40 『スペイシャルアウェアネス』

 玄内は忍術が使えた。

 だが、それは不思議なことでも不自然なことでもない。


「まず、忍術ってのは忍者しか使えないこともない。だれしも、学べば使えるようになる。士衛組じゃあ、適性のあるチナミなら数ヶ月でいくつかものにできるだろう。それってのも、忍術も魔法と同じだからだ。皆伝されてきた数式を使えばいい魔法。忍びが扱うそれを、忍術と呼ぶだけなんだ」

「そうなのでござるか」

「魔法……」


 フウサイもサツキも初耳だった。


「まあ、訓練や適性、環境が育てる部分が大いにある。簡単には身につかねえ。だが、やってやれない術じゃねえ。それでいくと、影分身ひとつ取っても、術者の理解とイメージが創造する、法則や論理がある」

「術者が固有に持つ論理があって、魔法は創造されるんですよね」

「ああ。影分身の場合、それは空間把握能力を例にとって説明すると、サツキにもわかりやすいだろう」


 そして、サツキに指示を出した。


「サツキ。拳を身体の前に出してみろ」

「こうですか?」

「それでいい。次に、左右の目で、順番に拳を見ろ」

「はい」


 順番に見ていくサツキに、玄内は聞いた。


「左右で、まったく同じ見え方をしたか?」

「いいえ」

「見える拳の形は違うはずだ。側面など、左右で見える部分と見えない部分が異なるわけだな」

「そうですね。当然と言えば当然ですが」

「影分身ってのは、頭脳は術者という大本を持った状態で、視野を共有しながら全部術者本体が考えて各個体までもを動かす。自我は一つ。映像がたくさんあるわけだ」

「つまり、左右の目をそれぞれ一つのカメラだとすれば、たくさんのカメラがある状態で、意識してたくさんの身体を動かすってことですね」

「そうだな。その理解でいい。で、カメラっていうそいつは、左右の目の延長でしかないんだ」

「延長、ですか」


 サツキにはピンときていないようだった。フウサイにもピンとこない。


「目が無数にある状態だと、どうなるのでござろう」

「右の目だけでは、遠近感がわからないことってあるだろ。あれは、普段、左の目もあって立体的な物体の把握が精密になり、遠近感が補強されているからだ。それを二つどころか六つの目で見たら、もっと把握能力が増すのは言うに及ばず。空間把握能力は強化される。忍者の影分身は、そのための利用が主ではないが、標的を分身体と二人で攻撃するとき、より相手を捉えるカメラが増えて正確になる。そんな付加要素まであるんだ」

「でも、まったく別の視野を持って、別の場所を見ることもありますよね。フウサイはそうやって、よく見張りをしてくれます」


 フウサイの見張りは、いくつも創り出した影分身が行ってくれている。


「それは、カメラの切り替えが驚くほど達者なおかげだ。普通の忍者でもそこまでやれるやつはそうそういない。影分身をフウサイほど創れるやつがいないようにな。実験だ――サツキ、右腕を肩の高さに上げて、真横に伸ばしてみろ」

「はい」


 言われた通り、サツキは腕を伸ばした。


「頭は真正面を向いたまま、目線の動きだけで右手を視認できるか?」

「……一応、ハッキリではありませんが」

「それが、カメラの切り替えの感覚だな。そのままの状態で、左の目がどうなっているのか言ってみろ」

「あ……。なにも見ていませんでした」

「そうだ。無意識に使っていない状態になっているが、まったくなにも見ていないわけじゃない。景色は映ってる。ぼんやりと景色を映して、なにかあればそちらに注意が向く。そんな感じで、離れた場所に影分身がいて、異なるポイントを見ているとき、集中していない場所はぼんやりと景色を映しておきながら、なにか変化が起こればスイッチして確認する。そんな切り替えが行われているんだ」

「そういうことでしたか。忍者の影分身の仕組み、やっとわかりました。だったら、フウサイはこのスイッチの修業を強化するとよりよい影分身のコントロールができるかもしれませんね」

「まあな。だが一方で、戦闘用に強化したい点は別にある」


 フウサイはかしこまって玄内に申し上げた。


「これまで、拙者は玄内殿に師事を仰いでこなかった。それも、忍術と魔法を別物と考えていたゆえ。しかし、根本が同じならば、拙者にも教示してくださいませぬか」

「できることは多少ある。おまえがすでに完成されていて、有能過ぎたから構ってこなかったが、頼まれちゃあ引き受けないわけにはいかないぜ」

「ありがとうございます」


 玄内はあごをさすって、


「じゃあ。さっそく一つ目。複数の影分身を出した状態で、おれやミナトと戦うこと。同時に百人で攻撃してきてもいい。おれは紙一重で攻撃をかわすし、おまえが紙一重で避けられる攻撃を仕掛ける。その見極めの修業だ」


 サツキは「あ」と声を漏らした。


「なるほど。影分身がたくさんいて、それらが一人の敵を見ること。それは、より精密な空間把握能を可能にする。言い換えれば、もっともフウサイのパフォーマンスが高い状態です。できることなら、フウサイはその状態で敵と戦いたい。たくさんの影分身を同時にコントロールする修業にもいいから、一石二鳥なわけですね」

「正解。それだけやれば、どんな相手にも、ほとんどの場合で、空間把握能力でひけを取らねえ。正確な手裏剣やクナイ、剣術ができる」


 玄内は表情には出さず、


 ――ほとんどの場合に含まれないイレギュラー、それはミナトの空間把握能力だ。あいつのそれは異次元に高すぎる。ミナトだけは、それだけやってようやく、追いつくかもってところだな。神速な上に、鋭く、精密な剣。それを可能とする空間把握能力は、あいつのしなやかな身のこなしにも表れている。ミナトとの修業はフウサイの糧になる。


 と分析していた。


「だが、それだけじゃ足りねえ。影分身をおいそれと大量に出せる戦いばかりじゃない。複数の影分身による視野の補強がなくとも、空間把握能力を高めてゆくために、影分身なしで戦う練習も行うように。いいな」

「はっ」

「フウサイ。俺もできる協力はする。頑張ろう」

「はっ。有難きお言葉」


 こうして、フウサイは自身の忍術の特質を知り、ミナトとの修業にも課題を見出して臨むようになった。

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