11 『夢幻トラップ』

 浦浜赤レンガ倉庫。

 公園を備えた倉庫一帯であり、観光名所としての側面が強い。一号館から三号館まである中で、一号館と二号館が展示場や雑貨店、レストランやイベント会場などが入り、三号館のみが倉庫になっている。

 全体が赤いレンガで組まれた建物はそれだけでめずらしい。

 倉庫前の公園には花壇がたくさんある。


「この入場券一枚で倉庫一帯を自由に見て回れるのか。ホールで催しもあるようだが、俺は展示会場が気になる」

「博物館の出張スペースみたいね」

「うむ。なにかしら、勉強になるかもしれないしな」


 サツキは入場券を手に気を引き締めるが、一号館と二号館の間を歩いている人たちに目がいった。


「思っていたよりも賑やかだ」

「観光地になってるからね。浦浜は観光スポットが多いけど、どこも常に人がいる印象ね」

「晴和王国の中でも、人口が二番目に多い都市なんだっけ」

「王都に次いで第二位よ」

「さすがだな」

「あ。この花、綺麗よ」

「うむ。そうだな」


 花壇を見て、一号館と二号館を見て回って、この浦浜の歴史に関する展示や雑貨店を覗いてみた。

 そのあと、一号館のホールにやってきた。

 ホールには席が五百ほどある。

 満席で、後ろから立ったまま舞台を見た。


「歌劇団ね」


 ルカは平然とそれらを眺めるが、サツキは驚いた。


「あ……」


 知っている顔があった。

 王都少年少女歌劇団。

 少女歌劇団『はるぐみ』。

 そのリーダーでもある少女、『はるぐみれいじんさわつじあさ

 彼女がソロパートを歌っているところだった。

 かっこよく舞台上で歌い上げるアサリについ目を奪われるが、不意に、アサリがサツキの存在に気づいたらしく、ウインクしてみせた。しかも、手で鉄砲の形を作ってバキューンポーズまでしてくれた。

 パフォーマンスじみた挨拶に、サツキは思わずドキリとする。

 と。

 ルカの視線に気づく。ルカがジト目になっていた。


「サツキ。あの人と知り合いなの?」

「王都でたまたま会ったんだ」

「ふーん。怪しいわね」


 あの怪盗事件について、あまり話しにくいものだから、サツキは顔をそむけるしかできない。

 ふと、サツキは周囲を見回す。

 もしかしたらと思ったが、リョウメイはいなかった。

 切りの良いところまで見てから、ホールを出た。


「歌劇団、やっぱりすごかったな。王都では見てみたかったがそんな余裕はなかったからな」

「運良く出張してきてくれていてよかったわね」

「うむ」


 うなずいて、ルカの視線が複雑そうなことに気づいて閉口する。


 ――てっきりこういう遠征みたいな場合、リョウメイさんもついていくものと思っていたが……。


 そう思って歩いていると。

 肩を叩かれる。

 サツキが振り返ると、ハットを目深にかぶった浴衣の青年に呼び止められたとわかった。


「はい」


 答えてすぐ、サツキは相手がだれかを察した。


「やあ。サツキくん。数日ぶり」

「アサリさん」

「しっ」


 と、アサリは人差し指を口の前で立てる。青年だと思っていたのは、アサリだったのである。サツキも素直に声をひそめて問いかけた。


「どうしてこんなところに?」

「基本的には王都を拠点にしてるけど、たまに浦浜には来るんだ」

「あの……」


 と言いかけると、アサリはくすりと笑った。


「リョウメイさんはいないよ。オレたちだけさ。もちろん、送迎やメイク、衣装、いろんな担当の方々は同行してくれているけどね。サツキくんは?」

「俺は、仲間と海外へ行く船に乗るために来ていて、明日晴和王国を発ちます」

「そっか。事情はわからないし聞かないけど、応援はしてる。頑張って」

「はい。ありがとうございます」

「じゃ。今、着替えの休憩だからあと一分もないんだ。また見に来てよ」


 それだけ言って、アサリは舞台裏に戻って行った。

 見送ったのち、ルカが言った。


「随分親しそうだったじゃない」

「一度会っただけなんだけどな」

「まあ、なんとなく予想できることもある。あの『だいおんみょうやすかどりようめいの名は私も聞いたことあるし、王都ではあの晩、怪盗事件も終わったらしいし、サツキが裏で動いていたのもわかってた。話したくなったらでいいわ」

「隠すほどのことではないんだ。ただ、俺はあのリョウメイさんの言う怪異のことをうまく説明できなくて。玄内先生にはあの日、『もしなにかまずいもんがあればおれが口を出してやる』って言われた」

「先生は知っていたのね」

「一応」


 と、サツキはここでも言葉を濁す。

 あの日、サツキは弱い自分への悔しさから涙がにじみながら、玄内に弟子入りを願い出た。土下座までして。

 そんな格好悪いことをしゃべりたくなかった。

 サツキは歩き出す。


「宇宙科学館に行こう」

「……まったく、不器用で照れ屋で」


 ふふ、とルカは小さく笑ってサツキの横に並んだ。

 二人は、外に出る。




 外で二人を待っていたのは、偶然の出会いだった。

 三号館の横を通りかかったとき、声をかけられた。


「おや? これは、しろさつきさんじゃありませんか」


 相手は騎士。

 それも、たった一人。


「……」


 サツキは警戒心を高める。

 騎士の少年は、近づきつつ微笑みを浮かべた。

 都市は十六から十八くらいだろうか。落ち着きや佇まいなどから、青年といってもいい雰囲気である。

 彼は名乗る。


「ボクはアルブレア王国騎士、れんどうけいです。噂で、『純白の姫宮ピュアプリンセス』クコ王女がこちらの港町に来るのではないかと聞きましてね」


 ライトブラウンの髪の下には切れ長の目が覗く。左の耳にはイヤリングが下がっている。形状としては銀色の硬貨を五つ連ねたようであり、かつて東アジアで流通していた銭貨のように、硬貨には四角い穴が空いている。それと同じものが模様として衣服にもあった――黄緑色をした貴族服、シャツの襟、白いパンツの膝まである黒ブーツ、緑色のマントの右肩、西洋剣の白い鞘――それぞれにその模様がある。これは連堂家の家紋である五文銭というものだった。なかなかの美男子である。

 切れ長の瞳がこちらを見ている。


 ――また敵か。


 サツキはすでに、臨戦態勢に入っている。いつ敵から攻撃されても反撃できるよう、注意していた。むろん、横や後ろからの不意討ちへの警戒も忘れない。

 だが、ケイトはにこやかに言った。


「構えないでください。ボクはクコ王女の加勢に来たのです」

「加勢……ですか?」

「はい。士衛組のお仲間に入れていただきたいと思いまして」


 そう言って、ケイトはキザなポーズで恭しくお辞儀した。胸の前で右の手のひらを返すようにして、左手をさっと伸ばす形である。サツキのイメージでは、映画などで見られる西洋風のお辞儀を思い出される。ボウ・アンド・スクレープに似ているだろうか。


 ――信用していいのか?


 これまで、アルブレア王国騎士を無意識に敵だと思っていたが、中には事情を察して、クコ側についてくれる者がいてもおかしくはない。

 ただ、早すぎる。気づいてから、加勢に来るまでが。それだけが、少し不安だった。

 しかし敵意はないようだし、ワープ系の魔法の使い手もいるかもしれず、無理な話ではないようにも思い直す。サツキは肩の力を抜いた。


「ありがとうございます。ケイトさん」

「いいえ。王女を守るのは、王国騎士として当然です。ところで、クコ王女は今、どちらに?」

「別行動しているのでわかりません。夕方、宿に戻ることになってます」

「そうでしたか。ならば、ちょうどいい」


 なにがちょうどいいのだろうか、と聞こうとしたときには、ケイトは剣を抜いていた。


「お手合わせをしてくださいませんか。ボクが仲間になるにふさわしい人物か、それを確かめていただきたい。その《いろがん》で」

「人目につかないよう、三号館の倉庫裏にしましょう」


 サツキがその勝負を受けるとわかると、ルカが言った。


「わかってると思うけど、私はあなたの危機には加勢する。それに周囲に伏兵がいないかも注意しておく。だから、無茶はしないでね」

「ありがとう、ルカ」


 そっと、サツキは《とうフィルター》を発動させ、周囲へ視線を巡らせていた。これにより、物質ごとに一枚分透過してその裏が見える。三枚まで見ても、特に他の騎士はいない様子だった。

 こっそりとそれを確認したサツキと異なり、ルカはルカなりに周囲への警戒を高めていた。

 ケイトは倉庫裏へと歩きながらくすりと笑った。


「大丈夫ですよ。伏兵などはいません。それと、ボクを仲間にするかどうかも、ボクの実力を見てから判断してくださって構いません」

「それでも私は、私のやるべきことをやるだけです」


 凛と答えるルカを振り返り、ケイトは薄い微笑を浮かべ、その穏やかかつ鋭い視線で射抜く。


「信用ありませんね。悲しいですよ、ボクは。ただ、勝負の邪魔はやめてください。そのための、《幻想視ファントム・ビジョン》」


 突然、ルカの目の焦点が合わなくなった。

 サツキから見ればそうなのだが、当のルカは明後日のほうを見ながら、じっとしている。


「ルカ」

「大丈夫。ちゃんと見てるから、サツキは集中して」

「……」


 なるほど、と思いサツキはケイトを見る。


 ――幻覚を見せる類いの魔法か。これは強力だな。


 ケイトは微笑しながら言った。


「戦闘後、魔法は解きますのでご安心を」

「……」


 サツキにとって、このケイトの魔法を見たことで目的が変わっていた。


 ――最初は、この人が敵かどうか見定めるだけのつもりだった。しかし、気が変わったよ。れんどうけいさん、俺はあなたを仲間に引き入れたい。


 それだけ、この幻惑魔法は魅力だった。


「さあ。始めましょうか」


 キザに剣を構えたケイトに、サツキも桜丸を抜刀して言い返す。


「いざ、尋常に」

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