6 『怪盗は怪しく犯行声明を残す』
犯行声明。
短冊にも似た形状で、
「お
とクコが食い入るように見つめる。
「星とか風変わりな絵がいくつかあるから、深刻そうな感じもしないわね」
ルカも犯行声明を眺めてつぶやくが、サツキはどうも引っかかる。
「なんか変じゃないか?」
「そうですね。長細いです」
「いや、そこじゃない」
「絵があって子供じみてるわ」
「そこでもないんだ」
クコとルカの意見を流して、サツキはとある箇所を指差す。
「ここ。なぜ、普通に怪盗と書かないんだ。『怪』盗って、怪にだけカギ括弧をつけてる。意味がありそうだ」
「サツキ様。この事件、どう思いますか?」
興味をそそられたクコは、そう問うた。
――わたしがサツキ様に出会って、まだ一週間ほどです。でも、サツキ様の不思議な冴えは何度も見ました。この世界の人間じゃないから、というだけはない、ひらめきのようなものを。
これまで、サツキは魔力を圧縮させるといったことをやってみたり、鋭い推論から行動を選ぶこともあった。
だからクコは期待したのだが、サツキは首を横に振った。
「いや、なんとも言えない。なにか不思議だと思っただけだ。この王都で、俺たちには俺たちの目的がある」
「そうね。もしなにかあれば、そのとき考えればいいわ」
後ろで、盗まれたという鬼の柄の着物を見ているアキとエミのいるほうから、主人のタクがつかつかとやって来て、妻タケの隣に膝を詰める。
「四月に入ってからは、夜には人斬り事件も起きている。そちらも気をつけてもらいたい」
「疫病事件も四月に入ってからよね。それは、どうにもできないようにも思うけど」
タケも困ったように頬を押さえる。
困惑したのは、ルカもだった。
「どうなってるのかしら、今の王都は……」
「重なるときには重なるもの。ただ気をつけてとだけ、言っておくわ」
そうタケが言って、タクが不器用そうに笑顔を作る。
「まあ、来たばかりのみなさんには、王都を楽しんでいって欲しい。人斬りは夜に帯刀しなければ遭遇しないと言うし、疫病事件はこの広い王都でまだ数人、怪盗事件は鬼に関する物が盗まれるだけだと言うしあの通り返ってくる。こんなときに言うのもなんだけど、王都はいいところだよ」
確かに活気があって、良い場所だとサツキも思う。
サツキたちは改めてまたお礼を述べて呉服屋『
五人は衣装を着替えることができた。
呉服屋を出て、アキとエミはひらりと手を振った。
「じゃあボクたち行くね!」
「たくさん写真撮らないといけないの! 桜が綺麗だからね! ルカちゃん、クコちゃん、サツキくん、また会おうね!」
「お世話になりました。袴までいただいてしまって、ありがとうございます」
クコがお礼を述べ、サツキとルカも「ありがとうございました」と続ける。
「いいんだよ。ボクもエミも、三人のこと応援してるんだから!」
「そうだよ。これから三人にいいことがあるよう、小槌を振っておくね。はい、《
と、エミが三回小槌を振った。
小槌を振った相手にはいいことが起きる魔法。どんないいことが起きるのかはそのときまでわからない。一回につき一人に効果があり、一日に三回まで振ることができる。だから、もう今日の分は振り切ってしまった。
「いいことあるよ!」
アキが確信したように言って、
「そしてこれはおまじない。《ブイサイン》」
「《ピースサイン》」
二人はそれぞれ勝利祈願と安全祈願をしてくれた。
「じゃあね!」
「ごきげんよーう!」
風が吹くように、アキとエミは爽やかに駆け去った。桜の花びらが舞い上がり、春風が残るのみである。
その様子を見つめて、サツキは言った。
「また元気もらったな」
「はい。この衣装もです」
「そうね」
クコとルカがそう言って、またクコが提案した。
「では、お昼ごはんにしませんか? わたし、おにぎりだけだったのでお腹が空いてしまいました」
どこで食事にするか。
迷いながら、三人は王都の町を歩く。
「屋台にもいろいろとあるな」
「世界中の料理もあるけど、晴和人が好きな味付けにされていることが多いわね。晴和人はおいしい物が大好きだから」
とルカが教えてくれた。
その中の屋台の一つでは、サツキもよく知る牛丼や豚丼があった。
「手軽な丼物もあるのか」
「おいしそうな香りです」
クコもそちらに目を移す。
だが、なにかもめているようだった。
大柄で野蛮そうな客が二人。片方は頬骨が高く、つり上がった目つきの青年で、もう一方は角張った顔で顎の割れた青年である。
「お代が払えないって?」
店主に鋭く問われ、二人の客は横柄に答える。
「ねえって言ってんだろうが」
「それとも、この店ぶっ壊してやろうか?」
「この店の悪評を広めてやってもいいんだぜ?」
「なんだあ? この張り紙はよ。命と引き換えって。そんな腕も度胸もねえくせによ! へひっ」
だが、店主はひるむことなく、仏頂面のままコップに水を入れて、それを客の二人に浴びせた。淡々と語りかける。
「ならこっちも黙っちゃいられねえな。払えない場合、お代は命と引き換えだと書いてある。約束は守ってもらうぜ」
「なにしやがんだ!」
「てめえ!」
だが、悪罵を続けようとした青年二人は、その口をうまく動かせなくなってしまった。
サツキが何事かと見ていると、青年二人は徐々に姿を変えていった。
片方は丸々と肥えた豚になっていき、もう片方は豊満な肉づきの牛になってゆく。
サイズは人間と同じくらいで、元の人間のときとほとんど変わりない。
「人が、豚と……牛に……」
驚愕するサツキに、ルカが冷たい声で告げる。
「魔法よ。お代が払えないから豚になった。約束が守れないから牛になった。それだけのこと。彼らが食糧になり、材料として次の料理になる。そういう店だってあるわ」
祭りのように明るく賑々しい昼の王都。
その中でも、魔法に彩られた不気味さはあった。
しかも、客はだれもそんな二人を気にしない。まるで家畜の処理をするように、店員が奥から出てきて豚と牛を淡々と奥へと引き連れていった。
そんな光景が、サツキには衝撃でもあり、急に薄気味悪い夕方にでもなったかのような肌寒さを感じた。
客が店主に言う。
「テツさん。あんたンところは材料に困らなくていいね」
「ここには外から来たルールも礼儀も知らないやつもいるからな」
「ほんと、『
「へっ。丼の味で知られておきたいもんだぜ」
冗談を言うようにせせら笑うテツキに、客もおかしそうに笑い返す。
「もちろん、おれら地元のもんは知ってるさ。安い、早い、ついでにうまいってな」
「ついでかよ、へっ」
それきり、サツキたちはその場から離れて再び歩き出した。
クコがサツキに優しく言う。
「大丈夫ですよ。真面目で誠実な人には優しい町です。わたしはナズナさんに会いに何度も来ているから知ってます」
「そうだよな」
ルカもうなずき、
「そうよ。忘れなさい。ねえ、二人共。食事の前だけど、もう役所が見えてきたわ。晴和王国全体の資料を管理する場所よ。まずは、お父さんの研究論文を提出してもいいかしら?」
「うむ。もちろんだ。そうしよう」
サツキは同意し、役所に足を向けた。
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