115 『パノラマシルエット』
サツキは右腕が斬られた。
たったの二センチほどの深さの傷で済んだ。
切り返しの一刀、それをサツキは鋭く放つ。
しかしこれもマサオッチを正確に捉えきれず。
マサオッチの剣撃が続く。
サツキは失われた距離感の中、下がることでよけた。
数度よけて、マサオッチもサツキの方向を見たまま後退する。
「割と、粘るじゃんかよ。大抵のヤツならすぐに崩れちまうところを、我慢強く耐えて反撃までしようとして」
「……」
ふむ、と。
後ろで見ていたジェラルドはサツキを見据えた。
――報告にある通り、我慢強さは
あるいはフレドリックやジェンナーロまで相手にできるなにかがあるかもしれず。
けれどもそれは、強敵と戦ってみたいという期待であって、ジェラルドの本当の評価ではなかったのかもしれない。
アシュリーが無事に近くにいた人たちを避難させた頃には。
サツキはピンチからの起死回生の策を考えていた。
「なんだ、こんなもんか? 噂じゃあ、あのスコットとカーメロにも勝ったらしいが。この程度だったのか!?」
「これなら……」
またマサオッチが攻勢に出ようとしたところで、サツキは回り込むように走り出した。
相変わらず、消失点が失われた方向を見れば頭がくらくらする。
しかし走って移動し、相手との向きを変えれば。
それはないものとなる。
「惜しい」
「……っ!」
バン、と銃声が鳴る。
銃弾が飛んだ。
発砲地点は、消失点が失われたポイントの手前。
すなわち、ジェンナーロの手の中だった。
つい、サツキはそちらに視線を切ってしまう。
遠近感の消失で正確な把握もできず、頭がくらっとしたが。
――まずい! が、よけられなくはない……!
失われたのは、遠近感のみ。
ただ遠近感がないだけ。
ならば。
左右軸は把握可能。
座標を正確に突き止めずとも、銃弾の通るラインに入らなければいい。
一瞬のめまいが邪魔するだけなのだから、サツキほどの目があってよけられないわけがなかった。
――しかし余計な敵がいるっていうのはやりにくい。マサオッチさんだけでも厳しいのに、化学兵器が視覚を突く。だが、もうやり方を見つけた。
サツキは緋色に輝く瞳に、もう一つの効果を付け足した。
《
これによって、360度すべての景色を見えるようにした。
本来、目の位置関係から、人間は前方しか見られない。
しかし、《透過フィルター》を使えば頭の後ろまで透かして見ることができる。
はっきりと視野として把握できるのは注意を向けた120度くらいの範囲であり、残りは視界の端で見るようなものだが。
――あとは、この目を閉じても大丈夫。遠近感との戦いをするのではなく、魔力だけを見れば。《
さらに魔力の可視化を通して、敵の位置も動きも把握した。
サツキの目は、魔力だけをシルエットにして見ることができる。
そこで、頭の中で景観を立体的にイメージし、そこに魔力のシルエットをのせる。
そうしたら、消失点が消えたことによるめまいがなくなった。
魔力は人間の身体を流れるから、シルエットは人間の形を成す。
――魔力のシルエットの大きさで位置の感覚的演算がされ、そこには消失点などがないんだ。目で見た景色に存在する消失点、それが元からないなら俺に適用される魔法ではないってことになる。
銃弾だけは厄介だが、銃弾そのものに魔力がなくシルエットすら浮かび上がらずとも、狙撃手の手でなにがされるか理解できる。向きもわかる。タイミングもわかる。よけられないことはない。
以前よりも《緋色ノ魔眼》の精度が上昇したおかげだろう。
また。
剣などの武器には魔力が含まれないのが一般的だが。
幸い、フレドリックとジェンナーロの剣には魔力反応がある。
剣までまるっと把握できる。
あとは、マサオッチの剣の大きさを計算して、彼の手の位置から相対的に剣のシルエットを割り出せれば仕舞いだ。
「ついに目を閉じたな! それで勝てると思ってんのかよ!」
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