41 『パースペクティブ』

 そして現在。

 これら忍術の仕組みと修業の展望について、玄内とサツキから受けた話をミナトにしてみせると。

 ミナトは朗らかに笑った。


「さすがは先生とサツキだなあ。あの二人は分析が得意だからいろいろと助かりますねえ」

「しかし、拙者の忍術もレオーネ殿の魔法により新たな発展をみた。創り出せる影分身の総量はあまり増えていないが、残像という幻影を創り出すこと、拙者の頭脳から切り離された分身体を創ること、その二つができるようになった。それゆえ、また助言を得たいと思っているところでござる」

「ええ。それがいいです。僕もサツキといるとどんどんいろんなことを知って、強くなっていける感じがしますから」


 フウサイの影分身が煙のように消えてゆく。

 一対一で、面と向かって言った。


「では。最後に、剣術の修業を」

「はい」


 ミナトとフウサイ、双方構える。

 両者、なんの合図もなく、動き出す。

 剣と剣がぶつかり、また空を切り、高速の乱舞が火花を散らせた。

 流派を持たない剣術を使うフウサイだが、忍術ばかりかこちらの才能も優れていて、一刀流も二刀流もできる。今は二刀流でミナトの一本の剣を相手にしていた。

 二連撃の剣筋を見事に捉えたミナトが、絶妙なポイントに太刀を伸ばした。これを受けるには、ちょうど二本の刀をかみ合わせるのがよく、自然、フウサイは二本の刀身を交差させて受けた。

 硬直した状態になり、ミナトがにこやかに言った。


「二本の刀を同時にあれほど操れるなんて、やっぱりすごいです。フウサイさん」

「いや」


 と否定した。謙遜でもない。


 ――剣で、ミナト殿には敵わぬ。誘い込まれるように刀が絡み、動かせない。一本の剣で二本を的確に見極める目、剣の巧みさ、鮮やかさ、これほどの剣士はそうあるまい。やはり拙者はただの忍びに過ぎぬ。


 これが、玄内の言う空間把握能力の極地であろうか。フウサイは、玄内によるミナトの空間把握能力評を聞いていないため、ただ剣士としての腕に圧倒される思いだが、ミナトとのこの修業がそれを磨いてくれるものだとは気づいていた。


「謙虚ですねえ」


 ミナトが刀を押すと、二人はバッと離れて、ひと息ついた。


「大業物『かざまつりそううん』と最上大業物『怪鴟黒風よたかのこくふう』。二本を同時にあれほど操れるフウサイさんはすごいです。剣術の勉強はしていないと聞くのに。それはきっと才能ですよ。僕は一本ずつでないとダメだ。フウサイさんが剣士だったら僕より遥か上にいたんでしょうね」

「拙者はどこまでも忍者でござる。それに、たとえ最初に選んだ道が違っても、ミナト殿に剣で勝てる未来は見えなかった気がするでござる」


 あはは、とミナトは笑った。


「やっぱり謙虚だなァ、フウサイさんは」


 フウサイは、左手に持った刀に目を落とす。


「ミナト殿には、この刀、『怪鴟黒風よたかのこくふう』を譲っていただき、感謝しているでござる。おかげで剣も今まで以上に実践で使えるようになったでござる」


 二本の刀のうち、大業物『かざまつりそううん』は元々フウサイが祖父から譲り受けて所持していたものだが、最上大業物『怪鴟黒風よたかのこくふう』はミナトからもらった。

 一部の刀にはくらいというものがあり、世に出てからある程度以上の時間が経ち、知られたものにだけに与えられる。

 現在、二百三十三振りの刀が位を持っている。その頂にあるのが、『てんけん』の五振りで、ミナトの持つ『あましらぎく』も含まれる。ただし、これは幻の刀につけられるから、普通こうした刀を持つ者はいない。

 次いで、『さいじょうおおわざもの』十二振り、『おおわざもの』二十一振り、『よきわざもの』五十振りと続き、この良業物にミナトのもう一振りの刀『わのあんねい』がある。これはミナトがちょっとした人助けをした縁で巡ってきた刀で、前回王都を訪れたときに手に入れた。

 その下に『わざもの』八十振りのほか、どれとも区別がつきにくい名刀があり、『こんごう』と呼ばれる六十五振りですべてである。

 ちなみに、サツキの刀『さくらまるかめよし』は世に出ていない名刀だから位を持たない。

 そして、ミナトが『けんせいがきまさみねと決闘していただいたのが、最上大業物『怪鴟黒風よたかのこくふう』だった。

 二本を腰に差すミナトには不要であったため、二本の刀を使う割にもう一本がなまくら刀のフウサイに、ミナトがあげたというわけだった。

 ガンダス共和国へ向かう船の中でフウサイが手にしてからしばらく経ったが、随分と手にも馴染んできたものである。

 ミナトはフウサイに刀をあげたときのことを思い出して、またフウサイと出会ったときのことにも想いを馳せた。


「初めてフウサイさんに会ったのは、うらはまでしたか。あのとき、フウサイさんに出会えてよかった。そのおかげで、今があります。感謝しているのは僕のほうですよ」

「拙者も」


 ――拙者も、あのとき、我々士衛組の行く道をミナト殿に教えてよかった。サツキ殿と引き合わせることになるのを不安にも思ったが、なぜか、それも悪くないように思い、独断で教えてしまったが、その判断は間違ってなかった気がするでござる。


 浦浜でサツキを見かけて、興味を持ったらしいミナト。それを、フウサイは敵かと思って、戦うことになった。

 フウサイには、サツキとの旅における未来を想像する遠近感などなく、今この瞬間しか見えていない。

 だから、主・サツキを狙う敵かもしれない相手とは、戦わなければならないはずだった。

 しかし、戦ってすぐ、互いに相手がただ者でないとわかったばかりか、ミナトはフウサイを敵ではないと見切った。

 戦闘を終える合図に、ミナトが《しゅんかんどう》で消えて見せ、いっしょにフウサイも《瞬間移動》させた。二人は波止場に移動していた。

 そこで、ミナトは海を眺めながら、こんなことを言った。


「空と海が交わってるみたいだ。ずっと先では、本当に交わっているのかもしれない」


 その言葉に、フウサイは具体性もないが未来を感じた。つい、言わなくてもいいことまで口をついた。


「拙者の主が目指す先も同じになろうと思うでござる。氏に悪意も敵意もないとみて、独り言を。拙者たちは明日の九時の船に乗るでござる」


 サツキが目指す相手はアルブレア王国、ミナトの目指す最強の騎士・グランフォードと交わるであろう。だからそう告げたのである。

 フウサイは、そのあとすぐに風にまぎれて消えた。


 ――いらぬことを言ってしまったか? いや、なぜか、そうは思わぬ。なぜか。


 そう思いながら、サツキの影に帰ったものだった。

 今では、あのあとすぐにミナトと打ち解けられたのも、自然なことであったように思う。ミナトが不思議な魅力を持っているのもそうだし、主君サツキとは違った点でミナトとは波長の合う感じがある。

 それゆえに、ミナトとの修業もフウサイにとっては充実する楽しいものであった。ただ実力的にフウサイの相手になるのがミナトだけだったというばかりでなく、言葉少ない中にも、共に過ごした時間のおかげもあるかもしれない。

 が、そんな修業もそろそろ一度、休憩にする頃合いらしい。


「ミナト殿。そろそろサツキ殿が帰ってくる時間でござろうか」

「ええ。そうですね。参りましょうか」


 両者、剣を収める。


「まだサツキが戻っていなければ、バンジョーさんの修業をみている先生に、また助言をいただくのもいいです」

「で、ござるな」


 一礼を交わし合い、二人は《無限空間》を出た。




 その玄内とバンジョー。

 二人は、玄内の部屋で修業していた。


「バンジョー。基礎の魔力コントロールはこの辺にして、そろそろ《りょく》の修業に入るぞ」

「押忍!」

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