12 『神速ドロー』

 宇宙科学館前。

 ヒナはようやく目的地に到着した。


 ――裁判の日時が決まった以上、どのみち、夕方には戻って船の手配をしないとよね。


 ふうと息をつき、ヒナは気合を入れる。


「調べるわよ。もしここでもなにも手がかりがなかったとしても、しろさつきに会えば……あいつに会えれば、なにか――」


 その声に反応した人間がいた。

 アルブレア王国騎士の二人組であった。


「今、城那皐って言ったぞ」

「なにかあるな」


 二人組はヒナに近づき、声をかけた。


「キミ。聞いたぞ」

「はい?」


 小首をかしげるヒナに、騎士は質問する。


「城那皐とどういう関係だ?」

「どど、ど、どういう関係って、そんなの、別になんでもないわよ! 勘違いしないでよね!」


 赤面しながらヒナが答えると、騎士は眉をぴくりと動かした。


「怪しい」

「べ、別にあたしはあいつとはなにも……」


 どもるヒナを見て、騎士二人組は互いに顔を見合わせ、うなずき合った。


「ちょっと取り調べを受けてもらおうか」

「我々アルブレア王国騎士として、見過ごせないのでな」

「士衛組と名乗り始めたとの情報は聞いていたが、こんな仲間も増えていたとはな」

「王女のいとこ『てんくううたひめ』、その他……『ちいさなごとにん』、『はなぞのまとなでし』、あとは料理人のメラキア人、そして、『ばんのうてんさい』。てことは、こいつは新顔ってわけか」

「顔も名前もまだわからねえし、そういうことだろうな」


 二人の騎士はそう言いながら剣を引き抜く。


「へ?」


 呆気に取られたとぼけた顔で間抜けな声を漏らし、ヒナは理解する。


 ――やばい。変なのに巻き込まれた!


 ヒナは騎士の後ろを指差した。


「あ!」

「ん?」

「なんだ?」


 騎士二人組は振り返った。


「なにもいないぞ」

「いったいなにがあったというのだ」

「あっ! あいつ」

「逃げたぞ!」


 隙を見て、ヒナは猛ダッシュで逃げ出していた。

 逃げたことを気づかれたとわかり、ヒナはちらっと後ろを振り返って、つまずいて転んではすぐ起き上がり、また前を向いて走る。


「もう! なんなのよー!」


 泣きそうになりながらヒナは大声で叫んだ。




 別の場所では、アキとエミとクコの三人とアルブレア王国騎士による逃走劇が始まっていた。しかし、三人は自分たちが騎士に追われていることをまだ知らない。




 浦浜マリンタワー。

 青と白の市松模様のタイルで固められた不思議なタワーは、天才建築家ガウマーヌがつくった作品であり、浦浜のシンボルの一つでもある。

 現在。ここでは、風が止まっている。海風舞う港町としては非常にめずらしいことだった。


 ――港町なのに、めずらしく風がない。ゆえに、拙者の《ふうじん》は使えぬ。風に溶けられぬなら、真っ向勝負でござる。


 風がなければ、いくら『てきにんじゃ』でも無敵状態にはなれない。

 タワーから地上へと降り立ったミナトとフウサイは、戦闘を始めたところだった。

 ミナトが居合いの構えから、ひと息に斬りかかった。

 フウサイはそれに応じて背中から忍び刀を抜き、受けた。


「疾いですね」

「……」


 力で押してくる『しんそくけん』を、『ふうじん』は軽やかに引いて避ける。

 避ける際、宙に飛び上がり、手裏剣が投げられた。


「《きょだいしゅけんおうぎわし》」


 しかも、手裏剣が直径一メートルほどに大きくなり、それが振り落とされるように投擲されたのである。

 至近距離、速攻、そして――。


「大きい」


 当然、それがミナトに届くまでの時間も速い。

 だが、ミナトは避けた。


 ――まさか《しゅんかんどう》をもう使わせられるとはねえ。


 残像すら残さず、ミナトは消えた。

 それも宙にいるフウサイの真上に出現し、頭が下に来るように体勢を変えて技を繰り出す。


「《てんらんつい》」


 上からの三段突き。


「《かげぶんしんじゅつ》」


 即座にそれにも反応し、フウサイは影分身を作り出した。


「ふふ」


 ミナトは笑う。


 ――多すぎ。


 フウサイの影分身は百人ほどになり、ミナトの刀は空を切る。


 そうしているうちにも、フウサイの影分身たちが動き出し、空中のミナトへ攻撃を仕掛けた。


「《からすばり》」

「《くろさぎつぶし》」

「《つぐみわり》」

「《かっこうおとし》」

「《かささぎくずし》」


 高速の連続攻撃を、ミナトはしなやかに剣を振るって、悠々と受け流す。その速さは独楽が回転しながら攻撃を弾くようでさえあり、しかし実に的確に捌くのである。

 着地し、ミナトは宙にいるフウサイを見上げた。


「まいったなあ。どれが本物なのか……」

「教えるわけには参らぬ」

「楽しいですねえ」


 ミナトの言葉には応えず、フウサイの影分身百人は手裏剣を手に持った。


 ――やはり。瞬時に別の地点へ移動する魔法でござるか……!


 だとすれば、かなり厄介である。

 避けられないほどに速い技で仕留めるしかないだろう。そこでフウサイが選択したのは、未だかつて破られたことのない必殺技だった。

 中空で、フウサイの影分身百人は手裏剣を構える。


「主人を守るのが我が務め。手出しはさせぬ。《りゅうせいしゅけんはやぶさ》」

「なるほど」


 小さく、ミナトはつぶやいた。

 影分身すべてが同時に手裏剣を投げ落とした。

 黒い流星群にして黒い雨を降らせ、無数の手裏剣はコンマ数秒で地上に突き刺さった。

かぜめいきゅうとびがくれさとで、カイエンを相手に放った大技である。

 フウサイの持つ手裏剣技の中で、最速の攻撃だった。

 が。

 ミナトはもうそこにはいない。

 影分身百人のうち一体を狙って、突如として空中に現れたミナトは突きを繰り出していた。


「《天一神なかがみ》」


 これが、本体だった。

 フウサイは攻撃モーション直後にもかかわらず、咄嗟に取り出したクナイでギリギリ受けきる。


「残念ですが、終わりです」


 にこっとミナトが微笑み、姿が消えた。


 ――後ろ。


 とフウサイは気づくが、背中に手が触れられたのを感じ取るのと、目の前の景色が変わるのと、二つは同時だった。

 場所は波止場。

 カモメが空を飛んでいる。

 さっき戦っていたマリンタワーからはほど近い波止場で、くじらのような大きな船が見える。

 ジャズも流れていた。軽やかで力強い演奏である。

 ミナトはフウサイの隣でのんきにカモメを見上げていた。


「なぜ、トドメを刺さなかったのでござるか」

「戦う理由はなかったようですからね」

「……」

「……あ、手裏剣みたいな雲ですよ」


 と、ミナトは空を流れる綿雲を指差してにこにこしている。

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