7 『青葉莉良は次元を超えて王都に来る』

 シャルーヌ王国、首都リパルテ。

 この芸術の都で、『画工の乙姫イラストレーターあおは二人の人物に出会った。

 アルブレア王国を旅立った翌日、四月七日のことである。

 ヴァレンとルーチェという二人組で、白いスーツに身を包んだ長身長髪の美しい青年がヴァレン、金髪のロングツインテールでクコと同じくらいの身長のメイドがルーチェ。

 ルーチェが魔法で晴和王国まで送ってくれるというのである。

 ワープのような魔法を持っているらしい。



 リパルテでは、ヴァレンはただの一般人の家を数軒巡って話を聞き、夜になって最後に訪れた家に泊めてもらった。

 それらの家で聞いていた話はどれも統一感がなく、ありとあらゆる種類の情報が伝達されているようでもあった。

 ルーチェは手帳にメモを取りながら話を聞いていたし、この二人の職種がなんなのか、見当がつかない。

 夜の間も、ルーチェとはたくさん話をして仲良くもなったけど、お互いに核心に迫ることはしゃべらなかった。



 翌、四月八日。

 この日も朝から二軒ほど一般人にしか思えない民家に立ち寄り、話を聞いた。

 家から出る。

 そしてやっと、ヴァレンが言った。


「おまたせ。用事は済んだわ」

「お付き合いいただきすみません」

「いいえ」


 リラとしては晴和王国に送ってもらえるなんて願ってもないことでありがたいばかりなので、ぶんぶんと首を横に振った。


「さあ。晴和王国に行くわよ」

「リラ様。場所は王都、あまみやでよろしかったですね?」

「はい」

「では、リラ様。ワタクシから離れないでくださいませ」

「はい」


 ルーチェは、ヴァレンとリラを左右それぞれの手で触れる。腕の辺りを衣服の上から触れただけで、肌に直接でなくても構わないらしい。


「《出没自在ワールドトリップ》、あまみや


 リラは目を開けていた。

 景色がどう移り変わるのか、好奇心が勝ったのである。


「っ!」


 一瞬、フラッシュが焚かれたように視界が真っ白になり、思わず目を閉じてまばたきをしてしまう。

 次に目を開けたときには、景色はもう晴和王国独特のものになっていた。

 王都、別名をあまみや

 ここにはリラも来たことがあるから見覚えがある。

 どうやら、場所は王都の中でも、真ん中のほうだった。駅もそう遠くない場所である。


「到着しました。あら? リラ様?」

「すみません、少しめまいが……」


 よろめくリラを、ルーチェが抱き止める。


「これはこれは、お伝えせず申し訳ありませんでした。目を開けていると次元酔いしてしまうので、目を閉じておくのがよかったのですが」

「慣れれば大丈夫なんだけどね。すぐに治るわ」


 ヴァレンも言った通り、一分もしないで治った。


 ――酔いも治ると、王都のなつかしさに胸がいっぱいになる。お姉様とナズナちゃんと過ごした、なつかしくて優しい匂い。もう一つの、ふるさとの匂い。


 身体全部で呼吸して、街を見回す。


 ――あっちを見てもこっちを見ても晴和王国の人、和服の人。王都のお店、王都の景色。本当に、一瞬でここまで来てしまったのね。夢みたい。


 リラの表情が戻ってくると、ルーチェは視点を遠くにやるように街を眺め、


「王都は、広い街ですから。細かい指定ができず申し訳ないのですが、ここから探すことになってしまいます」

「いいえ。こんなに早くここまで来られただけでも充分過ぎるくらいです。到着するポイントは、どう決まっているのですか?」


 リラの疑問にもルーチェは自身の魔法についてすらすら答える。


「ランダムになります。指定した町や村などの単位の中であれば、どこに降り立つのかわかりません。到着してみてのお楽しみですね」


 ヴァレンがマントをはためかせて歩き出す。


「とにかく街を歩きましょう」

「はい。歩きながらお話ししましょうね」


 ルーチェにも微笑みを向けられ、リラはうなずき王都へ足を踏み入れた。


「は、はい」




 この都は、リラに懐かしさを感じさせてくれる。

 クコとナズナと三人で歩いた場所もあり、もう一つの故郷だった。その感覚は姉妹とも同じで、クコもここにいると思えばこそ、リラは懐かしい姉と街に想いが昂ぶっていた。

 胸を弾ませながら歩くリラに、ルーチェが周囲の視線を気にしたように言った。


「リラ様。ワタクシはメイドですからこの恰好で目立つことは気にしておりません。しかしリラ様は目立ちたくないでしょう。お着替えなされてはいかがです?」

「そうですね。晴和王国では、逆にメイド服のほうが目立ってしまいます。でも、衣装は旅立つときのものしか……」


 言いかけたところで、ヴァレンが片目を閉じてウインクする。


「アタシの知ってる呉服屋が近いわ。そこで着替えなさい」


 ヴァレンに連れて来られた呉服屋は、『恋崎こいみさき』という名の店だった。

 店主は無骨そうな人だが、ヴァレンとは旧知のように話していた。


「へえ。ヴァレンさんのお知り合いか」

「そうなのよ。だからタクさん、この子に似合いそうなものをお願いね」

「わかった」


 タクと呼ばれた店主は、妻のタケといっしょにリラに着物と袴を選び、鏡の中にそれらを入れる。吸い込まれた衣服だが、


「鏡に前に立ってみてくれるかい」


 言われ、リラは鏡の前に立つ。映っているのは、先程吸い込まれた衣服をまとったリラだった。


「まあ! こんなことが」

「ただの魔法だ。《試着きせかえかがみ》と言って、鏡の中に入れた服を着た姿を、その鏡に映し出す」


 鏡から服を引っ張り出して、今度はタケが目盛盤を取りつけた。つまみのようなもので、それを回すと、着物の色が変わる。


「色が変わりました!」


 驚くリラに、タケが教えてくれた。


「《色調つまみバリエーションダイヤル》。色を変えることができるのよ」

「どれ。もう一回」


 再びタクが鏡に着物を入れて、リラと照らし合わせる。


「これならいいわね」


 タケのオッケーが出て、タクが衣服を取り出して渡してくれた。


「さあ、着替えてらっしゃい」

「はい!」


 試着室で着替えてきたリラを見て、ルーチェが両手を合わせて目をキラキラさせる。


「あら! リラ様ステキですっ!」

「綺麗な黒髪が一層映えるわね」


 リラはうれし恥ずかしといった感じで、


「褒めてくださってありがとうございます。でも、おいくらになるのでしょう……」


 不安そうにタクに尋ねた。

 しかしタクは職人らしい堅い顔で、


「お代はいらねえよ。ヴァレンさんの知り合いとあっちゃあな」

「普段からお世話になってるし、アタシから出させてちょうだい」


 と話して、結局、払うと言って我を通したヴァレンがお金を出し、タクは代金を受け取った。

 リラは申し訳ないような顔をしていたが、ルーチェが笑顔でささやく。


「大人は見栄を張りたがります。ここは素直にいただいちゃってください」

「……は、はい」


 店を出て、リラはヴァレンにお礼を述べた。だが、ヴァレンはまるで気にした様子もなく、


「あなたの魔法で描いてもよかったんでしょうけど、これは一日付き合わせてしまった分の埋め合わせだと思ってちょうだい」

「そんな。送っていただけただけで、恩返しできないほどの恩をいただいてます」

「あら。随分と謙虚なのね。アタシはそういう子、好きだけど」

「ワタクシもです。リラ様のこと、すっかり大好きになりました」


 照れくさいことも平気で言える二人に、リラは反応に困ることも多い。リラは返す言葉をうまく探せず、もじもじしてしまう。

 歩きながらヴァレンが聞いた。


「リラちゃん。目的地までの道はわかる?」

「見覚えのある場所がいくつか見えましたので、あとはわかります」

「そう。それはよかったわ」

「わたくしは日が暮れるまであちらへ向かって歩き、目的地には翌日の到着になります」

「なるほど」

「道が違っていれば、ここで別れたほうがよいかもしれません。ヴァレンさんとルーチェさんはどうされますか?」


 リラが尋ねると、ルーチェがヴァレンを見上げる。


「そうね。アタシたちも行く場所があるし、お別れね」

「わかりました。もし今から少しでもお時間があれば、いっしょにお食事はいかがでしょう? お礼もかねて、ご馳走させてください」


 まだお昼過ぎだから、昼食にはちょうどよかった。

 ヴァレンは快くうなずいてくれた。


「そうしましょう。こんな健気な子に奢ってもらうなんて心苦しいけど、せっかく出会えたんだものね。食事もいいわね」

「わーい」


 と、ルーチェが喜ぶ。


「ありがとうございます!」


 リラがお礼を述べ、三人で近くの寿司屋に入った。

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