたまに照れたような笑顔を向けてくれた。
修業中、アキが言った。
「サツキくん、頑張り過ぎてない?」
「なにかあったら周りを頼っていいんだから。アタシたちを頼ってよ」
「助けて欲しいってときは、きっとボクらが駆けつけるさ」
「そんな気がするもんね。サツキくんが走り続ければ世界はどんどんでっかくなるけど、アタシたちはいつでも側にいるからね」
不思議と、二人は無理せず休めだとか、一歩一歩着実に進むべきだとか、野暮なことは言わない。それはわかってくれている様子なのである。
――二人の気持ち、ありがたいな。実際、無理はしてるけど、俺の努力は一歩一歩着実に積み重ねる地味なものだ。それでも、今は無理してでも頑張らないといけない時期だと思ってる。
サツキは微笑を返す。
「はい。ありがとうございます」
七時半。
駅構内で駅弁を買った。
アキとエミが言うには、
「これが元祖駅弁なんだ」
「おにぎり二つとたくあんを竹の皮で包んでるよ。小腹を満たせるね」
とのことである。
他にもいろいろな駅弁があったが、アキとエミにはこれが一番らしい。
また、サツキは列車に魅せられた。
蒸気機関車、つまりSLである。黒光りする車体は厳かで、見るだけでわくわくする。このSLがどこまでも走って、楽しい場所へ連れて行ってくれるような気がしてしまう。
「いいな、SL」
「はい。わたしも何度見ても飽きません」
クコも目を輝かせていた。
そんな二人に、ルカは姉のような気持ちになる。
――サツキもクコも子供なんだから。
まあ、クコは小さな男の子みたいに乗り物への憧憬があるから、サツキと同じ反応でも当然かもしれなかった。
列車内に入る。
車内は、綺麗に整えられていた。
向かい合わせのシートは四人掛けである。
サツキとルカが並んで座り、向かいにクコ。窓際はサツキとクコになる。通路を挟んだ隣の席にアキとエミが向かい合わせに陣取った。
三つ先にあるボックス席では、一人の少女が不機嫌そうに肘をついて窓を眺めていた。
「騒がしいわね。だれよ」
立ち上がって後ろを確認し、少女――
「う」
さっと座って隠れる。
「なんであいつらがいるのよ。なんでいつの間にか五人でまとまってるのよ。
ぶつぶつと小声でつぶやいていると、
「ちょっと失礼」
「いいかしら」
「ごめんなさいね」
と、おばあさん三人組がヒナを取り囲むように座った。
「ど、どうも……」
ヒナは会釈して、窓の外へ目を戻す。
「城那皐……そのうち、問い詰めてやる」
ぽつりとつぶやいた。
「おせんべい、食べる?」
「若い子はたくさん食べないとねえ」
「いや、あたしは……」
「まあまあ。いいから」
前のほうでそんなふうにおばあさん三人組に囲まれているヒナに、サツキは気づいていた。
――浮橋陽奈だったか。乗ってたんだな。うさぎ耳が席からはみ出して見えていたから、まさかと思っていたが。
サツキが前に気を取られていると。
エミが楽しげに言った。
「ねえ、王都に行ったら着替えようよ!」
「ぜひそうするべきだね」
アキもすすめる。
「お着替えというと、やはり和服でしょうか」
クコの問いに、二人は大きくうなずいた。
「アタシたちのお友だちの呉服屋さんに連れて行ってあげる!」
「洒落た着物が王都には似合うからさ!」
「小粋に着こなしちゃってよ! 三人とも、きっと似合うよ」
ウインクするエミに、クコは謙遜する。
「わたし、晴和の血は半分ですから、それほどでは……」
「血なんて関係ないよ。クコちゃんは立派な大和撫子さ」
「うんうん! 大事なのは気持ちだけ。ちょっとでも着たいって思ったら着てみるといいんだよ」
「ボクは世界中の人に着てもらえたらうれしいな」
「だよね、アタシも」
アキが親指を立て、
「楽しいよ」
「アタシ、クコちゃんに気に入ってもらえるといいな」
にこっと笑顔を浮かべるエミを見て、クコも笑顔が伝染する。
「はい。では、ぜひ。わたし、サツキ様のお着物姿も見てみたいですし」
普段部屋着にしているものではなく、外行きの着物姿は見たことがない。クコはそれも楽しみだった。
四時間の列車の旅では、みんなでおしゃべりをしたり、景色を楽しんだり、それぞれがそれぞれの時間を過ごしたりした。
一時間もした頃、サツキは読書をしていた。隣のルカも読書をしており、クコは通路を挟んだ席にいるアキとエミの二人と盛り上がっている。
アキとエミはおにぎり以外にも別の駅弁を買っており、弁当箱のフタを開けた。
「あった。《
エミが列車の形をした小さなたれびんを取り出す。たれびんには少しの水が入っている。
クコが聞いた。
「
「うん。
「光北ノ宮のお弁当にはついてるんだけど、商品化もされるみたいだよ。一滴垂らして、フタを閉めればいいの」
二人は説明しながら、機関車の煙突に見立てられたキャップを外し、緊張した面持ちで、
「いくよ」
「オッケー」
「せーの」と、ゆっくりと水を垂らす。
刹那、二人は素早くフタをした。
早くフタをしないと怪物でも飛び出してくるかのようなスピード感だった。ばばばっと高速で手を動かし、フタを閉めると、二人は肩の力を抜いて、長く息を吐き出した。クコもいっしょに息をつく。
「よし。これで十秒蒸して完成だよ」
「ここまで急がなくてもいいんだけど、せっかくだからね」
再び二人がお弁当箱を開けると、蒸気が漂っている。温かそうだった。
本を読んでいたサツキが、匂いにつられてアキとエミのほうを見る。さっきから声は聞こえていた。
「本当に温かそうだ」
「そうだよ! あったかいんだ!」
「みんなにもあげるよ」
アキとエミがそう言って、サツキはアキからからあげを一つもらい、クコがエミからからあげをもらった。ルカは「私は知ってるから」と断る。
サツキは口に入れて、びっくりする。
「できたてみたいです」
「本当ですね! 温かくておいしいです!」
喜ぶサツキとクコを見て、アキとエミも満足そうだった。
「もっと欲しかったら言ってよ!」
「あったかいうちに食べようね!」
そのあと、サツキはノートを取っていた。
ノートに書き込みながら時代小説を読むサツキだったが、しばらくは集中して読んでいたものの、いつしかうとうとしていた。
「ちょっと趣向を変えよう」
そう思い立ち、頭の切り替えがてら、陰陽師の人が書いた本を読み始めた。
――ふむ。興味深い。怪異の専門家、陰陽師が書く話……勉強になるな。
この世界にも妖怪の類いは存在するし、その妖怪の話、すなわち『怪異的』と表現される話が書かれていた。
――著者は、
著者に会ってみたいと思うことはよくあるし、話を聞いて勉強したい想いもあるのだが、ノートを取りながら勉強してしばらく……また、こっくりこっくり頭を動かし、ビクッと肩を跳ねさせては、また本を読んで勉強しようと頑張り、また眠たくなることの繰り返しであった。
サツキがまた目を閉じて夢の世界の狭間に入りかけたところで、
――昨日も、クコが寝たあとも修業と勉強を頑張ってたものね。
それを思い、ルカは優しい眼差しで、またうとうとし出したサツキをふんわりと抱き寄せ、自分の肩に頭を乗せてやって眠らせてあげた。
――あなたは無理ばかりしそうで、ちょっと心配だわ。今はゆっくり休んでいなさい。
約三十分後。
一行を乗せた列車は、王都に到着した。
「おはようございます! サツキ様、王都に着きましたよ!」
「寝てしまっていたか」
クコに起こされてサツキは目をこする。
本を見て、「あ」と声を漏らした。
――どこまで読んでいたのかわからなくなってしまった。よくあるんだよな、これ。
また探さなくてはならない。しばしば起きる現象とはいえ、ちょっとしたひと手間なのである。
「少しは休めたんじゃない? でも、ページをまた探さないとね。これを使うといいわ」
ルカはそう言って、栞をサツキに差し出した。カエルの柄が描かれている和風の栞である。
「これは?」
「《
「うむ」
栞を挟んでパタンと閉じる。また開こうとすると、栞が別の場所に挟まっていて、さっきの続きを開いてくれた。
「すごい。確かにここだった。もらってもいいのか?」
「ええ。私の魔法の先生にもらった物なの。読んだことない本や辞書など、どんな書物でも目的のページを探し出してくれるわ。私も昔はよく使っていたのだけれど、こんなお古でよければ使ってちょうだい」
「ありがとう。じゃあ、ありがたくいただくよ」
「さあ、行くわよ」
サツキは「うむ」と立ち上がり、時計を見た。
アキとエミに続いて駅のホームを出て、改札を通り抜け、王都の町を視界に収める。
「ここが、王都か……」
国王が住む都であり、晴和王国最大の都市であると同時に、世界最大の経済都市の一つである。
人口も百万人。世界のどの都市と比べても勝っている。
ちょうど江戸時代の日本における江戸のようなものといってよい。その経済力と人口で他国の何十倍というパワーがあった江戸とは異なるが、最盛期を過ぎた今もなお王都は世界で三指に入る大都市であった。
昼は活気に満ち、晴和王国中から人が出入りする。
夜も眠らない町として、提灯の赤色や橙色の灯りで照らされている。どこか幻想的な美しさをまといながら、危うげな不気味さも併せ持っていた。
しかし、いつ訪れても、お金さえあれば不自由しない、なにをするにも困らない町だった。
それは、遊びに食事、職探し、決闘のような腕試しから道場破り、盗みに至る悪事であろうと……。
訪れてから初めて、魔法にかかったこの幻想都市を知ることになる。
王都――別名、
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