3 『浮橋陽奈は十四番目の月を見上げる』
王都の夜が創り出す世界。
それはどこか幻想的だった。
夜空が高い。サツキの知っている都会の空よりずっと高い。それでも、オレンジ色の灯りが地上に散りばめられているから、ほかの街よりも空が低く感じる。
サツキの手にも黄色い光が触れる。
宿から離れ、通りを歩いてみると。
やはり何者かがあとをつけてくる気配がする。ここまでの旅で、温泉街で出会って以来ずっと彼女はサツキのあとをついてきていた。たびたび見かけないときもあったが、それでもふとしたときに姿が見える。クコは気にしてないみたいで、ルカは気づいていても虫でも見るように興味を示さない。
少女が見ているのは自分だ。そうわかっていたサツキは、少しだけ宿から離れた場所まで来て、足を止めた。正面には月が見える。
「今夜は満月か」
サツキは振り返った。
ビクッと、少女は耳を震わせて、路地に隠れた。
「出てきたまえ。今は俺しかいない」
路地からうさ耳が見え、ぴょんと姿を現した。
「……文句でも言いに来たの?」
やや恥ずかしそうに決まりが悪い顔でサツキを見て、少女は聞いた。
少女は、やはり
「いや。俺に用があるんだろう?」
「ふん」
ヒナは、腕を組んでそっぽを向く。
「話なら聞く」
「べ、べつに……」
言葉を詰まらせるヒナに、サツキは言った。
「まあ、キミが話したくないなら構わないさ」
「ていうか、今夜は満月じゃなくて十四番目の月の晩よ」
「十四番目の月……そうなのか。確かによく見たら満月ではないな。勉強になったよ」
「あたしはこの月が一番好き」
空を見上げると、ヒナは別の顔を見せる。純粋な顔だった。
サツキはヒナの様子を見て、ひとつだけ助言する。
「綺麗な夜空だからって、あんまり外を出歩くなよ。このへんは夜に人斬りが出るらしい。じゃあ」
くるりときびすを返して宿に帰ろうとすると、ヒナはサツキの背中に声を投げかけた。
「ちょっとっ」
「ん?」
振り返ったサツキに、ヒナは言った。
「あたしは、キミじゃなくてヒナって名前があるの。
「覚えているさ」
「じゃあ名前で呼びなさいよね!」
サツキはひとつ思い出す。
「そういえば、ガモンとかいうジーンズをはいた変わった人が、地動説について話す娘に会ったと言ってたぞ。ガモンさんに会ったんだな」
「あ! そ、そう、それよ。それを忠告しに来てあげたのっ」
「忠告?」
ヒナは言った。
「あのガモンってやつ、相当ヤバイわよ。伝統って言葉を聞いた瞬間、店で暴れ出したんだから。店員さん殴るし、刀から血を吸わせて、刃をペロペロなめるし、気持ち悪い。吸血鬼かと思ったわよ」
「ほう。もう少し聞かせてくれ」
「あいつね、古い物とかが嫌いらしいのよ。伝統とか、現状維持とか、保守とかも。幕末の人斬りだったんだって」
「人斬りか」
「人斬りガモンってまくし立ててたもん。で、維新とか革新とか進化とかが好きって言ってたわ」
「なるほど」
合点がいく。
――どおりで。クコが取り戻すとか、ずっと変わらないって言いかけたとき、すごい形相だったわけだ。
サツキはヒナに礼を言った。
「ありがとう。おかげで少し謎が解けた」
「そ、そう?」
ちょっとうれしそうな顔をして、すぐにまた慌てて表情をしかめる。
「ふ、ふんっ。言ったでしょ? 教えに来てあげただけだって。せいぜい、あいつには気をつけなさい。もしかしたら、王都の人斬りってあいつかもしんないんだからさ」
「そうだな。気をつけるよ。じゃあ」
それだけ言って、サツキは宿に向かって歩き出す。
ヒナは耳をピクリとさせる。
あっと思って声をかけようと手を伸ばすが、つんのめってしまう。転びそうになって踏みとどまり、顔を上げると、もうサツキは見えなくなっていた。
知らない人間たちの隙間に立ち尽くし、きゅっと口を結ぶ。
腕組みして、サツキの背中に、聞こえない声でつぶやく。
「もう、また聞けなかったじゃない。星の話……。サツキはいったい、何者なのよ……」
サツキが宿屋へ向けて歩いていると、道すがら、正面からバンジョーが歩いてきた。例によってスーツ姿である。
「おっ。いたか、サツキ。無事で良かったぜ」
サツキは視線をそらした。わざわざ心配されて迎えに来られたのが申し訳なくもあるが、子供扱いにも思える。ぼそりとつぶやく。
「大丈夫って言っただろう?」
バンジョーはサツキの肩をぽんぽん叩いて笑った。
「なっはっは。んじゃ、帰るか。それとも、見たいトコとかあるか? この通りの店なら付き合うぜ。寿司食いに行くか?」
「寿司はさっき食べただろう。じゃあ、本屋はあるかね?」
「おう。十分も歩かないで着く」
しばらく歩いて、本屋を見つけた。
店内を回ると、いろいろなジャンルの本があった。
『フィリベールのシャルーヌ王国誕生』(著・
『シャルーヌ王国物語 フィリベール王のつのぶえ』(著・
『詠め! ~
『
『嵐を呼ぶ モーレツ!
『巻き起こせ!! 熱戦・烈戦・超激戦』(著・
『船乗りシャハルバードの冒険』(著・
『うさぎになったエクソシスト』(著・
『三輪ノ書』(著・
『孤独のお茶』(著・
『名探偵はキミだ 世紀末のなぞなぞ怪人』(著・
『宇宙
『幻の龍神 バアル爆誕』(著・
等々。
中には写真集もあり、『
――クコとルカが言ってたスサノオって人だな。顔はこんな感じなのか。俺が今まで見てきた中で、一番整った顔だ。
サツキは、妖怪に関する本のコーナーに行った。
そこにはまた様々な本がある。
『妖怪学』(著・
バンジョーが言っていた陰陽師
――ああ、俺が列車の中で読んでいた本の作者も、この
サツキはそのうち、『妖怪学』をパラパラと読む。
――そうだ。こういうときこそ、ルカからもらった……。
「《
帽子から取り出した読みかけの本から栞を抜き取り、《導き栞》を『妖怪学』の本に挟み閉じる。
また開く。
こうすることで、目的のページに栞が移動する魔法道具である。
栞のページを見ると。
――鬼……鬼……あった。
鬼に関する記載を発見する。
――鬼とはすなわち、
と読んでいき、気になっていた情報を頭に入れて本を閉じた。
――ふむ。俺のいた世界と同じだ。概念や由来さえ近い世界なんだな、ここは。
飛鳥時代や平安時代にも、鬼は疫病の象徴とされた。人々は目に見えないものを恐れ、鬼を創造したされている。
それを再確認すると共に、この怪盗事件についても考える。
――盗まれるのは鬼にまつわる物ばかり。しかも、盗んだあとには必ず返す。そして、王都で流行り始めた疫病事件……。これって、無関係じゃないように思えるのは、俺の勘違いか……?
サツキは他の本の背表紙を見る。
――ここは魔法世界。俺の世界では、実際には妖怪はいないかもしれない。いない確証もない。だが、魔法世界なら魔法で作られた妖怪さえいておかしくない。むろん、竜だっている世界だと言うし、火ノ鳥も見た。精霊もいた。なにがいてもおかしくないと言える。
だから、この本にあるような鬼や妖怪たちが実際にいても、不思議じゃないのである。
別の本を手に取る。
『一鏡』
一から四まである鏡物語という作品群の一つであるらしく、バンジョーの言っていた
名前がタイトルに入るものでは、『
さらに、
『大江山ノ鬼退治』
という物語もあった。
サツキのいた世界とまるっきり同じである。
――俺の世界でも、
パラパラとめくり、内容を確認する。
「ふむ」
今度は、歴史書を探し歩き、歴史コーナーへと辿り着いた。
歴史の本をパラパラと読む。
幕末の四大人斬りについての本もあり、あのガモンの名もあった。幕末が終わって十五年、もう本にもなっているのは驚きである。
他にも、辻斬りに関する本がある。
――腕試し、試し斬りに、千人斬り……。千人斬ると、悪病も治る……か。そういう話は、俺のいた世界にもあったな。幕末に薩摩藩士の間で、江戸での辻斬り行為が流行したこともあったというし、こういう事件はどこでもあるものなんだな。
速読家でもないからサツキはそれらを読むのに時間がかかったが、バンジョーはそれでも煽ったりせずいてくれた。横を見ると、バンジョーも本を読んでいるらしい。
――バンジョー。読書するんだな。
少し失礼かもしれないが、読書なんてしていられない人に思えたのである。
近づいてみると、料理の本だった。
読むスピードも速い。
「速読だな」
「ん? おお、サツキ。どうだ? なんかいい本あったか?」
「いろいろとおもしろいものはあった。でも、今日は買わずに帰るよ」
「そっか」
「バンジョーはなにを読んでいたんだ?」
「オレはこれよ。レシピと写真を見てたが、うまそうな料理がたくさんあるぜ。お袋の味にも挑戦してえな」
「だから読むのが速かったのか」
「まあな。じゃあ行くか」
「うむ」
収穫なく帰り道を歩いていると、サツキは背後に気配を感じた。
――また、ヒナか?
そう思って振り返ろうとして、息を呑む。
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