12 『鍬-精-加 ~ The Water Soldier ~』

 所はれいくに

 西の都・せいあんを目指す道中にある一行。リラとキミヨシとトオル、そしてせんしょうほうという四人で旅をしていた。

 きんせい出発から四日ほど歩いた四月二十二日。

 四人は小さな村を見つけた。

 村の端には、桃園があった。

たいよう』キミヨシは一メートルある柵を軽々と飛び越え、桃の木に走ってゆく。


「こら、やめろ」

「そうですよ。人様の物を盗ってはなりません。慎みなさい」


おんぞう』トオルと『くん』仙晶法師に注意されるが、キミヨシは顔だけちらと振り返らせ、


「腹が減っては戦はできぬだなも! まず食べて、あとで訳を話せばいいだなも」


 木に登ろうともう一歩踏み込んだところで、キミヨシの姿が消えた。

 落とし穴である。


「うきゃー! なにするだなもー!」


 まずまず深い穴らしく、中でキミヨシは騒いでいる。


「言わんこっちゃねえ」

「やれやれ。あの子にはちゃんとした教育が必要みたいですね」


 呆れる二人に、リラが声をかける。


「あの。あちらにだれかがいらっしゃいます……」


 リラは、桃園に人がいるのを見つけた。

 小太りの青年である。年は二十代前半。頭巾をかぶり、つぶらな金色の瞳を持ち、背は一七二センチほど。低い鼻が上を向いており、親しみやすく憎めない顔をしている。鍬を片手に問いかけてきた。


「おいらのうちになんの用だっちゃ?」

「あ! ここから出すだなもー!」


 穴の中で叫ぶキミヨシを無視して、仙晶法師が一礼した。


「申し訳ございません。私の旅の仲間が勝手に桃園に入って桃を食べようとしたところ、落とし穴に落ちた次第です。深くお詫びします」

「そうか、じゃあいいっちゃ。連れて帰ってくれっちゃ」

「はい」


 仙晶法師の丁寧な謝罪に満足したのか、青年はくるりときびすを返す。

 トオルが縄を垂らしてキミヨシを引っ張り上げる。

 するとキミヨシは青年を呼び止めた。


「ちょっと待つだなも! このまま帰るわけにはいかないだなも!」

「だっちゃ?」


 面倒くさそうに青年が振り返る。


「ケンカはおやめなさい」


 と、仙晶法師に叱られるが、キミヨシはそんな声など聞かずにずんずんと進み出て、


「ごめんなさいだなも!」


 綺麗なお辞儀で謝罪した。

 青年はにっこり答える。


「うん、いいだっちゃ」

「ありがとうだなも」


 ただ謝りたかっただけのキミヨシに、仙晶法師とトオルとリラはホッとした。

 だが、キミヨシは許されると急に馴れ馴れしくしゃべり出す。


「やあやあやあ! 我が輩はキミヨシだなも」

「その顔と名前、やっぱり晴和人だっちゃか」


 キミヨシはするりと青年の隣に入り、にこにこと言葉を紡ぐ。


「我らは仙晶法師さまの弟子で――ああ、仙晶法師さまはあそこにおわす徳高き法師さまだなも。それで、かのお人は世界を平和にしようと旅をしている『君子』だなも」

「へえ。偉いんだっちゃね」

「そりゃあもう偉いもなにも、さつさまのお告げを聞きたまい旅をするお方。菩薩さまと『君子』仙晶さまの運命の調べによって我が輩たち三人は晴和王国から海を渡りやってきた! 仙晶さまの目的は経典にあり! なんでも有り難い経典がれんじくにあり、それを使えば世界中が平和になる。悪い人間は素行を改め病気の人間はたちまちにして薬を飲む手も忘れ回復し――」

「それ、本当だっちゃ?」


 肩をがしっとつかまれ、キミヨシはぶんぶんと前後に身体を振られた。

 そんな状態でもキミヨシはにへらと不気味なほどに笑顔で、大声をもって答える。


「我らが『君子』仙晶法師さまが嘘を申されたことなど一度もないだなもから、当然これは本当になるというわけで」

「だ、だったらちょっと聞いてほしい話があるんだっちゃ!」


 キミヨシは青年の肩に腕を回してとんとんと胸を優しく叩く。


「そういったご相談は我が輩ではなく仙晶法師さまに直接なさるがよいだなも」

「そっか」


 振り返って行こうとする青年を、しかしキミヨシは肩に回した腕でがっちりと抱き止めたまま振り返りもさせずニヤニヤとしゃべる。


「その偉い法師さまの仙晶さまのことなんだなもがね」


 身動き取れないため身体をまた反転させてキミヨシに向き合う青年。


「なんだっていうんだっちゃ?」

「いやいや、そんな難しいお話をしようというのではないだなも。実は仙晶さま、旅の精進とのことで、ろくに食べずに歩き詰め。我が輩は至らぬ若輩ゆえ桃を見ればたちまち飛びつくが、仙晶さまはあの通りずっと食べてないだなも」


 あの通りと言われたので「あの通りっちゃ?」と青年が振り返ろうとするが、キミヨシはやはり振り返ることもさせずに両手で彼の顔を押さえて自分に向けさせる。


「そうあの通り。げっそりとやつれ、旅どころではない。これもご慈悲と思い我が輩たちに桃を分けてくださるまいかといった相談だなも。さすれば仙晶さまも疲れた心が癒え頭脳も冴え渡り、旦那さまのお話にもご賢察なさり最適解を示してくださるわけで」


 と、キミヨシは青年の肥えたお腹をまったりと撫で回した。


「わ、わかっただっちゃ。まずは食事を用意するだっちゃ。桃を渡すだけでも悪いし、ちゃんとした食事を振る舞わせてほしいだっちゃ」

「よく申された旦那さま! 偉大なる仙晶さまへの施しはきっと旦那さまを――イテてて」


 仙晶法師がキミヨシの耳を引っ張った。


「勝手なことを申すものではありません。あなたは口から生まれたような子ですね」

「そうなんだ。こいつのおしゃべりはたぶん晴和一……いや、世界一だと思うぜ」


 ため息をつきつき、トオルが言った。


「我が輩は『太陽ノ子』だなもよぉ。それにしても、耳だけじゃなく頭まで痛いだなも」

「これは戒めるときに、頭痛を伴わせることができるからです」

「そんなー」


 仙晶法師の手がキミヨシから離れると、頭痛も治まった。

 リラは心配して「大丈夫ですか?」とキミヨシをいたわる。


「リラちゃんは優しいだなもね! 大丈夫大丈夫、この程度で我が輩の……」


 ちらっと仙晶法師の顔を見上げ、キミヨシは耳を押さえて痛がった。


「痛い痛い。いやあ、仙晶さまのお言葉がこの耳を伝わり、身体の芯まで染み渡るようだなも――」

「おしゃべりはもうよろしい。それで、あなたにはなにか悩みがあるそうですね」


 と、仙晶法師が青年に聞いた。


「は、はい。おいらは、あ、そうだ、まずは名前だっちゃ。おいらの名前はとんぱいぱいだっちゃ。相談っていうのは、おいらの妻が病気になってしまったことだっちゃ」

「ご病気に……」


 豚白白は言う。


「おいらは惚れっぽくて女癖が悪いとか言われてきたけど、今度はちゃんと婿になって仕事に励んでいたんだっちゃ」

「ほうほう」


 と、キミヨシが身を乗り出す。


「でも、村に妖怪がやってきて、追い払うには追い払ったけど、妻に魔法か魔術か妖術か、なにかを仕掛けていったんだっちゃ」

「それはひどい妖怪もいたもんだなもね。相手に心当たりはあるだなも?」

「いや。たいしたことはない妖怪だったんだっちゃ。でも、やっつけても妻の病気は治らなかったんだっちゃ」

「どのようなご病気ですか?」


 リラが尋ねると、豚白白は言った。


「歩けなくなる病気だっちゃ」

「治す魔法が、経典にあるやもしれませんね。私が求める経典には、実は様々な魔法に関することが記されています。それによって病気を治すことができるかもしれません」


 仙晶法師にすがりつくように豚白白は膝を折った。


「本当だっちゃ!?」

「確証はありませんがね」

「よかったよかった。これにて一件落着、まずは食事にしようだなも」


 家のほうへと歩いて行こうとするキミヨシのえり首を、トオルがつかんだ。


「で、仙晶法師さん。どうします?」

「そうですね。一応、豚白白さんの奥さんの足の具合を見ておきましょう」


 ということで、家に入って家族を紹介された。

 豚白白の妻は、たおえいという。年は豚白白と同じ二十三歳で、細身で線の細い点は豚白白とは真逆であった。

 豚白白は婿入りした形になるため、桃英の両親も同居している。父がたおしょう、母がさいりん。四十代も半ばで、特徴的なひげをしている桃紹、低い鼻をした蔡琳、正直あまり桃英には似ていない。


「妻の桃英だっちゃ。それで、こちらが父の桃紹と母の蔡琳だっちゃ」


 リラたちも挨拶して、仙晶法師はさっそく桃英の足を見た。しかし、治すすべはわからない。


「やはり魔法のようですね。しかし、今の私たちにはどうすることも……」

「そうですか……」


 と、桃英はつぶやく。


「お力になれず申し訳ありません」

「いいえ」


 足を見終えると、食事の準備ができた。蒸し料理が得意な蔡琳が、桃まんを作ってくれた。

 食事の席で、豚白白の義父に当たる桃紹が言った。


「彼は強引にうちに婿入りしてきてね。大変な大飯喰らいだが、仕事にも励んでくれている」

「強引と言われると恥ずかしいだっちゃ」


 豚白白はポリポリと頭をかく。


「彼はちゃんと働くよ。食には特にくわしい。だから、あなた方を見込んで頼みがある。彼を連れて行ってやってくれないか。いや、別に、大飯喰らいだから家の食糧がなくなって困るとか、そういう理由で押しつけるわけじゃない。娘の呪いを解いて足を治して欲しいんだ。我ら夫婦と彼の望み」

「え、おいらが……」


 義父の桃紹に続いて、義母の蔡琳も言う。


「お願いします。彼は娘のためならなんでもすると言って強引に婿入りしたほど、娘に惚れています。放っておけないと言って、勝手にでもついて行くでしょう」

「え、おいらは……」


 仙晶法師は真剣な顔でうなずいた。


「わかりました。彼にもついてきてもらいましょう」

「え、おいらも……」


 困惑する豚白白。

 妻の桃英だけは、


「この人がいなくなると、さみしい……」


 と漏らすが、娘の気持ちを真摯に受け止めて、両親はいかにも苦しそうになぐさめた。


「そうか。さみしいけど、我慢してくれるか。応援してやろう」

「そうね。辛いでしょうけど、気持ちよく送り出してやりましょう」

「え、はい。彼がそう言うならですが、彼はまだ……」


 両親の押しに屈して、桃英はうなずいてしまった。そのあとはしゃべる暇さえ与えられず、豚白白は外に連れ出された。桃英は車椅子に乗って両親に押してもらい、いっしょに外に出る。




 外に出ると、桃園に妖怪が入り込んでいた。


「あれはしんばるだっちゃ。猿の妖怪で、手が皿みたいに大きいんだっちゃ」

「拍手するように手を叩いて威嚇するんです。いつも桃を盗みに来ます」


 豚白白と桃英が説明してくれた。

 猿妖怪・申張は、こちらに気づくと今も楽器のような音を鳴らして威嚇していた。手に金属的な成分でもあるのか、ジャーンと響く。そして桃を一つ取って食べる。


「キミヨシよりうまく罠をよけてるじゃねえか」


 トオルが感心するが、キミヨシは不満そうにジト目を向ける。


「妖怪っていうか、ただ手が大きいだけの猿だなも」

「うっきー」


 桃を顔面に投げつけられ、キミヨシは背中から倒れてしまった。


「やっただなもね!」

「まあ、待ってくれだっちゃ。おいらが」


 キミヨシの前に立ち、豚白白が手のひらを申張に向けた。


「《魔力之泉ウォータータンク》、発射だっちゃ! だあああああっちゃああああ!」


 すると、豚白白の手のひらから水が飛び出した。消防車の消火作業のような勢いで放たれ、申張は「うきゃー!」と悲鳴を上げて地面に落ち、山へと逃げていった。


「強いだなもね」

「すごいです」


 キミヨシとリラから称賛を受け、豚白白はうれしそうに頭をかく。


「それほどでもないだっちゃ」

「頼りになりそうですね」


 仙晶法師はにこりと微笑み、トオルは「水の魔法だな……。まあ、しばらく戦闘はあの二人に任せればいいか」とつぶやいた。

 このあとすぐ。


「では、お元気でー」

「気をつけてー」


 義父と義母にすがすがしい笑顔で見送られ、妻には「待ってます。いつまでも、待ってます」とさみしそうに見送られ、豚白白は婿入りしていた家を出発したのであった。

 リラはこの豚白白夫婦を不憫に思って仙晶法師に聞いた。


「よろしかったのでしょうか?」

「ええ。もちろんです」


 自信満々に答える『君子』仙晶法師が言葉を継ぐ。


「実はね、私のお告げには、今ここにいるみなさん四人の姿があったのです。だから、最初にあなた方三人を見たとき、旅立つ決心ができたのですよ。彼も愛する妻のために頑張ってくださるでしょう」

「そういうことでしたの。では、わたくしたちも頑張りませんとね」


 最後尾をとぼとぼ歩く豚白白の左右に、キミヨシとトオルが並んで声をかける。


「旅は一年もかからないだなもよ。だから元気を出すだなも」

「よっぽどのことがなければ、半年ってとこだろ」

「そ、その通りだっちゃ。おいら、早く帰れるように精進するだっちゃ」

「だなも」

「おう」


 かくして、リラの西さいゆうたんは新たな仲間を加えて、西へ進むのだった。




 その頃。

『アークトゥルス号』では、サツキとクコが船の上で竹刀の素振りに精を出していた。

 先日の嵐は大回りして回避し、その後の船は快調に進む。

 竹刀を握り、サツキは考える。


 ――ミナトは、どれほど強いんだろう。気になるな。


 まだ、サツキはミナトの強さを見たことがない。

 だから気になっていた。

 しかし、素振りだけの修業にミナトが顔を出すことはほとんどない。

 この時間もミナトは姿を見せなかった。

 素振り中の二人に声がかかる。


「やってるな。なかなか筋がいいぞ」


 そう言ったのは、三十代後半になる袴姿の男性だった。腰には刀が下がっていた。

 クコが振り返って尋ねる。


「ありがとうございます。あの、どちら様でしょうか」

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