37 『ペースアップ』

 ロマンスジーノ城の城館前の庭で、クコとルカは二人で修業をしていた。

 ルカは《ねんそう》の魔法で槍を飛ばして、クコを攻撃する。

 この《ねんそう》の魔法は、思っただけでその通りに物体を動かすことができる。大抵、武器を宙に浮かせて敵に向かって飛ばす。うらはまでの戦いでは、飛ばした槍に座って自身も飛ぶといった芸当もしてみせたが、何秒も持つものじゃない。せいぜい三秒だろうか。

 だが、今はクコとの距離が詰まると、槍を自分に飛ばして槍に座り、後方に飛んで距離を取ることもできる。三秒は滞空時間が延びたと思われる。

 また、ルカは槍を三本だけ扱う。

 これは三手の読みを意識したもの。こうしたルカの戦い方は、サツキのアドバイスによるもので、三本の槍を使って相手を詰ませる戦術とコントロールを磨くことを目的とする。

 三本の槍に対して、クコは剣一本で応じる。


「ルカさんが槍を三本同時に扱って、わたしが剣で戦う。これは、お互いに練習になると思いませんか?」

「そうね。まだあなたに捌かれてるけど、これならっ――」


 三本の槍を器用に動かして、クコの剣を弾き飛ばそうとする。

 だが、クコの《パワーグリップ》の魔法によって強力な摩擦力が働き、剣が手から離れることもなく、素早い身のこなしでルカの周囲をぐるりと回って、槍を剣で受ける。


 ――今、なにかした……?


 ルカが思考を巡らせながらも、また槍を動かそうとして、つい指先も連動して動いてしまうと、気がついた。


 ――指先が、重い……?


ねんそう》のコントロール精度が下がるのを察して、ルカはクコとの距離を取ろうとした。

 だが。


 ――身体も、重い……!


 思わず固まってしまったルカに、クコは得意そうに嬉々と言った。


「《バインドグリップ》。ずっと練習していた技です」

「普通のグリップの魔法じゃないみたいね」


 クコの使う魔法には、《スーパーグリップ》がある。摩擦力を高めて、物体と物体をくっつけるものである。

 その派生形として、《パワーグリップ》がある。これは、摩擦力を高めることでパワーの伝達をよりよくして大きな力を発揮できる。また、《グリップボード》は、壁と対象者の間に摩擦力を付与して壁に貼り付ける技だ。

 だが、《バインドグリップ》は、それらの技とはまた違っている。ルカには、なにが起こっているのか、まだ読めない。

 クコが説明する。


「マドネル海峡の海賊、船長コクヨウワラさんが使った空気の魔法を参考にしています。あの方の魔法《エアロキャノン》は、いくつかの効果がありました。中でも、バインド状態というものを生み出す技は、空気を周囲にまとわりつかせて動きを鈍らせるものでした。あの戦いのあと、サツキ様と二人で考えて、空気の摩擦を作り同じ効果ができないかと研究していたんです」

「なるほど。とてもいい技だわ。私にはこれもいい練習になる。つい指先が動くくせも直せるかもしれないしね。でもね、指先どころか身体がまったく動かなくても、《ねんそう》はできるのよ」

「あ、そうでした!」


 気づいたときには、クコは油断して手の力が抜けており、剣が弾かれてしまった。


「やられてしまいました」

「でも、すごくよかったわよ。動ける相手、サツキやミナト、チナミ辺りを相手にそれを発動できるようになれば、かなりの武器になるわ」

「はい! ものにしてみせます!」


 ぐっと拳に力を込めて、クコはニコッと明るい笑顔でやる気をみなぎらせた。


「気合が入ってるわね」

「わかりますか?」

「ええ」

「実はですね、サツキ様の成長が最近すごいんです」

「サツキはずっとすごいペースで成長してたと思うけど、今まで以上ってこと?」


 ルカは、士衛組総長というポジションにかこつけて、秘書官としてもサツキの側にいられるときはできる限り近くにいて彼を見てきた。そのルカから見ても、サツキの成長はずっと止まることなく、かつハイペース過ぎて、大丈夫かと心配になるほどだった。それなのに、まだペースアップするとは予想外どころか、不安さえ覚える。


「大丈夫なの? サツキ」

「なにがですか?」


 サツキの成長を喜ぶクコには、その不安はわからないらしい。


「ハイペース過ぎるってことよ」

「きっと大丈夫です。サツキ様、これまでとはミナトさんと修業する姿勢が変わったんです」

「変わった?」

「サツキ様は、すごく楽しそうになりました。以前はミナトさんに負けじと頑張っていたましたけど、今では本当に楽しそうで。なんといいますか、二人が同じ方向を向いている、という感じでしょうか。二人で強くなろうとしています。二人がそれぞれ互いにアドバイスしたり、なにか研究みたいなことをしたり」


 クコの話を咀嚼して、ルカは胸のつかえが簡単に取れた。


「なるほど。それならまるで心配いらないわね」


 そもそも、サツキにとっての先生役であり師匠でもある玄内がなんの心配もなくやらせているのだから、杞憂というものだった。


 ――最近、いいコンビになってきたと思ってたけど、意識も変わってきたのかもしれないわね。


 だが、クコはうれしさの中にさみしさもある調子で、


「わたしは、自分も成長したいと思っています。サツキ様の成長以上にうれしいことはないのですが、このままではわたしが置いていかれてしまわないか、ちょっと不安もあるんです」


 と打ち明けた。

 クコが思い出すのは、つい最近、剣術の修業をしていたときのことである。

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