59 『精度あるいはトチカ文明』

 仮説の欠陥はないのか。

 この疑問に、サツキは首をゆるゆると振った。


「さっきも先生が口にしたが、タイムマシンの精度だ。映像でも見ながら連れて来たいものだけを選ぶような技術は難しいだろう」

「そうですよね」

「しかし、この装置が完全な自由度を持つ前にも、当然、実験は行われる。古代人が可能にしたレベルが、生物の転送と受信まで到達したとき、受信物の選定が最大目標の一つになると俺は考える」

「つまり、古代人の最終戦争は、そのレベルに到達した時期の可能性も高いわけですね」

「かもしれないし、違うかもしれないが。いずれにしても、人類の転送の可否は問題になる。人権問題とかの様々なポリティカル・コレクトネス、すなわちポリコレが強く働いていたら、人類の転送は非難されて、実行が難しいかもしれない。戻って来られるかわからない中では、別の時代への旅は禁止されていた可能性も高いしな」

「だから、土地ごと召喚したと考えられるんですね」


 とチナミが言って、続けて、


「そうなると、やっぱりタイムマシンの理想型の完成はまだだった、という予想は当たってそうです」

「ああ。実験初期であれば、ある程度無作為な送受信をするだろう。最終技術も、その範囲の拡大に過ぎないレベルだったと俺はみてる」

「……ええ。藤馬川博士も、無作為な抽出実験をしました。花と石を、《ちょうげんてんしょうかん》によって喚び出したと言っていましたし、それを見せてもらったこともあります」


 と、クコが言った。


「藤馬川博士が再現した《ちょうげんてんしょうかん》も、古代人が記したトチカ文明が元だった。藤馬川博士は言っていたな。『魔法陣は、あらゆる次元を超え、陣とどこかの異空間をつなぐものでもあるのです。これによって、いつかの時代にいる異世界の勇者様に、召喚直前に映像を見せられると思われます……』と。つないだ異空間も、時空だけであるほうが無理が少ない。時代を超え、場所も少し移された程度ということだな。であれば、負荷は小さい。あの魔法陣みたいにすごいものの参考材料が残っていながら、それでも完璧なものはなかったことからも、古代人のタイムマシンにも限度はあったと思う」

「つまり、異世界ではなく時空移動のほうが楽ということですか」


 玄内が渋い声で、クコに言った。


「楽であり、それゆえに無理が少ない。が、時代の違いそのものが、異世界と言える。サツキはそう言いたいんだろ」

「はい」とサツキはうなずく。

「ただ、あくまで、藤馬川博士の敷いた《ちょうげんてんしょうかん》の理屈についてですが」


 ああ、と玄内はサツキに同意し、みんなに説明する。


「異世界ってのは、別の可能性を持った過去や未来とも言い換えられるんだ。世界樹やこの神龍島は特異点になる。別の可能性を秘めていた過去や未来は、この世界の現時点からすれば異世界になるんだからな」


 なるほど、とルカがつぶやく。

 同時に、


「わかんねー」


 よりSF的な話になって、バンジョーが頭を抱える。ほかの面々もわかっていたりなんとなく感覚的にはわかったり、ピンとこなかったりしている。

 サツキは帽子から紙とペンを取り出し、下から上に向かって、紙に一本の線を引いた。


「たとえば、俺がいた過去からこの先の未来へ、こうまっすぐに時間が進むとする。その中の真ん中辺、ここに点をつくる。ここを、先生が言った特異点とする。これは同時に、今俺たちがいる現在そのものになる。そのとき、過去にも未来にも、いくつのも可能性があるんだ。こんなふうに」


 と、点を中心に、扇状に広がるように線を引いてゆく。過去にも未来にも、扇状の線が引かれ、二つの三角形が砂時計のように形作る図面になった。


「未来の可能性はわかるけど、過去の可能性って?」


 ミナトの疑問には、玄内が答えてくれる。


「実はな、時間の流れは過去から未来へ、一方向に流れるわけじゃないって理屈なんだ。『決まった未来が現在に向かって流れてきて、動かない点にある現在を通り過ぎる』って考えの運命論と、『どんな道を辿っても、必ず最後には一つの場所に収束する』って時間の流れを持った運命論、さらには『それがどの出発点から始まっても同じ場所に収束する』ってのもそうだ」

「だったら、未来だけ一つじゃないんですかい? 先生」

「いや、時間の流れが一方向ではないって理屈でしかない。つまり、いくつもの過去の可能性から収束したポイントを現在として、時間が未来に向かって流れる考えもあるし、そうなると向かう未来はいくつもの可能性を持っているってわけだ。まあ、わかりやすく言えば、いろんな可能性を集約した略図ってわけだ」

「その際の収束したポイントを、先生は特異点と呼んだ」


 と、サツキはまとめた。


「特異点は、この世界の僕がいるここってことか」

「うむ」


 ミナトの言葉にサツキがうなずき、玄内が腕組みにして図を眺める。


 ――サツキの引いた図面でピンときたが、これを立体的にすると……。藤馬川博士が参照した三つの軸、時間と空間と光。つながるもんだな。あとでいろいろ計算してみるか。おもしろい結果が出るかもしれねえ。


 この世界のこの時代、まだ世に相対性理論はない。それでも、『万能の天才』には直感に働きかけるものがあった。だが、それはまた別の話である。

 横で、クコが思い出したように声をあげた。


「あ、そういえば、サツキ様。わたくしがサツキ様を召喚したのは、世界樹の根元でした。魔力的にその必要があったからです。だとすれば、タイムマシンには『げいじゅつとう』《ARTSアーツ》の力が欠かせないのではありませんか? この場所では遠すぎます」

「……いや、『芸術の塔』《ARTSアーツ》は、元は世界中にあった可能性もある。最終戦争で消滅しただけでさ。また、あるいは、あれ一つだとしても、当時はもっと強力だったかもしれない。そのパワーを内蔵した装置か、受信する装置が、この島に埋め込まれている可能性もある」


 ヒナがニヤニヤしながら、


「なるほどね。こういう話、おもしろいわね」

「さすがに話せるな」


 サツキもニヤリとして返すと、ヒナは言った。


「タイムマシンの裏にトチカ文明と古代人って背景があることと、時間の流れや異世界解釈、そして次元転換装置の実現可能性はわかったわ。でも、やはり精度が気になるわね」


 うむ、とサツキは言って、二人で話し始めた。

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