39 『ニンジャアーツ』

 フウサイとミナトは、いっしょに修業していた。

 ミナトはフウサイの大量の影分身と打ち合っている。

 影分身はただの影に非ず。実体を持ち、ミナトの剣は無数の分身体の攻撃を払っていた。

 場所は、《げんくうかん》。

 玄内の別荘の地下であり、邪魔が一切入ってこないエリアである。

 せいおうこくにあるこの別荘には、馬車から行くことができる。馬車の中のとあるドアを通ると別荘にワープして、その地下の《無限空間》はもっぱら士衛組の修行場所となっていた。どこまでも広がる空間で、玄内の魔法によって創られている。

 普段、フウサイはここで修業することは少ないのだが、ミナトに誘われて、めずらしく訪れていた。


「さすがに、五十人は多いかなァ」


 五十人近い影分身を相手に、ミナトは苦笑いした。

 しかしフウサイはゆるめる気配もない。


「ミナト殿。倍にするでござる」

「はい。よろしくお願いします」


 にことミナトが微笑するや、さらに五十人ほどが増えて百人のフウサイがミナトに攻撃を仕掛ける。


 ――フウサイさんの忍術もレベルアップしてるなァ。気が抜けないや。しかも、影分身もおもしろい進化をしてるらしい。残像だけを残しておくこともできるようになったんだ。


 今までは、残像などはなかった。


「残像は煙のように。斬れば消える。おもしろいですねえ」

「それ以外にも、また別の影分身がござる」


 フウサイの仕掛けがミナトにはわからなかったが、後方からクナイで斬りつけてくる影分身が、普段の影分身とはなにか違う感じがして、ミナトは《瞬間移動》でその影分身の後ろに回り込んで、トンと背中を蹴った。


「いやあ、まいったなァ。なにがどう違うのかわかりません」

「実は、その影分身はほかの影分身たち、そして拙者とは視界も思考も切り離されている存在なのでござる」

「ああ。本当だ」


 ミナトの剣が、先程の影分身のクナイを鮮やかに払い飛ばし、くるっと半回転して手刀を見舞う。このとき、ほんのわずかな距離を詰められており、ミナトの手刀が影分身の首を的確に打つ。ミナトの精密な空間把握能力により、クリーンヒットした影分身は気絶してしまう。それを、フウサイ本体の意思で消した。

 百人ほどのフウサイが動きを止め、さっとその場に立つ。

 ミナトも穏やかに立ち尽くした。


「この影分身も、ほかの影分身同様、拙者の意思でいつでも消すことが可能でござる。が、拙者の意識からは切り離さされており、影分身自身が自ら考えて簡単な行動を可能としているのでござる」

「確か、フウサイさんはこれまで、創り出したすべての影分身の視界を持ち、すべての影分身の動きをコントロールしていたのでしたね」

「この忍術はそういうもの。拙者たち忍者にとっては、たくさんの指を動かすような感覚でござろうか」

「通常の忍者は二、三人を創り出せ、腕の立つ者は四、五人と言われる。それを百人分も創り出せて、そのコントロールもする。視界も百人分。扱いが大変そうですね」

「なんの。これは、玄内殿とサツキ殿との会話で理解できたことでござるが、ただ視野が広がって遠近感がつかみやすくなっただけのこと」

「どういうことです? 興味があります」


 楽しそうに目を輝かせるミナトに、フウサイはサツキと玄内がしてくれた話をすることにした。




 八月の末。

 しんりゅうじまでのことである。

 ある晩、サツキは玄内と話をしていた。二人はこの世界の科学について話していたのだが、


「フウサイ」


 と名を呼ばれ、影より姿を現す。


「はっ」


 忍術、《かげがくれじゅつ》によって影の中に潜むことができ、普段から護衛も兼ねて常にサツキの影に潜んでいる。


「俺の世界で空を飛ぶのは飛行機がもっとも一般的で、よく利用されるが、スチームパンクな世界の空想では船の形でそのまま空を飛ぶもの――すなわち、飛行船であるパターンがしばしば見られる。気球も多い。それぞれ、こんな形状になるんだ」


 すらすらとサツキが紙にスケッチしてみせ、フウサイに手渡した。幼き主を優しく見守る気持ちと未知なるおもしろい話で、フウサイはただ、


「なるほど」


 口下手にそれだけ言うことしかできない。

 これから先、この世界が辿る未来の可能性や科学の可能性、方向性などを話しており、サツキはフウサイにもそれを教えてくれるのだ。話についてこられないとつまらないだろうと思ってか、今までもいろんな話をしてくれた。科学には疎かったフウサイも、そのおかげで、少しは想像できるようになってきていた。


「どちらの世界に舵を切っても、軍事利用はされるだろう。こうしたものが完成したとき、一つの転換点になって、科学は進む。そのとき、魔法をどれだけ科学で調べる世の中になるか」


 独り言のようにつぶやくサツキに、フウサイは問いかけた。


「拙者のような忍びの術も、科学は解析するでござろうか」

「そうかもしれない。忍術については、魔法とは違うようでいて、その共通する仕組みを術として扱うことができるものだと思うんだ。影分身とか不思議な術にも、システムや科学的な理解が得られると、いろいろ想像の余地もできるんだけど」


 そこで、玄内が口を開いた。


「そういや、サツキには忍術についてあんまり話したことはなかったな。おれが知っている忍術のシステムを教えてやろうか」

「お願いします」


 すっかり興味津々なサツキである。興味があるのは、フウサイもだった。


 ――拙者も、サツキ殿に忍術のことを聞かれたことがあった。その際、うまい説明はできず、サツキ殿の助けになれなかったが、この『万能の天才』玄内殿であれば、うまい説明ができるやもしれぬ……。


 天才忍者と言われ、その才能を知られたフウサイには、感覚的にできることのおかげで、自分でそれを言葉にできない部分もある。

 説明役として、玄内はうってつけだろう。

 だが、玄内は忍術をどこまで理解しているのか。いくら『万能の天才』でも、忍術を使っているところをフウサイは見たことがない。

 玄内は言った。


「おれも忍者の知り合いがいて、ちょっとは術についても聞いてる。それをおれなりに理解し、自分で使ってみた範囲で言うぜ」

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