13 『積-石-関 ~ Precious Relationship ~』

 サツキとクコに声をかけた人物。

 腰の刀を見たところ、剣士だろう。

 だれなのかというクコの問いに、彼は答えた。


「剣の道にある者なら、聞いたことあるかな。ワタシは、がきまさみねだ」

「もしかして、あの『けんせい』と呼ばれる……」

「そんな呼ばれ方もしているようだね。ワタシもまだまだ己を鍛え、高みを目指す身。だが、キミたちはいいものを持ってる、ワタシが少し見てあげよう」


『アークトゥルス号』の乗客として、サツキとクコはマサミネと乗り合わせた。

 これまでは顔を合わせることもあまりなかったが、サツキもクコもその名は聞いたことがある。

 噂では、かなりの剣術家ということだった。

 修業中に声をかけられたサツキとクコは、素振りをやめて互いに顔を見合わせる。クコがサツキの手を握り、《精神感応ハンド・コネクト》によりテレパシーで言った。


「(サツキ様。がきまさみねさんは『剣聖』ともいわれるお強い方との噂です。せっかくの機会です、お願いしましょう)」

「(うむ。そうだな)」


 二人は手を離し、クコが先にお辞儀した。


「ぜひ、よろしくお願いします。あおといいます」

「よろしくお願いします。しろさつきです」


 サツキもクコに倣ってお辞儀する。


「こちらこそよろしく。礼儀正しいのは、武士道に生きる者として当然のこと。だが、意外にできる者は多くない。剣の道は、心から始まる」


 お辞儀から顔を上げる際、サツキはマサミネの刀が目に入る。


「あの。その刀、すごいですね」

「ああ。これ、わかってしまったか。サツキくん、知ってるのかい?」

「その刀のことは知りませんが、すごくよい刀だと思って……」

「サツキくんは目がいいらしい。これは最上大業物『怪鴟黒風よたかのこくふう』。世に十二振りしかない位を持つ疾風のつるぎだ」


 説明を受け、サツキとクコは驚いた。


「これが、最上大業物……」

「美しいばかりじゃなく、そのような疾い剣なのですね」


 刀に目を奪われる二人を見て、マサミネはうれしそうに笑った。


「まあ、これほどの刀は持つ人間を選ぶ。ワタシもこの刀に見合う実力をと思って日々己を高めている」

「素敵です!」

「クコくんも、刀に選ばれる人間になれるよう精進したまえ」

「はい!」


 素直な生徒を持った喜びからか、終始楽しそうにマサミネは二人の素振りを見てくれた。


「今日はこの辺にしようか」

「はい。ありがとうございました、マサミネさん」

「ありがとうございました」


 クコとサツキが礼を述べると、マサミネは小さく礼を返して、


「こちらこそありがとうございました。では、また見てあげよう」


 と船内に戻っていった。

 マサミネを見送り、クコはサツキに向き直る。


「素振りを見ていただけて、充実した練習になりましたね」

「うむ。このままマサミネさんから教えてもらって問題ないか、玄内先生に聞いてみようか」

「はい」


 さっそく二人で玄内の部屋を訪れると、そこに玄内はいなかった。

 そこで、馬車から《拡張扉サイドルーム》で異空間を抜けて玄内の別荘に行ってみる。

 玄内は別荘で発明をしていた。


「先生、わたしたちは先程、がきまさみねさんという方に素振りを見てもらいました。わたしとしては勉強になったのですが、このまま教えていただいてもよろしいでしょうか」

「『剣聖』佐垣真峰と言えば、噂に聞こえた剣豪だ。そういや、船に乗ってるって話だったな。いいと思うぜ。かなりの腕前だったはずだしな。その道の達人に聞けるチャンスはそうあるもんじゃない、おれからでは学べないこともあるだろう。よく学べ」

「はい、学ばせていただきます!」

「わかりました」

「おう。おれの修業もあるから、それは忘れるなよ」

「はい」


 と、二人は声をそろえて返事をした。

 それからもマサミネに剣を見てもらう日々が続いた。サツキとクコは少しずつ力を蓄え、努力を積み重ねてゆく。




 サツキとクコが修業の日々を送る中――。

 れいくにでは、とある山村に迷い込んだ一行があったそうな。

 一行は、五人の旅人であった。

 せんしょうほう、キミヨシ、トオル、とんぱいぱいの四人と旅をするリラは、二日ぶりの村にホッと安堵した。

 五月も半ばに差しかかったある日のこと。

 村に到着し、食事をいただける場所を探す。

 しかしこの村には食事処さえなかった。


「お腹減っただなも」

「もう歩けないだっちゃ」


 キミヨシと豚白白は音を上げた。


「仕方ねえもんは仕方ねえんだ」


 トオルは苛立ったように言い捨てるが、顔に反して冷静だった。それがこの『ちんもくげきりん』トオルの特徴なのだが、同じく落ち着き払っている仙晶法師も困ったようにつぶやく。


「食事が必要なのもまた事実。どうしましょうかね」

「わたくしは食べなくとも平気なので、お二人に……」


 リラが言いかけると、トオルがそれを遮った。


「あいつらをあんまり甘やかすな。元から図々しいのがさらに図に乗る」

「でも、キミヨシさんも豚白白さんも限界みたいです」


 そう話していると、通りかかった育ちの良さそうな少年がしゃべりかけてきた。


「どうされましたか?」


 利発そうな子である。

 年はリラより少し上くらいだろうか。十四、五歳といったところ。背は一六一センチのキミヨシより少し高く、切れ長の目を持った白髪の少年だった。


「旅のお方でしたら、この村には宿も食事処もありませんよ」

「そうでしたか」

「残念だなもぉ」

「だっちゃ……」


 静かに答える仙晶法師と、がっくりうなだれるキミヨシと豚白白である。二人の腹の虫がぐうと鳴る。

 少年は続けて言った。


「たいしたお構いはできませんが、うちにいらっしゃいますか? お食事くらいなら出せますよ」

「ありがとうだなも!」

「涙が出るだっちゃ!」


 キミヨシが即座に少年の手を握り目を輝かせ、豚白白が遅れてやってきて感涙した。


「では、申し訳ございませんがお願いできますか」


 仙晶法師が改めてうかがうと、少年は大きくうなずいた。


「はい。こちらです。どうぞ」


 朗々と闊歩するキミヨシと豚白白。二人は少年に自分たちの名前を教えて愉快そうにおしゃべりした。

 リラは左右の仙晶法師とトオルに言った。


「親切な方がいらして助かりましたね」

「だな。仙晶法師さん、せいあんまではもうすぐでしたね」

「ええ。ちょうど山の中なので都へは遠く感じますが、一応、ここはせいあんを中心とした首都圏ですからね。あと一日も歩けば町に出ます」


 案内のもと連れて来られた家は、大きなお屋敷といってよいものだった。小さな村にある、名家といった佇まいであった。

 門の前で、仙晶法師は少年に尋ねた。


「まさか……。お名前を聞いておりませんでしたが、あなたは名門はくの家の子でしたか」

「ええ。ぼくははくざんの五番目の子、はくでいといいます」


 司伯泥はそう答えて門をくぐる。

 キミヨシがこそっと仙晶法師に尋ねる。


「名門だなも?」

「ええ。彼の父も兄も優れた武将です」


 家の中に入る。

 中も広く大きい。


「お客さんを連れて来ました」


 母親が出てきて、リビングに通してくれた。


「いらっしゃい。こんなところに来てくれる人がいるなんてね。こちらへどうぞ」


 リビングにはテーブルとイスが並び、広々としている。ソファーのように長いイスが二つもあるが、そのうちの一つには青年がぐったりと寝転がっていた。


「ここでお待ちください。今、食事を作ってますから」


 残ったのは、五人と司伯泥とぐったりとした青年の七人である。

 司伯泥は青年に呼びかけた。


「ただいま。兄さん、お客さんだよ」

「おかえり。そうかい。ゆっくりしていってくださいな」


 青年は横になったまま顔を向けることもなく答えた。


「あれははくせき兄さんです。二番目の兄で、いつもああやってごろごろしています。もう二十歳を過ぎて今年で二十二になるというのに」


 と、司伯泥は苦笑いした。この世界この時代の二十二は、サツキのいた世界でいえば三十を過ぎたくらいの感覚になる。


「二十二と言ったらおいらとあんまり変わらないのに、だらしないやつだっちゃ」

「それでも、『はくいんじゃ』と世間で言われているのですがね」


 司伯泥はこの兄を自慢に思っているようでもあった。

 キミヨシはというと、さっと司伯石の前に回り込み、彼の持っている書物を覗き見た。


「見るな」

「やあやあやあ! 我が輩はキミヨシだなも! ここで会ったもなにかの縁、どうぞよろしくお願いしますだなも」

「そう」

「せっかくまるっきり正反対の性格、そして有り余る知恵を世に咲き乱れさせる春待つ者同士、仲良くしておいたほうが得だなもよ。我が輩と付き合えば、ひょっとすると隠し事がうまくなるだなも」


 ここで初めて、司伯石は目を上げた。キミヨシを見る。


「へえ」


 司伯石の切れ長で鋭い瞳がキラリと光った。よく見れば顔立ちも整っており、気だるげな雰囲気も込みで浮世離れした印象である。


「キミヨシさん。あなたはなぜここに?」

「旅をしているだなも。あちらにおわす仙晶法師さまの付き添いで、ガンダス共和国――つまり黎之国で言うれんじくに経典を取りに行くんだなも」

「実に手短でいい説明だね」

「手短にもう一つ申せば、我が輩とあっちの目つきの悪いトオルは晴和王国からアルブレア王国まで留学に行くところだなも。あのリラちゃんもアルブレア王国が目的地だなも」

「おいらは豚白白だっちゃ」


 最後に豚白白も名乗ると、司伯石はキミヨシに目を戻す。


「そうかい。アルブレア王国ねえ。あの国には変なのもいるしねえ」

「ほう。変というと」

「私はこの三国の時代を憂うが、とある政治家がアルブレア王国へ行ったことは喜ばしいと思っている。ブロッキニオという名の政治家でね、若い頃だけこの国にいて、母国のアルブレアへ戻った。彼のルーツの半分はこちらにあるらしい。今も危ないよね、あんなのがいる国は。気をつけたまえ」

「ためになる話だなもね。まあ留学生に過ぎない我が輩に関わるかはわからないが、よく覚えておくだなも」

「関わることになるよ。キミは。それだけ動き回って引っかき回す性格で、これからアルブレア王国に革命が起こったとき、首を突っ込まないはずがない。ちょうど……」


 と、司伯石はくるりと一八〇度首を回して、リラを見た。


「トリガーが引かれようとしたところに、キミはいるんだから」


 リラはぞっと背筋に寒気が走る。

 豚白白は腰を抜かして尻もちをついた。


「うわ! 首が回ったっちゃ!」

「ああ、キミたちには見せてあげる。敵にはならないってわかったし、一人は友好関係を築くと言ってくれたしね」


 そう言うと、司伯石の首が浮いた。肩から離れて三〇センチほど宙に浮く。司伯石の右手も腕から離れてキミヨシの肩に置かれた。


「首が取れたっちゃー!」


 豚白白が怖がってうずくまるが、他の面々は呆気にとられていた。そんな技があれば、なるほど首も一八〇度回るわけである。


「おかしな魔法だぜ」

「す、すごい」


 トオルとリラは感心しきりで、仙晶法師は沈着につぶやく。


「名門司伯家の兄弟五人は黎之国の宝になる聡明な兄弟と噂され、みな石に関する名前を持つことから、『はくほうぎょく』と呼ばれているそうです。まさか魔法にまでそれほど通じた人物がここにいたとは、私も驚きました」

「いつもだれを相手にしても卒のない対応だけして魔法なんて絶対に見せない兄さんが、ここまでいろいろとしゃべって魔法も見せるなんて……みなさんすごいですよ」


 司伯泥は驚嘆しているが喜色も混じる。キミヨシはそんな司伯泥に笑いかけ、


「やあやあやあ! すごいのはお兄さんだなも。魔法を見せずに知恵だけで『白眉の隠者』と呼ばれるのは並じゃないだなもよ。これまでの相手がちょっと悪かっただけだなも。特に黎之国を治めるあのとうとうさんは抜け目がなさ過ぎてまずいだなもねえ」

「そうだね。あれはまずい」


 とキミヨシと司伯石の二人だけが笑っている。


「なにがまずいんだろう……。燈灯さんがいるから、司伯石兄さんは何度勧誘されても仕官しないのかな」


 と司伯泥がつぶやく。


「能力のありすぎる者は、そこが辛いだなも」


 いかにも自分も能力がありすぎて迷惑しているかのようにキミヨシは笑い飛ばした。

 司伯泥は聞く。


「そういうものなのですか?」

「いかにもそうだなも。出世しようにも、主君さえ脅かす存在だと思われてしまい、必ず阻まれる。だから、能力のありすぎる者は、同時に愚かで馬鹿になれねばならないだなもね」

「確かに」


 と、司伯石は噴き出した。

 ぼんやりと聞き入っていた司伯泥を差し置き、キミヨシは司伯石に聞いた。


「それで、魔法はどんな名前にしてるだなも?」

「私の魔法は《たいぶん》。身体をバラバラにできる。それによって、首を回転させられるわけだ。手足も分離できるし、指先まで細かく分離することもできる。それらは空中を飛ばせて動かせる。ただそれだけの魔法だよ」

「兄さんは、周囲には首が回るのが身体的特徴だと思わせるだけで、この魔法についてはだれにも語らなかったんです。警戒心が異常に強くて。普段、だれにも見られないところでだけ、ものぐさするために使ってるんです」

「それを言ってくれるなよ」


 司伯石はくすりと笑って、五体を元に戻した。


「私としては、結構な魔法を使えるはくがん兄さんと違って、私には首が回る魔法があるくらいに思わせたいだけなんだからさ。でも、キミヨシくん。どうして私がキミとまったくの正反対の性格だとわかった?」

「我が輩は『太陽ノ子』。根っからの明るさを持った天使のような人間だが、そこには愛嬌としてまるっきり逆の人間性も潜んでいるのが人間らしさという理屈で。トオルはいつも怒ってるように見える割に、内心は常に冷静。だから、逆に司伯石さんが苛烈な性質を隠しているのが手に取るようにわかるだなも。あとはそうだなもね、我が輩の知人に似たような大将がいるだなも。そのさるお方と同じ匂いがするだなも。苛烈と温和とを同時に秘めている。存外、そうしたお方が乱世の終焉に道筋をつけてくださる気がするもの。そしてなにより我が輩とまるっきり正反対なのは、馬鹿になれるかどうかの点にある。我が輩は天を衝くようにどこまでも出世していける馬鹿さを持っているが、司伯石さんにはその愚かさがない。と、まあ、こう思ったわけだなも」


 ニヤニヤと不気味な笑みでキミヨシは言った。

 司伯石は小さく息を吐き出した。


「これは大変な友を得られた。どうかな? 私とここで暮らさないかい? あまつさえ、私の代わりに出世してくれても構わない」

「なんと! それはそれでよい考えだなも!」


 膝を叩いて笑うキミヨシを見ながら、『白眉の隠者』は微笑を浮かべつつ、


 ――芝居っけの多いやつだ。どうせそうもいくまい。この者は晴和王国での大事のためにあとあとまで見越して留学生なんてやるのだからな。さて、今日はおかしなやつに会えておもしろかった。私が彼に仕えて出世するのもおもしろそうだが、やはり私は人の下につくなど性に合わないからな。


 と、今日という日を振り返って、また書物でも読もうと思った。

 キミヨシは腕組みして、


「しかし無念。我が輩、やるべきこともあれば……んんっ!?」


 うなると、ペチンと額を叩いた。


「閃いただなも! やあやあやあ! そうすることにするだなもよ」

「なにを言ってるのか、わかってるのか」

「まあ出世は変われないが友人としてならば」

「それもいい。が、本当かい?」

「我が輩に嘘はないだなも!」


 どんと胸を張りキミヨシは答えた。




 食後。

 司伯石との相談も終え、一行は家を出た。


「リラさん。ブロッキニオ大臣には注意されたし。また、最近うちの国から使いとして出ているじょうちょうという者にも警戒を怠らずに。国を守りたいならばね」


 リラは深くお辞儀をした。


「ありがとうございます。心に留めておきます」


 だが、内心では司伯石を不思議にも思った。


 ――この方には、リラがアルブレア王国の第二王女だということが知られているのかしら……。


 ただそれを吹聴する司伯石ではなさそうだから、リラは黙っておく。


「そういうことで、我が『子』を頼むだなもー」

「お世話になりました」

「ごはん、おいしかっただっちゃ~」


 キミヨシとトオル、豚白白が順番に言って、仙晶法師が最後に一礼した。


「ありがとうございました。それでは失礼いたします」


 こうして、一行は司伯石の家を出ることになった。

 果たしてキミヨシがどういう奇術を使って『白眉の隠者』司伯石と暮らすと言ってのけたのか。

 それはキミヨシの魔法に秘密がある。

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