58 『地質調査あるいは次元転換装置』

 翌日。

 玄内と海老川博士を除いた全員で、また島を探険して回った。

 お昼ごはんにはバンジョー特製のお弁当を持って朝から出かけて、昨日とはまた別の場所を歩いた。

 午後の三時を過ぎた頃になると、アキとエミはもっと遊ぶといって、士衛組とは別行動となった。


「晩ごはんには戻るからね!」

「ごきげんよーう!」

「遅くならないうちに帰ってきてくださいねー!」


 クコが呼びかけて、士衛組は一度みんなで家に戻った。

 湖の前に構えた海老川博士の家には、遠くからでもわかりやすい目印があるわけではない。チナミの先導がなければ道に迷ってしまいそうだが、


「アキさんとエミさんは戻ってこられるでしょうか」


 チナミが心配すると、ヒナが笑った。


「平気よ。タフな上に運が良さそうだから、晩ごはんの匂いに釣られて戻ってくるわよ」

「それもそうですね」


 家に入って居間に行くと。

 テーブルには、長い試験管のようなものが三つ並び、海老川博士と玄内はそれを前にして座っていた。

 試験管の長さは、一つにつき五メートル近くあるのではないだろうか。

 士衛組がやってくるからと大きなテーブルを用意していた海老川博士邸だが、当然、五メートルに近い試験管は端までテーブルには載っていない。突き出している。

 海老川博士は優しい笑顔で迎えてくれた。


「おかえり。楽しんで来ましたか?」

「ただいま帰りました! はい、たくさん探険しました! アキさんとエミさんは、もう少し探険してから戻るそうです。あの、それより、この試験管はいったい……?」


 クコが疑問を二人に向けると、玄内が答えた。


「一昨日話した地層だ。湖の底から抜き取った」

「玄内さんの魔法で、三つに分けて保存できるようにしてもらいました。また、ここでみなさんに見てもらうために、一度大きさも変えてもらっています」


 つまり、採取した状態では、もっと長かったというわけだ。

 サツキは聞いた。


「なにか、わかりましたか?」

「説明がてら、もう一度この地層について話しておきましょうか。まず、ここの湖の底には、川などの水流で流されないで、堆積物がそのまま積み重なっていました。おかげで、底の地層を抜き取ることで、当時のことがわかるのです」

「縞模様の部分が、ねんこうって聞いた。一年ごとに刻まれるんだよね」


 チナミが祖父の顔を見上げ、つい一昨日覚えたことを確認する。


「うん、そうだね」


 海老川博士がうなずき、今度はサツキに目を向けた。


「さて。その結果ですが、この一万年ほどの間、気象が乱れた時期のものと思われる層もいくつかありました。しかし、特に大きかったのは、その約一万年ほど前でした。百年ほど、異常気象が続いたようです。大雨のみが五十年以上続く期間や干ばつが三十年以上続いた期間などもありましたが、もっとも長く異常気象が続いたのがその百年だった……」


 それから、海老川博士は地層を指差して、


「ここに、黒い部分と白い部分がありますよね。大雨の時期と大干ばつの時期です。それが繰り返されました。その後、今この島にもあるような植物が芽吹いた時期が訪れます」

「要するに、『空白の一万年』より、ほんの少し前に異常気象があったのですね」


 と、ルカが聞いた。この『空白の一万年』とは、現在の創暦より前の一万年を差す。学者たちさえ、この期間になにがあったのか、詳しいことはわからないのだ。


「ええ。しかも、驚くべきことはほかにもありました。なんと、それより以前の地層はたったの二百年ほどしかなく、それより前は一つの塊になっていた」

「もうわかるな? すなわち、人工的に作られた島の可能性が極めて高いってことだ。その後二百年、平穏だった島にも、百年の異常気象の時代が続いた。そして、新たな植物たちが芽生え、空白の一万年が始まった」


 玄内はそうまとめた。

 サツキは、想定したことと、想定外な事実に、大きな関心を寄せた。


「では、やはりこの島は人工島で、地質調査可能な範囲で遡れば、異常気象はあったが、それがこの島独特の生態を作ったわけではない、ということですか」

「おそらくな」

「だとすれば、やはり実験施設だったかもしれませんね。この島には、魚も鳥も入り込めない、特殊な海流と気流があります。それは、神龍島周辺に配置された孤島群によるものでしょう」

「ああ。おまえも、周囲の島々には気づいてたか。あれらは精緻に計算されていて、気流と海流を乱す配置がなされてる。おれたちがここに来たルートでは見えなかったが、切り立った巨岩だけの島もある。そうすることで、この島を世界から隔離した。高度な文明を持った人間だけ行き来できる島にした。生物が独自の進化を遂げるためにも、外からの介入を避けたかったわけだな」


 島の外の生物と接点をなくすことは、特殊な進化あるいは保存を促す。

 また、異常気象がこの不思議な生態系の最大の原因でなければ、わかることもある。


「俺はほかの可能性も考えていました。ただ古代生物を復元して観察するためだけに、これほど大がかりな仕掛けを作るだろうか、と。もちろん、この手の研究をしている学者たちなら、こんなにおもしろい島は作って然るべきと思うでしょう。しかし、別の目的を同時に果たせるとしたら……」

「別の目的?」


 クコが首をひねる。


「端的に言えば、科学の集大成だ」

「どういうことだ? サツキ」


 玄内に聞かれて、サツキは仮説を述べる。


「現在、魔法は世界樹が人類に与えたものだと考えられています。我々は魔法これを、古代人が作った『げいじゅつとう』《ARTSアーツ》によるイメージコントロールの力だと予想しました。そして、この塔に桜が巻きつき世界樹になった、と」


 こうした予測の元、サツキは古代人の科学技術は驚異的なレベルにあると考えている。


「科学は空想を超越する時代になっていた。が、イメージコントロールの力で魔法のようなことまで可能になったとしても、それほどの科学技術を持ちながらも実現が難しいもの――それは、タイムマシンです。藤馬川博士だけが、俺をこの世界に喚び寄せるために、クコに《ちょうげんてんしょうかん》を伝授し成功させました。この世界の人間でも、藤馬川博士のほかにタイムマシンを実現したの人の存在は聞いたことがありません」

「確かに、いねえな。タイムマシンがサツキにとっての科学の集大成であるように、この世界における魔法の究極もそれだと、おれは思ってる」


 この『万能の天才』玄内でさえ、この手の魔法は使えない。加えて、藤馬川博士のそれにしたって、一応は異世界からの召喚という認識でもある。

 不意に、玄内はハッとして、


「じゃあ、おまえは……この島が、次元転換装置タイムマシンそのものだったって言いたいわけか」


 さすがの玄内も、サツキの想像に驚いていた。


「可能性の話です。この世界は、俺のいた時代から約一万年も経つのに、種の保存がされている生物が多い。この世界が進化を留める働きをあまねく生物に与えているようにも思えない。だったら、古代人がなんらかの理由で、生物を未来へと放った可能性もある。過去から連れてくるだけじゃなく、未来へ。それを可能にできるのは、タイムマシンです」

「でも、なぜ生物を未来に放つのでしょう?」


 リラが問う。


「その理由は、たとえば、異常気象」

「空白の一万年が始まる以前の……」


 とルカがつぶやく。

 サツキはリラへの回答だけでなく、みんなに説明するように、


「約百年。そうした異常気象は、この島のみならず世界中であったと考えたほうが自然です。しかし、あらゆる生物がその環境下を生き延びられるとは思えません。そこで、タイムマシンです。俺の時代でさえ、人類は絶滅危惧種を守るための運動をしていて、種の保存を考えていました。人類を守るシェルターなどの仕組みを優先して作ったとして、すべての生物を守るのは難しかったかもしれない。そのとき、もしかしたら、種を絶やさないために、未来に動植物を送り込むことを考えた人もいたんじゃないだろうか、と思ったんです」

「古代生物は?」


 ミナトがただただ笑顔で聞いた。

 サツキは微笑で返す。


「古代生物は、科学の浪漫だ。もしタイムマシンがその時期に完成したら、現存種を駆逐させず、古代生物を生存させたいと思ってもおかしくない。古代生物を観測するために、異常気象後に過去から転送してきたかもしれない」

「あたしでも恐竜を過去から喚び寄せてみたいって思うし、科学者だったらなおさらよね」


 とヒナが難しい顔で考える。

 バンジョーが質問した。


「タイムマシンの想像はさておき、ここが人がつくった島の可能性が高いってのはどうなんだ? 火山があるのによ。人工の火山なのか?」


 これには玄内が答えを出す。


「おまえはどこか鋭いところあるよな。まあ、これは簡単に説明がつく。サツキの想像が正しければ、簡単にな。島は場所によって、地質に違いがあるんだ」

「確かに、島を探険してるとき、地質の違いには気づきました」


 クコも身を乗り出した。


「あとはわかるだろ? タイムマシンで土地ごと恐竜を召喚したんだ。タイムマシンは、映像で見ながら選ぶみたいに特定のなにかを転送できたかもわからない。おそらく、そんなことはできない。だから、恐竜を連れて来たいと思ったら、その周辺環境もごっそり持ってくれば確実だ。地質研究や植物研究までできるっておまけつきになる」


「なるほど!」と、クコとリラの声がそろう。

 リラが続けて聞いた。


「では、もうサツキ様の仮説は理屈として穴はないのでしょうか」

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