5 『恋崎は衣装を和に染める』

 サツキとクコとルカは、呉服屋の前に来た。

 先程サツキが決闘をした少年、うわじんろうとはアキとエミがすぐに仲良しになったが、少し話をしてから別れた。

 その後、十数分かけて歩き、アキとエミおすすめの店にやって来たのである。

 呉服屋『恋崎こいみさき』。

 恋崎こいみさきたく恋崎こいみさきたけの夫婦で営んでいる呉服屋で、二人は四十歳を超えている。

 夫のタクは職人気質で無骨、太い眉が引かれている。繊細で綺麗な手を持った人だった。

 妻のタケは線が細く神経質そうな人である。

 店内は、外観こそ大きくなかったが、意外と中は広く、品ぞろえも豊富だった。好きな色を無限にばらまいたように、四方を鮮やかな着物が飾り立て、数え切れない光彩に心が華やぐ。

 アキとエミはなれなれしい調子で挨拶する。


「どうも! アキです」

「エミです、こんにちはー!」


 タクもタケも作業中だったようだが、その手を止めてアキとエミを見る。お堅い雰囲気だったタクも、話しかけにくかったタケも、相手がアキとエミだとわかると途端に表情が柔らかくなり、笑顔で迎えてくれた。


「久しぶりじゃねえか」

「よく来てくれたわね」

「今日は友だちの服を見繕ってもらいに来たんだ」

「素敵なのをよろしくね」

「もちろん、ボクとエミのもさ」


 アキとエミに頼まれ、タクとタケはサツキたちを見た。


「こちら、タクさんとタケさんだよ。それで、三人がアタシたちのお友だちのルカちゃんとクコちゃんとサツキくん」


 エミに双方を紹介され、互いに挨拶した。

 そのあと、少し話して服を見立ててもらう。

 主に服を選ぶのは妻タケのほうで、


「これがサツキくん」


 と夫に服を渡す。

 鏡の前でそれらを受け取り、夫タクは鏡に服を持っていく。

 なんと、服が鏡の中に入ってしまった。


「ちょっと前に来てごらん」


 タクに促され、サツキは大きな鏡の前に来る。

 するとそこには、さっき鏡の中に吸収された服をまとったサツキの姿があった。

 鏡に映るサツキの姿を確認し、タクとタケは顔を見合わせうなずく。


「うん。ばっちりだ」

「いいわね。これで決定だわ」


 またタクが鏡の中に手を入れると、服が取り出された。


「今のは、魔法ですか?」


 サツキが尋ねる。

 タクが答えた。


「大したもんじゃないけどな。《試着きせかえかがみ》って魔法さ」

「鏡の中に服を入れると、その鏡に映った人は、その服をまとった姿で鏡に映し出されるのよ」

「へえ」


 タケの説明に、サツキはすっかり感心した。王都に来て早々、変わった魔法を見られておもしろいと思った。


「さあ。試着室へどうぞ」


 サツキは服を手渡され、試着室に入った。

 着替え中のサツキに、アキが呼びかけた。


「サツキくん、ちょっと」

「なんですか?」


 アキは、試着室から顔を出したサツキの帽子をひょいと手に取って、桜のエンブレムをくるっと回した。デザインとカラーリングが変わる。ハットになった。桜のエンブレムは帽子の左側についた。


「え?」

「《どうぼうざくら》の《ぼう》は、虹色に変わるんだ」

「エンブレムを回せば七つの色とデザインを選べるんだよ」

「そうだったんですか。ありがとうございます」


 また試着室に頭を引っ込めて、サツキは着替えて戻ってくる。


「ど、どうかね」


 まず、サツキは赤い着物と青い袴、羽織は黒と色のコントラストはハッキリしながら粋に決まっている。いつもの帽子はハットになり、これとも馴染んでいた。


「サツキ様、かっこいいです。それに可愛い」

「同感ね。端然としてるわよ」


 クコとルカに褒められ、サツキは帽子で目を隠して、


「それならよかった。お二人とアキさんとエミさんのおかげだ」


 と照れたように言った。

 今度は、クコの服選びである。

 さっきと同じくタケが選んだ服をタクが鏡の中へ入れ、鏡に映るクコの姿を見て、服を選び直した。


「柄はこれがいいんだが」

「ええ。色を変えたいわね」


 タケは懐からつまみのようなものを取り出した。

 金庫などの鍵をかけるのに使うつまみだろうか。目盛りが八個ほどあり、これを着物にとりつけ、印のあるポイントを別の目盛りに合わせた。

 すると、色が変わった。


「青くなりました!」

「《色調つまみバリエーションダイヤル》。色を変えることができるのよ。服以外にも雑貨でも家具でもなんでも使えるわ。その帽子にちょっと似てるわね」


 と、タケがサツキのハットを見やる。

 タクがまた鏡に着物を入れてみて、


「うん、このほうがいいな」

「こっちね。はい、どうぞ」


 タケが選んだ服を手渡され、クコも試着室で着替えてくる。


「どうでしょう?」


 クコは、着物が白で羽織が青、白銀の髪もまとめてもらっている。花のような愛らしさと清涼な美しさが混ざっている。

 はにかみながら披露するクコに、サツキは褒め返す。


「似合ってるよ」

「和服も似合うわね」


 ルカにも太鼓判を押され、クコはえへへと微笑む。


「うれしいです。ありがとうございます」


 最後はルカ。

 また先の二人と同様に、タケが選んだ服をタクの魔法で見てもらい、タケが渡した服に試着室で着替えてきた。

 紫の着物はそのままに、深い緑色の袴を合わせる。メイド風味のあったヘッドドレスとエプロンは外してあった。奥ゆかしくたおやかだった。


「私は、あまり変わり映えしないから……」


 恥ずかしいのか反応を聞かずに済まそうとするルカに、クコが手放しで言う。


「さすがルカさん、大人な魅力です。リラが憧れるのもわかります」

「リラが……?」


 思ってもない名前が出てきて、リラにそう思われていると知りルカはうれしそうだった。


「綺麗だ」

「そ、そう」


 サツキに褒め返され、ルカは顔が熱くなってしまう。


 ――自分が褒められるときは可愛く照れてくれたくせに、褒めるときは平然と言うんだから……。


 だが、こうして褒められるとたまにこういう服も悪くないと思うルカだった。

 アキとエミも着替える。

 紅白の袴姿である。

 上が赤で下が白なのがアキ、その逆がエミになっており、アキは赤い羽織もそろえてある。


 ――めでたい色味だな。


 輝かしい二人にサツキも圧倒される思いだった。


 ――それにしても、ここ王都もそうだが、晴和王国は和服が多いな。俺のいた世界は、明治政府が明治五年に礼服には洋服とするよう決めて、和服での礼装が禁止され、天皇家もそれに従うことになった。俺の生きていた時代でも洋服のほうが格上として扱われた。でも、この世界は自由に服を選べるけど、和装のほうが一般的なんだな。


 西洋主義の前の時代というだけでなく、文明のバランス的にも別世界に来た感覚である。


「ありがとうタクさんタケさん!」

「本当にありがとう! また来るね」


 そのまま店を出ようとするアキとエミを、クコが慌てて引き止める。


「待ってください! お代を払っていません!」


 しかしそれにはタクとタケが答えた。


「いいんですよ。二人には世話になったんで」

「うちの店があるのも二人のおかげですから」


 いったい過去になにがあったのか、クコも聞けなかった。


「それより、最近ではこの王都じゃあ怪盗事件が起きてるんだ。それには気をつけてくれ」


 タクの言葉にアキとエミが反応する。


「え! 怪盗だって!?」

「物語の世界みたーい!」


 子供みたいな反応の二人に、タケが優しい目を向けながらも苦笑交じりに言う。


「そんないいもんじゃないわよ。うちも昨日やられてね。着物を一枚盗まれてしまったの」

「そんなぁ……」

「どんな着物が盗まれたの……?」


 アキとエミが自分のことのように悲しそうな顔をするので、タケが笑って、


「鬼の柄の着物。でも、大丈夫よ。今朝には返ってきたから」

「よかったぁ」

「ばんざーい」


 くるっと表情が変わるアキとエミの横に来て、クコが質問する。


「返ってきたのですか?」

「怪盗なのに、おかしいわよね。でもね、予告状……というより、犯行声明があったのよ」

「犯行声明?」


 今度はサツキが首をかしげた。


「怪盗らしくはあるけどね」


 つぶやくルカに、サツキもうなずく。


「うむ。そんなものまで出して、なぜわざわざ手間をかけてまで返すんだろうか」

「それが我々にもわからないんだ。似たような怪盗事件が、この数日起こってる」

「これが犯行声明」


 と、タケが見せてくれた。

 細長いカードに文字が書かれている。


「着物は預かった 必ず返すから安心されたし 『怪』盗ライコウより」

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