4 『城那皐は夜の斬り合いを繰り広げる』

 歩く足を止められない。

 背後の足音を、聞く。音から考えて二人いる。ヒナではない。なによりその証拠が、どこかの小さな宿に入るヒナの姿が視線の先にあったからである。


 ――だれだ。人斬り?


 なるべく平静を装って、サツキは歩き続ける。


 ――あるいは、ブロッキニオ派の王国騎士か。世界樹ノ森で戦った彼らが、ここあまみやで待ち構えている可能性も充分にある。


 彼らに、サツキの顔は知られている。ゆえに、クコと離れたサツキを今のうちに始末するのはセオリーである。

 いつからつけられていたか。おそらく、ここ数分。足音と気配が、わかりやすくこの雑踏に紛れ込んできた。騎士の鎧と足音は目立つ。


「バンジョー。今は通りをゆく人も少なくない」


 サツキは、バンジョーのほうは見ずに、小声で言った。


「そうだな。まだこの時間だしな」


 バンジョーは自然、サツキに合わせて声のトーンを落とす。横目に見ると、サツキは片目を閉じて取り澄ました顔だった。


「俺が足を止めたら、ルカを呼びに走ってくれ」

「おう。腹でもイテぇのか?」


 聞いたみたものの、どうやら違うらしい。

 この無口な少年が、急に変なことを言い出した意図を、バンジョーはくみ取れない。ほかには、足が痛むから医者のルカに診てもらいたいのだろうか。それくらいしか考えつかない。

 だが、どうも違う。それだけは直感でわかった。


「まあ任せとけや」


 返事をしてから、約一分。

 店の灯りもまだ点々とするこの通りで、サツキは足を止めた。

 バンジョーは、走り出す。


 ――よくわかんねーけど、宿までは走りゃあ五分もかからねえ!


 サツキはそれを確認して、横の路地に入った。




 路地は暗い。

 大通りはガス灯があるが、そこから外れるとだいたいが提灯と行燈の明かりになる。

 視野も狭まる。

 さらに暗い路地に入った。

 提灯の明かりさえない路地である。

 サツキは閉じていた片目を開けた。

 見える。

 暗闇にも目が対応できている。もう一方の目が闇に慣れていないから不安定だが、一応、なにも対策しないよりはずっとマシだった。あらかじめ目を閉じて暗がりにならし、暗く見えにくい位置を取る。


 ――さて。


 サツキは手の中に、刀を出現させた。


 ――《ぼう》。


 望んだ物を、望んだ場所に出現させることができる、帽子の魔法だった。ただし、帽子の中に入れて魔力をリンクさせた物だけが対象であり、出現ポイントは自分の近くということらしい。この帽子をくれたアキとエミの説明では足りない部分もあるが、この動作ができれば今は充分である。

 刀を構えたとき、路地に入ってくる人影があった。

 二人。

 その顔は、やはり世界樹ノ森でクコを追っていた騎士だった。ひとりは雷魔法を使う『でんこうのランス』エヴォルド、もうひとりの名はわからない。スキンヘッドが特徴的で、首にジャラジャラ鎖を巻いている。そのせいで近づく音がよくわかった。


「おっと!」


 後ろに飛びすさるエヴォルド。

 いきなり、サツキは斬りかかっていたのである。

 低い軌道で刀を振るったので、エヴォルドの太ももを斬れた。鎧のない箇所だった。服が切れ、血が見える。

 反撃にエヴォルドの剣が振り下ろされる。

 それを、サツキは刀を上にパンと跳ねるように打つことで弾き、切り返しにもうひとりの騎士を袈裟に斬った。

 が。

 騎士の太ももに当たったものの、キンと高い音が響く。刀を握るサツキの腕にも、金属に当たったような衝撃が響いた。


 ――なんだ? この衝撃は……!


 その騎士は、ニヤリとした。


「ジャストン」

「ああ」


 エヴォルドにジャストンと呼ばれたスキンヘッドの騎士は攻撃してくる。その攻撃は拳だった。拳を下がりつつよけ、サツキの剣はジャストンの腕をかすめる。しかし、今度も金属に触れたような硬さを感じた。確かに肌に触れたはずであった。

 疑問と思考でサツキは動きが硬直しそうになる。


 ――でも戦いは、ひるんだら負けだ。気持ちを強く持て。相手をよく見ろ。


 隙を見せた瞬間、斬られる。

 だからサツキは一時も気を緩めず、エヴォルドとジャストンの次なる攻撃にも応じられた。しかし、不意討ちを仕掛けたのはこちらといえど、相手もやり手だった。

 サツキからの攻撃を見切り、斬ってきた。


「っ」


 左腕に痛みが走る。上腕二頭筋のあたりである。

 温度で、血が出ているのがわかる。

 もう一太刀を今度はエヴォルドに振る。これはよけられる。

 同時に、さっと飛び下がって、サツキは二人と距離を取った。


 ――二対一じゃ分が悪い。


 さらに。


 ――そろそろ、相手も目が暗闇に慣れてくる頃か。


 サツキは敵を見据えて、刀を構えたまま聞いた。


「俺に御用ですか」

「わかってるから、斬ったのでしょう?」


 と、エヴォルドがサツキをねめつけた。


「死ぬ準備はできたってことだよな?」


 怒ったようにジャストンが言った。


「待ちなさい。まずは落ち着きなさい。王女様の居場所を聞いてからです」

「それもそうだな。『純白の姫宮ピュアプリンセス』を連れ戻せってのが司令だ」


 エヴォルドにたしなめられて、ジャストンはおとなしく一歩引いた。


「それより、あなたの目……こんな緋色でしたっけ?」

「俺の目は、《いろがん》。それだけです」


 魔法の効果については話さない。


「へえ」


 とエヴォルドはつぶやく。

 ジャストンは首に巻いていた鎖を、ガリッと噛み砕く。なんと、一口分だけだが鎖を食べているのである。


「うめえな、こいつは。この『鋼鉄の野人アイアンマン』ジャストン様も満足だぜ」


 ガリガリと鎖を食べるジャストン。


 ――ここだ。


 サツキは急旋回して敵に背を向けて走り出した。全力疾走である。


「追いますよ!」


 エヴォルドの声と、敵が追ってくる足音が聞こえる。


「クソが! 逃がすか!」


 ジャストンが遅れて言って、鎖がジャラジャラと音を鳴らす。


 ――ここでは雷の魔法《雷道サンダーロード》を使えない。雷の光によって余計に目が暗闇に慣れなくなり、雷が消えた瞬間に俺を見失う。それを危惧して、明るみに出るまでは接近戦で来るはずだ。


 この場合、逃げるが勝ちの喧嘩だった。


 ――足の速い雷魔法が相手では、今の俺では勝てない。それに、『鋼鉄の野人アイアンマン』ジャストンの身体の硬さが妙だ。鎖を食べて硬化する魔法か? あの身体の正体がつかめない。とにかく、出直そう。


 バンジョーには、怪我をしたときのためにルカを呼びに行ってもらった。戦闘でも助けてもらえると思っての救援依頼である。しかし、走って片道約四分として、ロスを計算して往復に九分はかかる。ひとりで持ちこたえるには、無理な時間だった。だから、逃げた。

 そもそも、追っ手をクコに近づけず、宿で暴れられないために誘導したのである。これで逃げ切れたら、今回は成功なのだ。


 ――そうだ。刀はしまおう。


 刀は帽子の《ぼう》によって、しまうこともできる。

 念のため、しまう瞬間を見られないように、角を曲がった瞬間に《望》によって刀を収納した。

 手ぶらになって思い切り走る。短距離走には自信があったが、入り組んだ道ではスピードもそう出ない。路地にある木材やゴミ箱を倒しながら走り、敵の走路を妨害する。

 振り返る。

 ジャストンははるか後方。

 だが、エヴォルドは足も速く、あと一歩の距離に迫られてしまった。


「待ちなさい!」


 ――待てと言われて待つやつはいないさ!


 また走って、立てかけてあった竹を倒した。なにに使うかわからないが、これはいい時間稼ぎになりそうだ。


 ――しかし速い! さすがは『でんこうのランス』。でも、振り切るんだ!


 思惑通りにはいかない逃走劇、エヴォルドは竹の妨害もたった二秒でクリアした。


 ――こうなったら!


 サツキは振り返り、《望》によって、咄嗟に右手の中にころもを出現させた。衣、つまり衣服であり、今の場合ワイシャツだった。

 道がやや細くなる場所で。

 振り返りざまに、衣を振る。

 パシッ、と鋭く乾いた音が鳴り、エヴォルドの目にヒットした。


「くあっ!」


 目を打たれ、エヴォルドは顔を押さえる。

 その隙に、サツキはダッシュした。


 ――衣は、空手でやっていたんだ。ヌンチャクの基礎のような動きを学んだが、場合によっては鼓膜を破ったり失明させたりする危険もある。まさかこんなときに役立つとは……。


 元いた世界では、空手の道場で衣の型もやっていたほどである。

 先生なんかは、それをヌンチャクでやってみせてくれたものだった。


 ――『鋼鉄の野人アイアンマン』は振り切れる。走れ。


「おうらああああ! 待ちやがれ!」


 何者をも突進の力だけでなぎ倒しそうなジャストンであったが、この細い道ではスピードを出し切れない。

 その隙に、サツキは塀にのぼり、そこを足場に屋根の上へと這い上った。

 サツキが屋根の上を駆け出すと、ジャストンは通りに出て、サツキを見上げながら追いかけてくる。


「降りてこいや! オラァ!」

「だれが降りるものか」


 通りでは、叫ぶジャストンを見て人々がざわめく。


「なんだ?」

「ケンカ?」

「うるっせーぞ! てやんでい!」


 粋のいい王都のおじさんの中には恐れず注意する人もいるが、ジャストンはそんな連中に一瞥すら向けない。

 屋根を飛び移り、サツキは遠くを見据える。


 ――先には川がある。向こうには……屋形船。使える。


 地上を走るジャストンは、人ゴミが邪魔でスピードに乗り切れない。サツキも足場の不安定な屋根の上だからジャストンを引き離せないが、作戦は立った。

 思い切り走って、サツキは踏み切った。

 エアウォークのように足を動かして、木の枝に飛び移る。サツキはそれを次の踏切台として、またジャンプした。


「オラァ! 待てっつってんだオラァ!」


 人ゴミを抜けたジャストンも、上空のサツキから目を離すことなくダッシュしてジャンプした。

 しかし、サツキは屋形船の最後尾にギリギリで着地するが、ジャストンは着地先などなく川に落っこちてしまった。


「ウッラァァァア! テメェェェェ!」


 バシャバシャと水を打ちのめして喚くジャストンから、サツキを乗せた屋形船は遠ざかってゆく。


「うまくいった」


 川幅が狭まったところで、サツキは川岸にジャンプして飛び降りた。

 通りに入って少し歩いたところで、名も知らぬ騎士が角から姿を現した。鉢合わせの形である。


「貴様! 今エヴォルドさんが言ってた《いろがん》!」

「次から次へと……」

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