11 『観-環-艦 ~ Best Wishes ~』

 晴和王国。

 武賀むがくに、港町・うらはまに到着した測量艦の三姉妹は、自国の領土になったばかりの地に降り立った。


「ここもアタシたち武賀ノ国の領土だから、今後はここから乗り降りできるのよね。ほんと便利だわ!」

「だね~」


 長女サホと次女ミホの後ろで、いつもの元気がない三女リホがつぶやく。


「結局あの子の船はわからなかったなあ……」

「なにクヨクヨしてんのよ! 大丈夫よ、きっと」


 長女に頭をくしゃっとされて、リホはうなずく。


「だよね」


 サホがバッグから小瓶を取り出して、それを船に向けた。


「そして、測量艦の蒸気船『アルミザン』はこの《瓶詰ノ船着場ポートボトルシップ》へっと」


 船は、小瓶に吸い込まれてしまった。小瓶の中にはボトルシップのように蒸気船が収まっている。さらに、サホが小瓶をくるりと回しても、蒸気船は内側にぶつかることなく浮いている。


「これも便利よね。この小瓶が港になって、場所取らないんだもん。ヒサシさんもよくこんな魔法道具見つけてくるもんだわ」

「それもこの浦浜で見つけたって話だったよねえ。サラもありがとう」


 ミホは肩に乗せたトカゲのサラを指先で撫でてやる。それを見ながら、リホが言った。


「うちら鷹不二水軍の蒸気船が燃料もなしに走れるのも、ミホ姉が飼ってる魔獣のおかげだもんね」

「魔獣じゃなくて、ふき蜥蜴とかげだよぉ」


 訂正するミホだが、サホは陽気に笑っている。


「やっはっは。火吹蜥蜴も魔獣の一種よ。皮膚が黄色いトカゲ。しかも、火を吹き出す。発見例も少ないから精霊だって言う人もいるみたいだけど、どっちでもいいわ」


 この火吹蜥蜴が海水を蒸気に変換してエネルギーとすることで、蒸気船が機能するのである。チャティワワよりも小さく、扱える火のエネルギー量も大きいのだが、希少さゆえに一般的な船で見かけることはない。

 鷹不二水軍の蒸気船は、各船艦に火吹蜥蜴が一匹ずつ乗っているのである。


「じゃあ、ちょっとここにいてね。サラ」


 火吹蜥蜴のサラを帽子の上に乗せて、ミホは姉と妹がしゃべるのを聞く。


「ま、おじいさまが作った船がすごいからこそ、鷹不二水軍は海事ができるんだけどね」

「ここからなら川蔵も近いし、おじいちゃんの家に寄ってこうよ。ね? サホ姉、ミホ姉」

「たまにはいいかもね。せっかく『東郷造船所』の人たちにお土産も買っておいたわけだしさ」


 サホとリホがしゃべっていると。

 三姉妹の前に、一台の馬車が停まった。

 中から少女が降りてくる。

 リホよりも年下の少女は、梅の髪飾りをつけたおかっぱ頭で、三人に手を振った。


「みなさまー。おかえりなさーい」

「やあ」


 いっしょに降りてきた青年を見て、三人がお辞儀した。

ほほみのさいしょうたかとうと『てんしんらんまんひいさまとみさとうめ。トウリは『たかのナンバー2』で国主の双子の弟、ウメノはさんえつくにからやってきた少女である。


「お迎えですか? ありがとうございまーす!」

「トウリ様、ただいま帰りました」

「ウメノちゃんもお迎えありがとう」


 三姉妹が長女から順番に言って、馬車に駆け寄る。


「まさかトウリ様が迎えに来てくれるなんて。アタシたち出世しました?」


 お調子者らしいことを言うサホを無視して、トウリは三人に微笑みかけた。


「このたびはお疲れさまでした。どうでしたか? アルブレア王国の踏査は」

「いやあ、大変でしたよ。この『せんがんとうごう彩帆さほがいてこそ……」


 頭をかくサホの前にスッと入り、ミホが報告する。


「資料はこちらです。トウリ様がおっしゃるように、アルブレア王国は変化の前の静かさでした。地理的には国防の影響は変わらずといった感じです」


 いつもの『ねむひめ』らしいのんびりした性格とは変わって、しっかり者の顔になる。

 トウリは資料を受け取り、うなずいた。


「なるほどね。ありがとう」

「はい」

「あの……トウリ様」


 と、リホが気になっていたことを言う。


「ここに来るまでの船で、リホは同い年くらいの女の子を見かけました。その子が乗っている船とすれ違ったんです」

「うん」

「それで、その子の船が嵐に巻き込まれたみたいで……」

「不安だと」

「はい」


 なにを思ったか、トウリは懐から手紙を取り出した。


「ここに、手紙がある。今日届いたものだ」

「手紙? どちら様からでしょうか」

「私の旧友さ。キミヨシくんといってね、彼が言うには、数日前に乗った船が嵐に巻き込まれたらしい。だが、れいくににたどり着いたそうだ」

「それって、あの船ですよね?」


 だろうね、とトウリは答えて、


「同行することになった少女もいてね。おそらく、リホくんが見たのはその子だ。だから大丈夫。キミヨシくんがついてるからね」

「よかったぁ! でも、トウリ様はその方を随分と信頼してるんですね」


 リホが不思議に思うほど、トウリには自信があるようだった。


「いずれ、大物になれる人だろうからね。彼は」


 それに、と続ける。


「我々の天下統一という事業を盛り立ててくれるはずさ」


 もう一つ、トウリには思い当たることがある。


 ――キミヨシくんが書いているリラという子は、あのリラさんに間違いない。彼といっしょならリラさんも心配ない。手紙にも、鷹不二水軍らしき蒸気船とすれ違ったとキミヨシくんは書いてるし、リホくんが気になった子はリラさんだと断定していい。


 キミヨシが蒸気船とすれ違った際、トオルにもったいぶった言い回しをしていたが、それはキミヨシが「蒸気船を使えるのは、鷹不二水軍くらいのものだなも」と思っていたからにほかならない。


 ――時期を見て芝居がかった演出で兄者の前に現れ、効果的に取り立ててもらうためのコネクションとして、キミヨシくんはわざわざおれとの通信系統を保とうとしてる。抜け目のないことだね、本当に。


 くすっとトウリは微笑む。

 リホがからっと明るい笑みを浮かべると、お腹を押さえて、


「なんだか安心したらお腹が減っちゃいました」


 とはにかんだ。


「少し早いけど、夕飯を食べて行こう」


 トウリがそう言って、五人は近くの料理店に入った。




 あまり大きくない中華料理店である。


「いらっしゃいませアルー」

「こちらアルよー」


 チャイナドレスのお姉さん二人が席に案内してくれる。

 注文を済ませ、トウリは料理が作られて運ばれてくる間、先程受け取った資料を確認する。


「トウリ様。どうでしょうか」


 ミホが聞くと、トウリはにこやかに答えた。


「よく調べてくれたね」

「はい」


 うれしそうにミホが返事をする横から、サホがどや顔で、


「まあ、アタシの魔法があってのことですよ。ええ。なんたって『せんがん』」


 と言っている。


「サホ姉、邪魔はやめときなよ」


 ぼそりリホがつっこみ、それから質問する。


「でも、どうしてアルブレア王国についてそんなに調べるんですか?」

「兄……殿が目をつけてるんだ。今後のアルブレア王国にね」


 トウリからの詳しい説明はなかったが、リホはあのオウシという人物の顔を思い浮かべると、やはりなにを考えているかわからないので、自分が気にしても意味がないと結論づけた。

 すると、チャイナドレスの店員のお姉さんが水を入れたピッチャーを取り替えながら言った。


「お客さん。アタシ、昔アルブレア王国にいたアルよ」

「そうなんですか?」


 と、ウメノが興味津々に聞くと、


「ここだけの話、アルブレア王国の王女は城を抜け出し旅に出ているアル。第一王女はずっと以前に、第二王女も最近のコトよ。しかも強い仲間がいるアルね」

「それはすごい」

「び、びっくりです!」


 おっとりと笑うトウリと目をまんまるにして驚くウメノであった。


「ちょっとヤバイんですけど」

「それって、言ったらまずいんじゃないのぉ?」

「すごいこと聞いちゃった」


 東郷三姉妹もひそひそと話す。

 その様子を見て店員は満足そうに下がって、もう一人のチャイナドレスの店員とおしゃべりする。


「ワタシたち、アルブレア王国には帰れないから関係ないアル」

「あのあと目が覚めたら魔法も使えなくなってたし、騎士なんてもう無理のコトよ」

「でもこの仕事は性に合ってて楽しいから、かえってよかったアル」

「そういうことネ。でも、ペットのシェイシェイには会いたいアルけど」


 そんな会話はトウリたちの元までは届かない。

 料理の皿を持って、その店員はさっきの席に運ぶ。


「お待ちどおアル。これで注文は以上……え、そのぬいぐるみ!」


 リホは目を丸くして聞き返す。


「この子ですか? 海の上で拾ったんです」

「その子、アタシのペットのシェイシェイに違いないアル」

「そうですか。持ち主が見つかってよかったぁ。どうぞ」

「ありがとうアル! 感謝しますアル! おかえりシェイシェイ!」


 うれしそうに奥に下がった店員を見て、リホも笑顔になる。


 ――拾っておいてよかった。


 ぬいぐるみをペットと呼んでいることは不思議だったが、それだけ可愛がっていたのだろう。

 店員は裏に来て、もう一人のチャイナドレスの店員と喜び合っていた。


「でも、もうバトルはこりごりアル」

「もちろんのコトよ。この子と離ればなれになるのはもう嫌アルからね。おかえり、シェイシェイ」




 食後、五人は外に出て馬車に乗る。

 トウリは言った。


「では、鹿じょうに戻ろうか」


 リホが手を挙げる。


「あの。トウリ様」

「なにかな?」

「おじいちゃんたちにもお土産を買ってきたので、かわぐらの実家に寄ってもいいですか?」

「もちろん。タダヨシさんも喜ぶよ」

「はい! ありがとうございます!」

「では行きましょう!」


 ウメノが元気に言って、馬車は走り出す。

 馬車から外を眺め、トウリは考える。


 ――兄者の狙いは、ずっと先にある。おれにはその読みにさらなる先があるのか検討もつかない。けれど、リラさんやキミヨシくんたちをも巻き込み、すべてがつながる時が来るとも思ってるんだ。


 それまでは、と思うのは、


 ――リラさんからの手紙、そしてキミヨシくんからの手紙で見せてもらうとしよう。キミたちの西さいゆうたんを。観測者として、ね。

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