4 『鷹不二桃理は観測する』

 青年と少女が歩いていた。

 少女が青年の顔を見上げて言った。


「おいしいカレーライスの屋台があるそうですよ」

「噂になってるね」

「ガンダスカレーだそうです。きっとおいしいんでしょうね」

「ガンダス共和国は、カレーの本場だからね」


 相槌を打つ青年は、二十歳くらいだろうか。長い髪はややくせ毛で、後ろで束ねられている。灰色の着物と深緑色の羽織。身長は一七〇センチほど。柔和な整った顔立ちで、年齢に反してひどく落ち着いた印象を受ける。

 少女は青年の袖をつかむ。


「トウリさま~」


 トウリと呼ばれた青年は、名をたかとう。隣の武賀むがくにからここ王都を訪れていた。


「姫はカレーを食べたいです」


 ふふっとトウリは微笑む。


「お昼ごはんを食べたばかりじゃないか。もう少し我慢しよう。夜にはそうくにとの会談がある。そこではおいしいものが食べられるからね」

「どんなものが食べられるでしょう。姫は楽しみです」


 自らを姫という少女は、とみさとうめ

 十一歳になる。薄紅色の着物に身を包み、おかっぱ頭に梅の形の髪留めをしていた。


「姫、我々にはもっと興味深い楽しみがあると思わないかい?」

「なんでしょうか、トウリさま」

「出会いだよ」

「出会い! すてきな言葉です!」

「人生は物語だといっていい。人の数だけ人生があるように、人生の数だけ物語が存在する」

「姫は物語を読むのが好きです。楽しいですからね」


 トウリはそれにも柔らかく微笑む。


「我々人間は、楽しむ感情を幾千と持つ。中でも物語を楽しむことは、人生と重なるものが多いから文化にまでなったんだと思う。そして、いつでも物語を楽しくするものは『出会い』だ」

「『えきしゃずいうんさまが言ってましたね。すてきな出会いがあるって。姫たちは出会えるでしょうか?」

「孤独なばかりの物語もない。人は一人では生きられないのだから。すべての物語はどこかで交錯しているものだ。きっと出会えるよ」

「はい」


 ウメノが明るくうなずくと、別の通りの上空に、大きな剣が見えた。かすかに叫び声もする。


「剣が見えます」

「なんだろうね」

「事件でしょうか?」

「今、王都には人斬り事件と怪盗事件、疫病事件が起こってる。それらとは別のなにかかもしれないし、どこかで絡み合うささいな日常かもしれない」


 二人の横を、黄色い着物と緑色の袴をまとった少女が通り過ぎる。すれ違った少女は、頭にうさぎの耳のカチューシャをつけていた。


「たとえば、今すれ違った彼女にも、彼女の物語がある」


 ウメノが振り返り、うさぎ耳の少女を見てまた前を向く。


「だったら、それもつながってるかもしれませんね」

「うん。そして、我々もね。それまでは、自分たちの日常を楽しもう。どうせこの宇宙は、だれかが面白半分に創ったものなんだから」


 トウリとウメノは、新たな出会いを求め、王都の街に溶けて行った。

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