38 『ウォント』
三日ほど前だろうか。
サツキとクコが竹刀で打ち合って、クコの剣が危うく弾かれてしまいそうになった。
――《パワーグリップ》でしっかり握っているのに、サツキ様、すごい力です。
元よりサツキは、クコと感覚を共有してグリップの魔法を追体験する修業を積み、擬似的な《パワーグリップ》をも使える。
だが、それ以上の力が、サツキの《
「サツキ様、パワフルな剣です」
「たぶん、一生懸命になっていたから《波動》の力が出ていたんだと思う」
そのあと、クコがサツキとミナトの修業を見ていると、サツキは構わず《波動》を使いながらミナトを相手にしていた。この力を使わないと、ミナトを相手にするのは厳しいのだろう。
そんなサツキを見ていると、クコは自分の力が足りないように思えてくる。
――サツキ様、どんどん強くなっていく……。わたしとの修業では物足りないのではないでしょうか。つい最近……メイルパルト王国に着く前は、同じくらいの力で、いいえ、わたしのほうがまだ少し強いくらいだと思っていたのに……。
もっと前では、クコはサツキを導くことだけを考えていて、実力では勝る自分がサツキの剣をあやすようによしよしと受けて、力を引き出してあげていた。
それが、たったこれだけの短い期間に、サツキに置いていかれるような不安を覚えるまでになっていた。
――サツキ様が、遠くに行ってしまう……。
だから、クコは強くなりたかった。
新しい技を会得しかけたことで、今のクコはその不安が少しだけやわらいだところかもしれない。
しかし、それは同時に、サツキもクコと同じだけレオーネによって潜在能力の解放がされることを意味し、場合によっては、この日に登る潜在能力の階段がサツキのほうが高ければ、また差が広がってしまう。
ただ、ルカにはそれらは些事でしかなかった。
ルカはそっと目を閉じて、優しく微笑んだ。
「クコにはクコの不安があったのね。でも、大丈夫よ。あなたの願いはサツキの成長なんでしょう? なら、サツキの成長を助けてあげればいい。あなたがサツキやミナトほどに強くなる必要はない。もし、厄介な強敵がいるなら、いつもいっしょにいる司令隊の私が引き受けるから」
「……ルカさん」
「だからクコはサツキといっしょに頑張って、それでサツキの成長を助けてあげなさい」
新しい技も覚えて、まだまだ成長だってしている。そんなクコなら、これからも大丈夫だとルカにはわかる。
「はい。でも、ただいっしょに頑張るだけでよいのでしょうか」
ルカはふわりと表情を和らげる。
「いいのよ。サツキの《波動》は魔力コントロールが大事になる。それはクコが優れているし、導いてあげられる領域よ。そして、同じ魔力圧縮ができるクコとサツキの違いは、魔力の内臓量。内包できる魔力量は、クコが圧倒的に多い。あなたの得意技、《ロイヤルスマッシュ》はその分だけクイック性能に優れるし、それだけの威力を連発できるのが魅力だわ」
「なるほど! 確かに、サツキ様との違いはそこにありました!」
「あなたの魔力コントロールのうまさもあっての連発可能な技なのよ。一発一発がしっかりと重たい。これをサツキとの竹刀の修業でやることがあってもいいし、サツキはまだ完全にクコを上回っていない」
それは、サツキの感覚的にもそうだった。
サツキはルカに、
「剣術でクコの域に近づくには、どれくらいかかるだろうか」
と聞いてきたことがある。
修業風景を、ルカはしばしば眺める。
だからサツキも相談したのだが、王宮剣術をしっかり学んだクコに、サツキはまるで届いたとも思っていないし、魔力コントロールや性能の異なる技の比較は容易にできない。
このことを知らないクコに、
「サツキだって、剣術でクコの域に近づくにはどれくらいかかるだろうかと私に相談するのよ?」
と教えてやる。
「そうだったのですか!?」
「ええ。一週間に一回くらいは聞くわね。自己流のサツキは、クコを剣の先生だと思ってコツコツと剣術を磨いている。そして、剣術の腕だけでは、まだクコに及ばないと考えている。《波動》によって一時的にパワーが勝つことがあっても、《ロイヤルスマッシュ》を組み合わせた剣術でいつもクコに勝っているとは思ってないわ。……加えて。サツキの《波動》が常時発動される実力になるには、あの
「あの方の強さには、底が見えないなにかがある気がします」
「そう、あれは規格外の人種。それに比べて、サツキの《波動》は全身全霊をかけない限り、クコの《ロイヤルスマッシュ》よりは弱い力を小出しにする程度。言い換えるなら、クイック性能や連射性能はクコと比べても苦手としている感じかしら」
「確かに、サツキ様は連続した《波動》は見せません」
「サツキの真骨頂は、あの集中力からの最高火力。ミナトさえ届かない最大威力を、魔力圧縮と《波動》で叩き出すことにある。戦闘で、そんな一発を必要としたとき、サツキが集中力を高められるようサポートすることがあなたにはできる」
「わたしに……」
ルカは小さくあごを引く。
「クコも、サツキと同じで前線に立つ戦闘スタイルだもの。サツキがクコに力を貸して《バインドグリップ》が誕生したみたいに、あなたもサツキを支えて戦うのが理想形なんじゃないかしら。逆に、サツキの頭脳はクコをきっと助けてくれる。サツキとミナトがそうであるように、相棒として戦っていくのが最適だと思うの。ライバルとして正面を向く必要もない。隣に立って、同じ方向を見るのが、あなたにもミナトにも合ってるのよ。きっと」
「……そうでしたか。そうかもしれません。……ルカさん、ありがとうございました!」
クコなりに、目的を再確認できた。サツキといっしょに強くなって、いっしょに戦えばいい。そうやって、アルブレア王国をいっしょに取り戻すのだ。完全にとはいかないが、心の曇りが晴れた。
そんな顔を見て、ルカは微苦笑を浮かべる。
――サツキと息を合わせて戦うのが向いている。そんなあなたがうらやましい。私には前線に並び立って戦うのは無理だから。でも、私は影からサツキを支えて、サツキの血肉となって、かっこよくもない策謀を練り、頭脳の一部にもなれればそれだけでいい。
ただし、サツキを支えるには、やはり強さが要る。司令隊として、クコも守れる力が欲しい。
――クコの悩みは、一旦解決したかしら。問題は、私ね。クコと違って、私は強くなる必要がある。私の技は敵方にも知られているだろうし、なにか、局面を打破するような……そんな技が欲しい。
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